カテゴリ: シネマパラダイス

先週発表された第97回アカデミー賞。

最多13部門でノミネートされた大本命は「Emilia Perez(エミリア・ペレス:フランス/ジャック・オーディアール監督/上映時間133分)」。

メキシコの麻薬カルテルのボスが性別適合手術を受け、女性として新たな人生を歩みはじめる物語で、クライム、コメディ、ミュージカルなどさまざまなジャンルを交錯させて描かれています。

主演のカルラ・ソフィア・ガスコンが、トランスジェンダーの女性として史上初の主演女優賞を獲得し、世界中から賞賛されるはずでした。



しかし、この映画のキャンペーン中にSNSで人種や宗教に向けた差別発言を繰り返していたことが明るみにされて、一気に風向きが変わってしまいます。

先月、ガスコンはCNN en Españolで1時間にわたって過去に書き込んだ黒人やユダヤ人、イスラム教への差別発言に対して涙を流して謝罪しましたが、彼女だけでなく作品そのものの評価も下げてしまいました。



「ANORA( アノーラ)」が作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞を含む最多5部門を受賞。

「ブルータリスト」が主演男優賞を含む3部門、「エミリア」は助演女優賞(ゾーイ・サルダナ)と歌曲賞の2部門にとどまりましたが、注目すべきは「ハリウッドの没落」。

「アノーラ」「エミリア・ペレス」にSFホラー「サブスタンス」はカンヌ、「ブルータリスト」にブラジル軍事政権の無法ブリを描いた「アイム・スティル・ヒア」はベネチアの映画祭を席巻した〝欧州の手垢がついた作品〟。

欧州5作品で12個のオスカーを大西洋の向こう側に持ち帰ったのでした。

ここ四半世紀で、ハリウッド・メジャーではない欧州やインディペンデント映画を積極的に評価するようになったアカデミー賞に懐の深さを感じる一方で、ハリウッド作品が娯楽性でも劣勢な現実には少し寂しい気もします。


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映画『フレンチ・コネクション』(1971)でアカデミー賞主演男優賞を受賞した俳優ジーン・ハックマンさんと、妻のベッツィ・アラカワさんが現地時間26日、米ニューメキシコ州・サンタフェの自宅にて遺体で発見された。

ハックマンさんは95歳、アラカワさんは63歳だった。Varietyほか各メディアが報じた。  

地元当局の声明によると、26日の午後、2人が自宅で亡くなっているところを保安官が発見。

現時点で事件性を示す証拠はなく、死因や正確な死亡時刻も明らかになっていない。

ーーーハックマン、95歳か。

「フレンチ・コネクション」は大好きな映画です。

ウィリアム・フリードキン監督というのも、意表を突いていました。

もちろん、ロードショーで見たわけはなく、場末の小さな映画館で続編まで丸っとオールナイトで見たはずです。

ジーン・ハックマン、カッコ良かった!

これからも、私はハックマンのことを思い出したり、作品を見返しながら生きていくでしょう。

ハックマンとは知り合いでもなんでもない私にとって、そもそも彼は銀幕のヒーローなのです。

この世からいなくなるなんてことはないのです。


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デビッド・リンチは90年代の洋画シーン、テレビドラマシーンリードしていました。

私が初めて観た彼の作品は、多くの人と同じ「エレファントマン」(1980年)。

日本で最も有名な作品「ツインピークス」(1990年)は、WOWOWの開局記念番組として放送されました。

私にとっては「エキサイトマッチ」と「ツインピークス」がWOWOWのファーストインパクトでした。

享年78歳ということは、「エレファントマン」を撮ったとき、まだ32歳。

「イレイザーヘッド」(1976年)は28歳のとき。



私が一番好きなのは、ちょっと迷いますが「ワイルド・アット・ハート」(1990年)です。ロードムービーが大好きなもので。

そういえば、スターウォーズの監督要請を断ったこともありました。

さすが、デビッド・リンチです。



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ワイアット・アープです。

伝説と呼ぶには物足りない、神話が生きていた時代の話です。

1950年代、米国でボクシングのステイタスが最高潮だった時代。世界ヘビー級チャンピオンの系譜は少年たちの暗記の練習でした。

The man who beat the man who beat the man 王者を名乗れるのは、王者を倒した者だけ。


チャンピオンシップ制度の根本基本の概念です。

決定戦など、王者が死んでしまったくらいしかあり得ません。負けてないのに王者が階級を変えたら、王者がタイトル返上、決定戦を行うしかありませんが、そんなことはレアケース。

そもそも、決定戦などは後付けの減量階級や団体分裂後の話で、議論する余地のないヘビー級王者がタイトル返上して、複数階級制覇に乗り出すーーーそんな異常事態はボクシングの地位がどん底まで失墜した現代でもあり得ません。

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さて、そんな現代から100年以上も昔の話。

Lineal championの系譜は ベアナックルの王者からスライドした初代王者ジョン・ローレンス・サリバン、1892年9月7日にサリバンをジャブとフットワークを駆使して21ラウンドでKOしたジェームス・ジョン・コーベット

「タイトル返上はありえない」のですが、大金を稼いでしばらく隠遁するというケースはありました。十分な金と名誉にありついた無敵のサリバンもまた、5年と7ヶ月ものブランクを作っていましたが、銀行員上がりのコーベットの挑戦を受けたのでした。

そして、サリバンに初黒星をつけた〝Gentleman Jim〟コーベットからタイトルを奪ったのがボブ・フィッツモンズでした。


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フィッツモンズがコーベットを得意のSolar Plexus blow(みぞおちパンチ)で沈めたのが、1897年3月17日でしたから、リング誌が創刊される25年も前。この画像は、1897年から56年も経った1943年12月号のリング誌です。

ヘッドライナーは「POST WAR OUTLOOK BRIGHT(戦後のボクシング界には明るい未来が待っている)」。

すでにジョー・ルイスが活躍、50年代にはロッキー・マルシアノ、60年代にはカシアス・クレイがリングに上がる未来が用意されているのですから、確かに、戦後のボクシング界には明るい未来が待っていました。

リング誌の予想が珍しく的中。こんなこともあるんです。

それにしても、「ボクシングの明るい未来」を語るときに半世紀以上も前の「コーベットvsフィッツモンズ」が表紙になるというのは、19世紀のボクシングが神話的に尊敬されていたということかもしれません。


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このフィッツモンズのコーベット戦から一つ前の試合、1896年12月2日に行われたトム・シャーキー戦が伝説の保安官ワイアット・アープが主審をつとめた〝世界ヘビー級タイトルマッチ〟です。

競馬と野球とボクシングが3大スポーツの時代は1960年代頃まで続き、世界ヘビー級チャンピオンの系譜はスポーツファンの父親から子供へ、暗記の練習教材になることもありました。

ジョンLサリバン〜ジェームスJコーベット〜ボブ・フィッツモンズ…この時代では3人まで、暗記の教材にもなりません。

そして、1987年3月17日にフィッツモンズがコーベットから世界タイトルを奪取したはずなのに、その4ヶ月前のシャーキー戦が「ワイアット・アープが裁いた世界ヘビー級タイトルマッチ」とされているのはどういうわけなのでしょう?

BoeRecにThis bout was promoted as for the World Heavyweight Title The ref's decision was hotly criticized.(この試合は世界ヘビー級タイトルマッチとして喧伝され、主審はその裁定を激しく非難された)とあります。

ボクシングは有力なプロモーターである英国貴族が作ったスポーツクラブなどが世界チャンピオンを認定するなど〝世界チャンピオン〟が複数存在することがありました。

しかし、現在とは違い「The man who beat the man who beat the man 〜王者を名乗れるのは、王者を倒した者だけ」というチャンピオンシップ制度の大原則を誰もが知っていた時代です。

王者を倒したコーベットが王者であることは、メディアやファンに支持されていました。

The man who beat the man who beat the man 〜王者を名乗れるのは、王者を倒した者だけ。その系譜(Line)に乗っていない王者などまやかし。Lineal championだけがchampionなのです。

フィッツモンズとシャーキーの試合は「世界ヘビー級タイトルマッチ」の看板を揚げていただけだったのです。



そしてまた、ワイアット・アープも虚飾満載の神話でした。

ワイアット・アープは神話のヒーローとして描かれていますが、彼が名声を得たのはその死後だったと言われています。

まだフロンティアが西海岸に到達していない時代、つまりは無法の時代に生きた保安官です。彼らと比べると現在のギャングは可愛いものかもしれません。

彼の死後に書かれた無数の伝記には「10 feet tall and bulletproof(身長10フィートで鋼の肉体は弾丸をも跳ね返した)」とありますが、そんなわけがありません。

ちなみに10フィートは304センチ。

人間山脈アンドレ・ザ・ジャイアントでも7フィート4インチ(約224センチ)。やはり7フィート4インチで長身と言われるNBAなど、ワイアット・アープから見ると小人がちまちまするスモールワールドです。

マニフェスト・ディスティニー。神が定めた運命だからフロンティアを開拓し、原住民を皆殺しにするのは仕方がない。そこでは、原住民だけでなくヨーロッパで行き場を失い新大陸にやって来た移民たちも、反抗したり気に食わなければ殺されていました。

暴力だけが支配する時代です。

ボクシングファンも含めて、当時の市民たちの目から見たワイアット・アープは「きちんとした政府があれば牢屋に閉じ込めておくべき凶悪犯罪者」に映っていたでしょう。百歩譲って「必要悪」。

さて、1896年12月6日。カリフォルニア州サンフランシスコはメカニクス・パビリオン。

前日まで、不当な判定が下される懸念を強くしていたフィッツモンズ陣営は、主催者のJJブルームとジョン・ギブスが提案するレフェリーをことごとく拒否。

なんと、試合当日の朝になってもレフェリーが決まりませんでした…。




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スポーツの世界は、誇大広告のバーゲンセールで溢れています。

「天才」があちこちにゴロゴロ転がって、数えきれない「伝説」が語られまくっています。

それでも、プロボクシングの物語には、長い歴史を抱えるがゆえに、本物の天才が現れ、正真正銘の伝説が紡がれてきました。

1867年にクイーンズベリー・ルールが発表され、19世紀末には現代の形がほぼ完成していたプロボクシングは、他のどんなプロスポーツよりも職業として発展し長い歴史を持ち続けてきました。

フロンティアが消滅したのは1890年とされていますが、それはすでに〝ノンパレル(天下無双)〟ジャック・デンプシーが初代ミドル級王者に就いたあとのことです。

「Gunfight at the O.K. Corral(OK牧場の決斗)」(1957年:パラマウント映画/上映時間122分)を見たことがなくても、名前を聞いたことがない人はいないでしょう。

そして、ボクシングファンにはガッツ石松の「OK!牧場」でもお馴染みのはずです。

今から70年前の西部劇、それ自体がもはや伝説ですが、あの映画は史実に沿ったもので実在する人物や出来事が描かれていました。

主人公はワイアット・アープ。彼は最も有名な保安官であり、その相棒が極悪人のドク・ホリデイであることも、多くの人が耳にしたことがあるでしょう。


せっかく面白い視点のお話なのに、うまくまとまっていないので大々的にアレンジしました。

レフェリーの話なのに、現代のレフェリーの紹介から始めないから、多くの読者はポカーンです。






O.K. Corral〜O.K. Corral〜

レフェリー。

そう聞いて、あなたは誰を思い出すでしょうか?

最近、ボクシングに興味を持ち始めた方ならケニー・ベイレスか、もう少し前ならリチャード・スティール、さらに前となるとアーサー・マーカンテ、そんな〝名裁き〟がすぐに思い浮かぶかもしれません。

日本のボクシングファンなら「染谷路朗!」と胸を張るかもしれません。

しかし「最もその名を馳せたレフェリーは?」と、1人だけを聞かれると答えに窮するかもしれません。

答えは、もちろんワイアット・アープです。

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「いやいやいや!それは知ってたけど、あれは伝説のガンマンでボクシングのレフェリーとして記憶している人は、一部のボクシングファンだけでしょう。それに、あの伝説がボクシングの試合を捌いたのは記録上はたった1試合だけのはず!」。

そう反論される方もいるかもしれませんが、これは「最も名を馳せたレフェリー」ですから、アープ以外の答えは全て不正解です。

そして、ワイアット・アープが捌いたのは、1896年12月2日の水曜日にカリフォルニア州サンフランシスコで行われた世界ヘビー級タイトルマッチ、少なくともタイトルマッチはこの1試合だけです。

サンフランシスコ最大のアリーナ、メカニクス・パビリオン。1982年竣工のメカニクス・パビリオンは2代目で、ボクシングは1884年にジョン・L・サリバンのヘビー級4回戦が行われたのが最初。

1万1000人キャパの大アリーナはボクシングの中心地の一つになりますが、1906年4月18日のサンフランシスコ大地震によって引き起こされた大火災によって消失してしまいました。

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この佇まいから、Mechanic's Pavilionという名前、大地震で焼け落ちた最期まで、完全に私のツボです。

さて、ワイアット・アープのご登場です。






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もし、あの頃にSNSがあったなら。

あの小さな古い映画館で、同じ時間を何時間も過ごしていた僕たちは、すれ違いで終わってなかったかもしれません。

まともに会話したことがなくても、元ミス近大には冷たいコーラをおごってもらったり、どうみてもあっちの筋の人のおっちゃんには酒を勧められたりしていた不思議な関係は、SNSの時代なら僕らは何かしら繋がっていたでしょう。

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ミス近さんとは、社会人になってから偶然遭遇、名前もわかって(仮名・三井紀子さん)、いまは同じ横浜に住んでいて年に一回ほど映画を見たり、お酒を飲んだりしています。

あっちの筋のおっちゃんについては、なんとか探せないものか?と話題に上がることもありましたが、なんの手がかりもなく、映画館もとっくの昔に取り壊され、そもそも当時で50歳過ぎには見えましたから、もう90前か、それ以上の年齢になっていると考えられます。

どう見ても不摂生を重ねていたおっちゃんが、90過ぎ…もう死んじゃってる、生きててもボケてて僕らのことは覚えていない…そんなことを話しました。

先日、三井さんから「あの映画館があった街で酒でも飲もう」と唐突で強引なお誘いがあり、三連休の少年野球のコーチを断って、大阪空港の待ち合わせ場所へ。

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ほんわかした雰囲気の三井さんが、結構強めに誘うのは、明らかに何かがおかしいと感じていました。

まさか、この年になって「駆け落ちしよう」なんて、あるわけもなし。

大きな病気を患っていると告白されるのかとか、いろいろ〝おかしい〟と感じた元を考えても、どれも違う気がしましたが、一つだけ「もしかして」と思い浮かびました。

三井さんとはなんだろう、人間の相性が良いというか、一緒にいるとうまい言葉で話せたり、彼女が何を考えているのか、企んでいるのか、よくわかることがあるのです。



そのときも、直感的に「三井さん、あのおっちゃんを見つけたんだな」とわかりました。
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見事な上弦の月である。

11月17日(日)は兵庫県知事選挙である。

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名前も知らないけど、懐かしい人に会う一泊二日の短い旅である。

僕がまだ高校生の頃、当時30歳過ぎの元ミス近大のお姉さんと、元暴力団の50前のおっさんは、同じ映画館で数えきれない映画を一緒に見ていた。

一緒に見ていた、とはいっても互いに知り合い同士ではなく、同じ映画を同じ場所で見ていたというだけで、3人で映画談義をすることなんて一度もないどころか、まともに会話したことすらなかった。


インターネットなど影も形もない時代。


それでも、生きていると、なにが起きるか分からない。

まさか、丹波篠山でこれ以上ない上弦の月を3人で見上げる日が来るなんて。



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今朝も盛り上がりまくりのMLBポストシーズン。

「もう一つも負けられない、追い込まれましたね」と聞かれたメッツのカルロス・メンドーサ監督は、落ち着き払って、こう答えました。

This is who we are. We don't have tomorrow, but this is not the first time. So there's nothing new.

NHKのアナウンサーさんは「メンドーサ監督は、私たちには明日(あした)はないと言いました」と、訳しました。

えー!!!

ここは「俺たちに明日(あす)はない」しかないでしょ!!!と反射的に思いましたが、よくよく考えてみると、このアナウンサーが映画「俺たちに明日はない」を観ていない、あるいは知らない可能性があることに気づきました。

私の中での絶対常識が世間と大きく乖離しているということはよくあることで、私の常識であるカネロ・アルバレスを知らない、知ってても井上尚弥と井上直哉どちらが正しいかわからない、そもそも井上尚弥を知らない、TJドヘニーって人名かどうかすらわからない人も当たり前に大勢います。というか、そっちの方が圧倒的大多数でしょう。



原題「
Bonnie and Clyde」(1967年ワーナーブラザーズ)の邦題が「俺たちに明日はない」。

初めて見たのは高校時代、学校に馴染めず世間のハミ出し者の自覚を強烈に抱いていた青い私の真っ芯を撃ち抜く映画でした。

ワーナーは当初、B級映画、駄作とみなしていました。

プロデューサーと主演をつとめたウォーレン・ベイティは提示されたあまりにも低い報酬に怒りを覚えながらもサインします。

そして、その代わりに収益の40%を支払う契約を結ばせたのでした。ベイティは大富豪になりました。

「俺たちに明日はない」もまた、痛快極まるパックマンです。

This is who we are. We don't have tomorrow, but this is not the first time. So there's nothing new.

これが俺たちの俺たちである所以だ。ここから逆襲が始まるのさ。俺たちに明日はない。だが、こんなことは慣れっこだ。俺たちは全くいつも通りに逆転してみせるさ。

 
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ボクシング映画は難しい。

そんな惨敗確実の戦いに果敢に挑戦した映画です。

原作は沢木耕太郎。朝日新聞の連載小説で、毎朝読んでいました。

オープニングのフロリダからキーウエストに向って車を走らせる海岸道路の場面や、ラスベガスのMGMグランドガーデンアリーナの描写は映画ではありませんでした。



ロードショーで見てない、少し前にWOWOWで録画したのを空き時間にちょっとずつ見る、という失礼な見方で、昨夜ようやく終幕まで辿り着きました。


春に散る

©︎2023映画「春に散る」製作委員会

佐藤浩市。横浜流星。山口智子。哀川翔。片岡鶴太郎。



細切れで見て、製作者たちの思いを感じられたのか?というとそうではないでしょうが、感想は、「やっぱりボクシング映画は難しい」。

本物のチャンピオンベルトに、染谷通朗まで登場。ディテイルにはこだわりを感じました。
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「Bâtiment 5 バティモン5 望まれざる者」
(2023 年/フランス・ベルギー/シネマスコープ/105分/カラー/フランス語・英語・アラビア語/5.1ch/原題:BÂTIMENT 5/G)

監督・脚本:ラジ・リ
出演:アンタ・ディアウ、アレクシス・マネンティ、アリストート・ルインドゥラ、スティーヴ・ティアンチュー、オレリア・プティ、ジャンヌ・バリバール
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
配給:STAR CHANNEL MOVIES



こういう映画を見ると、映画の持つメッセージを伝える力というのはあらゆる媒体で最強だと改めて認識させられてしまいます。

脚本を書き、監督もしたラジ・リの才能と言ってしまうと、それまでですが。


さて、どっかで一杯ひっかけて帰るとするか。

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