カテゴリ: 世界最強の女

Saturday, 5 September 2026 - Once Upon A Time
Croke Park, Dublin, Ireland

commission:Boxing Union of Ireland 
promoter:Eddie Hearn (Matchroom Boxing),
Brian Peters (Brian Peters Promotions)
matchmaker:Tom Dallas

Undisputed junior Welter weight Championship




All Hail King Jesusのメロディが流れると、8万4000人!の観客はむしろ歓声のトーンを下げた。最後の時間を噛み締めるために。3つのディケイズ25年間にわたって、アイルランドのアイコンであり歴史であり文化であり、すべての人が愛した史上最高のスポーツパーソン、それがケイティー・テイラーだ。

女性アスリートへの偏見のバリアを破壊した、このクローク・パーク スタジアムの地鳴りが聞こえるか?



ボクシングはローカルスポーツです。

唯一の例外が1980年代のマイク・タイソンまでの世界ヘビー級王者。80年代、世界的にはメジャースポーツから転落していたボクシングですが、マイク・タイソンという名前は地球規模のビッグネームでした。

しかし、この例外を排除すると、最高峰の舞台は米国であってもボクシングは常にローカルスポーツでした。

日本は国内で完結する富裕な市場を抱え、日本限定で絶大な人気を誇るボクサーファイターが活躍、メキシコには打撃戦上等のファイターが国民を熱狂させ、日本以上に小さな島国プエルト・リコでも個性あふれる異才がリングを彩ってくれました。

フィリピンでのボクシングは今なおバスケ、ビリヤードと並び3Bと呼ばれるメジャースポーツ。

英国でもヘビー級を中心に、スポーツセレブが割拠しています。

そして、米国にもファンベースを持つアイルランド!

日本のファンが最近で真っ先に思い浮かぶのはテレンス・ジョン・(TJ)ドヘニーですが、豪州でデビュー、試合をこなしたTJは人気がありません。

クラシックでは、あのジャック・デンプシーがその名をいただいたミドル級王者の"Nonpareil(天下無双)" ジャック・デンプシー。

ボクシングが貧困と差別に苦しむ移民のスポーツだった米国で、ユダヤ人のバーニー・ロスの好敵手だったウエルター級王者ジミー・マクラーニン。

エウゼビオ・ペドロサの長期政権に終止符を打ったバリー・マクギガン、事情があるとはいえForbesアスリート長者No.1コナー・マクレガー(このビッグネームをボクサーにカウントすべきかどうかは別にして、アイルランド魂を体現したファイター)、

英国の北アイルランドまで広げるとカール・フランプトン、ノニト・ドネアに大番狂せで敗れた(背中の負傷でしたが)ライアン・バーネット、薬師寺保栄とクロスゲームを演じたウェイン・マッカラーもアイルランド。

そして、大ヒット映画「ミリオンダラー・ベイビー」の主人公マギー・フィッツジェラルドもアイルランド丸出しのファイターでした。

タイトルホルダーは少ないものの、その個性は爆発的。そんなアイリッシュで史上最高の輝きを放ったのが先週土曜日のケイティー・テイラーです。

KTは2010年までピーモント・ユナイテッドLFCに所属、前年までアイルランドA代表で司令塔として大活躍したガチのプロサッカー選手。

ボクシングでは世界選手権で2度の優勝、ロンドン2012で金メダル、リオデジャネイロ2016でベスト4。プロでは、ライト級とジュニアウエルター級のUndisputed Championに。

ローカルとはいえ、BBCスポーツのトップニュース。

この場所でボクシングの試合が行われるのは、モハメド・アリがアルビン〝ブルー〟ルイスを1万8725人の大観衆の前で破って以来のこと。

その後改装された情緒豊かなスタジアムは、まるで古代ローマのコロッセオのような風格を見せて、ケイティー・テイラーを抱きしめました。

全9試合を飲み込んだメガイベントは7時間におよび、エド・シーランやボノ、ダーモット・ケネディ、メアリー・ブラックら世界的なミュージシャンが登場、英雄に賛辞を送りました。

ダブリンは一晩中〝アイルランドの女王〟が奏でた崇高な儀式の余韻を楽しんだのです。

それにしても、英国圏(なんていうとアイリッシュに激怒されそうですが)のファンは歌が大好きです。このメガイベントでも歌いっぱなし。

ないものねだりですが、羨ましい光景でした。

貧困国のフィリピンはボクシングはメジャー、マニー・パッキャオは日本の大谷翔平を超えるデミ・ゴッドですが、その試合はラスベガスからの衛星中継を観るしかありません。それでも、町中から人並みと車列が消えて静まり返る〝パッキャオの静寂〟もまた、太平洋を挟んだメガイベントの一部なのです。




ーーー実力的には、ダントツのクラレッサ・シールズに〝抱きしめてくれるローカル〟がないのは、複雑な心境ですが、ボクシングはあらためて興行です。


それにしても…今年のEvent Of The Yearはここまで「ギザのピラミッド」が本命、「井上尚弥vs中谷潤人の東京ドーム」が対抗馬と思われましたが、これはもう決まりですな。









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五輪で金メダルを獲得したボクサーは米国のシンボルになれる。

それが2大会連続となると、もはや前人未到の偉業だ。

プロに転向してからはジュニアミドル級、ミドル級、スーパーミドル級、ライトヘビー級、ヘビー級の5階級を制覇、ミドル級とヘビー級ではUndisputed Champion(他の誰にも王者を名乗らせない文句なしの王者)。

これはもはや、神聖にして侵すべからずの領域。シュガー・レイ・ロビンソンを玉座から引き摺り下ろすのに十分なレガシーだ。

さらにその生い立ちは、このスポーツにはうってつけ。

生まれ育ったミシガン州フリントはゼネラルモータース発祥の地。つまりはラストベルト、錆びついた町だ。父親はなんとアンダーグラウンドのプロボクサーで、未来の金メダリストが2歳のときから7年間、刑務所の塀の中で過ごした。

最初の五輪金メダルを獲ったときは、まだ17歳。映画のようなサクセスストーリーだ。

これで「スーパースターになるな」という方が難しい。

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ーーーところが、そうはならなかった。

21世紀、五輪ボクシングは地上波テレビから追放され、プロボクシングに至っては社会的地位の地盤沈下が止まらないばかりか、かろうじて踏みとどまっていたマイナースポーツとしての足元も怪しくなっている…。

だが、彼女が「そうはならなかった」原因はそれだけではない。

そう、彼女。「彼女」だからだ。

クラレッサ〝The GWOAT〟シールズは女性だったのだ。

では、ボクシング黄金時代の1950年〜60年代なら米国の英雄になれていたか?…というと、当時の五輪に女子種目はない、そもそも女子ボクシングなど存在していなかったのだから。


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14歳の頃には「私より強い者など地球上のどこにもいない」と自信に満ち溢れていた少女は、2012年のロンドン五輪から女子ボクシングが採用されると知ってから、モチベーションをさらに燃え上がらせた。

ジムでは、男子選手しか練習相手にならなかった。いや、正確には男子選手も相手にならなかった。女子にボコボコに殴られる、その屈辱もあって彼女がリングに上がると男子たちは下を向きながらリングを降りるようになった。

のちに彼女は「ゲンナジー・ゴロフキンにも勝てる」と豪語したが、彼女を知る人でそれを冗談や行きすぎた挑発で片付ける者はいなかった。

誰もが、彼女がロンドンで金メダルを首にかけ、星条旗を肩から羽織ると確信していた。そして、その通りになった。

まだ17歳だった。

しかし、そこで夢の機関車は急停車してしまう。

彼女がやってのけたことは、1990年代を席捲したクリスティン・マーティンをはるかに凌駕することだったが、スポンサー契約を結ぶ企業は現れなかった。

「他の種目の女子選手たちがメダルも獲れていないのに雑誌の表紙を飾ったり、ナイキやアディダス、アンダーアーマーと契約した話を聞いて、どうして私じゃダメなの?」と呆然とした。

80年代前半までは注目されていたボクシングはとっくの昔に没落したから?女子ボクシングだから?クリスティーとは肌の色が違うから?

金メダルの報奨金5万ドルは家を借りて車を買うと無くなった。

それでも、シールズは動かなくなった機関車を力づくで再発進させる。

2016年のリオデジャネイロ。オランダのヌーシュカ・フォンティンを破ったシールズは笑顔を爆発させ、大きな体を軽々と側転させると星条旗を手にしてリングを駆け回った。

4年前に彼女を無視したブランドが契約を申し込んできた。アンダーアーマー、パワーエイド、ディックス・スポーティング…。

しかし、いくつかのCM撮影が終わると、また静かな日々に戻った。束の間の熱狂だった。

それでも、彼女は新しい機関車に薪をくべる。心を折ることはなかった。

プロに転向して天下を獲る。

「私より強い者などこの地球上にいない」。その自信はプロのリングでも証明された。

それなのに、ビッグファイトはアイルランドやプエルトリコ、メキシコなどボクシングのファンベースが強固な母国を持つケイティ・テイラーやアマンダ・セラノにもっていかれた。

米国人が米国で輝けないなんて、おかしくない?…肌の色のせい?時代が悪いの?

女子ボクシングの扱いに失望した彼女は2021年、オープンフィンガー・グローブをはめて総合格闘技へ。英国の大手スポーツチャンネル・スカイスポーツと契約、BOXXERプロモーションズのイベントに出場したが、そこで突きつけられたのは脇役、Bサイドだった。

そして、MMAで2試合(1勝1敗)をこなすと、1年でボクシングのリングに戻る。それでも、誰も彼女にスポットライトを向けなかった。

2024年11月、テキサス州アーリントン・AT&Tスタジアムでテーラーvsセラノのメガファイトを開催するとNetflixから発表された。巨大スタジアムでメインを張る、男子でもそんなことができるのは北米ではカネロ・アルバレスだけという興行規模だ。

ミシガン州フリントで生まれ育ったシールズはやりきれない思いに身を焦がし、ボクシングを習った一人の男に電話をかけた。

その男はS.O.G. (Son of God、神の子)と呼ばれ、無敗のまま引退したPFPキング、彼女のデビュー戦は、ラスベガス・Tモバイル-アリーナで彼がメインを務めたビッグファイトのアンダーカードだった。

アンドレ・ウォードだ。

「私はいつまで待てば大観衆の前で戦えるの?」。

恐竜のように強い〝T−Rex〟シールズが意気消沈しているなんてボクシングファンは信じられないかもしれないが、ウォードに連絡するときは決まってヘコんでいた。

このときもそうだった。


ウォードは彼女をThe GWOAT(史上最強の女)、 T-Rex(ティラノサウルス)と呼んだことはない。〝Ress〟とごく親しい友人だけが使う彼女のニックネームで語りかけた。

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 ⬆︎村田諒太の愛読書でもあります。

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"When a man finds that it's in his destiny to suffer, he will have to accept his suffering as his task. He will have to accept the fact that even in suffering he is unique and alone in the universe," 

君は苦難に直面したとき、それを宿命として受け入れなければならない。どんなに大きな苦しみであろうとも、君はこの世界で唯一無二の存在としてそれに向き合うしかないのだ。


それは、ホロコースト生還者の精神科医・心理学者ヴィクトール・フランクルが著した体験記「夜と霧」の一説だった。

そして、優しく告げた。"Your time will come." と。

「彼女の時間」は予想以上に早くやってきた。

彼女の前に運命の男性、パプースが現れた。ウィンレコードの幹部でもあるパプースは2025年7月にフリーエージェントとなったシールズの代理人として、有力プロモーターのドミトリー・サリタと女子ボクシング史上最大の大型契約をまとめあげた。

She also announced a new goal: a $50 million payday for a single fight. Just like Floyd Mayweather.


契約金300万ドル、複数契約試合で最低保証800万ドル。右の脇腹にパプースの名前をタトゥーしたシールズは記者会見で「1試合で5000万ドル稼ぐ、そんなプロボクサーになる。メイウェザーのように」。

五輪で初めて金メダルを勝ち獲ってから14年、30歳になったシールズは女子ボクサーとしてはかつてないほどの名声を浴びている。

勝ち続けるその先に、何が起きるのかもわかってきた。

「マイケル・ジョーダン、レブロン・ジェームス、コービー・ブライアント…勝ち続けるとファンの中に興味深い欲求が芽生えてくるの。負けるところが見たいってね」。

「セリーナ・ウィリアムズをずっと応援してきた。でも、彼女が強さを見せつければ見せつけるほど人々は彼女の容姿を揶揄して、男みたいだとか猿みたいだとか、関係のないことで騒ぎたてていった。私にも同じようなことが起き始めてる」。

シールズは、SNSに溢れる自分を侮辱するコメントを冷静に見ることができた。

「誹謗中傷する奴らには笑っちゃう。それがボクシングに無関係なことで私の容姿や恋愛のことやら、尚更。そこまで私に興味があるの?って気持ち悪いときもあるけど、嫌いなら無視したらいいだけなのに彼らにとって無視できないものを感じてしまってるってことでしょう。面白いじゃない」。



クラレッサ・マリア・シールズは4つの逆風に晒され続けてきた。

女性であること、黒い肌を持つこと、ボクシング界が没落していること、そして強すぎること。

しかし、勝ち続けること、強さを見せ続けることで、全てがひっくり返ろうとしている。

女性であること、黒い肌を持つこと、ボクシング界が没落していること、そして強すぎること…これら4つ全てがいまや彼女のストロングポイントに変わった。


カネロ・アルバレスが誰に渡して良いのか狼狽えている、火が消えかけたスターのトーチはもしかしたらシールズに渡されているのかもしれない。

ずいぶん頼りなくなったその炎を再び燃え上がらせるのは、並大抵のことじゃない。なにしろ、彼女は4つも十字架を背負っているのだ。

女性であること、黒い肌を持つこと、ボクシング界が没落していること、そして強すぎること・・・









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7月5日、日曜日(東アジア時間7月6日)。大坂なおみがアリーナ・サバレンカに6-2、7-6のストレート勝利を収める番狂せを起こしました。

しかし、この日のウィンブルドンで主役を演じたのは28歳の日本人ではなく、さらに巨大な番狂せを起こした21歳のフィリピン人でした。




〜アレックス・イアラの幼い頃の夢は、スポーツを通して国民に勇気を与えることだった。

彼女がインスパイアされたのは、アジアが産んだ至上最高のボクサーだ。

「その日曜日は昼間だというのに街から人も車も消えて、国中の人が衛星放送のテレビ画面に釘付けになる。それは年に何回かの祝祭、そう本当にお祭りでした。大人も子供も、とにかく国中がマニー・パッキャオに熱狂していたのです」。

フィリピンの日曜日の昼間。その時間はラスベガスではサタデーナイト、ショーのクライマックス。巨大アリーナでパッキャオが自分よりも大きな相手を倒し続けたスペクタクルの時間だった。


"Of course, the national hero in sports in the Philippines is Manny Pacquiao. He's probably the first global Filipino athlete I can remember and associate with so many childhood memories. Whenever he fought, it felt like a holiday in the Philippines. People would gather to watch, and it was a huge event. He's incredibly inspiring," she stated.


「もちろん、国民的英雄といえばマニー・パッキャオのことです。小さい頃の思い出はとにかく強烈で、最初に衝撃を受けた世界的なスターでした。パッキャオの試合の日は祝日のようにみんなで集まって応援するんです」。

イアラにとってパッキャオは永遠に輝き続けるスーパースターだが、多くのボクシングファンにとって今のパックマンは「晩節を汚して欲しくない」終わったアスリートでしかない。

それでもイアラの記憶は鮮烈なままだ。

かつて、政府軍とゲリラの内戦が激しかった時期ですらパッキャオの試合がある日は、暗黙の停戦日だった。パッキャオが勝利した瞬間、静まり返っていた街は一気に息を吹き返し、あちこちで歓声が沸き起こり、車は祝福のクラクションを鳴らした。

信じられないことに、政府軍とゲリラが互いに空砲を撃って祝うことまであった。

しかし、パッキャオが神の座から姿を消してから何年もの歳月が流れてしまった。

それ以来ーーーー貧しい国に暮らす1億人近い人々は、つまらない日曜日をずっと過ごしていた。


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といっても、それは昨年までの話だ。

7月5日の日曜日。アレックス・イアラはディフェンディング・チャンピオンで世界3位のイガ・シフィオンテクを超絶の大番狂せで撃破したのだ。

「私は早朝から深夜まで、毎日12時間もコートで厳しい練習を積み重ねてきました。でも、それは一人ぼっちではなく、家族とトレーナー、練習パートナー、スポンサー…本当に多くの人が私と一緒に戦い続けてくれました」。

イアラが生まれたメトロ・マニラが内蔵するケソン市は、人口300万人に迫る巨大都市。15歳でプロになったイアラは、極貧の環境から成り上がったパッキャオとは事情が違うが、母国が抱える矛盾について無知ではなかった。

「とんでもない不利な条件を突きつけられても強敵に立ち向かって、フィリピンに勝利をもたらしてくれたからパッキャオは英雄になった。私がパッキャオになれるなんて思っていないけど、母国を勇気づけたい思いは同じ。私は私のやり方で母国を勇気づけたい」。

「パッキャオが引き金になって、オリンピックで金メダリストが誕生した。私も彼らに続く。ウィンブルドン3回戦突破なんて、富裕国のスター選手にはたいしたことじゃないでしょう…でもフィリピン人の私にとっては、私の国フィリピンにとっては…」そういうと、パッキャオ以上に欧州でセンセーションを巻き起こしたイアラは込み上げてくるものを抑えきれなかった。

シフォンテク戦が始まる前には、白昼のメトロ・マニラから人並みも車列も消えた。それは2019年7月、ちょうど7年前の「パッキャオvsキース・サーマン」以来の静けさだった。

そして、パッキャオのような大番狂せが起きた瞬間、あちこちでクラクションが鳴り響き、建物から歓声を上げる人々が溢れ出た。

パッキャオにしか出来なかったことを、21歳の女性がやってのけたのだ。

日曜日の午後、フィリピン中の島々をパッキャオ以来の興奮に巻き込んだイアラは母国の子どもたちへ「パッキャオや私を目指さないで。あなたは、最初のあなたになって下さい」とメッセージ。

国民的英雄に飢えた1億人の期待は膨張するばかりだが、イアラはまだ何も成し遂げていない。

そして、21歳の旅はまだ始まったばかりだ。




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全仏オープンの壁に掲げられた大きな英語。

Victory belongs to the most tenacious.

〜勝ちたいという思いが強い方が勝つ。


大番狂せがに沸いたパリ・ローランギャロス

日本時間の昨夜、行われた女子シングルス決勝はミラ・アンドレエワ(世界ランキング8位)が4大大会で初優勝を飾りました。決勝の舞台で19歳のロシア人の前に立ったのは、世界ランキング114位のマヤ・ファリンスカ。

24歳のポーランド人は予選3試合を勝ち抜いての本戦出場。

ラケットもウエアもシューズも、全て自腹でフランスに乗り込みましたが、本戦出場からスポンサー4社が名乗りを上げ、1回戦から4つの広告ワッペンを胸につけてコートに入りました、


フレンチオープン予選に出場するまでのキャリアは407試合(268勝139敗)で、生涯獲得賞金は86万4,030ドル(約1億2960万円)。賞金からは税金等だけでなく、用具代や帯同するコーチの渡航費や宿泊費も賄わなければなりませんから、副業をこなさなければ生活が立ち行かない状況だったはずです。

世界ランキング114位。

マイナースポーツのボクシングのデタラメ・ランキングと同列に並べることは出来ませんが、ストロー級からフェザー級までの7階級のランキング15位、単純計算で105位、この順位の軽量級ボクサーが専業で食っていくのはほぼ不可能です。

ただ、テニスは女子でも堂々のメジャースポーツ。米国の4大スポーツ、例えばMLBは1000人以上もの年俸200万ドルを超えるプレーヤーを抱えています。

さて、ファリンスカです。初めてのツアータイトル、それも4大大会という途轍もないビッグチャンスは逃してしまいましたが、「勝ちたい」という不屈の精神(tenacious)を見せつけ、準優勝。賞金140万ユーロ(約2億6,320万円)を獲得しましたーーーそうです、一つの大会だけで生涯獲得賞金の2倍以上を稼ぎ、世界中にその名前を轟かせたのです。


そして、今大会に急遽手を挙げたスポンサーたちが契約更新するのはもちろん、新たなスポンサーも名乗りを上げるのは間違いありません。

マニー・パッキャオはキャリア52試合で積み重ねた生涯ファイトマネーを上回る金額を、たった一晩(vsオスカー・デラホーヤ戦)で稼ぎ出しましたが、それに匹敵…いや上回る赤土のドリームでした。

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MIZUKI HIRUTA DOMINATES MAI SOLIMAN TO RETAIN RING TITLE

(リング誌)晝田瑞希が マイ・ソリマンを圧倒、リング誌タイトル防衛に成功した。

エジプト出身のソリマンの攻勢に応援の声があがる、晝田にとって完全アウエーだったが、より速く、より優れた技術を持っていたのは日本人サウスポーの方だった。




The impressive Southpaw Hiruta was busier and sharper throughout and was urged by Manny Robles in her corner to keep moving to her right while looking for the straight left.

(ボクシングシーン)10ラウンドを通して、鮮烈な印象を残したサウスポーの晝田は積極的に手を出し、シャープに動き続け、トレーナーのマニー・ロブレスの「右回りをキープしながら左ストレートを狙っていけ」という指示を遂行した。



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ーーーーースコアカードが読み上げられ、晝田が勝ち名乗りを受けるとブーイングも起きましたが、99−91/98−92*2のユナニマスは納得のスコア。

次の試合について晝田は「団体統一戦」と、リング誌フライ級王者セバスチャン・フンドラを名指しして対戦を希望しました。もちろん、興味をそそるのは後者の方です。


そして、リングサイドのテレンス・クロフォード、晝田の試合は居眠りしませんでした…。注目度が高いのは日本限定のTHE DAYとは違い、世界中のボクシングファンから〝監視〟される大舞台、ここで居眠りしたらあちこちで非難されるとこでした。

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先週、開催された「MMA returns(昔の名前で出ています)」のメインイベント。 ロンダ・ラウジーとジーナ・カラノは17秒で終わった試合時間の何十倍もの時間を抱き合い、涙を流して互いを称え合いました。

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MVPの共同創設者、ジェイク・ポールとニキサ・ビダリアンは連名のプレスリリースで「世界中で1240万人以上の視聴者がNetflixでライブ視聴、ラウジー対カラーノ戦では視聴者数が1700万人近くに達し、史上最も視聴されたMMAイベントの一つとなった」と報告しました。

時間がかかる独自選手の育成をガッツリ省略、UFCの契約していない元UFCのスーパースターを札束をばら撒いて集めたNetflixらしいイベントでした。

Netflixがボクシングでも手掛ける茶番劇路線はいまや最も大きな興行になりつつあり、もはやこの競技がスポーツではないという現実を突きつけられているようで少し悲しい気持ちにもなります。

そんなこと言い出しても仕方がありません。



話を戻して、ラウジーとカラノのハグを見て、すぐに思い出したのは、WWEのイヨ・スカイとアスカの抱擁でした。

「あの空間と時間には、男は入り込めない」と慄いたのは、私だけではないでしょう。

ラウジーvsカラノ、イヨとアスカ。そこには「モハメド・アリvsジョー・フレイジャー」の15ラウンド45分間の掛け値なしの死闘とは全く違う「井上尚弥vs中谷潤人」の12ラウンド36分間のパンチ交換(950発=井上474発/中谷476発)とも異なる、彼女たちだけの思いのたけが溢れていました。


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そして、競技レベルこそ違えど共通していたのは、互いの存在証明をナイフのようにして相手の喉元を狙う試合だったということです。

そして、彼女たちは見事に自らのアリバイを証明して見せました。

21世紀も4分の1が過ぎ〝我らの時代〟は〝女だけの世界〟に突入したのかもしれません。


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Baby Step(s)【béibi -stép】n.
an act that makes a very small amount of progress towards achieving something

*********

サウスポーであることも、「みゆ」ではなく「みゆう」だということも、カナダ人になったことも知りませんでしたが、往生際が悪い人は嫌いではありません。

それが男であれ、女であれ。


First,Thank you lord for bringing me back to my family safely 🙏🏽
I Took baby step today!
I can’t even say “good job Miyuu” 
But “congrats you made it to the start line”
All my ppl made my dream come true、
I’m not even being dramatic,
I AM THE LUCKIEST ATHLETE IN THE WORLD.
I can’t thank enough for my family,team,friends, fans..
I love you guys so much!
I’ll come back stronger I promise.
I’ll see you guys soon❤️


51歳でbaby stepを踏むというのは、なかなか天晴れです。

JBCのライセンス交付にはタトゥーやら年齢やら問題が山積み過ぎて、日本のリングで見ることは叶いそうもありませんが、気が済むまで頑張ってくださいませ。

…と書いたとこで、彼女はカナダ人、外国人ボクサーなので、多くの問題がクリアされるはずですね。


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Saturday 28, March 2026
  
Arena Sports Club, Yagoona, New South Wales, Australia
commission:Combat Sports Authority of New South Wales
promoter:Paul Nasari (Neutral Corner Promotions)

matchmaker:Paul Nasari

◾️ジュニアフライ級6回戦◾️



BoxRecには山本の写真がありません。そのことが、この特異なファイターの日本での知名度と、ボクサーとしての認知度に大きなギャップがあることを非常にわかりやすく伝えてくれています。

山本はサウスポーだったのか…そんなことも知らない私ですが応援してます。

1991年、初出場の世界選手権で史上最年少の優勝。全日本女子選手権50 kg級で優勝、3階級制覇を達成したのが1994年。それは、アテネ五輪で女子レスリングが採用されるちょうど10年前のことでした。

1995年に引退宣言、マットを去った山本は生まれるのが早過ぎたのかもしれません。



「格闘技をずっとやってきたから、ボクシングにはずっと憧れがあった」山本が明日、その憧れの格闘技でデビューします。

1974年生まれの山本は、51歳。誰がどう考えたって、今からボクシングを始めるなんて遅過ぎます。


もう少し生まれるのが遅ければ、五輪に出場して〝オフィシャル〟な国民的ヒロインになっていたかもしれません。まあ、今となっては〝アンオフィシャル〟なカラーが彼女の魅惑でもありますが。

あるいは…キャラクターも含めて、あれほど途轍もない才能です。もっと早くボクシングの道に進んでいたなら、彼女の活躍によって、いまの日本女子ボクシングはもっと活況を呈していたかもしれません。


ーーーでも、本当にそうでしょうか?




山本美優は早過ぎて、そして遅過ぎたのか?

私は、そうは思いません。


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自分が負けるのは耐えられる。自分の責任だから。何を言われても自分で受け止めればいい。

それでも、自分のせいで仲間が負ける、獲れたはずのメダルをんオガしてしまうのは、耐えることのできない。



2022年の北京冬季五輪。高梨沙羅はスーツの規定違反で失格、取り返しのつかないことをしてしまったと号泣した。

しかし、人々がスポーツに惹きつけられるのは、悪魔が大きく口を開けたその上を、アスリートが飛んでいくからだ。

魔物が棲んでいない大舞台など存在しない。ましてや、それがオリンピックなら、最凶の魔物が4年間も牙を研いで待っているのだ。



彼女が何者であるか、日本のスポーツファンはみんな知っていたのに、もう忘れている人もいる。

スキージャンプ・ワールドカップで男女通じて史上最多の63勝、男女通じて史上最多の表彰台113回、女子市場最多のシーズン個人総合優勝4回。2017年にはスキー界で最も権威ある賞の一つであるホルメンコーレン・メダルまで贈られた、生きる伝説そのものだ。

レギュレーションの変更に引き金をひかれた長いスランプ、29歳の高梨が再びかつてと同じ世界を照らすような輝きを取り戻すことは、もうない。そのことは、飛んでいる本人が最もわかっていることかもしれない。

それなのに、彼女はなぜ飛ぶのか。



ミラノ・コルティナ五輪ノルディックスキー・ジャンプ混合団体・決勝 2月10日〜プレダッツォ・ジャンプ競技場


4年前の悪夢の種目。

日本は丸山希、小林陵侑、高梨沙羅、二階堂蓮の布陣をスタート台に並べた。

全員がメダリストという最強のメンバーは、4年前にするりとこぼれ落ちた銅メダルを獲得してみせた。

競技中、ずっと穏やかな笑みを浮かべていた高梨はどんな胸中だったのか、もはや誰も想像もできない。

しかし、4年前の団体戦でともに戦いながら、今回のメンバーに入れなかった伊藤有希に抱きしめられると、ついに涙がこぼれた。20秒以上もハグは解けなかった。

何度も高梨の頭をなでつづけた伊藤は、どんな言葉をかけていたのかはわからない。



涙を拭いた高梨はマイクを向けられると「みんなのおかげです」力強く語った。

そして「有希さん、幸椰さん」と4年前のメンバーの佐藤幸椰の名前も口にし「本当に一緒に飛んでくれた仲間、日本チームのみなさんのおかげで練習、個人戦以上にいいジャンプができた」と感謝した。  

4年前とは違う涙。

「毎回チーム戦となると、足を引っ張ってしまう試合が多く、団体戦の苦手意識が、硬くなって自分のジャンプができないことが続いていて選ばれたときは自信もなくて、コーチに相談したこともあったが、トレーニングで自信を持って試合に臨めて、自分だけの力だけじゃなくまわりのみなさんの支えもあって、メダルも取れて本当に感動しました」。



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リング誌3月号は、97界目を数えるリング誌表彰の特集号。

表紙は史上最高のスイッチヒッター、テレンス・クロフォード。

日本人がらみでは、KO of The Yearに〝選ばれてしまった〟佐々木尽(vsブライアン・ノーマン)。Trainer of The Year に井上真吾。Round of The Year に堤聖也vs比嘉大吾の第9ラウンド。

そして、そして、FEMALE FIGHTER OF THE YEAR に輝いた晝田瑞希が6ページにわたって大きく特集。

2023年に井上尚弥が受賞したとき、特集号が発行されるはずの2024年は残念ながら休刊状態。

しかし、潤沢なオイルチャージを受けたサウジ版リング誌は29歳の日本人ファイターをしっかりフィーチャー。


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東京五輪の金メダリスト、入江聖奈に敗れてプロに転向。ここまで、10戦全勝2KO。

昨年はWBOジュニアバンタム級のタイトルを4度防衛、井上と同じように戦うチャンピオンとしての存在感を示しました。

ロスアンゼルスを拠点に活動、「私だってスーパースターになりたい」とドジャースの大谷翔平や山本由伸らへのライバル心も隠さないファイターです。

米国では女子ボクシングへの注目度がじわじわ上がっています。

「統一したい、階級を上げて注目されたい」という願いを叶える、ビッグファイトをいつの日か!
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