フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜

      Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。

カテゴリ: モルトの話 お酒の話

鯨肉が、とにかく大好きである。

一昨日の7月1日で、国際捕鯨委員会(IWC)を日本が脱退して3年が経ちました。

これまでの「調査捕鯨」でクジラは資源として消して枯渇するものではないというデータを揃えても、IWCが商業捕鯨を再開させなかった理由である「データに信頼性がない」という難癖は「知的野生動物のクジラを残酷に捕獲することは許せない」という、キリスト教国の独善でした。


クジラは、縄文時代から貴重なタンパク源として食べられ、骨などは生活道具の材料とされてきましたが、それは日本人に限ったことではありません。

人類は一人残らず、みんな、みんながクジラを愛してきたのです。

当たり前です。あんなロマンチックな食べ物が他にありますか?


くじら肉は、ほぼ全ての部位を美味しく食べることができるとともに、骨や髭も残らず有効に利用されます。

人形浄瑠璃を動かす操作索に、クジラの髭が使われているのは有名です。

筋肉である赤身部分や皮、畝(畝須)と呼ばれる下顎から腹の部分を始め、タン=舌(さえずり)、心臓・胃・小腸(百尋)などのもつ(内臓)も普通に美味しく食べることができます。

尾の身と呼ばれる尾の部分は霜降り、アホほど美味いのです。

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https://marukou-inc.co.jp/about-kujirameet/




名曲です(北野武さんが商業捕鯨推進派というわけではありません)。

居酒屋で、NHKスペシャル「鯨獲(と)りの海」を見てました。

このドキュメンタリーが野生動物を惨殺する光景にしか見えない人がいることも、なんとなく理解できます。

ただ、彼らはこっちを理解しようとは全くしません。

ボクシングでも、ヘビー級やミドル級が面白いのは日本人はみんな理解しています。村田諒太を突然変異としたら、日本人が事実上存在しないクラスでも、必要以上にリスペクトしてきました。

どんなに低脳な井上信者でも、教祖様がミドル級やヘビー級で同じことをやってのけていたら…それでも米国では大谷翔平の足元にも及ばなくても、野球がメジャーではない欧州など地球儀の大部分で、バンタム級とは比較にならないそれなりの注目を浴びていたということはわかるでしょう。

というか、それ以前にバンタムでなくウェルターやミドルなら日本での注目度が全く別次元です。

現時点の井上は、ファイティング原田は論外、長谷川穂積や西岡利晃、山中慎介ら、もっと真実を突けば〝亀田〟の延長上に過ぎません。

もちろん、井上は彼らの集団でトップランナーになりました。

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それにしても、奴らがこっちを全く理解しようとしていない、それどころか因縁まで付けてくる、そこが気に食わないのです。

わざわざ、高額の放映権料まで支払ってる井上に対して、感謝の一言も言わずに、放映権料の駆け引きに「井上なんて米国ではコアなマニアしかしらない」なんて書くESPNは喧嘩、売ってんのか、って話です。

もちろん、フライ級やバンタム級は興味がない、というのは歴史や文化や好みの問題です。

それなのに日本で欧米に媚び売る奴や、欧米にバンタム級の需要があると盲信してる真性の馬鹿がいることには幻滅と嫌悪感しかありません。

なんで「憧れ料」まで払って、ラスベガスという住所だけのしょぼい会場で試合して、「憧れ料」まで払わなきゃいけないのか。

横浜のクジラ屋で、大酒飲んだ帰り道。

もう一回、戦争して勝たないと、こういうのは我慢するしかないのです。もちろん、もう一回戦争なんて絶対にやってはいけません。

だから、こっちに明らかに正義があっても飲むしかないのです。

そうはいっても、30年先、50年先の日本を見据えるなら、現実の戦争はしないまでも〝もう一回戦争して今度は勝って、新しい仕組みを作る〟ような、劇的な攻撃が必要です。
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京都にある焼肉屋さんの有楽町店。

ガード下のお店です。 

先日、飲み会までのツナギで一人で入りました。
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生ビールから生センマイ、名物のホソ(マルチョウ)へ。
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カリッカリの皮とトロトロの脂身。

生センマイ、ハラミのえんがわに、シラズ(牛のフォアグラ)、シビレ(リー・ド・ヴォー)…。

美味しかったが、ツナギで焼肉屋は重い。 
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「はちびき」というちょっと珍しいお魚をいただきました。

私が鯖好きと知ってる方が、赤サバと呼ばれるはちびきを手に入れたので、どうぞということでした。

「とにかく早く食べて」と言われたので、保冷剤で包囲しながら帰宅して速攻で食べました。

弾力があって、動物の肉のように味が濃くて、美味しい。

これまでも何度か食べたことがありましたが、時間が経っていたのか歯ごたえはなく、少し臭みもあった記憶があります。

なるほど、はちびき。誤解してました。美味い。
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はちびきも美味い、サッポロ・クラシックも美味い。

というわけで、どういうわけだかわかりませんが、ボクシングの専門誌についてのお話。

このお題も何度か立ち上げてきましたが、私にはメキシコの知人友人がいません。日本でもボクシング専門誌が2誌もあるのですから、メキシコには月刊のリング誌メキシコ(スペイン語)版だけでなく、週刊誌やもしかしたら日刊紙もあるかもしれません。

いや、もしかしたら、彼らの熱狂の炎は紙や活字やらを燃料にできない種類のものかもしれません。
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まずは、日本の「ボクシングマガジン」から。

英国ボクシングニューズ誌から47年、リング誌から34年遅れる1956年創刊。ボクマガが発芽した、この1956年は、どういう時代だったのでしょうか?

1952年5月19日(ボクシングの日)に白井義男がダド・マリノを破って初めて世界タイトルを獲得し、日本中がボクシングに熱狂。1954年11月にパスカル・ペレスに敗れて陥落するも、その余熱は十分に残っていた時代、それが1956年だったはずです。

その、熱気に創刊したのがボクマガだったと推測できます。しかし、白井に続く二人目の世界王者は1962年10月10日まで、つまり8年間も待たねばならなかったのです。

この8年間で日本のスポーツシーンを圧倒的に席捲したのは力道山のプロレス、創刊から1年しか経っていない1957年には「月刊プロレス」に吸収される形で「プロレス&ボクシング」に。

それでも、現在の出版元はベースボールマガジン社、リング誌よりも経営は盤石です。日本でもボクシング人気は長らく低迷していますが、ボクマガは安泰です、多分。

価格は1,180円。初めて買った1980年代前半は600円、1970年後半は500円でした。
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ここで気づいたのが1976年はボクシングマガジン創刊30周年、表紙にもそのマークが記されています。

「スポーツとともに30年」「★ベースボール・マガジン社★創立30周年★」からは、ボクマガではなく、そもそものベースボール・マガジン社の創立30周年ということのようです。

個人的には、ボクマガ派です。

誌面構成や記事などが読みやすいと感じたのは、最初に手にとったのがボクマガだったからかもしれません

書店売り場を見ても、ボクマガ優勢と見えるのですが、実際にジムに通ったり部活に入るとボクビー派(昔はボクワー、ワーボク)が結構いるんです。

海外で仕事しててもボクシングの話なんてまずなりませんが、なることもあります。もちろん、私はリング誌派ですが、KOマガジン派も多いんです。

いずれも、私の狭い交友範囲の中での皮膚感覚ですが、ボクワー派やKOマガジン派の話を聞くと面白いものです。

ボクマガ派、ビー派などそれぞれの良さ悪さなどの個人的評価や偏見を寄せてくれたら嬉しいです。

気持ち良く酔って、軽く10分くらいで「ボクビー」や「リング誌」「英国ボクシングニューズ誌」などをサクッと書こうと思いましたが、深夜の邪魔が入って、ここまで。。

続きは近いうちにまた。
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変な時間に親子丼を食ってしまったので、お昼は抜こうと思いましたが、サッポロ黒ラベルTHE BARへ。
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生ビールは、パーフェクトとファーストの2杯。おつまみは蝦夷肉のスモークハム。

仕事する気がなくなる美味さです。
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ボクシングでも映画でも小説でも、何でもかんでも、人それぞれ「好み」があります。

7年前。もう7年も経つのに、今でも忌々しい記憶として鮮烈に覚えています。

2015年の5月2日の147ポンドの試合に、米国では没落一方のマイナースポーツにもかかわらず、ボクシングがCNNなど大手メディアが毎朝、毎昼、毎晩、大々的に取り上げていたのです。

試合までのカウントダウン。あの時期が、一番幸せやった〜。
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2015年1月に急転直下で交渉がまとまった、超弩級のメガファイト。

まだ、数ヶ月先だというのに米国の地上波ニュースでも「今日のパッキャオ」がトップで報じられるなど「マイナースポーツからメジャーに復活?」と大きな盛り上がりを見せていました。

しかし。しかし。しかし。

「没落ボクシングを救う」と期待された、試合でしたが…。

初めてボクシングを見る人でも「おーーーー!」っと、心が鷲掴みにされる展開にしなければならなかったというのに、あの2人、究極のエゴ野郎どもときたら…。

もうこれ以上ない醜悪な試合を見せられて、私はこのスポーツを一時とはいえ、大嫌いになって、リング誌やらを知り合いの古書店に売り払おうと、決断しました。

米国でもボクシングは斜陽、そして、身売りを繰り返し、没落一方のリング誌…。

捨てて当然のゴミです。
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ずーーっと、大昔。

高校の図書室に、洋雑誌が毎月届くのをドキドキしながら楽しみに待っていました。

その中でも一番楽しみにしていたのは、リング誌です。面白い記事はもちろん、リング誌のロゴまでメロメロに大好きなほどでした。

村上作品の中でも「

そんな80年代。日本の活字文化では、村上春樹の時代だった気がします。

村上は私の「好み」には全く合わず、むしろ嫌悪していました。

面白くないのは嫌いなんです。

私にとってはどう読んでも作品が面白くない、のです。私の感性が鈍いだけなのでしょうけど、面白くないものは、面白くありません。

今、思い返すと、村上のファン、ハルキスト?の存在も、おぞましいと見てしまったから、村上さんを最初からマイナスで見てたのかも知れません。

酔った勢いで吐き出すと、羽生結弦や井上尚弥の盲信的な支持者たちにも似た、気持ち悪さをハルキストに、感じてしまっていたのです。

…日本中を敵に回したかもしれませんが、これはある意味生理的なもので、どうしようもありません。

村上はさておき、私が、羽生や井上にどれほど感動を与えてもらったか。

それは、十分やら充分どころか、獣分レベルで伝わってると思うのですが、私の言葉や文章が拙いからわからない人もいるかもしれません。

まず、気持ち悪いのは、羽生や井上ではないのです。

そして、最初に書くつもりだった話は、どこかの街角に迷い込み「信者が嫌い。そいつらは真っ先に手の平を返すから」という、私の嗜好を垂れ流す話になってしまいました。

村上作品でも「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」(1999年平凡社)は、非常に面白く読めました。

「サントリークウォータリー」という企業色濃厚マガジンに連載されていた頃からのお気に入りで、単行本が出てすぐに買いました。

聖地アイラ島を中心にスコットランドを巡る旅エッセイで、奥様の陽子さんが撮った写真もちりばめられて、一種写真集の雰囲気もあります。

単行本は誰かに貸して行方不明になったので、今あるのは新潮社の文庫版。

行間から不思議な空気が流れるのは、ウィスキーの神様が魔法をかけてるからな訳はなく、陽子さんの存在が全く感じられないからです。

村上春樹がただ1人、スコットランドをウィスキー紀行した、そうとしか読めないからです。

写真家は黒子なんだから、当たり前なんですが。 
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例年になく忙しいのは、疫病と電子会議の攻撃のせいでござる。

この季節は大昔から忙しい故に、師走というのだらうけど、忘年会など息抜きも最も多い月だったのが、伝染病でほぼ壊滅なり。

さうして、大概の仕事は電子会議で賄えることが広く知れ渡り、同じ場所で顔を突き合わせて仕事するという大前提が崩壊したのでござる。

戦後の焼け野原からこの国は奇跡的な発展を遂げ、信じられないほど豊かになったのでござる。

拙者が上京して住んだのは廃屋まがいの集合住宅、風呂なし、便所共同、玄関も共同、その玄関にある赤電話が外部との唯一の接触手段でござった。

それが今では、高価な携帯電話を誰もが持っているでござる。

映画館で一期一会と目を凝らした銀幕は、今では電車の中でもどこでも楽しめる候。

中国や羅馬などの古代王朝は駅伝制度を敷いて遠方の情報を当時としては革新的な速さで収集したでござるが、今や市井の小市民でも世界中の情報を瞬時に手に入れることが出来るなり。

何という豊かさ、何という贅沢じゃ。

それなのに、廃屋の四畳半の時代の方が、あるいはそのずっと以前の時代の方が、みんな明るい顔をして笑っていたと思うのは、過去を美化してるだけでござろうか?
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東京地下鉄の車内広告を見て、そんなことを思い侍らせたなり。

一人酒でへべれけに酔いながら、個人情報の尊厳も、優越的立場に便乗した嫌がらせも無かった時代を郷愁するのでござる。

学生時代の飲み会では、さまざまな阿呆な遊びに酔っていたでござる。

こんなふうに徒然と書き連ねたのは、洋風居酒屋で片仮名言葉禁止、口にしたなら一気飲みという阿呆なお遊びを思い出したからでござる。

「麦酒を大きな杯で」「赤葡萄酒」「野生の七面鳥と追い水」「馬鈴薯の油揚げ」「西洋風お好み焼き腸詰乗せ」…。

ゼスチャーやメニュー指差しは禁止、店員に聞き返されるのは2度まで、あるいは注文と違うものが出てきても罰飲みが課されるのでござる。

ここまで書いて、浅草「キッド」「Netflix」と書かれた写真を載っけてたと気づいた阿呆でござる。さらに「ゼスチャー」「メニュー」。


帰宅して、自ら罰飲みでござる。そういえば「野生の七面鳥」があったはずでござる。
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会社の〝大谷世代〟の若い子らとお酒。


10時前にお行儀良く解散。

夜の街にも賑わいが戻ってきました。

うちの会社は4人まで・10時までルール。

これくらいの人数なら2年に一回くらい会社の人間と飲むのもまた楽しからずや、です。
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今夜はしっかり一人酒。

シメにラーメンと思いましたが、目当ての店が並んでいたので、プランBの一風堂へ。

コロナ前は中国人観光客に占拠されていた一風堂ですが、すんなり入店。

生ビールと白丸ラーメンを注文。
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何年かぶりに食べましたが、さすが人気店、スープも麺も具もよく出来ています。

優等生です。

美味しかったです。

個人的には、もっと荒削りで、丼の底に骨髄がどろりと溜まってる、豚骨臭い博多ラーメンが好みなんですが…。
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町外れの古くて小さな映画館。

高校時代にそこで観た映画の数々は、登校拒否で友達の少なかった私にとって、本当に貴重な時間でした。

そこで胸震わせた、お気に入りの映画は数え切れません。

マリリン・モンローの出演する映画もそうでした。

映画好きになる前から、マリリンは名前と顔の一致する伝説の女優でしたが、多くの人と同様にそのイメージはセックスシンボルとして、でした。

しかし、彼女の何本かの映画を観終えると「これほど勘違いと過小評価された人物が他にいるだろうか!」と、新鮮な感動と変な義憤に囚われたのを思い出します。

マリリン(1926年生まれ-1962年没)は私が生まれるとっくの昔に天国に行ってしまいましたが、私の中では今でも生き生きと躍動しています。

そもそも、会ったこともないグレートです。最初からこの世のものとは考えていません。

今年、天国に行ったマーベラス・マービン・ハグラーもそうですが、会ったこともないグレートがこの世にいなくなったなんて、なんの実感もありません。

マリリンやハグラーが死ぬわけがない、と半分真剣に信じています。

これが肉親や友達ならもう会えない、電話しても出てくれないと思うと悲しくてたまりません。

しかし、一度も会ったことも、話したこともなく、電話番号なんて知るわけもないマリリンやマービンなんて、私の中では死ぬ道理がないのです。

私の中で、彼らが死ぬときがあるとしたら、それは私が死ぬときです。
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前置きが長くなりましたが、「シャネルの5番」が銀座松屋の壁面大広告にズラーっと展開されていました。

CHANEL No5

化粧品や香水など全く興味のない私でも、これは知っています。

1952年、ライフ誌のインタビューで「寝るときに何を着て寝るのか?」と聞かれて、全裸でというのが恥ずかしくて「シャネルの5番」と答えた伝説の香水です。
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この録音テープが10年くらい前に発見され、CMでも使われたときは結構な感動でした。

容器のフォルムは、先日飲み干した「ジムビーム デビルズカット」とよく似たフォルムの容器ですが、きっと値段は全く違うんでしょう。

モンローが語らなければ、私なんかは絶対に知らなかった「シャネルの5番」。

みんな知ってる有名な話だし、それがどうしたってことですが、マリリン・モンローは偉大です。

あの大看板を見上げて「シャネルの5番といえばマリリン・モンローが…」なんて会話を、きっと何人もの人が交わしていることでしょう。

やっぱり、マリリン・モンローは亡くなってなんかいません。
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駅の発車メロディ。

これ、いつころから始まったのか、少なくとも私が上京した30年前はなかったような気がします。

有名どころでは高田馬場駅の「鉄腕アトム」や上井草駅の「機動戦士ガンダム」。

よく利用する東京メトロなら上野駅さくら」に神田駅お祭りマンボ」、三越前駅お江戸日本橋」、銀座駅銀座カンカン娘」…。
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そして、浦賀駅の発車メロディーは、ゴジラであった。

ゴジラって浦賀から上陸したんだっけ?

ペリーの黒船に、ゴジラ。

「とんでもない外敵が上陸するのは浦賀」ということなんでしょうか。
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日本って平和です。素晴らしい。

これが中東あたりなら、ペリーなんて今も不倶戴天の敵かもしれません。
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駅前のすし居酒屋で軽く一杯、生ビール→辛丹波2合にお好み4貫で1,700円。安い。

右端の赤エビ(昔は多くの店でボタンエビと詐称してましたが、輸入物の赤エビでも十分美味しい)は、ちゃんと頭を炙ってくれてました。 

店員は二人だけ。「二人でやってますんで少しお待たせしますがすみません!」。

緊急事態宣言解除でフルオープンになったはいいものの、アルバイトの人出が足らずに大変だそうです。 

店が混んできたので、退散〜。 
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