フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜

      Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。

カテゴリ: ヘビー級が動くが如くボクシングは動く

今まで、米国のPPVイベントが安いと思ったことは一度もありません。

カリフォルニア州カーソン、デグニティ・ヘルス・スポーツ・パーク(←スタハブセンター←ホームデポ・センター)で行われたFOXのPPVイベント。

今回の販売単価は$49.95。日本円で約5500円。高いです。しかし、昨年の「チャーロ兄弟」「ガーボンタvsサンタクルス」が $75=約8250円だったことを考えるとかなり抑えられた価格設定です。

メインイベントがヘビー級トップ戦線生き残こりを賭けたアンディ・ルイスJr.とクリス・アレオラのノンタイトル12回戦。

世界戦はWBAのミドル級と、フェザー級暫定の決定戦が行われましたが、いずれもセカンドタイトル。

それでも、面白い試合が続きました。

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Middle Contest, 12 Rounds
vacant World Boxing Association World Middle Title 

エリスランディ・ララvsトーマス・ラマナ

 
村田諒太のスーパー昇格で空位となったセカンド王座がステイクされた決定戦。 

亡命キューバ人のララはWBAジュニアミドル級のセカンド王者(ファースト王者はジャーメル・チャーロ)。

対するラマナはWBA Fedecentro(中米カリブエリア)王者、典型的な〝地域タイトル〟ホルダーで、世界基準の強豪との対戦はありません。

BoxRecの写真がメガネをかけてること、渾名がCornflakeということからも「ここまで弱そうな奴はめったにいない」「こいつがララに勝ったらびっくり」と最初からバカにされまくってたWBA特製の純度100%雑魚ランカーです。

レベルが低い日本ミドル級タイトルですら、極めて怪しい実力のWBAランカーです。 

いつも引いて戦う38歳のキューバ人が80秒で仕事を終わらせたのは、試合前にラマナが「ララをノックアウトする最初のボクサーになる」と挑発を繰り返していたことに怒りの拳を振り回したからではありません。

それは、毎度のことです。

左ストレートの軌道にあまりにも無防備にスッと入ってきた29歳の白人のレベルが劣悪だったからです。

このレベルの試合で「年間最高KO賞候補」と騒ぎ立てる解説者のオツムを疑います。そして「村田は大晦日のゲンナディ・ゴロフキン戦の前にララと戦ったら倒される」とも。

ふざけるな、ボケ。

アッサン・エンダムが村田戦の前にアルフォンソ・ブランコを1ラウンドワンパンチで沈めたときも大騒ぎ、ブランコとラマナはレベルが違いますし、ESPNの年間最高KO賞にも選ばれましたが、村田とは力比べは全く出来ませんでした。

ララは「ミドル級は快適だが、ジュニアミドルでジャーメルvsブライアン・カルロス・カスターニョの勝者と戦いたい」と、残念ながらミドル級にはとどまらない模様です。

ミドル級にいてくれたら、エンダムと同じようにキャリア初のKO負けを経験させてあげたのに。

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WBA世界ヘビー級王座挑戦者決定戦

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自分をコントロールできない規律にかけた二人が、頑張って肉体を絞って激突したメキシコ対決は予想以上の好試合になりました。

メキシコヘビー級の新旧対決は「新」の31歳ルイスが「旧」の40歳アレオラをKOできるかどうかが焦点の試合でした。

厳しい敗北を重ねた老兵では、ルイスの速くて重い攻撃に反応できない。

ルイスの判定勝ち。スコアは118-109, 118-109 and 117-110。大方の予想は間違いではありませんでしたが…。

直前のオッズはアレオラ勝利が18倍まで跳ね上がって、試合開始ゴングが鳴らされました。
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ルイスが主導権を握ったかに見えたオープニングラウンドから一転、第2ラウンドは、40歳のアンダードッグが右強打でダウンを奪います。大番狂わせの香りが一気に匂い立ちます。

アレオラの追撃に、続く第3ラウンドもルイスはダメージを深めますが、第4ラウンドから最終12ラウンドは31歳がゲームをコントロール、ボディショットとジャブで劣勢を立て直しました。

終盤は、採点で勝てないことに覚悟を決めたアレオラが悲壮なアタックを試みましたが、再び強打をヒットすることは出来ないまま、試合終了のゴング。

試合後半、アレオラが何度も左肩を回し、怪我してしまったのは明らかでした。

言い訳にはなりませんが、万全の状態で玉砕させてあげたかったです。

40歳のナイトメアは勇敢に戦いました。
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2019年6月1日。ニューヨーク、マディソン・スクエア・ガーデン。

英国のスーパースター、無敗のヘビー級王者アンソニー・ジョシュアの米国初上陸。そのお披露目以外の何の意味もない試合でした。

英国から大西洋を渡ったファンの数は、なんと約8000人。

鬼神の強さを見せていたマニー・パッキャオに挑んだリッキー・ハットンの応援団でも約4000人でしたから、ジョシュア人気の大きさがよくわかります。

圧倒的不利と見られたハットンとは違い、WBA/WBO/IBF3団体統一王者のジョシュアが迎え撃つのはジャーレル・ミラー。戦前のオッズはアバウト6-1、英国ファンは安心して見ることができる楽勝ゲームと見られていたことも、多くの英国人がMSGに駆けつけた原因でした。

そして、ミラーが薬物検査で陽性反応を示して、試合前1ヶ月で代打出場が決まったのが普段は建設現場で生活費を稼ぐアンディ・ルイスJr.

愚かなミラーに幻滅、現代のバター・ビーン、ルイスでは試合への興味は完全に失われてしまいます。オッズは11-1にまで開き、専門誌の専門家予想も気の抜けた内容になりました。
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あの夜、ニューヨークに衝撃を走らせたルイスは歴史の残る大番狂わせを起こしただけではなく、もう一つの偉業、史上初の〝悲願〟も同時に達成していました。

メキシコの悲願、です。

ボクシング大国メキシコでは「ヘビー級王座獲得」はこれまで6度挑戦していずれも届かなかった、ミッション・インポシブル。

MSGで大番狂わせを起こし、メキシコにヘビー級王座をもたらしたルイスが瞬間的にはカネロ・アルバレスも凌ぐ国民的英雄に祭り上げられたのは当然でした。
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大統領府を表敬訪問したルイスはロペス・オブラドール大統領と面会。

莫大な報酬と、大好物のスニッカーズをはじめ複数のCMスポンサーも名乗りを上げ、この世の春を謳歌したルイスでしたが、半年後の再戦でジョシュアに封じ込められてしまい、わずか半年の短い治世が終わってしまいました。
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さて、このルイスが、メキシコの6度挑戦の中で唯一3度トライしているクリス・アレオラとルイスが生き残りをかけて、土曜日に激突するのです。

オッズは、ウィリアムヒルがルイス勝利に賭け金が別途できないほど。PADDYPOWERではルイス勝利は1/40(1.026倍)。タイソンvsダグラスの1/42に迫る歴史的なローリターンの掛け率です。

31歳のデストロイヤーと、40歳のナイトメア(悪夢)。

デストロイヤーが喫した敗北は空位のIBF王座を争ったジョセフ・パーカーと、ジョシュアの再戦の二つだけ。パーカーを追い込み、ジョシュアを最後まで慎重に戦わせたパワーとスピードは現代最高クラス、12年35戦のキャリアで、いまだに惨敗を知りません。

一方のナイトメアはキャリア6敗のうち4つが直近10試合(4勝4敗1分1無効試合)でなすりつけられた黒星で2つのKO負けを含みます。
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長らくメキシコ・ヘビー級希望の星だったアレオラは、3度の失敗を重ねる中でファンの期待は希釈化、そこにルイスが登場したのです。

自己管理、規律に甘いという共通点がある二人だけに前日計量の体重計の針がどこまで揺れるかも注目ですが、勝敗に関しては勢いに差がありすぎます。

歴史的な番狂わせを起こしたルイスが、歴史的な番狂わせに沈むというのも物語性はあるといえば、ありますが…。
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ボクシングのメガファイト、超高額のファイトマネーはPPVによる売り上げと site fee(招致フィー)、ゲート収入が、主な源泉です。

@100ドルのPPVを100万世帯に売ると1億ドル。

100万世帯PPVファイターのフロイド・メイウェザーやマニー・パッキャオ、カネロ・アルバレスの試合の招致フィーは1000万ドルから2000万ドル、対戦相手によっては5000万ドルまで跳ね上がります。

このステージまで登り詰めると、アスリート長者番付で上位にランクされるフォーブス・ファイターの仲間入りです。

昨年、この長者番付に入ったボクサーはタイソン・フューリーの11位が最高。ファイトマネー5000万ドル+エンドースメント(スポンサー収入)700万ドル=5700万ドルを稼ぎました。

続いて、19位にアンソニー・ジョシュア。ファイトマネー3600万ドル+エンドースメント1100万ドル=4700万ドル。

デオンティ・ワイルダーがジョシュアに肉薄、20位。4600万ドル+50万ドル=4650万ドル。

メイウェザーの退場からボクシング界の顔だったカネロ・アルバレスはパンデミックの影響から1試合をやり逃してしまい3500万ドル+200万ドル=3700万ドルの30位と伸び悩みました。

大坂なおみ(3740万ドル=40億2800万円)は女子史上最高額、男女総合でも29位で、カネロをかわしました。

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この、フォーブス・ファイターのトップ2、フューリーとジョシュアの決戦に、サウジアラビアが1億5000万ドルで招致に手を挙げました。

2019年12月の「ジョシュアvsアンディ・ルイス第2戦」では6000万ドルで引っ張り込みましたが、今回はその2.5倍の1億5000万ドル。まあ、相手がジョシュアよりも世界的人気は上のフューリーですから、当然の金額です。

一説には「実際には2億ドルが用意されている」とも。

メイウェザーやパッキャオ、カネロのメガスター相場の約10倍です。おそらく「パックメイ」の招致フィーも大きく上回るのではないでしょうか。

まだ、契約は合意に達しておらず、当然日程も未定だというのに先走っています。さすが、ヘビー級のメガファイトです。

ラスベガスのカジノが莫大な招致フィーを支払うのは、ホテルや他のイベントへ観光客を集める強力なフックになるからで、デビッド・カッパーフィールドのイリュージョンにもメイウェザー並みの招致フィーが支払われていると見られています。

メイウェザーvsパッキャオではラスベガスのホテルは一室残らず予約が入り、MGMグランドが買い取ったチケットは文字通りのプラチナに、系列ホテルで生中継するクローズドサーキットもソールドアウト。経済効果は1億ドルともいわれました。

あの史上最大のメガファイトの招致フィーは、9000万ドル払っても1000万ドル丸儲けだったことになります。

では、今回のサウジアラビアは1億5000万ドルも払って、元がとれるのでしょうか?

もちろん、取れるわけがありません。

五輪やサッカーW杯を招致するのと同じ感覚、国の内外に向けた国威発揚が目的です。

「モハメド・アリvsジョージ・フォアマン」のRumble in the jungle(1974年10月30日)を招致したザイールのモブツ大統領、「アリvsジョー・フレイジャー第3戦」のThe Thrilla in Manila(1975年10月1日)のフィリピンのマルコス大統領とまったく同じ構図です。

70年代に独裁者が用いた手法が、半世紀後の現代に蘇りました。

様々な事件から、今更ですがサウジも70年代のザイールやフィリピン並みの独裁国家ということの証左です。

ゲート収入は期待できないものの、ここにDAZNから放映権料、スポンサー収入が上乗せされるわけです。

この両者の報酬は「メイパック」 も超えるかもしれません。
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欧米時間ハロウィンの10月31日は、ボクシングの復活を告げるようなイベントが米国でも英国でも開催されました。

世界で最も注目を集めたのは、おそらく「オレクサンダー・ウシクvsデレク・チゾラ」。

戦前のプレス発表からチゾラがイベントの盛り上げ役を一手に引き受け大暴れ。

前日計量でもジョーカーのコスチュームで「ハロウィンファイト」を煽りました。 
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ウクライナのもう一人のハイテク、元クルーザー級完全統一王者の野望が実現するのかどうかを占います。

試合結果はユナニマスデジション(115-113*2/117-112)で、ウシク勝利に何の問題もありません。117−112はどうかと思いますが、アリかなあ。

問題は、その内容です。

For significant periods of time during the bout, Usyk looked extremely uncomfortable, as if he was running out of room trying to evade his 255-pound opponent, who outweighed him by nearly 40 pounds.

試合全般を通して、ウシクは約40ポンド重いチゾラの重圧をさばくのに精一杯で、非常にやりにくそうに戦っていた。


そうなんです、主導権を握って思い通りに戦っての115−113ではありませんでした。その欲求不満は見てるファンも同じで「こんなにひ弱でタイソン・フューリーやアンソニー・ジョシュア、デオンティ・ワイルダーとどうやって戦うんだ」と心配が募るばかり。

チゾラの「ずっと攻勢を取ってたのに、ジャッジは評価してくれなかった。思い通りのボクシングをしたけど、判定には失望している」という言葉も、いつもの負け惜しみには聞こえません。

ウシクが抱える問題は、その評価を見れば一目瞭然です。リング誌ではPFP4位という高評価にもかかわらず、ヘビー級では10位圏外。

「PFPではトップクラスだがヘビー級では通用しない」という、ヘビー級ならではの厳しい現実です。

ウシクの身長191㎝/リーチ198㎝というサイズは、現代ヘビー級においては小柄です。さらに、その骨格より問題なのはチゾラ戦でも217.25ポンド(98.5㎏)というウェイト。

チゾラも187㎝/188㎝とフレームはウシク以下ですが255.5ポンド(115.9㎏)の巨漢、いわゆる〝アンディ・ルイス〟型です。

38.25ポンド、17.35㎏の差をもろともせず「ウシクはPFPファイターとして立派に戦った」といえますが、それはあくまで「PFPファイターとして20㎏近い体重差を跳ね返した」というだけのことで、ヘビー級で頂点を狙うにはあまりにも弱々しい姿を晒してしまいました。

“I think my boxing was good. It is really testing at heavyweight. He was a big guy, a hard guy. It's beautiful boxing (at heavyweight), I love boxing,” he said following the bout.

悪いボクシングじゃなかった。まだテスト段階。彼は大きくてやりにくい相手だった。美しいボクシングが私のやり方。


ヘビー級で戦いながらも、ウシクはWBCが新設を発表している「224ポンド級=仮称スーパークルーザー級」でも相当に軽く、スーパークルーザー級の初代王者決定戦の出場者候補にも挙げられています。

スーパークルーザー級で肩慣らししてから、再挑戦…。それも仕方がないと思えるほど、ヘビー級の壁は高く厚く重い。

ウシクならスーパークルーザーでも完全統一できるでしょう。欧州で一定の人気があるクラスだけにWBSSも手を出すかもしれません。

それにしても、この壁に日本人が風穴を開ける日が、いつか訪れるでしょうか?
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今日も暑かったです。

渋谷で会議、昼休みに外に出るとあまりの熱気に部屋に逆戻り。出前を注文することに。

窓から見下ろすと薄汚い貯水タンクの上で鳩が日陰でジッとしてました。
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さて、BOXING NEWS24のBoxing Survey Series「オリジナル8」での各階級歴代特集もPart8、最後の8階級目、ヘビー級です。

このシリーズの傾向が掴めないまま、最後のヘビー級。私の予想はジョー・ルイスでしたが、モハメド・アリでした。
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ちょっとだけ話が逸れますが、リング誌の80年代PFPは1位がシュガー・レイ・レナード。

4位がマイケル・スピンクス、7位がマイク・タイソン。タイソン信者の一部は「圧勝したのにスピンクスより下はない!」と騒ぎましたが、彼らは「旬の強い相手に勝たないと意味がない」という真理がどうしても理解できないバカなのです。
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ラリー・ホームズの3位、レノックス・ルイスの4位は唐突な唯物主義ですなあ。この物差しを当てるならクリチコ兄弟はもっと上です。

いろんな人のポイント投票制だから傾向も主義も物差しもないんですが、実際は。

タイソンはこのランキングでは意外と評価が高く9位と10傑入り。1位票を投じた勇気あるボーターも一人います。スピンクスはまさかの圏外(ライトヘビー級では3位)。

さすがヘビー級と思えるのは、他の階級がオリジナル8ではない〝水増し階級〟 を主戦場にしたボクサーも目に付いたのに、30位まで綺麗にヘビー級で戦った「巨人」が居並びました。
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健康を維持しながらの減量とリバウンド。

それが理想ですが、実際には井上尚弥らが告白しているように「(脱水症状で)足が痙攣する」ことは。ボクサーの減量では珍しくありません。

適正体重は、まさに個体差があるものの典型ですから、多くの指標は絶対的な意味を持ちません。

それを踏まえながら、ざざっと「指標」を並べると…。

BMI=体重(Kg)÷(身長m)の二乗
例えば…
18.5未満 → 痩せ型
18.5~25 → 普通体重
25以上 → 肥満


標準体重(Kg)=22×(身長m)の二乗
身長150cm → 体重 49.5Kg
身長160cm → 体重 56.3Kg
身長170cm → 体重 63.6Kg 


美容体重=BMIが20となる体重。
身長150cm → 体重 45Kg
身長160cm → 体重 51.2Kg
身長170cm → 体重 58.8Kg 


モデル体重=BMIが19となる体重
身長150cm → 体重 42.8Kg
身長160cm → 体重 48.6Kg
身長170cm → 体重 54.9Kg


それでは、ここでデオンティ・ワイルダーとアンディ・ルイスJr.という、両極端なサンプルをBMIで〝診て〟みましょう。

ワイルダーは身長201㎝の長身ですがタイソン・フューリー第1戦(212.5ポンド=96.4kg)のように100kgを大きく下回る体重で計量することも珍しくありません。

一方のアンディ。身長188㎝と巨人の森では埋もれてしまう小人ですが、アンソニー・ジョシュアとのリマッチではなんと283.7ポンド=128.7kgで体重計を軋ませました。

BMIを当てはめるとワイルダーは「23.86」で、意外かもしれませんが「瘦せ型」ではなく「普通体重」なのです。
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ワイルダーは、幼い頃に川で溺れかけたところをクジラに助けられたそうです。

「信じられないなら信じなくていい。ただし!信じた方がハッピーになれるぜ!」。…おっしゃる通りです。だから私も信じてます、淡水の川にクジラがいたということを!
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ボクサーとしては「瘦せ型」に見えるワイルダーでも、BMIは適正体重とはいえ「重め」。骨皮筋男に見えても、やはり筋肉の塊です。


そして、きっと、軽量級ボクサーは「瘦せ型」だろうなと思いきや、井上尚弥で前日計量(つまりバンタムリミット)のBMIは「19.47」。

ギリギリとはいえ「適正体重」なのです。それで、減量が厳しいということは井上もまた、118ポンドの筋肉の塊ということです。

BMIをボクシングの適正体重と考えるのは愚の骨頂ですが、健康体の目安としては井上は59.9kgがど真ん中。

もし、井上がサッカー選手など無理な減量と無縁のアスリートならフェザー(126ポンド=57.15kg)〜ライト(135ポンド=61.23kg)が 最もスタミナとキレを高次元で結晶できるウエイトレンジと考えられます。

もちろん、この領域に踏み入れるということは相手のタフネスやパワーもバンタムとは桁外れになるわけですが…。
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そして、注目のルイスJr.。真打登場!です。

BMIでは適正体重77.76kgに対してなんと51.24kgオーバー。

BMIは「36.5」で「肥満3度」です↓ 。いや、今度は「肥満4度」を突破して欲しいですね、ここまできたら。
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適正体重とのギャップが+51.24kgって…フライ級より重いやん.…。

BMIで「19.47」の井上、「23.86」のワイルダー、そして「36.5」のルイスJr.が〝同居〟しているスポーツなんて、他に例はありえません。

「アンディさんが特別なだけでボクシングが特別じゃないだろ!」という声も聞こえてきますが、他のスポーツにアンディさんみたいなのは出現しません。

サッカーW杯のフィールドにあんなのが姿を現したら、スタジアムは悲鳴(歓声?)に包まれるでしょう。

ボクシングファンは普通にビールを飲みながら「バタービーンはもう少し産まれるのが遅ければ 世界王者になれたのに」と笑うだけです。
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ヘビー級の大型化は今に始まったことではありません。

ヘビー級が始まってから、ずっとこの傾向が続いています。

それが無差別級である限り、彼らは永遠に巨大化していくでしょう。



では…。



ジャック・デンプシーやロッキー・マルシアノのような、185ポンド(84kg)の世界ヘビー級チャンピオンを私たちが目撃する機会はもうありえないのでしょうか?
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「アリが現代に生まれていたらクルーザー級で戦っていた」という見方は見当はずれもいいところ。アリが無差別級以外で戦うわけがない!


確かにベスト体重が185ポンドのデンプシーやマルシアノが現代に生きていたら、クルーザー級(200ポンド)で戦っていたでしょう。

それにしても良かったです!デンプシーがクルーザー級がない時代に生まれてくれて!

しかし、デンプシーやマルシアノが、2メートル/250ポンド(113kg)を超える巨人の森となってしまった現代のヘビー級に迷い込むと、多くのファンが考えるように跡形もなく粉砕されるだけなのでしょうか?


おそらく、それも思い違いです。


「現在のボクシングシーンは『17』階級だが、実際には20階級はある」という見方があります。

もちろん、「18」「19」「20」の3階級は「スーパーヘビー」「スーパー*2ヘビー」「スーパー*3ヘビー」です。

現状の「17」(ヘビー級)はもちろん「16」(クルーザー)でも小さく軽いデンプシーやマルシアノが「20」で通用するわけがない…これは一見、正論に聞こえてきます。

デンプシーやマルシアノがそのフレームだけなら「Boxing−20」はおろか「17」のクラスの住民票すら持っていないことは誰にだってわかります。

マイケル・スピンクスやイベンダー・ホリフィールドは「17」の通行手形を手に入れましたが、そこで待ち構えていたのは「18」「19」「20」の洗礼でした。

体重85kgは、そもそもがクルーザー級(90.7kg)にすら10ポンド以上もショートしているわけですから、そんな才能がもしいたとしてもヘビー級に挑戦することは常識ではありえません。


そう、normal(日常)では。


しかし、ボクシングはパンデミック以前からabnormal(非日常)の世界です。

そして、私たちはすでに〝85kgでヘビー級を無双する〟レベルの現実をついこの間まで、目の当たりにしていたのです。

もしも、彼らのような傑出した才能が185ポンドなら、躊躇なく無差別級に挑んだことでしょう。

185ポンド(84kg)の世界ヘビー級チャンピオンを私たちが目撃する機会は、十分ありえます。



世界的にも「ヘビー級回帰」が顕著な時期です。いろいろな持ち札から〝85kgでヘビー級を無双する〟を考えていきます。
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リング誌7月号はゲスト編集長にタイソン・フューリーを招いた「二人のタイソン特集」。

1988年8月12日。父親ジョン・フューリーから、6ヶ月半の早産でわずか1ポンド!で生まれた赤ん坊は「強くなれ」と「タイソン」の名前を与えられました。タイソン・フューリーです。

1966年6月30日。ニューヨークの治安が今では考えられないほど劣悪だった時代に、最も危険なエリアとされたブルックリン区ベッドフォード・スタイベサントでこの世に生を受けたのがマイク・タイソン
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タイソン一家が住んでいたブルックリン区ベッドフォード・スタイベサントの178号棟アパート。

二人のマイクの見た目は肌の色だけでなく、何から何まで対照的です。

フレームは、フューリーは身長206㎝/リーチ216㎝。対するマイクは178㎝/180㎝(諸説あり)。

そしてウェイトは、フューリーが先日のデオンティ・ワイルダー戦で273ポンド(123.8kg)で仕上げたようにヘビー級史に残る重量なのに対して、マイクは多くの試合を220.7ポンド(100kg)を下回る軽量でリングに上がりました。 

そんな二人の特集をご紹介する前に、マイク・タイソンの歴史的評価について火曜日の昼休み、ちょっと時間を割いてみます。

一言でいうと、日本での評価が異様に高いのがマイク・タイソンです。

2度の来日での過剰な報道に、プロレスや総合格闘技のタイソン招聘への煽りが過大評価を積み重ねていったのです。

リング誌の評価では年間PFPと見て差し支えないBEST FIGHTER POLL で1988年と1989年にトップ評価(ただし全盛期のパックメイのような〝満票〟は集めることはできませんでした)と、無敗時代はその実力が高く評価されていました。

ただ、レベルが激落したヘビー級シーンで突出しているだけで強豪とは戦っていない、という無双状態のボクサーに付き物の批判からは免れませんでした。

とはいえ、ヘビー級です。フライ、バンタムならともかくヘビー級でそれを持ち出すと、他のスポーツでも「今年のペナントはレベルが低かったから首位打者の価値は下がる」ような戯言も言えちゃうことになります。

リカルド・ロペスや井上尚弥には「上のクラスに強いやつがいくらでもいるだろ」とケシかけることは出来ても、ヘビー級でそれを言うのは不条理です。

ただ、マイクの場合は強い相手にはことごとくノックアウトされ、恐怖から反則行為に走るなど精神的な脆さは歴史上でも他に類を見ないレベルでした。

マイクのキャリアで最強はイベンダー・ホリフィールドとレノックス・ルイスですが、その二人にことごとく破壊されたこと、その何もできない戦いぶりは多くの専門家を幻滅させるのに十分でした。

実際に、マイクが活躍した80年代と90年代の「10年区切りのPFP」では80年代で7位に入るのがやっと。タイソンの上にはシュガー・レイ・レナード(1位)、マービン・ハグラー(2位)、サルバドール・サンチェス(3位)、マイケル・スピンクス(4位)、トミー・ハーンズ(5位)、フリオ・セサール・チャベス(6位)が名前を連ねました。

おそらく日本のタイソン信者は「スピンクスより下なんておかしい!」と怒るかもしれませんが、海外では「9位のホームズはタイソンより上でしょ、普通は」というのが多くの見方でしたが、リング誌は「これは80年代区切りのランキング。80年代のホームズは衰えが激しかった」としています。

実際に、現在生きている「存命PFP」ではホームズは10位、タイソンは圏外です。

タイソンについては、自分で考えて練習することができないマイクにあくまで練習の一環としてナンバリングシステム考案したテディ・アトラスが「愚かなケビン・ルーニーは試合でもそのまま打たせている。チェスで先に打ち手を教えるようなもの」「マイクはイメージを膨らませながら練習ができない。ロボットと同じ。しかも心臓が触れたら砕けるほど弱い」と見放しました。

しかし、アトラスは「素質だけなら最高の選手」と認め「考えながら練習ができて、強いハートを持っていたらホリフィールドやルイスにも勝てた」と評価しています。

もちろん、アトラスの評価もタイソンについて回るタラ・レバのオンパレードなんですが。

タイソン信者が名トレーナーと盲信しているルーニーは風見鶏なだけでなく、アトラスの理論を間違って応用する最低トレーナーでした。

ビニー・パチエンザを指導したりもしましたが、他の有名選手からは無視され、悪い話しか聴きませんでしたが、やはりタイソン伝説の恩恵で日本のドキュメンタリーでは「稀代の名トレーナー」と紹介されることが多いのは笑うしかありません。

殿堂入りの際も、タイソンの評価については①強い相手にことごとく負けている。その負け方が最低。②凶悪犯罪の前科が多すぎる…ということから殿堂クラスの業績じゃないと議論されました(結局は一発殿堂)。

個人的には前述のように「ヘビー級は特別」です。そして、80年代後半から90年代にかけて世界のボクシングを盛り上げたのはタイソンです。その功績はあまりにも大きく、一発殿堂が議論になる方がどうかしています。

この、マイクと現代ヘビー級最強と目されるヒューリーのexhibitionが一時期噂されましたが、このご時世でのチャリティとしてならアリとは思いますが…。
 
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リング誌5月号の扉ページ、ダグ・フィッシャー編集長による「RING SIDE」のご紹介です。

米国ヘビー級の最後の砦、デオンティ・ワイルダーへの応援歌です。

ワイルダーのスタイルは、日本人はもちろん世界中のボクシングファンが大好きですが、米国では「ヘビー級」「黒人」というプリズムにも通されて、特に黒人ファンにとっては特別な存在です。

米国ボクシングの世界では「白人がマネジメントして黒人が戦い、白人がその果実のほとんどを得る」システムが基盤にあります。

「白人のマネジメント」にはプロモーターやメディア、コミッション、承認団体などリングの外でファイターから搾取する全てのシステムが含まれます。

フィッシャーは黒人ですが、本来は「白人側」のメディアで仕事をしてきた中で、不条理な差別に苦しんだことも少なくなかったはずです。

黒人歴史月間への思いを込めたコスチュームで入場し、そのコスチュームを敗北の言い訳に使ってしまったワイルダーには複雑な思いもあるでしょうが、心の底からのエールを送っています。

青字は私の加筆です。
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▶︎▶︎▶︎タイソン・フューリーに敗れたデオンティ・ワイルダーは「45ポンドのコスチュームを着たことで、試合前の時点で両足が弱ってしまっていた」と敗因を語った。

ワイルダーの言い訳は「マーク・ブリーランドのタオル投入が早すぎた。KOする自信があったのに」→「40ポンドのコスチューム」→「45ポンドのコスチューム」と変遷してきた。

*なんとなく、次はコスチュームの重さが50ポンドになってそうな気がするのは気のせいじゃないでしょう。

ボクシングで敗者が言い訳をするのは珍しいことではない。

*そういえば、辰吉丈一郎はビクトル・ラバナレスに敗れたとき「あれは弟だった」と言い訳していましたね。

この言い訳は、特にヘビー級チャンピオンにおいて顕著に見られる。

かつて、世界ヘビー級チャンピオンはボクシングの枠を超えてスポーツの王様であった時代が存在した。

そんな時代に、世界ヘビー級チャンピオンは理由もなく敗北することは許されなかった。

1919年、ジェス・ウィラードは58ポンドもの体重差がある小さなジャック・デンプシーに3ラウンドで粉砕され、敗因を聞かれると「デンプシーはグローブの中に異物を仕込んでいた」と答えた。

そのデンプシーは1927年、ジーン・タニーとの再戦で敗北したことを「ロングカウントがなければ勝っていた」と嘆いたが、その原因は新ルール(ダウンを奪った選手はニュートラルコーナーに下がらなければいけない)を失念していた自分にあった。

1974年「キンシャサの奇跡」に沈んだジョージ・フォアマンは「試合前にアリのトレーナーから飲まされた水の中に毒が守られていた」と口走った。


どうでしょうか?ワイルダーの言い訳はかなり「マシな方」でしょう。

最近でも、ウラジミル・クリチコは2004年、レイモン・ブリュースターに衝撃的な逆転KO負けを喫すると「セコンドが足に塗りたくったワセリンのせいで全身が熱くなってしまって、うなされたようになってしまった」と言い訳。

そのウラジミールに2011年に完敗したデビッド・ヘイはピンク色になった爪先を見せて「このせいで足を使えなかった。まともな状態なら勝てていたけど言い訳はしない」と〝ちょっと何言ってるのかわからない〟迷言を残している。

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親愛なるワイルダー。君に伝えたい。

言い訳するのは構わない。悔しさをバネにやり直せばいいだけだ。

幸いなことに、初黒星で深刻なダメージを負わずに済んだ。マーク・ブリーランドは素晴らしいタイミングでタオルを投げたんだ、君のために。

実は、非常に興味深い仮説がある。

パンチャーの最高傑作は、無敗をストップされたあとに生まれているということだ。

トーマス・ハーンズがロベルト・デュランを沈めた恐怖の一撃は、シュガー・レイ・レナードにTKOされたあとのことだった。

ジュリアン・ジャクソンがテリー・ノリスをカンバスに送り込んだのもマイク・マッカラムに初黒星をなすりつけられたあとだ。

二人に共通しているのは、試合に向けた一点集中ぶりだった。彼らは周囲の雑音や、対戦相手のトラッシュトークに過剰に乗ることを慎んだ。

フューリーとの第3戦ではヘッドホンをして記者会見に臨むんだ。彼のペースに乗ってはいけない。

もちろん、ファンサービスのために会見を盛り上げることはプロとして大切だ。しかし、自分のペースを乱す必要はない。

試合前2週間は、SNSを遮断しろ。メディアのインタビューもなんでもかんでも受けるんじゃない。それらは君のエネルギーを吸い取ってしまうからだ。

追い込んだ肉体から疲労を抜き、リラックスしながら試合だけに意識を集中するんだ。

君とフューリーでは、試合に向けての集中のスタイルが全く違う。

黒人である誇りを胸に戦うことは悪いことじゃない。黒人の歴史をリスペクトするメモリアル月間に試合をする意味を考えて、あのコスチュームを選んだことも、私は同じ黒人として感動した。

しかし、そのことが君の意識を散漫にさせていたんじゃないか?

フューリーに勝つこと、それだけに100%集中していたか?

フューリーは君との対決を「白人vs黒人」だなんて本当はこれっぽっちも考えていない。

目の前に立ち塞がる強打の敵として、どうやって君を攻略するのか、それだけを考えて周到な準備をしていたんだ。

君は(黒人の全てを代表して戦った)ジャック・ジョンソンじゃない。フューリーは(黒人退治を指名付けられた)ジェームス・J・ジェフリーズでもない。

君はブロンズ・ボンバー(ジョー・ルイス)ではなく、ブラウン・ボンバーだ。大西洋を越えてきたといってもフューリーはマックス・シュメリンクではない。アメリカvsナチスの代理戦争を戦うわけじゃないんだ。

君はデオンティ・ワイルダーなんだ。

そのままの君を、100%の君をリングで表現すればいいんだ。
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地球上で最も厄介な色は、人間の肌の色です。

長い長い間、欧米において有色人種には活躍のチャンスが与えられませんでした。

他のスポーツよりも遥かに早い段階で有色人種に門戸が解放されたボクシングですら、肌の色への差別は根深く残っていますが…。

水曜日の昼休み。ESPN の THE UNDEFEATED(敗れざる者たち)。デビッド・デニスJr.の記事から、拙訳です。



  Black America watched Deontay Wilder lose and it hurt 
The history of race in boxing – and in life – meant more was at stake than a championship belt


第7ラウンドに純白のタオルがリングに投げ入れられた瞬間、「Black History Month(黒人歴史月間)と英国アカデミー賞の白人至上主義への批判まで吹っ飛んだ(やっぱり白人の方が頭が良くて優れている)」というたちの悪い冗談が飛び交ってしまった。

Black History Month はアフリカ人の不幸なディアスポラと、逆境に立ち向かった偉大な先人の歴史に敬意を表するイベント。この一大行事にちなんで、デオンティ・ワイルダーは黒人の戦いの歴史を表現した甲冑の衣装で入場していた。

試合後、タイソン・フューリーを讃えて潔く敗北を受け入れていたアラバマの巨人が、数日後に「負けたのは重い甲冑コスチュームのせい」と吐き出したのは何とも皮肉でやりきれない言い訳だった。

ボクシングはマイナースポーツに成り下がってしまったが、英国アカデミー賞でホアキン・フェニックス(「ジョーカー」で主演男優賞を受賞)が「候補者全員が白人なのは恥だ」「白人は最初から優遇されている」と、受賞スピーチでアカデミーを痛烈に批判したことは多くの人が知っているだろう。
 
もちろん、ワイルダーは公平な条件で戦い、多くの人が証人となる中で明白に敗れてしまったのだ。

それでも、フューリーvsワイルダーは米国に横たわる人種差別の忌々しい実態、黒人たちの終わることのない苦悩も透かしていた。

黒人アスリートが白人に敗北するときはいつも、黒人たちはプライドを打ち砕かれた気分になり、白人への不信感を募らせ、それを見た白人たちは溜飲を下げてきた。

マジック・ジョンションとラリー・バードの対決は、ある場面では純粋なスポーツとして見られなかった。

アメフトの司令塔QBを白人が担うことが圧倒的に多い理由は、英国アカデミー賞と同じ仕組みがそこにあるからと言って、誰か反論できるだろうか。

しかし、球技と違いボクシングは1対1の決闘だ。

球技では、悪意のあるチームメイトが黒人にボールを回さない、扱いにくいボールを投げるなど観客がすぐにはわからない差別が当たり前に出来てしまう。

四角いリングの中で2人が二つの拳で殴り合うボクシングの世界には、人種差別がああだこうだと御託を並べる隙は全く無い。

よしんばレフェリーやジャッジが白人に有利な判断、採点をしたとしても、会場に集まった観客とテレビの前の視聴者には〝都合の悪い真実〟を隠し通すことは出来ない。

1910年7月4日、現在のボクシング界で空気のように当たり前になっている大げさで過剰な宣伝文句とは全く違う正真正銘のFight of the Century(世紀の一戦)が行われた。

ジャック・ジョンソンvsジェームス・J・ジェフリーズ

白人至上主義の作家ジャック・ロンドンらがけしかけて6年間のブランクから復帰したジェフリースは語った。

“I am going into this fight for the sole purpose of proving that a white man is better than a Negro.”

「私がリングに戻った理由はたった一つ。白人が黒人よりも優れていることを証明するためだ」。

ジェフリーズに約束された最低保障の報酬は15万8000ドル。「フロイド・メイウェザーの方が沢山もらっている」と勘違いしたあなたは、これが100年以上前の話だということを思い出さなければならない。

※現在、多くのプロボクサーはもちろん、軽量級では世界王者でも10万ドルを手に出来ることは珍しい。

ジョンソンが勝利した瞬間、ネバダ州リノに特設されたスタジアムに集まった2万人の大観衆は「納得できない」と騒然となった。

そして、「フェフリーズ敗れる」の方が全米に伝わると各地で暴動が起きた。

歓喜に沸く黒人は白人から酷い暴行を受け、射殺される事件まであったのだ。

しかし、リンチにあおうが射殺されようが、黒人たちの心の中には小さなライトが灯った。絶対消えない、ライトが。

「ジョンソンが勝った」。
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ジョンソンが何度も殺害予告を出されるなど白人から憎悪されたのに対して、ジョー・ルイスは違った。

ヒトラーの寵愛を受けたマックス・シュメリンクと繰り広げた1勝1敗の戦いは、国家とイデオロギーを代表する戦いとなった。

1930年代という時代背景まで考えると、1936年6月19日の初戦でルイスが12ラウンドKOに沈んだときにアメリカに走った衝撃、そして何よりも黒人たちの悲しみは、黒人作家ラングストン・ヒューズの自伝に生々しい。

「7番街では大の男がわんわん声をあげて泣きながら歩いていた。何人もの大人の女性が両手で頭を抱えて歩道にしゃがみ込んだまま動けないでいた」。

1938年6月22日、やはりヤンキースタジアムで行われた再戦はアメリカのルーズベルト大統領と、ナチスのヒトラー総統がそれぞれ「必勝命令」を下す代理戦争だった。

試合は、わずか124秒で終わった。
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そのとき、ヤンキースタジアムが飲み込んだ大観衆は7万人を数え「世紀のリマッチ」のチケットはプラチナと表現された。

アメリカが歓喜に沸き立った。黒人も白人もなかった。ルイスの勝利は肌の色を超えたのだ。

しかし、それでも融解できないから人種差別はたちが悪い。

ジャック・ジョンソンの生涯からインスパイアされたThe Great White Hopeはトニー賞とピューリッツュア賞に輝き、映画化もされた。

1970年代の大ヒット映画「ロッキー」は傲慢な黒人チャンピオンに不遇の白人が立ち向かう、使い古された物語だったが、アメリカは人種の戦いについつい惹きつけられてしまう。

ワイルダーの敗北を目撃して、私たち黒人にはかつてのような感傷はない。

誤解を恐れずにいうと、今の私たちにはもはや、白人よりも優れていると証明する必要はないのだ。

ルイスがシュメリンクに敗れた時代とは、世界が全く違う。何よりもアメリカが全く違う。

私たちは教育から就職、政治参加に至る、あらゆる社会的局面で差別と闘ってきた。

今は1910年代でも30年代でもない、2020年だ。もちろん、まだ闘いは終わっていない。人種差別はいまだに、私たちの生活と人生にこびりついて離れようとしない。

それでも、ボクシングは100年以上も前から人種を超えて平等だった。

リングの中では二人の男が闘っているように見えるが、実は人種やイデオロギーなどあらゆる異文化が全く平等に共存してきたのだ。

社会生活はもちろん、野球やフットボールのフィールドにまで吹き込んできた忌々しい人種差別の風だったが、リングの中だけは吹くことが許されなかったのだ。

どんなに不平等な時代でもリングの中だけは、白人特権も黒人専用のトイレもレストランもなかった。

Nothing matters but who is better

そこで問われるのは人種でも肌の色でもない。どちらが強いか?それだけだ。

ワイルダーとフューリーもまた全く平等の条件の中で戦い、決着を付けた。リングの中では、どんな言い訳も許されない。

そう、100年前と変わらずに。
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