フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜

      Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。

カテゴリ: 日本でも馴染深い拳闘家達の生き様


憶測でものを言ってはいけません。

パッキャオの8階級制覇なんてありえない、ドーピングに決まってる…なんて典型です。一度でも検査に引っかかってたのならまだしも。



それでも、ときには憶測でものを言いたくなるときもあります。「ラスベガス20億円」とかの妄想大好きなネットの方々は、そういう憶測は出来ないようですが。



2018年5月25日、大田区総合体育館。もう3年前になります。

前日計量で自力で上着を着ることもできないほど弱っていたあなたは、きっと「体重超過でタイトル剥奪でいい」と主張したでしょう。

英国がボクシング黄金期を迎えていたにもかかわらず、ドサ回りを強いられていた人気の無いあなた。

それなのに、なぜかエディ・ハーンが日本に乗り込んでいました。

実はマクドネルを見込んでいた…なんてわけはなく、マッチルームの日本戦略への営業活動でした。

つまり、マクドネルは日本への贈答品。ネリ問題の直後ということもあり、粗相は許されません。

前日計量に向かったマクドネルのホテルの部屋は水びたし、血痕も残ってたと言います。

もしも、あの公式計量の現場にマーガレット・グッドマンがいたら、試合は即刻中止だったでしょう。

いや、グッドマンじゃなくても…。

ハーンが信じられないのは今に始まったことではありませんが、JBCがまともな統括機関でないことも今に始まったことではありません。

「前夜何があったのか?あんな過酷なことに耐えられたジェイミーを誇りに思う」と、涙ながらに白々しく語ったハーン。奴らは、傘下のボクサーに何を強いたのでしょうか?

全ては憶測ですが、下剤を大量に服用し、血も抜いたと考えられます。計量時に自力で着席も立ち上がりもできず、老人のように水気も生気もなかった理由は他に何が考えられるでしょうか?

もちろん、井上には何の瑕疵もありません。危篤状態の重病人を叩きのめすことになった彼は、むしろ被害者です。

そして、あの夜のマクドネルなら井上でなくても簡単に粉砕できたでしょう。
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オンライン飲み会。規制の無い岩手やら静岡やら山口やらのバカどもが居酒屋からの参加。

それに負けじと、お世話になってるお寿司やさんで「普段は出さない本マグロの腹身」「昆布じめ鯛」「生で売れなくなって冷凍したホタルイカ解凍」を一挙格安購入。そして、キンミヤ梅割。このフシ穴特製ランチョンマットは奴らに見えないというのもウフフな感じです。「これ誰?」とか言われたらめんどくさいですから。


ジェイミーがインスタで引退を発表しました。

井上との対戦時にフジテレビが掲げた「10年無敗の絶対王者」は35歳、超軽量級の選手として14年のキャリアは十分に長く、立派な歴史でした。

人気の無い階級とはいえ、英国でボクシング人気が沸騰する時代に恵まれましたが、クリス・エドワーズとのホープ対決に敗れ、直後にリー・ハスキンスにも負け、プロモーターが推すタレントではなくなりました。

それでも、世界戦線でスチュアート・ホール、フリオ・セハ、亀田和毅、リボリオ・ソリスとの戦いを勝ち抜きました。

リング誌でも評価の高かった初戦時31戦無敗の和毅とは再戦でも明白なアンダードッグ。しかし2戦連続で、番狂わせを起こしました。

そして、日本のファンには、井上戦で何もできずに1ラウンドで屠られた姿が印象に残っているでしょう。
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「35歳。今からリングでやり直すには年をとり過ぎました」。

「 私はボクサーになる前に思い描いた夢を一つずつ、最後まで叶えることができました。英国王者、英連邦王者、欧州王者、IBF世界王者、WBA(セカンド)王者。いくつもベルトを巻いて素晴らしい相手と戦うことができました」。

「母国では人気がなかったのかもしれないけど、おかげで米国や日本というもっと大きな舞台を経験できました。世界を旅して戦うことは素晴らしい経験でした」。


“I can truly say I have had a blast and lived the life!”


素晴らしいボクシング人生だった!本当に充実してた!これが今の気持ちの全てです!

母国がボクシング人気に沸く中でのサーカスライフは複雑だったでしょう。

そして世界王者になってもシュガー・レイ・レナードを知らなかった!ドンカスターの純朴。

間違いなく第二の人生でも成功するでしょう。

ありがとう、ジェイミー。
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フェリックス・ベルデホがプエルトリコで地元警察の取り調べを受けたと報じられました。

 警察は「27歳女性ケイシュラ・マーレン・ロドリゲス・オルティスの失踪事件についての参考人」「現時点では容疑者とは特定していない」としていますが、ベルデホは参考人としての事情聴取を拒否しているそうです。

ロドリゲスの家族によると、彼女がベルデホの子供を妊娠していたということです。
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心配してたところ、トップランクがつい先ほど声明を発表。

「トップランクの祈りは、ケイシュラ・マーレン・ロドリゲス・オルティスの家族と友人、そして 哀悼の意にある(in mourning)すべての人々に向けられている」と声明を発表しました。

in mourningは「哀悼の意を表している人」ではなく「喪に服している」と訳す方が一般的ですが…。事件はすでに最悪の結果を迎えているのでしょうか。

勝手な言い分ですが、やっぱり中谷正義に負けたことでベルデホには思い入れも湧いています。立ち上がって復活して欲しいしと願っています。

ボクシング大国の期待のホープが…ケイシュラさんが無事に発見・保護されて、何かの間違いであって欲しいです。 
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昔、むかし。小さな森に一匹のキツネが棲んでいました。

キツネは昆虫や、ネズミ、リスを虐めて「我こそは無敗の森の王様」と宣言します。

ある日、ネズミが訊きました。

「キツネさんがやってることは弱いもの虐めだ。山脈にいるオオカミやクマには負けるから、食べ物が少ない小さな森でガリガリに痩せながら無敗だと威張ってるだけじゃないか」。

キツネはコンコンと笑います。

「そりゃあ私にはオオカミの牙やクマの爪はないからね。でも、想像力を働かせてご覧。すばしっこい私にオオカミの鋭い牙と、クマの大きな爪があったなら今頃、山も海も私のものだよ」。

ネズミは反論します。

「それなら、キツネさんよりも私の方がすばしっこいよ。私がクマなら、私が無敗の王様だ。負ける相手と戦わなければ誰だって無敗だし、強い相手の土俵に上がらずに〝都合の良い想像〟の世界で最強だなんて言っても、それは詭弁だよ」。

キツネの目の色が変わっても、ネズミは畳み掛けてしまいます。

「本当に強いなら山脈に入ってオオカミやクマを倒せばいいんだ。それが出来ないから、この痩せた小さな森で威張ってるだけじゃ…」。

ネズミが最後まで言い終わる前に、キツネはネズミを捕まえると言いました。

「その通りだよ。私は負ける相手とは戦わない。深い山や海の方が美味しい食べ物がいっばいあるのは知ってるさ。でも、そんな競争の激しいところに行ったら私なんて埋もれてしまうだけ、ただの餌にされるだけなんだよ。こんなふうにね」。

キツネはネズミを一飲みにすると言いました。「また無敗の記録が伸びちゃったよ」。

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今夜から始まるのは「王者のまま引退」だけでなく「無敗」までセットにしたボクサーのお話。

テリー・マーシュの生涯成績は26勝(10KO)0敗1分。

1987年3月4日から同年7月1日までの、わずか3ヶ月と26日の短い時間でしたが、マーシュは確かにIBFジュニアウェルター級チャンピオンでした。

プロデビューは1981年10月12日。アンドリュー・ダコスタとのウェルター級6回戦でフルマークの判定勝ち。

本業からFighting Fireman(戦う消防士)と呼ばれたマーシュは、27試合のキャリアでフランスとモナコに遠征した2試合を除いた25試合を、ホームの英国リングで戦いました。

6年9ヶ月のキャリアで英連邦ジュニアウェルター、欧州ウェルター、そしてIBFジュニアウェルターのタイトルを獲得。

最後の試合はロイヤルアルバートホールの特設リングで行われた1IBF王座の初防衛戦(1987年7月1日:vs 亀田昭雄=7ラウンド TKO勝利)でした。

マーシュと亀田は、奇しくも互いに引退試合を戦ったことになります。

当時のIBFは創設からまだ4年しか経っていない〝離陸直後〟。

日本ではもちろん、世界的にも主要団体とは認められていませんでした。
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テリー・マーシュがジュニアウェルター級王者だった頃のIBFの王者一覧

韓国勢が目立つほかは、強豪の名前がひしめき、WBA/WBCとの差はほとんどないように見えます。

WBAの北米活動をフィールドにしていたNABFを母体に持つIBFが、創設4年で世界的な認知を待つだけの王者を揃えていたことがわかります。

ちなみに1987年のジュニアウェルター級シーンは、WBAはパトリツィオ・オリバからファン・マルティン・コッジに覇権が移り、WBCでは我らが浜田剛史がレネ・アルレドンドとの再戦に敗れ、そのレネもロジャー・メイウェザーに粉砕されていました。

このあと、フリオ・セサール・チャベスの進出でジュニアウェルター級は一気に活性化するのですが、当時はビッグネームが積極的に乗り出すことのないマイナー階級に過ぎませんでした。


そして、マイナー団体のマイナー階級王者マーシュは「無敗のまま引退した」というだけで、ボクシングマニアの記憶にとどまっています。

戦績以外はボクサーとして地味を極めたマーシュ。

てんかんの持病を抱えていたのは気の毒でしたが、その人生は奇行が目立ちました。


1989年11月30日、マーシュの元プロモーターフランク・ウォーレンがルガーP08で銃撃された事件の容疑者として逮捕され10ヶ月間拘留されますが、証拠不十分で釈放されています(現在も犯人は捕まっていません)。


そして、2015年3月、57歳になった戦う消防士は28年ぶりにボクシングの〝世界チャンピオン〟に返り咲きます。

といっても、日本ではまったく馴染みのないチェスボクシングというボードとリングの複合種目。チェスと6ラウンドのボクシングで勝敗を決める、肉体と知能の限界に挑む競技です。

マーシュは12歳のときにロンドンの少年チェス大会で優勝したほどの腕前で「小さい頃からチェストボクシングをずっと続けてきた。引退した後もチェスはもちろん、ボクシングの練習も続けていた」そうです。

レベルは違いますが、藤井聡太がボクシングもやってる感じでしょうか?

「無敗のまま引退した世界チャンピオン」として、マーシュは必ずその名前が挙げられます。

しかし、スベン・オットケやサムソン・ダッチボーイジム、エドウィン・バレロらが記名された名簿を「栄光の紳士録か?」と問われれば言葉に詰まるしかありません。

マーシュはもちろん、オットケもサムソンもバレロも名誉の殿堂にノミネートされることもなく、PFPの末席にもお呼びじゃありませんでした。


では、マーシュは当時マイナー団体のIBFのピースにありついただけの弱いボクサーだったのか?というと、現在の4Belt−Eraなら、何かしらの世界王者になっていたと思われます。

そして、凶悪犯罪の容疑者というのはいただけませんが、大プロモーターと大喧嘩を繰り広げ、英国下院議員の総選挙に立候補したり、チェス・ボクシングで王者に〝返り咲く〟。

テリー・マーシュ、ユニークな生き様です。

好きか?嫌いか?と問われたら…嫌いじゃありません。 

オットケやサムソン、 バレロ…メイウェザーまで連なる「0=ゼロの寓話」の開幕です。
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2月4日、レオン・スピンクスが前立腺から転移した癌に冒され、67歳で亡くなりました。

私が初めてモハメド・アリを見たのは、レオンとの初戦。モハメド・アリは「すごい運動能力を持ったスポーツ選手」の代表として、誰でも知っていました。

マック・フォスター(1972年:日本武道館/ヘビー級ノンタイトル15回戦)、アントニオ猪木戦(1976年6月26日:日本武道館/エキシビション)と二度も来日してリングに上がっていたことも、史上最高のアスリートを日本でも特別な存在たらしめていました。
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レオンを迎えてのヘビー級王座防衛戦。日本時間は1978年2月14日でしたが、放送されたのは「イレブンPM」(だった記憶があります)、深夜番組でしたから生中継ではなかったはずです。

舞台はネバダ州ラスベガス、ヒルトンホテル。日本ではありえないメガファイトの雰囲気に「凄い試合がこれから始まる」と胸躍らせたことをはっきり覚えています。

実際の試合は、アリがまさかの敗北。何より、試合内容は絵に描いたような「鈍重なヘビー級の塩試合」。小学生の私は「これがアリの試合?何かの間違いでは?」と拍子抜けしました。

レオン・スピンクスの名前もこのとき初めて聞きました。日本での報道も「アリが無名の若者に敗れた」というストーリーラインでした。

しかし、モントリオール1976のライトヘビー級金メダリストで、プロキャリアは13ヶ月、7試合という信じられないスピードでThe Greatestに挑戦し、勝利を収めたレオンの扱いが、米国では全く違っていたことは当時リング誌すら知らない私には想像もできませんでした。
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あの日、レオンは「リングの上でアリからタイトルを奪った唯一の男」として歴史に名を刻んだのです。

7ヶ月後のアリとの再戦でレオンに約束された報酬は350万ドル、初戦の12万5000ドルから30倍近くに跳ね上がるシンデレラストーリーでしたが、この試合でThe Greatestにヘビー級史上初となる三度目の王座返り咲きを許してしまいます。

それでもまだプロ9戦、25歳。レオンのキャリアがアリとの2試合だけがハイライトになるなんて、誰が想像したでしょうか。

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「1978 Neon Leon」。レオンのプロボクサーとしての輝きは1978年、アリとの2試合に凝縮されていました。

生涯46戦のプロ戦績で〝Neon Leon〟が強烈な輝きを放ったのはアリとの2試合だけでした。

アリを世紀の番狂わせで倒したあとのリングは、19勝17敗2分。新設のクルーザー級に落ちて再び世界王者を目指しましたが、その夢は二度と叶いませんでした。

「アリからタイトルを奪った男」として世界中にその名を知らしめ、そのままスポットライトからフェイドアウトしたレオン。


"I was a poor young guy," Spinks told the New York Daily News in 1997. "I never had nothing. All of a sudden I had something. I tried to do too much. I was crazy. I didn't care about nothing. You think it's never going to end."

私は何も持っていない貧しい若者だった。それが、ある日、突然、全てを手に入れてしまった。私は多くのことをしようとしすぎたのかもしれない。私は狂っていた。何でもできると思い込んで、できないことなんてないと思い込んでいたけど、結局はそうじゃなかったんだ。〜1997年ニューヨーク・デイリーニューズ紙〜



歴史とは畢竟、過去を忘れ、捨て去ることで積み重ねられます。

しかし、デビュー9戦目でモハメド・アリからヘビー級王座を奪ったレオン・スピンクスの〝Neon Leon〟は永遠に点いたまま、誰にも消すことはできません。
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痛烈に蹉跌したホープが、30歳半ばを越えて再び眩しいスポットライトを浴びる…そんなことが現実に起こりうるでしょうか?
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塀の中と外を行ったり来たり…カークランドの人生もまた狂った何かを修正できないまま今に至っています。

中谷正義がフェリックス・ベルデホを大逆転で倒す、9年前のことです。

石田順裕がジェームズ・カークランド相手に大番狂わせを起こしました。

会場は中谷vsベルデホと同じMGMグランドでしたが、リングが組まれたのはガーデンアリーナ、1万6000人を飲み込む大会場です。

それもそのはず、メインはマルコス・マイダナvsエリック・モラレスのメガファイト、当時の米国ボクシングで最も格が高いHBOのPPVイベントでした。

オッズは1-17、石田勝利に20倍以上を付けるブックメーカーも現れるなど、日本人に張り付けられたのは噛ませ犬の値札。

しかし、リング上で石田が屈辱的な値札を引き裂くのに必要な時間は1ラウンド3分間でも十分過ぎました。

中量級最大のホープ、カークランドをあっという間に3度も転がすと、主審のジョー・コルテスは大きく手を振り試合を終わられたのです。

1分52秒前までのカークランドの戦績は27戦全勝24KO、米国黒人が中量級に王国再興するために最も重要なピースの一つが日本人の拳によって打ち砕かれたのです。

あれから9年。

日本ボクシング史上、ラスベガスを最も震撼させた石田はディミトリー・ピログやボール・ウィリアムス、そしてゲンナディ・ゴロフキンとの世界戦などミドル級のトップ戦線で戦い、日本ではヘビー級に挑戦。

あの日を境にキャリアは一変しました。

一方のカークランド。

復帰戦を飾り、2015年にはカネロ・アルバレス との人生最大の大勝負に挑みましたが、石田戦前の輝きを取り戻す日はついに訪れませんでした。

4年のブランクを経て昨年カムバック、二線級相手に2連勝。

Mandingo Warriorが明日また、リングに上がります。

James Kirkland vs. Juan Macias Montiel
10 rounds – middleweights

ロスアンゼルスのシュリーン・イクスポジション・センター、162ポンド契約のスーパーミドル級10回戦。拳を交えるのは26歳のファン・マシアス・モンティエル。 

メキシコ、シナロア州ロスモチス出身というモンティエルは、あのモンティエル一族っぽいですね。

3年前にハイメ・ムンギアに2ラウンドで屠られていますが、戦績は27戦21勝4敗2分。21の勝利は全てKOというハードヒッター。

カークランドvsモンティエル、KO必死のサバイバル。ここで勝っても、層の厚い中量級でトップ戦線までたどり着くには厳しい道のりです。

そんな世界から遠い、本当なら注目すべき試合でなくても、カークランドだから米国メディアはドラマ仕立てで今でも取り上げるのです。

石田はそのカークランドが、もっとも熱い視線を集めていたときに勝利したのです。 

それにしても…。カークランドの生き方、ボクシングを見ているとあれは番狂わせでもなんでもなかったようにも思えてきます。

まあ、でも、そうは言っても。カークランドを応援します。

石田との試合がなければ何の思い入れもないボクサーでしたが、現実はそうではないのですから。




…1ラウンドで粉砕されてしまいました。 
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明日1月12日(日本時間)にゴールデンボーイプロモーションズ(GBP)と DAZN が主催するテキサス州サンアントニオ、アラモドームのイベントは、WBO世界ジュニアミドル級王者ハイメ・ムンギアがミドル級デビューする注目の一戦です。

昨年1月、井上岳志にキャリア最大の苦戦を強いられたムンギアは減量苦もあり、花形クラスのミドルへ転級。

試運転の相手はゲイリー・オサリバン。 

GBPのエリック・ゴメスは「ムンギアはビッグファイトに飢えている。オサリバンはタフな相手だが、カネロ・アルバレスやゲンナディ・ゴロフキンらビッグネームとの対戦につなげたい」と人気階級への野望を語っています。

オッズはムンギア1/25(1.04倍)、オサリバン9/1(10倍)と大差が開いています。

無敗の23歳ムンギアに対して、35歳のオサリバンは3つの敗北を喫しています。3つはビリー・ジョー・サンダース、クリス・ユーバンクJr.、デビッド・レミューといずれもビッグネーム。ムンギア相手に大番狂わせを起こせるか?


そして、このイベントに懐かしい名前も見つけました。

ファン・カルロス・ブルゴスです。

10年前の2010年11月、長谷川穂積と空位のWBCフェザー級タイトルを争ったブルゴスは32歳になりました。

あれから10年で12試合(8勝2敗2分/不運な引き分けもありました)と試合枯れしているブルゴスは2018年に1試合、2019年はついにリングに上がることなく、2015年〜2019年の5年間で4試合と半引退状態。

対戦するのは、9歳年下のWBC米国ライト級王者ヘクター・タナジャラ。

1/16(1.06倍)、ブルゴス7/1(8倍)と一方的なように、要は咬ませ犬です。

タナジャラは無敗とはいえ、18勝のうち KOはわずか5つと決定力はありません。自慢のスピードも世界基準では並み。

アマチュア時代は米国タイトルを8つ獲っているにもかかわらず、リオ五輪を目指さずにプロ転向したのは賢明な判断です。タナジャラでは、せっかくリオまで行っても手ぶらで帰ってくるのがオチでしょう。

しかし、身長178㎝/リーチ191㎝というフレームはライト級では異形です。左ジャブで距離をキープしながらポイントを積み重ねるスタイルを、ブルゴスが崩すのは難しいか。

リング誌は「タナジャラはブルゴスをKOするパワーはないが100−90の完封勝利」と、ブルゴスは何もできずに10ラウンドを終えると予想。

ブルゴスに意地を見せて欲しいですね。大番狂わせを期待します!

16歳でプロデビューしたブルゴスは、今年がキャリア16年目。

叔父のビクター(元IBFジュニアフライ級王者)に憧れてグローブをはめたカルロスでしたが、2007年3月にIBFフライ級王者ビック・ダルチニアンに挑戦、12ラウンドにわたって滅多打ちされた末にストップ負け。

試合後にビクターは、昏睡状態に陥ってしまいます。

これを見た両親に「ボクシングをやめてくれ」と泣いてお願いされたカルロスでしたが、ビクターが回復したこともあってボクシングを続けてきました。
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GBPが期待する無敗のタナジャラ。ブルゴスに温室ごと叩き潰して欲しいのですが…。

米国人とはいえ、メキシコ系のタナジャラは生まれも育ちもサンアントニオ。 アラモドームは完全ホームです。

生粋のメキシカンとはいえ華も人気もないことから需要もないブルゴスは、完全アウエー。 

ブルゴスが塩漬けにされて試合終了、が目に見えています。それでも、驚かせて欲しいですね。

頑張れ!ブルゴス 
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ボクシングの階級には貴賎があります。

ヘビー級やウェルター級のメガファイトは、ニューヨークやラスベガスの大会場で大きな注目を浴びて挙行されますが、軽量級ではそんなイベントは逆立ちしても打てません。

日本では軽量級が評価されています。

しかし、村田諒太をみるまでもなく、もしウェルター級やヘビー級で世界に通用するボクサーが現れたら話は別です。

身も蓋もない言い方ですが、日本で軽量級が人気なのは「それしかない」からというのが最大の理由かもしれません。

それでも、欧米で関心の低いフェザー級以下の軽量級はメキシコや英国のスーパースター、レオ・サンタクルスやカール・フランプトン、アブネル・マレスの3人が絡まなければ、日本で戦うしかビッグマネーを手にすることが難しい階級なのです。

その日本でも、報酬とリスクが高い王者や挑戦者は呼ばれません。

軽量級でいうビッグマネーはせいぜい30〜50万ドル。その金額を安定して手に出来るのは日本のスター選手に限られます。

バンタム級以下ではPFPファイターでマニアから圧倒的に支持されているファン・フランシスコ・エストラーダですら、20万ドルがキャリアハイというのが現実です。

井上尚弥が戦ったバンタム級トーナメント出場選手のファイトマネーは、さらに悲惨を極めます。

ノニト・ドネアでさえ報酬が明らかにされていません。エマヌエル・ロドリゲスやゾラニ・テテは10万ドルに遠く及ばない、発表するとファンが引いてしまうレベルの金額であることは間違いありません。

井上が「米国で大きな舞台に立つにはバンタムでは無理。最低でもフェザー」と冷静に語っていましたが、サンタクルスやアブネル・マレス、カール・フランプトンが去った現状のフェザーではまず不可能です。

フェザーのその上、ジュニアライトも欧米目線では軽量級。しかし、この130ポンドを橋頭堡にしてオスカー・デラホーヤやフロイド・メイウェザーが正真正銘のメジャー、ウェルター級へ向かいました。

内山高志がスターが踏み台にして去ってゆく背中を虚しく見送ったジュニアライト級でしたが、ここにきて状況が激変しています。

瞬間的な盛り上がりに終わるでしょうが、それでもスターダムへの通過階級ではなく、下の階級から上がってきたスターが最終決着をつける舞台という意味合いを帯びてきたのです。

今日、130ポンドのデビュー戦でいきなりWBA王座に就いたレオ・サンタクルスはジュニアライト級以下で最も集客力のある人気者。

さらに、サンタクルスと100万$ファイトを展開したカール・フランプトンとアブネル・マレスもすでに130ポンド進出を表明。

この潮流は130ポンドが体格的・慣習的に上限階級とみられる日本人ボクサーにとって、明らかに僥倖です。

日本人でも前WBO王者の伊藤雅雪尾川堅一西谷和宏末吉大らが世界ランキングに名前を連ね、ビッグネームとの対戦は夢物語ではないのです。

現在の世界地図を俯瞰すると、まずWBAはスーパー王者がレオ・サンタクルス。この階級でどこまで実力があるかは疑問ですが、最も人気があります。つまり、一番美味しい相手です。

日本人の130パウンダーは伊藤と尾川は手強い、西谷と末吉は未知数の怖さがあり、サンタクルスにとってはハイリスク・ローリターン。相手にしてもらうには世界タイトルを獲るのが最低条件です。

セカンド王者はアンドリュー・カンシオ。アルベルト・マチャドを番狂わせで沈めたカリフォルニアをベースに戦う31歳は階級最強候補と目されていたものの、2015年に8ラウンドKO勝ちしているレネ・アルバラードとの再戦でまさかの7ラウンドストップ負け。

30歳のニカラグア人とIBFジュニアフライ級王者フェリックス・アルバラードは双子の兄弟(フェリックスと拳四朗の統一戦が流れてしまったのは残念でした)。
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今日はアレクシス・アルゲリョがルーベン・オリバレスを13ラウンドKOしてフェザー級王座を獲得した記念日で、ニカラグアのボクシングファンは久しぶりの明るい話題に沸き立っているはずです。

WBCのストラップはミゲール・ベルチェルトが持っています。

三浦隆司のボンバーも空転させ、フランシスコ・バルガスを2度に渡って撃退。ミゲール・ローマン、ジェイソン・ソーサといった130ポンドの番人を難なく倒して6連続防衛中。

まだ、本物の強豪とは拳を交えていないとはいえ28歳のEl Alacran(サソリ)は大きな欠点が見当たらない万能型です。

天下を取る器には見えませんが、ベルチェルトを粉砕するボクサーがこのクラスの王者でしょう。

ベルチェルトに勝てると見られていたジャーボンテイ・デービスがライト級へ戦場を移したことで、このクラスの陰が色濃くなってしまいそうなところでしたが…。


IBF王者はテビン・ファーマー

アメリカン・アイドルという渾名がかなり違和感のある地味なサウスポーです。

自慢のスピードがたいしたことないことは尾川が証明済み。小さくまとまった決定力のない王者ですが、穴王者とは言い切れないしぶとさ、勝負根性は持ち合わせています。

その尾川は12月7日にWBOアジア・パシフィック王者ジョー・ノイナイに挑戦。IBFから路線変更しそうです。

24歳の〝Jaw Breaker〟が見掛け倒しでないことは清水聡戦で証明済み。危険な橋を渡りきれるか?


尾川が目指すWBOは伊藤から番狂わせでタイトルを奪ったジャメル・ヘリング

イラクの激戦区に2度も出征した海兵隊員で、そこで負ったPTSDに悩むサウスポー。

リング誌が「一方のボクサーを応援することはジャーナリズムに反するが、私たちは米国人。ヘリングの生き様と米国への忠誠心を考えたとき、彼を応援しない選択肢はない」と表明したアメリカンヒーロー。

11月7日に無敗のラモント・ローチを3−0で破り初防衛に成功。34歳という年齢からも、これから大きな上積みが期待出来るわけもなく、付け入る隙の多い王者ですが、日本に呼ぶのは難しいだけにぶっ倒すしかありません。



*****主要団体に絶対的な王者はいません。今日、WBAスーパー王者になったサンタクルスを例外にすると、130ポンドの王座には地味な風景が広がっています。

しかし、例外はサンタクルスだけで終わりません。

2016年のリング誌 Fighter Of The Year、2階級制覇を制覇したカール・フランプトンは11月30日にラスベガス・コスモポリタンでタイラー・マクリアリーを相手に130ポンドデビュー。

マクリアリーは無敗のホープとはいえ、誰に勝ったわけでもない26歳。ここで躓くようならフランプトン本人が覚悟しているように「引退するしかない」。

ビッグネームのフランプトンには是が非でも鮮やかに勝っていただき、その先に日本人との対決も期待しています。

そして、フランプトンと同じイベントに登場するのが今がプライムタイムの前WBOフェザー級王者オスカー・バルデス

ノニト・ドネアが対戦を突きつけられ「バルデスとは戦えない(勝てるわけがない)」と弱音を吐いてしまい、トップランクを去ったフェザー級の強豪王者。

ジャーボンテイ・デービスへの挑戦が眼疾でキャンセルになったアブネル・マレスも2020年にリングに復帰すると表明しています。

サンタクルス、フランプトン、バルデス、マレス。4団体の世界王者を遥かに上回るビッグネームの参戦で130ポンドは一気にスポットライトが当たる階級になりました。


さらに、日本でもお馴染みの名前も130ポンドの第二戦線でトップを窺っています。

次がプロ80戦目となるジョニー・ゴンザレス、そのゴンザレスを下したトマス・ロハスも130ポンドで頑張っているのです。

西岡利晃に大番狂わせでKOされたジョニゴンは、現在38歳。

山中慎介に糸の切れた操り人形のように斬り落とされたロハスは、山中より2歳年上の39歳。2連敗中ですが「もう一度世界王者になる」と現役続行を明らかにしています。


タレントが揃いました。誰と絡んでも、面白い試合が期待できそうです。

言っても切ないだけですが、内山高志や三浦隆司がいたらなあ…。 
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世界王者になってからも副業を続ける、続けざるを得ないボクサーは日本でも珍しくありません。

まして世界に目を向けると、東南アジアや中南米、アフリカ、貧しい途上国が軒を連ねる地域で主流の軽量級ボクサーが〝専業〟になることはレアケースです。

三階級制覇を果たし、六車卓也や葛西裕一、渡辺雄二を倒したウィルフレド・バスケス父は豊かな日本人相手の試合をこなし、ボクシングに専念することも出来ましたが、トレーラーの運転手としての副業を続け、報酬でより大きなトレーラートラックを購入、事業を拡大していきました。

ラスベガス・ハードロックホテル&カジノでWBOジュニアフライ級王座の二度目の防衛戦のリングに上がったアンヘル・アコスタも、副業をこなしながら戦うチャンピオンです。

昨年5月、16戦全勝16KOの完全無欠の戦績を引っ提げ、田中恒成に挑むも0-3の完敗。田中が三階級制覇を目指して返上して空位となった王座をファン・アレホと12月に争い10ラウンドKOで念願のタイトル獲得。

今年6月にはカルロス・ブイトラゴを最終回KOに下して初防衛に成功。28歳のプエルトリカンは、この13か月足らずの間に「世界挑戦失敗」「世界王座獲得」「世界王座防衛」と3試合をこなし、濃密な時間を過ごしてきました。

明日、迎え撃つのはアブラハム・ロドリゲス、23歳。戦績は23勝11KO1敗と立派なメキシカンですが、強豪との手合わせはなく、アコスタ有利の予想が立てられています。

ロドリゲス唯一の黒星は今年3月にアレハンドロ・ビラセノアに5ラウンドでドクターストップされたものです。ロドリゲスの左目上の激しい出血はパンチによるものではなく、バッティングだったように見えましたが、無名のボクサーの頭突きをかわせないのは技術的に未熟な証拠です。

試合は2ラウンドKOで、アコスタは20戦19KO1敗に数字を伸ばしました。勝った19試合は全てKO、負けたのは1試合だけ。田中恒成の強さを際立たせてくれています。
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衝撃的なKO勝利をまた一つ加えたアコスタは、バンタム級のエマニュエル・ロドリゲスと並ぶプエルトリコ軽量級のスターなのですが…。

アコスタはプロボクサーとして順調なキャリアを重ねながらも、地元サンファンの宅配ピザ屋・マイケルピザでも働いているのです。
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「オフなど時間があるときは、今でもマイケルピザで働いてるよ。性格的にも接客業が向いてて、この仕事が好きなんだ。給料も入ってくるし。車を買ったり、携帯電話料金を支払ったり、いろいろお金もかかるからね」。

「ボクシングで稼いだら、将来は自分の店を持ちたいと考えているんだ。店舗経営のノウハウはわかっているから」。

一日働いたら70~80ドルになることもあり、25ドルのチップをもらったこともあるといいます。

明日のロドリゲス戦はその100倍以上の収入を彼にもたらすことになりそうです。

初防衛戦は独立系のPPVで放送、視聴者数は寂しいものでしたが、今回はフェイスブックでストリーミング放送されるゴールデンボーイ・ファイトナイト(先日のホルヘ・リナレスの試合もそうでした)です。

タイトルを獲得した昨年12月のアレホ戦は、母国の伝説ミゲール・コットの引退試合(vsサダム・アリ)の前座にセットされましたが、その時を凌ぐキャリア最高の報酬を手に入れることになりそうです。

「ミゲール・コット・プロモーションに所属しているおかげで、ゴールデンボーイ・プロモーションが手掛ける大きなイベントに参加することが出来た。本当に感激している」と喜び、「私の強さは母親似。母親は本当に強いんだ。ノックアウトで勝つことに価値を覚えている。なによりも観客が興奮してくれるから」と強打を打ち込むスタイルについても説明しています。

プエルトリコでは特別な意味を持つ〝Tito”の異名(もちろん最も偉大なボクサーの一人、フェリックス・トリニダードから来ています)を戴くアコスタは「同じ階級の田口良一vsヘッキー・ブドラーはすごい試合だった。ブドラーは凄いよね。無敗の拳四朗の試合も観ているけど、彼も素晴らしいボクサー。プロモーターには統一戦がしたい、オファーがあったら報酬は関係なく受けたい」と、ジュニアフライ級統一の野望も口にしています。

もし、統一王者にまで昇り詰めることが出来たら、念願の宅配ピザ屋をすぐに開業できるでしょう。そして、プエルリコのサクセスストーリーとして語り継がれていくに違いありません。
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あと10日を切った村田諒太の米国メインイベント。

米国ではHBOでもSHOWTIMEでもなくESPN+が、日本では地上波でもWOWOWでもなくDAZNが生中継する 、新時代を象徴する一戦です。

今夜のテーマは新しいボクシング中継、観戦ボクシングの未来の話の話…ではなく「しぶとく現役を続けるボクサー」のお話です。

ラスベガスのMGMパークシアターで行われるこの興行の前座リングに、アントニオ・デマルコが上がります。

2004年、18歳でプロデビュー、そのクラスはバンタム級でした。

身長178㎝、リーチ180㎝の体格が118ポンドで収まるわけはなく、2戦目を3階級上のジュニアライト級、4戦目をライト級で戦い、この激選区でコンテンダーとして生き残っていきます。

2009年9月には、前の年に小堀佑介に敗れてWBA王座を手放したホセ・アルファロを10ラウンドTKO、WBC暫定王座を獲得しました。

そして、翌2010年2月に地元メキシコでエドウィン・バレロとWBC正規王座を賭けて拳を交えます。このときのバレロは26戦全勝26 KO、その対戦相手に強豪の名前はありませんでしたが、完全無欠のレコードを驀進中でした。

オッズも4−1でバレロ有利。

結果は9ラウンド終了時点でデマルコが棄権。オープンスコアで行われ、8ラウンド終了時の採点「三者とも79−72」のアナウンスを聞いて諦めたデマルコは「クイッター(試合を投げ出したヘタレ)」の烙印を押され、メディアからもファンからも非難されてしまいます。

そして、〝試されたことのない怪物〟バレロはこの試合を最後に、ついに試されることがないまま、その人生を自ら閉じてしまいました。

しかし「クイッター」の汚名を晴らす機会は意外なほどすぐに訪れます。

2011年10月、ロスアンゼルス・ステイプルセンター。バーナード・ホプキンスvsチャド・ドーソンのビッグファイトの前座で、空位のWBCライト級王座を争うチャンスが与えられたのです。

しかし、相手はスピードスターのホルヘ・リナレス。オッズは今回も1−4と完全なアンダードッグでした。

10ラウンドまでのスコアは二人のジャッジがリナレスに98−92、もう一人が99−91をつける展開でしたが、デマルコが11ラウンドにリナレスを血だるまにして逆転KO勝ち。

2012年11月、このタイトルの三度目の防衛戦でまたもやアンダードッグ。しかも1−10という圧倒的不利のオッズを立てられます。そして、そのオッズの通りにエイドリアン・ブローナーに切り刻まれ、8ラウンドでストップされてしまいました。

このブローナー戦から5勝4敗と負けが込んだデマルコがジュニアウェルター級10回戦で、村田の前座を務めるのです。

その相手は28歳のロシア人、マキシム・ダダシェフ〝マッド・マックス〟の異名を持つ11戦全勝10KOのホープです。

32歳のデマルコは咬ませ犬です。
それでも、リナレスに噛み付いたように、マッド・マックスにも番狂わせを味あわせて欲しいところです。

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Jhonny-Gonzalez-vs-gusano-rojas

そして、先週10月6日。メキシコシチーで、やはり日本のボクシングファンに馴染みの深い二人のボクサーが拳を交えました。

空位の、WBCインターナショナルの、シルバーの、暫定王座(もう何が何だか訳がわからないタイトルですね)を賭けた一戦です。クラスはジュニアライト級。

ジョニー・ゴンザレスvsトマス・ロハス

西岡利晃、長谷川穂積という日本を代表する二人と印象的な試合を見せたジョニゴンと、山中慎介に糸の切れた操り人形のようにKOされたロハスです。

強打とグラスジョーを持つスリリングなジョニゴンと、6年前の山中慎介による戦慄のノックアウト劇が日本のファンの網膜に焼き付いているロハス。

ジュニアライトという階級からも、38歳の元ジュニアバンタム級王者ロハスが圧倒的不利と思われましたが、「金星供給マシーン」37歳のジョニゴンは空振りを繰り返しSDで試合を落とします。

ロハスが再び世界挑戦の機会を得るとしたら、それもジュニアライトで…感慨深いものがあります。そこまで漕ぎ着けて欲しいですね。50勝16敗の38歳を純粋に応援したくなりました。

ジョニゴンも強打は健在です。パンチャーはあらゆる可能性を秘めています。かつてのスーパースター候補は、スターダムに駆け上がることはなく、今は37歳、66勝11敗の泥臭いロートルになりました。

そして、ロハスにまさかの敗北。それでもその強打が、最後のひと輝きを、もう一度見せてくれることを期待したいですね。
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