カテゴリ: 恥さらしの人生でした。

忘年会シーズンも佳境に入っています。

独立採算制の強い部署は、結構な費用を計上したりして楽しんでいます。

おかげさまで、ウチも好調で、期末ボーナスを使って月初の週末ちょっと遠ました。

しかし、せっかく出た期末ボーナスを会社の飲み会に使うなんて、信じられない…。

FullSizeRender

最近の若い子は会社関係の酒を飲みたがらない、自分の時間を大切にするーーーんじゃなかったのか!?

俺はきっとこのブログでも何度も叩きつけているだろうけど、社会不適合者で会社でもどこでも、集団で飲むのは基本的に一切好まない。

だから、新人が配属されても歓迎会は「やりたければどうぞ」。もちろん、やりやがるから、俺も行かねばならない。

同窓会関係もまず「欠席」だ。

IMG_2611

会社関係などもうとにかく敬遠したいのだが、部署の部下が企画してしまうと「カネだけ出すからみんなで楽しんで来て下さい」というのが通用しない。

中高まで、野球部や陸上部のほんの一部、わずか数人しか私に話しかけてくれる人などいなかったのに、大学時代は交友関係が爆発的に広がったけど、それは大学という特殊な環境下もあったはず。

高校時代までは女子とクリスマスを過ごすとか、バレンタインにチョコレートをもらうとかは一度たりともなく、悲しい青春時代を過ごしていたというのに、何がどう変われば、娘よりも若い部下から酒に誘われたりするなんて、世の中何がどうなっているのか?

もちろん変なことは一切なく、1対1のお誘いはそれを理由に断りますが「よしよし、一緒に飲もう」って言っときながら、全くお誘いがないって、どういう神経してるんですか、と迫ってくるのである。

「2人だけだとなんか変に思われる」なんて、「よしよし、一緒に飲もうと言ったときは一切口にしなかったのに」とか詰め寄ってくるのである。

「二人きりがダメなら今度、奥さん呼んでください。めっちゃ興味ある!」とか、そんなもん天地がひっくり返っても絶対にイヤじゃーーーッ!!!!!というようなことまで言ってくるのである。

もちろん、私にも仕事の話や、いろんな世間話が面白い上司はいましたが(ここまで生きてきてわずか3人くらいか)、自分から積極的に誘うなんて考えられませんでした。

ましてや、異性なら尚更です。

ここまで書いて、会社や仕事関係では異性を誘いませんが、高校時代の一つ上の先輩や、小さな映画館で出会ったお姉さんは、年齢を重ねてからはこっちからも誘うし、結構どうでもいい電話したりしてバカ話に盛り上がってます。

会社の部下たちも同じように俺に親しみを感じてくれてるのかな、とも思いましたが、年が離れすぎ。立場が違いすぎ。

こんなこと、絶対に部下たちの前では言えませんが、誰からもチヤホヤされなかった高校時代は思い出すと最高に面白かった、そして正直、老若男女に慕われる今は、そこまで楽しくありません。

ジジー・ババーの誘いは簡単に断れても、若い子は繊細な気がするので、本当に面倒臭い…。

「ありがとう、でも俺は君たちに慕ってもらう資格なんてないんだよ。そっとしておいてくれ」。
なんて、言っても「それ、フィリップ・マーロウですか?ハードボイルドですね!」と、全く見当違いのことを言って、逆に食いついてくるのである。

そもそも、俺の酔っ払い話も、アホほど本読んでアホほど映画見てたシラフの高校時代のほうが間違いなく面白いはず。

もし、高校時代の俺が今の俺を見たらどう思うだろうか。

「羨ましい」なんて、絶対に思わないだろうな。「大変だなあ」と慰められるか?

それとも「こんなつまんない大人になっちゃうのか」と幻滅されるか。

絶対に会いたくないな、高校時代の俺には。


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

IMG_2534
IMG_2541

シャリキンはやばい…これの飲み過ぎ(食い過ぎ?)はダメダメダメ…。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

もし、あの頃にSNSがあったなら。

あの小さな古い映画館で、同じ時間を何時間も過ごしていた僕たちは、すれ違いで終わってなかったかもしれません。

まともに会話したことがなくても、元ミス近大には冷たいコーラをおごってもらったり、どうみてもあっちの筋の人のおっちゃんには酒を勧められたりしていた不思議な関係は、SNSの時代なら僕らは何かしら繋がっていたでしょう。

IMG_6974

ミス近さんとは、社会人になってから偶然遭遇、名前もわかって(仮名・三井紀子さん)、いまは同じ横浜に住んでいて年に一回ほど映画を見たり、お酒を飲んだりしています。

あっちの筋のおっちゃんについては、なんとか探せないものか?と話題に上がることもありましたが、なんの手がかりもなく、映画館もとっくの昔に取り壊され、そもそも当時で50歳過ぎには見えましたから、もう90前か、それ以上の年齢になっていると考えられます。

どう見ても不摂生を重ねていたおっちゃんが、90過ぎ…もう死んじゃってる、生きててもボケてて僕らのことは覚えていない…そんなことを話しました。

先日、三井さんから「あの映画館があった街で酒でも飲もう」と唐突で強引なお誘いがあり、三連休の少年野球のコーチを断って、大阪空港の待ち合わせ場所へ。

FullSizeRender


ほんわかした雰囲気の三井さんが、結構強めに誘うのは、明らかに何かがおかしいと感じていました。

まさか、この年になって「駆け落ちしよう」なんて、あるわけもなし。

大きな病気を患っていると告白されるのかとか、いろいろ〝おかしい〟と感じた元を考えても、どれも違う気がしましたが、一つだけ「もしかして」と思い浮かびました。

三井さんとはなんだろう、人間の相性が良いというか、一緒にいるとうまい言葉で話せたり、彼女が何を考えているのか、企んでいるのか、よくわかることがあるのです。



そのときも、直感的に「三井さん、あのおっちゃんを見つけたんだな」とわかりました。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

見事な上弦の月である。

11月17日(日)は兵庫県知事選挙である。

FullSizeRender
FullSizeRender

名前も知らないけど、懐かしい人に会う一泊二日の短い旅である。

僕がまだ高校生の頃、当時30歳過ぎの元ミス近大のお姉さんと、元暴力団の50前のおっさんは、同じ映画館で数えきれない映画を一緒に見ていた。

一緒に見ていた、とはいっても互いに知り合い同士ではなく、同じ映画を同じ場所で見ていたというだけで、3人で映画談義をすることなんて一度もないどころか、まともに会話したことすらなかった。


インターネットなど影も形もない時代。


それでも、生きていると、なにが起きるか分からない。

まさか、丹波篠山でこれ以上ない上弦の月を3人で見上げる日が来るなんて。



このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

「拳闘世界地図」を作るにあたり、プロボクシング5大国の競技人口と歴代PFPをまず振り返ってきました。

現代のリーディング・カントリー米国、パイオニアの英国、そして米国市場を支配しているメキシコと紹介してきましたが、次はフィリピンではなく日本。

これは、他のお話でも同時進行的に進めていますが、まず歴代PFPの候補者を思いつくままに並べてみます。


facebook_P4P_thumbs



その前にPFPについて。

これは、階級制が形成された20世紀初頭にはその概念が生まれていたと言われていますが、ボクシングマニアに広く知られるようになったのは1950年代、ヘビー級の影に隠れていたシュガー・レイ・ロビンソンを評価するツールとしてでした。

PFPの概念が芽生えたのは階級制誕生の頃ですが、広まった1950年代はウエルター級とミドル級のロビンソンの評価を広めるため。

1980年代にはアリ引退の危機的状況でシュガー・レイ・レナードをはじめとした中量級の宣伝材料として。

ーーーこのことから浮き彫りになっている事実は、PFPとはヘビー級に対する弱者の言い訳である、ということです。

「全ての階級を平等に見ると」「体重同一時なら」というPFPという妄想の大前提は、どれもヘビー級に不利なものでした。

しかし、階級は人間が作ったもので、40ポンド近くも重いタイソン・フューリーと現実のリングで戦い勝ってしまうオレクサンデル・ウシクは、PFPの言い訳なしに最強を証明してしまいました。

「PFP」は、1980年からリング誌が年間アワードに組み入れたBEST FIGHTER POLLが定期的に発表するPFPとして最も古いものです。ただ、この企画はリング誌の販売不振と経営難からリストラされ2017年で終わってしまいます。

それでも、1990年から月ごとにPFPを発表(2022年の廃刊で終了)、2010年から続いているデジタルバージョンのPFPだけが残っています。

ここを見逃してしまうと「白井義男やファイティング原田はPFPに数えられていない」という発想につながりかねません。オリジナル8の時代に、PFPトップテンなどあり得ません。

IMG_4485 (1)


『「黄金のバンタム」を破った男』(百田尚樹)の中で、エデル・ジョフレがPFP1位と表現されていますが、あれはフィクションです。前述のように、1960年代もPFPは全く一般的ではありませんでした。

ジョフレがPFP1位評価を受けたのはリング誌2012年2月号の1960年代PFPのこと。モハメド・アリらを抑えての1位でした。そして『「黄金のバンタム」を破った男』が出版されたのも、奇しくも2012年でした。

リング誌電子版のPFPは、2015年に山中慎介と内山高志がほぼ同時期にトップテン入り。それから10年足らずで井上尚弥、井岡一翔、中谷潤人と5人がランクイン。

この10年で日本のボクシング界が特別な才能を次々と生み出しているーーーなんてわけはなく、このトレンドが、インターネットの普及と無関係であるはずがありません。

ウシクの存在で存在の根底が揺らいでしまうのがPFPであり、現存するランキングで最も古いのはESPNで2007年頃、そしてリング誌電子版で2010年から。

それ以前に活躍したボクサーは、もしPFPがあればどう評価されていたのか?そんな妄想も絡めて、日本歴代PFPを考えてゆきます。

妄想に妄想を重ねて、まだまだ続きます。



このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

自らを「偉大」とか「世界の中心」と誇示するのは何も人間だけではありません。それを名乗りたがる国家もあります。

Great Britain(大英帝国)と中華人民共和国はその典型です。

彼らの目線では日本は「Far East(東の果て)」であり「島嶼(島の寄せ集め)」でしかありません。

さて、そのGreat Britain。近代の欧米諸国の価値観を形成したコアであり、ボクシング発祥の国です。

18世紀にこの国で生まれたPrize Fighter(職業ボクサー)が戦うPrize Fightは、最古のプロスポーツとして発展してきました。

王侯貴族がスポンサーになるビッグファイトには高額の賞金がかけられ、国土を持たないユダヤ人など迷える人種にとってPrize Fightは拳一つで貧困と差別を打ち砕くことができる夢の切符でした。

ロンドンのイーストエンド、ユダヤ人ゲットーで生まれたダニエル・メンドーサは18世紀を代表するPrize Fighterです。

そして、1867年には英国クイーンズベリー侯爵ジョン・ショルト・ダグラスが保証人になったクイーンズベリー・ルールが制定され「リングは正方形」「3分1ラウンド」「ラウンドインタバル1分」「グローブ着用」の、現代ボクシングにつながるレギュレーションが整備されます。

米国ではオリジナル8と呼ばれることの多い〝最初の8階級〟も英国で形成されたもので「8Classic(正統8階級)」と表現されています。

IMG_0427

近代ボクシングを描いたのは間違いなく大英帝国でしたが、この国に代わって世界のリーダーとなった米国は、この国の習慣を自らの王道として取り入れました。

さて、英国のオールタイムPFP。これは最も難しい国別PFPでしょう。

イングランド限定ではありません。スコットランドはもちろん、北アイルランドやウェールズもひっくるめてのUKで考えます。


⑩ナジーム・ハメド…ファン・マヌエル・マルケスらメキシコの強豪からあからさまに逃亡したのはマイナス、マルコ・アントニオ・バレラ戦に向かうチキンな言動と試合内容にも幻滅したファンにとっては反論も多いでしょうが、米国で軽量級の夢を見せた功績は大。


⑨ロイド・ハニーガン…BoxRecでは17位、それでも高評価に思えるかもしれませんが、あのときのドナルド・カリーに圧勝したのは鮮烈でした。


⑧タイソン・フューリー…賛否両論でしょうが、ウラジミル・クリチコを判定で封じ込めた勝利を評価。


⑦リッキー・ハットン…凡庸すぎるビチェスラフ・センチェンコと戦った引退試合は余計でしたが、あれがなければ「メイウェザーとパッキャオにしか負けなかった男」。


⑥カール・フランプトン…フェザー級でFighter Of The Yearを獲得した軽量級の星。


⑤カール・フロッチ…とにかく試合が面白かった。


レン・ハービン12歳でプロデビュー、34歳で引退。優れたボクサーが12歳でデビュー、これが何を意味するのか?

マニー・パッキャオが鬼神の複数階級制覇を見せていたとき、欧米メディアが「パッキャオより上」と持ち出したのがハービンでした。

フライ級からライトヘビー級までの7階級(パッキャオの17階級時代なら15階級)で世界トップ戦線でリングに上がったハービンが、4団体17階級時代の現代なら15階級制覇していた可能性は非常に高く、パッキャオの8階級制覇を軽く上回る、という理屈です。

まあ、その通りでしょう。現代では12歳のプロデビューは許されないなどの制限はありますが。

日本でもお馴染みの〝無冠の帝王〟ジョー・メデルも現代に生きていたら、間違いなく世界王者になって4〜5階級制覇くらいサラッとしていたでしょう。

ただ、パッキャオの凄みは「ビッグネーム狩り」をやってのけたこと。


③ジョー・カルザゲ…説明不要の最強イングリッシュマンですが、ここでは3位。


②ランドルフ・ターピン…全盛期のシュガー・レイ・ロビンソンから挙げた金星は大きいにも程があります。


①レノックス・ルイス…個人的にも大きなインパクトを受けたヘビー級。



常識的にはターピンが1位なのか?難しい。

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

MEN WITHOUT WOMEN は、マチスモ(強靭な肉体と精神を持つ男が最も尊敬される世界)の世界です。その哲学を凝縮させたスタイルが、メキシカン・スタイルです。

打たれたら打ち返す。打撃戦は望むところ。

もし打ち合いに応じないのなら…たとえ彼らのスーパーアイドル、カネロ・アルバレスでも容赦のないブーイングが浴びせららてしまいます。

カネロとゲンナジー・ゴロフキンとの初戦は全くおかしな判定でしたが、メキシコのファンが怒り狂ったのは、そこではありません。

打撃戦を挑んできたGGGから引いて戦ったからです。そのくせ不可解極まるドロー判定に対して「勝ってたのは私」と不満を示したのですから、メキシコのファンからすると「打撃戦から逃げた時点でお前の負けなんじゃ!ボケ!」となるわけです。

フリオ・セサール・チャベスが神の如く尊敬されているのは、誰が相手でも常にメキシカン・スタイルを貫き通したからです。

また、マルコ・アントニオ・バレラとエリック・モラレスが、軽量級にもかかわらず絶大な人気を誇った理由も〝そこ〟です。

パッキャオと分の良い勝負を演じたファン・マヌエル・マルケスが、バレラとモラレスに人気の面で遅れをとったのも〝そこ〟が足りなかったから。

彼らが見たいのはボクシングではなく、ファイト、問答無用の殴り合いなのです。

0501_canelo_mex_greats_final2
ファイターがズラリと並ぶメキシコの7人のサムライ(古いデータですまぬ)。

メキシカン・スタイルを突きつけられる宿命を背負った彼らの系譜で、ディフェンスも巧みにブレンドしているカネロはスペシャルなメキシカン・スタイルを完成させたと言えるでしょう。

さて、メキシコの歴代最強PFPです。

上記の7人は当確でしょうかね。

扱いに困るのがオスカー・デラホーヤのような米国代表でバルセロナ五輪に出場しながらも、メキシコをアピールし続けたファイターです。

幸い、現時点でオールタイムPFPの俎上に上がるのはデラホーヤくらい。

アマ、プロ、プロモーターと三つの舞台で頂点に立ったゴールデンボーイは10位に。


⑩オスカー・デラホーヤ

⑨カネロ・アルバレス

⑧カルロス・サラテ

⑦ルーベン・オリバレス

⑥ビセンテ・サルディバル

⑤マルコ・アントニオ・バレラ

④エリック・モラレス

③ファン・マヌエル・マルケス

②サルバドル・サンチェス

①フリオ・セサール・チャベス


リカルド・ロペスを入れたかったのですが、メキシカン・スタイルの話の流れでは圏外か。

しかし、このランキング、10年後にもやると〝米国生まれ・米国育ちのメキシカン〟だらけになりそうです。

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

「おフランス」とは言っても「おフィリピン」とは絶対に言わない。

パリもマニラも泥棒だらけで治安も悪いが、そのイメージには雲泥の差がある。  

特殊詐欺グループはマニラを根城にしても、パリには近づかない…

フランス展は開催しても、フィリピン展は開催しない。

FullSizeRender
FullSizeRender
FullSizeRender
有楽町・銀座界隈にはフランスの高級ブランドや、フランス由来のレストランなどがたくさんあるが、フィリピンのブランドやレストランは見当たらない。

竹ノ塚あたりに繰り出せばフィリピンパブなんていくらでも軒を連ねているのだろうが、銀座にはない。

「おフランス」には行ったことがないが、久しぶりに「おフィリピン」に飛んで闘鶏でも楽しもうかな。


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

野茂英雄によってメジャーリーグが身近になったとき、日本の野球ファンはいくつもの驚きを楽しむことができました。

とメジャーを頂点にルーキーリーグから1A、2A、3Aと重層のピラミッドが構成されているのは知っていても、それが具体的にはどういうことなのかは、よくわかっていませんでした。

日本人にとって最も馴染み深い人気のあるメジャーリーガー、マイク・ピアッツァがドラフト62巡目、1389番目の指名だったことを知り、私たちはピアッツァの恐るべき下剋上と、才能を取りこぼさない仕組みに感嘆しました。

毎年、1500人前後の新人選手がプロの門をくぐり(現在はその半数程度)、同じ数の選手がクビになる、スケールの大きな選抜と淘汰、超競争社会を垣間見たのでした。

日本や東アジアの少数精鋭の才能を育てるエリート主義とは正反対の、谷底から這い上がる細い獣道はあっても、常にまた突き落とされる可能性が渦巻く苛烈な競争システム。

どちらがタフなリーグを成形し、強靭なアスリートを育むのかは明らかです。

a3a338622c2b4043a2ecdb6e8ed29666_front

日本、米国、英国、メキシコフィリピン…ボクシング五大国のオールタイムPFPを独断と偏見で作ってみました。

この五大国はいずれも米国との結びつき、影響が強烈な国々です。

もちろん、米国は「結びつき」や「影響」という表現が適切ではない、本家本元〝張本人〟。

最初は、この米国からです。


⑩フロイド・メイウェザーJr.

⑨イベンダー・ホリフィールド

⑧ロッキー・マルシアノ

⑦マービン・ハグラー

⑥ヘンリー・アームストロング

⑤シュガー・レイ・レナード

④シュガー・レイ・ロビンソン

③ジャック・デンプシー

②ジョー・ルイス

①モハメド・アリ


いやぁ、さすがにアメリカは明日やり直したら相当入れ替わりそうです。

社会的インパクトまで考慮すると、ボクシングが低迷のトンネルに入り込んだ80年代以降の選手は圏外。

一般的にはほとんど無名のメイウェザーなどは100位にも入らないかもしれませんが、それでランキングしてしまうとヘビー級祭りなメンツになってしまうので、その時代の専門家評価、傑出度を重視した実力優先の序列です。

世界ヘビー級チャンピオンが、世界一有名で価値のあるアスリートだった70年代までの絢爛と、80年代から地下トンネルをどんどん深く潜ってしまった現代までの〝暴落の40年〟。

すでに「米国のNo.1スターは世界のNo.1」という方程式は完全に崩壊してしまいました。

現役選手のリングがどんどん色褪せていく中で、メイウェザーやマイク・タイソンらが醜いエキシビションを繰り返すのは自然の摂理なのかもしれません。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

観戦スポーツがいくらでも存在する現代では想像しにくいことですが、1950年代までの米国はボクシングと競馬、野球が人気スポーツでした。

麗しきロッキー・マルシアノの時代です。

日本でも1970年代まではボクシングと競馬、野球が人気で、大相撲もここに加わりました。「巨人、大鵬、卵焼き」の時代でした。

今なお、世界評価(日本では完全に忘却されていますが)とテレビ視聴率で別次元の異彩を放っているファイティング原田の時代です。

1960年代まで「6回戦になれば普通に食っていける」という時代だったと聞くと、誰もが驚くでしょう。

現在のファイトマネー相場は4回戦が6万円、6回戦以上で10万円ですから、毎月リングに上がってもボクシングだけでは食っていけません。

この金額…原田の頃からほぼ横這いなのです。

IMG_0094

労働者階級、男性の娯楽であったスポーツは国が豊かになり、社会の多様化が進中で女性や子供たちも楽しむようになりました。

本物の流血に、凄惨なシーンが当たり前のボクシングは〝男だけの世界〟に置き去りにされてしまいます。

さらに、1980年代までは「世界」を日常的に謳える唯一のスポーツだったボクシングの砦が、野茂英雄や中田英寿らの登場によって崩されてしまいます。

そんな時代の流れだけでなく、団体の分裂に階級の増殖で世界王者の権威は地に落ち、ボクシングは内部からも瓦解してしまうのです。

認定団体のランキングほどデタラメなものは、他のスポーツではまずお目にかかれません。無茶苦茶にも程があります。

それなのに「指名挑戦者は強敵」「世界ランカーは強い」といまだに盲信しているファンが、特に日本に多いのは驚きです。

そんなファンに限って「亀田」や「天心」のランキングを糾弾しますが、彼らはまだ可愛いもの、十分すぎる許容範囲です。



誤解を恐れずに書くなら、国は貧しいままで社会の多様化も遅れ、世界タイトルのバーゲンセールを理解できない民度のメキシコ(この国の場合はマティスモの文化の影響も大きいのですが)やフィリピンではボクシングは今なお一定のステイタスを保っています。

20世紀初頭に米国にボクシングの覇権(つまりヘビー級タイトル)を奪われた英国でしたが、21世紀になると米国の凋落もあって〝政権奪還〟を果たします。

そして、その米国はボクシングのマイナー化が底なし沼的に進み、日本でも「世界王者はプロ野球のタイトルホルダーよりも上」なんて時代は夢の彼方に飛び去り、無名の世界王者が当たり前になってしまいました。


さて、日本、米国、英国、メキシコ、フィリピン。三者三様のボクシング市場を抱える〝五大国〟の競技人口(BoxRec)を眺めてみましょう。

IMG_2292

黄色のハッチングがそれぞれの国で最も競技人口が多い階級です。…すまぬ、メキシコはライト級が最多。

青は一人も選手が存在しない階級。

日本で選手のいない階級はクルーザー級だけですが、スーパーミドル級以上の4階級は10人以下で、どんなに無理をしてもランキングが組めない状況です。

米国と英国は日本と反対に、軽量級は砂漠状態。

人気階級では当たり前に存在する米国の州チャンピオンが軽量級ではまず聞かれないのは、当然です。

1980年代まで日本と同じ軽量級の比重が高かったメキシコ(系)ですが、フリオ・セサール・チャベス、オスカー・デラホーヤ、カネロ・アルバレス、アンディ・ルイスと大型化が顕著です。

それにしてもメキシコ、いいバランスです。

栄養状況の劇的な改善から平均的な体格は大きく成長している日本人ですが、ボクシングでは小型化の症状にもがき続けている原因は、この産業界に蔓延する欺瞞体質です。

日本最重量級の世界王者は、ジュニアフェザー級の井上尚弥…ボクシングだけが貧弱化しているのはファンとしては悲しい現実です。



さて。まだまだまだ、続きます。


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ