フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜

      Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。

カテゴリ: 恥さらしの人生でした。

珍しく神保町でお仕事。

梅雨に逆戻りしたような、水分をたっぷり含んだ蒸し暑く重い空気をかき分けて、靖国神社あたりまでお散歩。

ポロシャツが汗だく…やめときゃ良かった。

九段下の坂道を上がると見えてきたのは、ホテルグランドパレス。

ボクシング関連の記者会見の多くは、現実でも漫画でもホテルホテルグランドパレスで行われてきました。

しかし「1972年の開業以来、多くのお客様にご愛顧いただいておりましたが、2021年6月30日をもちまして、ホテルの営業を終了いたしました」。

先週の木曜日が、最後の日だったのか。

跡地は「三菱地所、三菱地所レジデンス、阪急阪神不動産、東宝とともに複合ビルを建設する予定」。

取り壊し工事がまさに始まったところでした。

IMG_7355

1972年開業というこもは、ちょうど50年。この手の〝高度経済成長型〟大型ホテルは役目を終わったということでしょうか。

昔のオークラ、赤プリなんかも、とっくに無くなりました。

今、都心で残されてる〝この手〟はホテルニューオータニくらいでしょうか?

ボクシングと結びつきの強いホテルだっただけに、寂しさもひとしおです。

また、一つ、昭和にさよならだ。

そういえば、ボクシングマガジンも今年(7月号)で休刊してしまいます。

そして、鉛色の空からポツポツ落ちてくる雨粒に濡れながら、靖国神社へ。

FullSizeRender

7月13日(水)から7月16日(土)までの4日間、行われる「第75回 みたままつり」の準備が進んでいました。

「みたままつり」は、国のために尊い命を捧げられた英霊を慰める行事として、日本古来のお盆にあたる期間に行われている祭事だそうです。

靖国神社の外苑参道沿いに約1万個の大型提灯と、内苑に約2万個の小型提灯が掲げられ、境内が献灯(みあかし)の黄金色の光に包まれるといいます。

また、神輿曳き回し、江戸芸かっぽれ、吹奏楽団パレード、和太鼓演奏などの奉納行事や「能楽堂」では各種奉納芸能が行なわれるようです。

IMG_7354
まだ、提灯装着前ですが、2万個が連なる光景は壮観でしょう。

さすがに靖国神社が無くなることはないはずです。




通りを跨いで、北の丸公園に入ります。

この辺りの桜並木の貫禄は世界最強クラス、風格ありまくりです。

IMG_7334
IMG_7335

この幹のよじれ方!このねじれ方!そんじょそこらの公園では、まずお目にかかれません。

そして、旧江戸城田安門を抜けると、そこに屹立してるのが、矢吹丈とホセ・メンドーサが死闘を演じた日本武道館です。

IMG_7336
IMG_7338
IMG_7340
IMG_7341

大学時代に、彼女とユーミンのコンサート会場の席で落ち合うはずが、私が大幅に遅刻して、彼女の機嫌をものすごく損ねた思い出があるのですが…何の用事で遅刻してしまったのか全く思い出せない。

九段下の駅からほぼ全力で走って、この階段を駆け上がったのもはっきり覚えているというのに。

人生で、あんなに女の子に泣かれたことはあのときだけだったのに、どうして遅刻したのかが、全く思い出せない…
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

高校時代は「英語の勉強のため」なんてことは微塵も考えずに、図書館に送られてくるニューヨークタイムスやタイム誌とか(このへんはあんまり読み耽ることありませんでしたが)、スポイラ誌やリング誌をむさぼり読んでいました。

もちろん、最初は何が書いてあるのか、よく分からないことばかり。

そんなときに最高の〝通訳〟を果たしてくれたのが、ボクシングマガジンでした。

IMG_7220
この後に↑試合のレポートが日本語で続いてるわけです。


今、見ても、スポイラ誌とリング誌、ボクマガは最強の英語教材です。

スポイラとリング誌、ボクマガ。この父と子と聖霊みたいな三種の神器が揃ったら、ボクシングファンなら誰でも英語が出来るようになります。

ならない方が無理。

高校3年で初めて受けた模擬試験は、勝手がわからずどうしようもない結果でしたが、2回目では全国100位以内に入り「え?こんなのでいいの?」と拍子抜けしたのを覚えています。

そこからは、こっちがアジャストするだけ、順位は上がるだけでした。

ただ、もしボクマガがなければ、スポイラやリング誌をあれほど精読できずに挫折して、途中で放り投げていたかもしれません。

そんなボクマガから「英語のまとめ文」が消えてしまったのは、いつの頃からでしょうか。

そして、まさか、ボクマガそのものが消えてしまう日が来るなんて。



ちょっと、いくらなんでも、悲しすぎます。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

私は、日本赤軍の元最高幹部・重信房子を〝リアルタイム〟で知りません。

彼女が何をしたのかは、〝全てが終わった〟ずっと後の〝事後報告〟で知りました。

2000年11月に、潜伏先の大阪で逮捕。オランダのフランス大使館を占拠したハーグ事件(1974年)の関与していたとされ、懲役20年の実刑判決を受け、服役していました。

昨日、収容先の東日本成人矯正医療センター(昭島市)から出て、近くの公園で取材に応じた重信は「自分たちの戦闘を第一にしたことで、無辜の人たちに被害を与えた」と謝罪。

私が高校、大学時代を過ごした1980年後半〜では学生運動は完全に沈静化していましたが、熾火とも言えない余熱が少しだけ残っていたかもしれません。

大学に入学した春、学生運動の真似事をしていたサークルに誘われ、古い校舎の屋根裏部屋で「戦艦ポチョムキン」を見たことがありました



昨日からの報道を見ると、2022年の日本が重信房子とどう向きあって良いのか戸惑っているように思えます。

彼女を全く知らない人が昨日からのニュースを見たり聞いたりするだけだと「極悪人」というよりも「時代遅れの革命家」「稀代のカリスマ」と受け止めたかもしれません。

学生運動が〝絶滅〟し、バブルに突入した時代に大学生だった私たちの頃でも、重信房子らを英雄視する空気が少なからずありました。

のちに日本を震撼させたオウム真理教が誰からも共感されなかったのに対して、同じテロリストでも彼女たちは明らかに違いました。

オウムの首謀者の麻原彰晃は教団施設の狭い隠し部屋で札束にまみれて息を潜めているところを逮捕され、自分の口からは何も発しませんでした。

そして、麻原とは対照的に重信は笑みさえ浮かべ、手錠をかけられた両手でガッツポーズのような構えをを何度もとって逮捕されました。

私はオウム事件はリアルタイムで知っています。彼らの凶悪犯罪に怒りを覚えましたが、たった一つだけ恐れていたのは機動隊が強行突入したとき、麻原が笑みを浮かべて自ら〝ゴルゴダの丘〟を歩くように機動隊に投降することでした。

彼らの劇場型犯罪の数々はテレビカメラに収められていました。もし、麻原が「信者たちには何の罪もない」と堂々と投降していたなら、暗愚な人は麻原に共感したかもしれません。

当たり前ですが、そんなことはなく、麻原は最後の最後まで誰にでもわかる卑怯者のままでした。

重信房子も卑怯者と呼んで差し支えないでしょうが、彼女や彼女の支援者はそうは思っていないようです。

「間違った世の中を正しくするための革命、そのためには武力行使も致し方がない」。というのが大間違いです。


「スターウォーズ」は帝国軍に対するレジスタンスを描いたSF映画ですが、ラストは帝国軍の巨大兵器デススターを破壊してハッピーエンドになります。

デススターに勤務する突撃兵たちは宇宙の辺境から集められた無辜の若者たちで、そこには彼らなりの生活があり、あれほど巨大な人工惑星ですから、家族や町のコミュニティーも存在していたでしょう。

スカイウォーカーたちはそんな無辜の人々を含めて、デススターごと破壊したのでした。

レジスタンスに憧れるのは若者の特権ですが、彼らは共産主義の末路が必ず独裁者を生み出してしまう大きな矛盾を深く考えることはありません。



彼女は私と違い圧倒的なカリスマ性の持ち主ですが、間違いなく見た映画やスポーツ、読んだ小説や漫画が極端に少ない人でしょう。

何も見ていない、何も読んでいない、何も知らないのに、机の上だけの狭い正義を振り回し邪魔する人は殺しても良いという、まさにオウムと同根の間違った正義に固まったロボットです。

ロボットにカリスマ性があるというのも、なんだかなあですが。



70年代に学生生活を送っていた諸先輩がたはもちろん、私たちの世代でも大きなニュースだったのですが、世間の扱いはそうでもなくて「よくよく考えたらそうだようなぁ」と思いました。

大きなニュースにならなくて良かったのでしょう、きっと。 
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

いきなり変態な話ですが、アラフィフ既婚者の私ですが、近所に小学生のガールフレンドがいます。

びっくりするくらい感受性の強い女の子です。頭の回転もびっくりするくらい早いのに、彼女の祖母以外は、誰もそれに気づいていません。
IMG_7199

先月のある休日に、彼女が「花壇係の子からランドセルに泥入れられた」と、困った顔してやって来ました。

よくあることで、ずっと前から「先生に言っても、私の味方してくれない」ということでした。

「おばあちゃんには言ったのか?」と聞くと、彼女は「心配するから言ってない」と悲しそうに下を向きました。

私が彼女を大好きなのは、みんなが思ってるのとは次元が違う深い内面を持っているからだけじゃなく、そんな話をするときも絶対泣かないことでした。

何度か「子どもは泣いて大きくなるみたいだから、泣いてもいいんだよ」みたいなことを言いましたが、彼女の答えがシビれるんです。

「泣いてる、泣いてる、いーっぱい泣いてる。でもパー(俺はパパにはなれないけど半分くらいはなってやる、ということでパーと呼んでもらってます)やおばあちゃんに泣いてるの見られたくないから、見られてないところでいっぱい泣いてるの」。

「そんな寂しいこと言うなよ、パーの前で思いっきり泣いてくれよ」と笑っても、キッとした顔で「パーは面白いこといっぱい教えてくれるオモシロジンで、泣くのはフトンジン」と言うのです。

夜寝る布団の中で、そこで泣いて、その涙を受け止めてくれるのが「布団人」ということですが、私は「パーもフトンジンになれるぞ」とリクエストすると、「ダメ、だってフトンジンはしゃべらないからフトンジンなんだから。ベラベラしゃべるのはフトンジンじゃない」と、可愛い大きな目で却下されると、この子を頭が悪いとか決めつける学校や社会への怒りが、改めてフツフツと湧いてくるのでした。

その花壇係のバカが、俺の大好きな彼女のランドセルに入れた土を川に流そうと2人で川べりまで行って、いざ投げようとすると、彼女が「BB弾がある!」というのです。

オモチャの鉄砲の弾だと、彼女が勘違いしたのは何かの種でした。

その種を取り出し、線路沿いの狭い土手に埋めました。

私に知識があれば良かったのですが、何の種かはわかりません。

それでも「来年になったら芽が出て花が咲いて、ここに大きな木が育ってるかもしれん!」という、いい加減な予言に、彼女は目を輝かせて喜んでくれたのでした。

そして、いい加減な預言者は自分の言ったことも忘れてました。

先日、夕暮れ時に彼女は「メ(芽)!ハナ(花)!キ(木)!」と「抱っこ!おんぶ!肩車!」みたいに襲撃してきたのです。

私は「まだ芽も出てないし花も咲いてないと思うぞ(大きな木になる前に鉄道会社に伐採されとるわ)」と思いつつも、こいつよく覚えてるなあ、感心しながらその場所に行ってみると…。

アサガオがしっかり咲いてました。

あれはアサガオの種だったのか。

アサガオ、日暮れどきでも咲くんですね。

不覚にもなぜだかわかりませんが、ボロボロ涙が出てきてしまい、きっと彼女も泣いてると思いましたが…。

アサガオを微笑みながら見ていた彼女は、私が泣いてるのに気づいて「パー、フトンジンいないとこで泣いちゃダメ!」と顔面に抱きついてきてくれました。

なぜか、どういうわけか涙は止まらなくて、彼女は「嫌なことなかったか?嫌なことがあったら言ってみ」と、私がいつも彼女に語りかけてたセリフをイントネーションまで正確にリピートしてみせるのでした。

どこまでも馬鹿脳の私でも、さすがにもう気づきました。

彼女を知らない先生や同級生は彼女をさげずさんだりしますが、彼女をよく知ってる仲間の子らは彼女への尊敬をはっきり示していました。

私は「彼女の力になりたい」なんて偉そうなこと、思ってましたが、逆、だったんです。

おこがましいことに。 

しかし、それにしてもアサガオは日暮れどきが一番美しいだなんて、この年になってやっと気づきました。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

私立秀岳館高校(熊本県八代市)男子サッカー部で、コーチが部員に暴行しているとみられる動画が投稿されたことをめぐり、同校は5日、記者会見を開いて経緯を説明した。

「暴行動画」の後に生徒たちが謝罪した動画に、監督が関与していたという。

動画は、コーチとみられる男性が少年を殴ったり蹴ったりしている様子を撮影したもので、4月にSNSに投稿された。

その後、同校サッカー部の公式ツイッターアカウントに、主将や暴行を受けた当事者を名乗る生徒らが「コーチを馬鹿にするような発言をしたのが今回の原因です」などと謝罪する動画が投稿された。




メディアに取り上げられるこの種の事件は、擁護のしようのない犯罪であることが殆どです。

議論にならない、ただの暴行罪が立件される犯罪です。

殴る、蹴るって、もう教育ではありません。

この事件で行われたこと、そしておそらく過去から行われ続けきたことは、立場の弱い者への執拗で陰湿な暴行です。



例えば、長嶋茂雄や星野仙一らの鉄拳制裁は「時代」で片付けられてしまうのでしょうが、どこかでそれが〝犯罪〟であること猛省しなければ、そんな「時代」が永遠に未来につきまとうことになります。

例えば「日本シリーズで、牽制球のサインを見落とした沢村拓一の頭を叩いた阿部慎之助」の行為は〝犯罪〟でしょうか?

軽く叩いたからOK?それとも強弱に関係なく、暴力?あるいは、大観衆の中で、恥をかかせるような行為なので侮辱罪?


この種の議論で必ず俎上に上がる「座禅で肩などを身体を叩く行為」は、暴行罪に相当しますか?

僧侶が座禅で身体を打つ行為は、大前提として参加者の明白な承諾があり、日本社会で永年にわたり認められてきたもので、刑法で認められた正当行為にあたるとされています。


参加者(選手)との明らかな合意と、歴史的な認知、という観点は、ボクシングが合法化されている根拠にもなっています。

その一方で「公園で野球をやるのは当たり前でも、ボクシングをやると警察が飛んで来る」(寺山修司)というのは、ボクシングの特殊性を表しています。
 
ボクシングの指導、例えば先輩がスパーリングで後輩のボディを叩いて悶絶させるのは、体罰でしょうか?そもそも、ボクシングの場合、体罰やシゴキと練習の区別をどこで付けるのでしょうか?
 
サッカーの紅白戦、負けたチームに課せられる罰走などは、暴力とは言えないからセーフ?それともグランド15周以上でアウト?

現在、絶対正義の風潮は、ありとあらゆる体罰が〝犯罪〟です。

しかし、教育や愛情に100%根ざした体罰も否定されるべきなのか?何が教育で、何が愛情かなんて誰にもわからないのだから、あらゆる体罰は〝犯罪〟で処理しなければならないのか?

続きます。。。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

モハメド・アリのおかげで色々知ることは出来たとはいえ、ベトナム戦争は私にとって、歴史の教科書の出来事です。

1979年のソ連によるアフガン侵攻は、まだ小学生だったとはいえ、翌1980年のモスクワ五輪を日本や米国など西側諸国がボイコット、岸体育館での山下泰裕らの涙の抗議や、淡々と日々の練習をこなしていた瀬古利彦の姿をテレビで見たので、よく覚えています。

ルーマニアのチャウシェスク、ソ連崩壊、ベルリンの壁崩壊、北朝鮮の拉致問題…そして現在のロシアによるウクライナ侵略。

私にとってのソ連やロシア、共産主義国の記憶は時代遅れの思想を掲げて個人崇拝に迷走した「悪」の色合いが強いものです。

もちろん、ソ連が宇宙開発で米国を先行していたことや、北朝鮮が韓国よりも豊かだった時代があったことなどは知識としては知っています。

私が大学に進学した頃にはすっかり影を潜めていた学生運動が労働者が主導するとされたソ連や北朝鮮の社会を憧憬していたことも少しは知っています。

米国を中心とした西側諸国の支配者層が共産主義を恐怖し、理不尽な赤狩りや、朝鮮やインドシナ、自国から離れた土地で残虐な代理戦争を繰り広げたことも、私にとっては「終わった歴史」になっていました。

高校のときの担任教師が元全共闘の闘士で、変わり者だったので私みたいな生徒にも目をかけてくれていましたが、そんな恩師も亡くなってしまいました。

ただ、世の中は面白いもので昨年、仕事先の元文学少女の方(正確には現在も文学おばさん・元少女です)とのオンライン飲み会にソ連・ロシア通の方が参加、興味深い時間を過ごすことができました。

学生運動の馬鹿者どもだけでなく、文学少年・少女たちにとってもロシア文学は外せない中核。

思想や文学において、アメリカよりもソ連を憧れる時代があったこと、文学においてはいまだにその評価は不動のものであることは、私でも分かっていることでしたが、ソ連の労働者が日々送る生活についてはよくわかりませんでした。

IMG_7037
しかし、その元少女の知り合いのソ連通の方が同じ沿線住みということで、2月に一度遊びに行く機会がありました。

70年代初めにソ連を訪問したときのアルバムを見せてくれ、いろんな文献・雑誌までを惜しみなく貸してくれたのです。

その一つが「ソビェト婦人」。この雑誌は見れば見るほど「欧米かッ!?」と急速にタカトシ化してしたいます。

ソ連版「LIFE」です。

IMG_7034
◼️「黒海はまねく」↑

夏休みのシーズン!療養地に通ずる街道は、活気をみせてきます。

何万という自動車が、人びとをまちから海のほとりに、休息へと運んでいきます。(1963年6月号)◼️

フロリダかッ!



◼️「モード」

今年のモードは、簡素で実用的ですが、なんとなくロマンチックなムードをたたえています。

若い女性には、主として、スポーティなスタイルが多く、パンタロンに短いオーバー、あるいはハーフコートなどの取り合わせが好評です。(1970年10月号)◼️

パリコレかッ!


IMG_7036
IMG_7035

◼️「空飛ぶ病院」↑

「救急機医」という職名が生まれたのはソビエト初の救急飛行機「K-3」があらわれた1927年のことです。いま、ソ連には186の救急および、定期出張診療所があり、2万人の医師がここで働いています。

こうして、世界でいちばん大きな〝空飛ぶ病院〟ができたのです。

国家は毎年、救急飛行機とそこで働く医療勤務員の数をふやすために、ますます多くの資金を出しています。(1970年10月号)◼️


1927年にドクターヘリかッ!




このタイミングで旧ソ連を賛美するつもりは全くありません。

主権国家への侵略行為はすべからく悪であり、何よりも私たちは西側諸国の住人です。

土曜日の「日本史上最大の戦い」もほとんどの日本人は村田諒太を応援しました。

ボクサーとしては格上のゲンナジー・ゴロフキンが、敵地のリングに引っ張り上げられる構図です。

日本人以外のボクシングファンはゴロフキンに感情移入したはずです。

現在のボクシングシーンがメキシコ中心に回っていなければ、あるいはゴロフキンがメキシカンだったなら、カネロ・アルバレスはとっくの昔に駆逐されていたかもしれません。

そうなったらすうなったで、ゴロフキンがメキシカン・コネクションに庇護されて、カネロよりも厄介なドーパーとして、今頃ヘビー級に君臨していたかもしれませんが…。

もちろん、日本行きの構図も全く別のものになっていたでしょう。

主題がボクシングに逸れる前に、ソ連やロシア文学などなどについて、ソ連通の方や右翼や左翼、元文学少女、私の周りに蠢く怪しい人々の意見も織り交ぜながら、正義の定義や地上の楽園を熱く激しく語り尽くしたいと思います。

IMG_7038
ロシアにもホルモン焼きがあるそうな。





このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

高校時代は引きこもってただけに、とんでもない数の本を読み耽ってました。

洋書や洋雑誌まで手当たり次第、自分では数えてなかったのですが、図書館の貸し出しチェックだけで「年間365冊を超えてる」と、担任の教師に驚かれたのを覚えています。

実際には図書館で一日中何冊も読んで、貸し出しチェックに記録されていないものも相当数ありましたし、リング誌など和洋雑誌は持ち出せず、漫画などまで含めると「1日1冊」なんてもんじゃありませんでした。

それが、今では1ヶ月に1冊程度。どうしてあんなに貪り読めたのか、自分でも不思議です。

まあ、仕事もないし、引きこもってたら時間はたっぷりあるから、読めるといえば読めるのですが、当時は間違いなく活字中毒でした。

娯楽小説から戯曲、歴史書まで本当に手当たり次第な乱読で、17世紀の歴史家トーマス・フラーの著作に出てくる名言探しが数日間のマイブームだったことがあります。

「不幸によって磨かれる人もいれば、駄目になってしまう人もいる」「どこにでもいる人は、いないのと同じだ」「結婚前には両眼を大きく開いて見よ。結婚してからは片目を閉じよ」なんてのが有名で「夜明け前の闇が最も暗い」もそうです。

「It’s always darkest before the dawn.」。フラーの言葉は、まさに「夜明け前の闇が最も暗い」です。

フラーではありませんが、同じ意味の英語に「For every dark night, there’s a brighter day.(暗い夜があるから、光り輝く日がある)」「After the dark night, the sun shines.(暗い夜の後は、太陽が輝く朝が来る)」も、同じ意味です。

やはり高校の図書館で読んだウルフガイシリーズにも 「夜明け前の闇が最も暗い」という犬神明のセリフが出てきますし、のちの受験時に役立った日本や中国の歴史モノ小説を書いた吉岡英治のエッセイにも「朝の来ない夜はない」は何度も登場します。

しかし、この言葉の〝出典〟として最も有名なのは、ご存知のようにシェークスピアの「マクベス」です。

ただし、原文はフラーらのような肯定的なニュアンスではありません。

The night is long that never finds the day.(William Shakespeare『Macbeth』)。「夜明けが来ない夜は長い」 。

「朝の来ない夜はない」「夜明け前の闇が最も暗い」 とは、逆の意味すら帯びているように読めてしまいます。

どうしてこんなことを書いたかというと、今日の読売新聞朝刊 の短いコラム(編集手帳)で、マクベスの中に出てくるこのセリフを演劇評論家の松岡和子さんが「朝が来なければ夜は永遠に続くから…」と訳したと知ったからです。

原文を損なわない名訳です。 

「朝の来ない夜はない」「夜明け前の闇が最も暗い」 よりも、積極的に朝を迎えに行く感じもします。


bs_series@2x

シェークスピアは坪内逍遥でしか読んでませでしたが、松岡さんは「坪内逍遥、小田島雄志に続く3人目の偉業  25年の時を経て、堂々完結」させたそうです。

知らなんだ。

こんなのが、高校時代の図書館にあったら1週間で読破しちゃうんだろうけど、今は全部読む気力はありません…。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック


土曜日、早朝の電車は空いていますが、休日出勤は気が滅入ります。

銀座のロシアンショップ。↓彼らに嫌がらせするバカの思考には軽蔑しかありません。バカは罪です。
IMG_6877


ノーベル賞作家で好んで読む(歌う・聞く)のはボブ・ディランとこの人くらいです。


ロシアがウクライナでやろうとしていること、80年代にアメリカがチリでやったことに変わりはありません。 

81WroYBj6wL

2020年11月に勃発したエチオピア紛争。ベルギーの研究チームによる試算によると、これまでの1年半で50万人以上が命を落としています。

数千人が亡くなったに過ぎないロシアによるウクライナ侵略、たった3人の犠牲者を出した東北の地震と比べると、何百倍もの人が殺されていても、テレビでの放送時間や、新聞紙上での記事面積は無きに等しい有様です。

人間の命は平等ではありません。

エチオピア紛争でケネニサ・ベケレが銃を取って戦うとなれば、心を動かされてしまいます。

もし、ビタリ・クリチコがキエフ市長ではなく、ワシル・ロマチェンコやオレクサンダー・ウシクらがウクライナ人でなければ、あの戦争は対岸の火事です。大使館を通じた寄付もしなかったでしょう。



同じ国でも、日本人と朝鮮学校の子供では処遇が全く違います。同じ国の中でも「対岸」は存在します。

中高生時代の私は「チョン中は怖い」と恐れながらも、明らかに勝てると踏んだ相手が絡んで来たら〝降りかかる火の粉〟を払い、そうでなければ逃げました。

彼らの中に渦巻く「怒り」や「悲しみ」や「諦め」を、私たちには理解することは出来ません。「対岸」を渡って、向こう側に行くことなんて絶対に出来ないのですから。



先日、ゼレンスキーは米議会でオンライン演説を行い、今回のロシアの蛮行と並ぶ許しがたい侵略行為として、9・11と真珠湾攻撃が引き合いに出しました。

世界的には「日本は宣戦布告せずにハワイを不意打ちし、正義の米国は原爆投下によって戦争の長期化・より深刻な犠牲を防いだ」というのが圧倒的・絶対的な認識です。

歴史なんて学校教育です。日本では「あれは自衛の戦争で、欧米の侵略から大東亜共栄圏を守る戦い」と信じる人も珍しくありません。「戦争は外交の一つの段階」という考え方も、彼らの言い分です。

歴史は、事実(時には事実でないことも珍しくありません)を都合よく編集した学校教育によって刷り込まれた幻覚です。真実ではありません。

「台湾は親日」というのも、ある面で嘘です。現地で仕事したら、すぐにわかります。旧跡などのプレートで黒塗りされている部分は、日本の悪行を説明した箇所です。彼らが親日である一番の理由は「敵の敵は味方」という理屈です。

「ロシアと中国が親密」なんてのは「敵の敵は味方」の典型です。



プーチンは「ソ連解体を米英を中心とした西側によるロシア分割」と信じ込んでいます。そんな単純な力学だけで、あれほどの大国は倒れません。

そして、彼が目指すのは「同胞神話に基づくロシア国家再統一」です。

「大ロシア人」と「小ロシア人(ウクライナ)」「白ロシア人(ベラルーシ)」は同胞、というのは大東亜共栄圏と実に似た考え方です。

しかし、キエフ大公国がギリシャ正教を国教にし、ロシアの宗教と文化の礎になった事実を考えると、大東亜共栄圏ほど突拍子もない発想ではありません。


「戦争は外交の一形態」などというのは、あからさますぎる詭弁。「戦争は外交の破綻」であることは小学生にだってわかります。



私が「対岸」を最初に意識したのは、朝鮮学校との試合でした。野球は普通にヤジが飛ぶ、おそらく最も下品なスポーツでしょうが、ヤジだけでなくビーンボールを投げる、死球で出塁すると牽制球も投げてないのに一塁手が空のグローブで足や腰を叩いてくる、二塁手や遊撃手は走路にあからさまに立ち塞がる、もはやスポーツをやる気がないクソ集団でした。

高校になって、ひょんなことから、中学時代に〝戦った〟朝鮮学校のヤツの家族が経営する焼肉屋に行くという、いま思えば貴重で楽しい経験も出来ました。いろんな話が出来ました。それでも、想像するのが精一杯で、分かり合えるのは難しいと実感したのも確かなことでした。

ただ、本当の意味で分かり合えなくても、彼らがどんな思いをしながら育ってきたか、想像は出来ました。最悪なのは、想像もできないことです。

相手の立場を想像し合うことができれば、分かり合えなくても友達になれます。

大学に入ると、欧米を中心に数人の留学生とも友達になりましたが、彼らも彼らの国で事実を編集された学校教育を受けていました。それは「真珠湾」は許しがたい「テロ行為」、「原爆」は戦争を早期終結させた「正義」という単純な等式で成り立った、事実を編集した歴史教育です。

日本の大学に留学してきた友達は極めて親日的という分かりきってたことが、社会人になって海外や外国人と仕事をすると衝撃的すぎるほど改めて思い知らされました。

相手にとっては、こっちが「対岸」です。


私たちが受け入れなければいけないのは、70年前の戦勝国による事実を編集した歴史が、現代の正史であるということです。

もちろん、話し合いによって私たちの考えを伝えることはできますが、彼らが日本に譲歩すること、本当に分かり合えることはありません。



立場を入れ替える方法は、たった一つだけあります。もう一回戦争して、今度は勝つことです。武力による現状変更しかありません。

そして、戦勝国も、私たち敗戦国も絶対に受け入れたり許したりしてはいけないのが、武力による現状変更です。



そんなことを言っても、朝鮮半島やベトナム、アフガニスタン、イラク、シリア、ウクライナ…常任理事国以外の国土を戦火に燃やしながら武力による現状変更が止むことはありません。しかも全部が全部、代理戦争です。

ニューヨークとモスクワのホーム&アウエーでやってくれたら、それこそ「対岸の火事」を見物させていただくところですが、奴らはどこまでも卑怯者です。

 
ウクライナのゼレンスキー大統領が、23日に日本の国会でオンライン演説を行います。もし、米国議会と同じように「真珠湾」を語ったら大したものですが、彼は政治家です。

日本からも「あんた、アメリカで真珠湾と9・11を並べてたな」なんてふっかける必要もありません。



「対岸」の声を聞いて、どこまで想像力を働かせることができるか。


どんなに偉そうなことを言っても、人間なんて半径2、3mくらいのことしか興味がありません。

この大きな地球で半径2、3m。他は全部対岸です。

エチオピアで50万人死のうが、私にとってはスマホのテレビ電話で「京大、落ちた」と泣き出す40歳近くも年下の友達の涙の方に心が揺れてしまいます。

丸腰でロシアの攻撃に曝されているウクライナの子供たちよりも、キエフの堅牢な市庁舎で戦っているクリチコ兄弟の身を、私は案じてしまいます。

ウクライナやエチオピアだけじゃなく、今日も世界中で数え切れない大勢の人が残酷に殺されるでしょう。

しかし、私の興味は今夜ゴングが鳴る矢吹正道と寺地拳四朗のリマッチです。

そして、対岸の火事をテレビで見ながら、お酒を飲んで「早く戦争が終わればいいね」と家族と話して酔っ払うのです。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

賢い奴はアホに惹きつけられるが、アホは賢い奴に惹きつけられない。

IMG_6865

受験シーズンが終わりに近づいています。

私の子供たちはみんな卒業して社会人になりましたが、これから子供が受験を迎える友人や知人も少なくありません。

30年以上も前、高校2年まで私は進学するつもりなんて全くありませんでした。そもそも、学校の成績は劣悪でしたから、まともな大学に行けるわけもありませんでした。

それでも、陸上部の尊敬できる先輩から「すぐに社会に出て働くなんてタルいやん?とりあえず大学行って遊んでもええんちゃうん」という感じで進められ、受験することになりました。

それでも、受験勉強をすればするほど、なんてくだらない作業だろうか、という思いがフツフツと湧き上がってきていました。

例えば、陸上や野球は一生好きだし、プレーヤーでありたい、この深淵な世界をどこまで潜れるか、何歳になっても考える価値があると思いました。実際、今でもそうです。

しかし、受験勉強なんて底が浅すぎて、こんなくだらないことは高高3年の数ヶ月で金輪際オサラバと唾棄していました。

その考えは「受験しろ」と進めた先輩も「受験なんてくだらない」という点では同じ考え方で「大人が作ったバカシステムは利用したらええねん。大手予備校の模試でええ点取ったら結構なカネになるやろ」と、予備校が「成績優秀者」という名目で「事前」的に受験料を負担、合格したら「早慶上智5万」「同志社法3万」「関学経済2万」。

関西在住の私にとっては「立教明治法政2万」は交通費・宿泊費負担してくれないと「ビジネスにならない」とメイウェザー的マネーな世界でした。
IMG_2557

当時、先輩も俺もアホでした。いや…今でもアホです、間違いなく。いや、今の方がもっとアホです…。

しかし、当時も本当にアホでした。

「予備校に利用されている」のは気づいていても「受験勉強が出来る特権の恩恵にあずかっているだけ」と、「得してる」と勘違いしていたのです。

典型的なアホです。

結局、予備校に利用されて、私たちが無鉄砲に受験してなければ受かっていた受験生を意味なく不合格にしていたかもしれないのです。

その先輩に「同級生が関学に落ちたと聞かされて、ちょっと罪の意識だ」と言うと、先輩はすぐに「私はお前より1年前にわかってたのに、申し訳ない」と、頭を下げました。

もちろん、私の合格が同級生を不合格にした直接原因ではないかもしれませんが、行く気もない大学の学部をカネ目的(というか幼稚に面白がってただけです)でいくつも受験した罪の意識ははっきりありました。

私にとって先輩は女神のような存在でしたが、この一件でなんとなく、気まずくなって、ずっと距離が離れてしまっていました。

そんな過去から、受験は「くだらない」はもちろん「罪の意識」までふりかけられた苦い記憶でした。今もそうですが。

ところが、30年も経って、自分の子供と同じ年代の受験生の知り合いが出来るようになると、「くだらない」は「東大の問題には哲学がある」「関学はしっかりした良問」と、「世界王者はみんな強い」「世界ランカーに雑魚はいない」みたいな優等生発言を吐いてしまうのでした。

あ、「東大の問題には哲学がある」「関学はしっかりした良問」は本当ですが「世界王者はみんな強い」「世界ランカーに雑魚はいない」はありえません。

今でも、子供達の前で「受験なんてくだらない」と口にしがちですが、それはいろんな子供達、親御さん、全員に言うことではないんですね、当たり前ですが。





「賢い奴はアホに惹きつけられるが、アホは賢い奴に惹きつけられない」ってタイトルつけて、書き始めたのですが、もはや滅茶苦茶でんがな。

さっきまで、私の中で学生時代から区分けしている「賢いフリしたがる輩」とオンラインで悪酔い、そこでグツグツ煮えたウクライナへの思いを書こうとしてたのですが…。

コロナ前でも後でも、飲み会なんかに誘ってくるのはほぼ100%「賢いフリした輩」から。私から声をかけたことは一度もありません。
IMG_6876

「賢い奴はアホに惹きつけられるが、アホは賢い奴に惹きつけられない。」とはそういう意味だったのですが、深酔いしてくると、夕方にすすった「カウンターアタック」のラーメン、またすすりたい。

9時10時で真っ暗闇になる町なんて、町じゃないからな!

コロナはわかった。もう聞き飽きたわ。

おい!岸田!

おい!小池!

いつまでもふざけるなよ 。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

午前中に銀座で面倒な個人情報扱いのお仕事を片付けて「長崎カレー 蜂の家」で「黒カレー」をすすり、「これはカレーライスの一つの完成形である」と大きく頷きながら、少年野球の試合会場へ。
IMG_6870 (1)

移動の間は「ローマン・ゴンザレスvsレイ・マルチネス」の試合を観ながら、旧友たちが出走している東京マラソン2021の経過もチェック。

野球部の子のお姉さんが「京都と東京の私大に合格した」と親御さんから教えられ、そういや「京都の大学に行きたい」と言ってたなあと、そのお姉さんの顔を思い出しながら、「三島さん(私のこと:仮名)が絶対受かるって励ましてくれてたから、すごく頑張ってました」と感謝されて、来週末に夕飯を誘われたまではいいものの、本命の京大の発表が来週木曜日という驚愕の事実が。

「京大も絶対受かるって断言してくれてたから、すごく勇気付けられてます」と言われて、待て待て待て待て、俺、そんなこと言ったか?と思い返しても、よく覚えてません。

そのお姉さん、最初に宿題とか見たときから優秀で物分りが良かったから「早慶とかは普通に勉強してたら受かる」と太鼓判を押した覚えはありますが、「京大も絶対受かる」なんて言ったかなあ…我ながらいい加減なこと口走るなあと呆れてしましました。

しかし、我ながらめっちゃ言いそうです。きっと、親御さんの前でも「村田がカネロをノックアウトする」みたいなのと同じ感じで言ったのでしょう。

京大不合格なら、来週末の夕食会はキャンセルだなと、それまで頭の片隅にすらなかった木曜日の合格発表にドキドキし出してしまうのでした。

家まで送るという〝京大合格待ち〟親御さんでしたが、車の中でも「京大どうでしょうかねえ?」話になるのが恐ろしくて、やんわりお断り。

駅に向かう道すがらに見つけた「カウンターアタック」という博多ラーメン屋さんに気まぐれで入店。
IMG_6876
驚きの本格的博多ラーメンでした。

黒ラベル生に、替え玉・粉落とし。

大通りから外れているのに結構混んでたから、有名な店なのかもしれません。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ