カテゴリ: 国際ボクシング名誉の殿堂

アルツール・ベテルビエフのトレーナー、ジョン・スカリーがガーボンタ・デービスについて「今引退するなら殿堂入りは無理。デービスは弱い相手に無理難題を突きつけて勝ってるだけ」とこき下ろしました。

スカリーはデービスのキャリアを「キャッチウェイトで弱った相手をリングに上げる」「とにかく弱い対戦相手ばかりを選ぶ」「セカンドタイトルを好む愚かさ」「対立王者とは戦わない」と笑いとばいしました。

30戦全勝28KOのタンク・デービスの主なタイトルマッチを振り返ると、IBFジュニアライト級王者ホセ・ペドラザ(7ラウンドTKO)、ヘスス・クエジャル(WBAジュニアライト級スーパー王者決定戦)、ユリオルキス・ガンボア(WBAライト級王者決定戦:12ラウンドKO)、WBAジュニアウエルター級王者マリオ・バリオス(11ラウンドTKO)。

「とにかく弱い」まではいかないまでも、「あんな強豪を仕留めたのか!」という勝利はどう探しても見当たりません。

メガファイトとなるとレオ・サンタクルスと、ライアン・ガルシアの人気者メキシカンとの手合わせがあります。

しかし、バンタム級から上がってきたサンタクルスは完全劣化版にもかかわらず、KO勝利まで採点は1ポイント差、テクニックで上回れるなど呆れるほど拙い技術を露呈。

そして、アイドルボクサーで卑怯者のガルシアにキャッチウエイトを要求するチキンハート。

サンタクルスとガンボアはPFPランキングに名前を連ねたこともありましたが、タンクとの対戦時はキャリアの黄昏。

2017年、ワシル・ロマチェンコとの対戦交渉はデービス陣営が早々と断っています。現在は、ロマに熱烈ラブコールを送っていますが、どういう心境の変化でしょうか?

ロマについては、かつてフロイド・メイウェザーが「絶対に戦うことがない」と公言していたように、技術的にサンタクルスに翻弄されるようでは、全盛期のロマなんてありえません。ましてや、精神的に不安定なデービスでは情けない〝ノマチェンコ〟負けが目に見えてます。

デービスのキャリアではアンダードッグはもちろん、50−50の試合も一度もありません。

マイク・タイソンは「弱い相手に勝っただけ」でも殿堂入りしていますが、彼はヘビー級。タイソンの無敗時代はヘビー級のレベルが低かったとはいえ、相手を選ぶことはしませんでした。さらに、当たり前のことながら、軽い相手は選んでましたがキャッチウエイトなど1試合もしていません。

PFPランキングは、Transnational Boxing Rankings Board とESPN、The Ringで奇しくも8位と一致。他のメディアでもランキングにリストアップされる堂々のPFPファイターですが、多くの専門家が無敗の戦績と積み上げられたKOの山は「作られた数字」と見ています。

強い相手とやってあの数字なら、PFPキングになってるはず。

12月14日に決まった対戦相手もまさかのラモント・ローチ。これは笑うとこです。

タンクはスカリーに反論「ベテルビエフの方が弱い相手としかやってない」と口走ってしまいました。相変わらずのバカです。言ってから「しまった」と思ったでしょうが。これまで積み重ねてきた犯罪と同じで、感情に任せて間違いを犯してきたバカはもう治らないのでしょう。

タンクはもう29歳。

こんな対戦相手ばかりを選んでいたら、錆びついて、どこかで変なのに足元掬われるのは目に見えています。ローチも十分〝変なの〟。ここで負けたら面白いのですが。


井上尚弥が弱い相手とばかり戦ってるのは、タイソンと同じで「たまたま弱い相手しかいない、階級レベルが痩せ細っていただけ」で、殿堂入りは間違いないと思います。

タンクは、井上やタイソンのように情状酌量の余地はありません。人気階級の入り口付近で相手を選んで回遊しているだけ。

そういえば、毎年必ず刑事事件を犯して逮捕されてるのに今年はおとなしいのはどうしちゃったんでしょうか?このままだと連続逮捕記録が途絶えてしまいます。

見つかってないだけか?








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ヘビー級は様々なジンクスに彩られてきました。

「ヘビー級の王者に返り咲くことは出来ない」というジンクスは、フロイド・パターソンが最初に破り、モハメド・アリが三度王者に返り咲いた頃こそ、重みがありましたが、今では当たり前にベルトがやり取りされるようになりました。

それでも「下の階級の王者は、ヘビー級の王者になれない」は、マイケル・スピンクスが破ったものの、今なお非常に難易度の高い2階級制覇であり続けています。

「難易度が高い2階級制覇」など、軽量級に目を移せばそんなものは失笑レベルで一切存在しませんが、ヘビー級を絡めただけで全く違う種類のハードルとなってファイターの前に立ち塞がるのです。

さらに「サウスポーはヘビー級の王者になれない」は最後に残されたジンクスでしたが、これを破ったのがマイケル〝Double M〟モーラーでした。

そして「下の階級の王者からヘビー級王者に」という離れ業もやってのけましたが、それもクルーザー級ではなくライトヘビー級からのロングショット。その一点では、イベンダー・ホリフィールドとオレクサンデル・ウシクに優っています。

WBOの初代ライトヘビー級王者に就いたモーラーは9連続防衛。タイトルを獲った試合も含めた10試合は全てKOで片付けました。

それでも「4団体時代の王座や防衛、弱い相手に勝っただけで意味はない」と、その評価は停滞。

文句のあるやつを黙らせる方法はたった一つしかありません。

1992年5月15日、アトランティックシティのトランプ・タージマハルでバート・クーパーとのWBOヘビー級王者決定戦に挑んだモーラーは2度のダウンを跳ね返して〝スモーキン〟クーパーをストップ。

史上初、サウスポーの世界ヘビー級王者となりました。

それでも「後発でマイナーのWBO」「クーパーとの決定戦」という〝文句〟が残されてしまいます。



モーラーはWBOタイトルを返上、1994年4月22日、ラスベガスはシーザースパレスで、WBA /IBF王者のイベンダー・ホリフィールドとの団体統一戦のリングに上がります。

超ビッグネームの強豪です。ホリフィールドに勝てば、もう文句なし。しかし、予想もオッズもダブルMが圧倒的不利と見られてしまいます。

ところがどっこい、この試合でもダウンを挽回して〝Real Deal〟に2−0のマジョリティデジションで判定勝ち。これで、文句なしのヘビー級史上初のサウスポー世界王者誕生です。

第2ラウンドにダウンを奪ったものの10−10とスコアしたジェリー・ロスに抗議したホリフィールドでしたが、4日後に心臓疾患が判明、引退を表明しました。

余談1ですがこの1990年代初めは東海岸のアトランティックシティがまだまだ活況、西のラスベガスはシーザースパレスがボクシング興行への興味を失い、MGMグループが台頭してくる時期でした。

余談2ですがこの試合のモーラーの報酬は500万ドル(5億2000万円)、ホリフィールドは1200万ドル(12億5000万円)。今なら500万ドルは7億7000万円、1200万ドルは18億4800万円。円安、今昔物語です。


さて、ヘビー級の歴史に爪痕を残したサウスポーは、7ヶ月後にジョージ・フォアマンを迎えて初防衛戦。

ホリフィールドを上回る途轍もない伝説との一戦は美味しいボーナス・マッチと見られ、第9ラウンドまでの採点も88−83*2/86−85と大きくリードしていましたが…。



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リッキー・ハットン

アマチュアで73勝7敗。1996年にキューバ・ハバナで行われたジュニア世界選手権で銅メダル。アマチュア実績もなかなかのものでした。

それでも、マンチェスターのヒットマンを語るとき「叩き上げのプロ」のイメージが先行してしまうのは、イングランドのブルーカラーから圧倒的な支持を集めたworking class heroだったからかもしれません。

フリオ・セサール・チャベス、コンスタンチン・チューとリレーされた、とにかく強いジュニアウエルター級王者のトーチを守り続けたタフガイ。

2009年5月9日、そのLineal/The Ring magazine/IBOのジュニアウエルター級タイトルを、鬼神の勢いで人気階級を侵略してきたマニー・パッキャオに歴史に残る壮絶なKO負けで奪われてしまい、引退を宣言します。

パッキャオとは同い年の30歳。まだまだ老け込む年齢ではありませんでしたが、パブでビールを痛飲するのが大好きなマンチェスターの英雄は凄まじい激闘をかい潜ってきました。

あのとき引退していたら、殿堂入りがもっと早まっていたのは間違いありません。

そして、何よりも、その鮮烈なブルーカラーに彩られたキャリアで敗れたのは、全盛期のフロイド・メイウエザーJr.とパッキャオに真っ向から勝負を挑んでの玉砕だけ。これは、もはや胸を張っても良い二つの黒星でした。

しかし…本人にとってはパッキャオに喫した失神KO負けは深いトラウマとなり、ドラッグとアルコールに溺れた3年のブランクを経て、リングに舞い戻ってしまうのです。




One Ricky Hatton
Walkin along
Singing this song
Walkin in a Hatton Wonderland

There's only one Ricky Hatton,one Ricky Hatton
Walkin Along
Singing this song
Hatton's gonna whip Floyd's punk ass

There's only one Ricky Hatton,one Ricky Hatton
Walkin along
Singing this song
Hatton's gonna KO Floyd with a bodyshot on Dec.8



「リングの上ではハットンだが、リングを降りるとビールをたらふく飲んでファットンになるのさ」。

ワーキング・ヒーローはいつも豪快で子供達にも人気がありました。

メイウエザーとパッキャオと戦ったメガファイト、この2試合ともMGMグランドガーデンアリーナに英国から約5000人のファンが詰めかけた光景に、私は「わかってたけど、ここまで人気があるのか」と驚きました。

Saying there were so many that the MGM Grand once ran out of beer -- just the way they supported him at home.

(メイウエザー戦で)ハットンの応援団があまりにもビールを飲むもんだから、アリーナに用意されたビールが全部売り切れてしまったーーハットンの応援団は英国でやるのと同じやり方で自分たちのヒーローに大声援を送ったのでした。

メイウエザー戦の反省を生かして、パッキャオ戦ではアリーナのパントリーだけでなく他のキッチンや冷蔵庫も使って十分なビールを用意したと言いますが、それでも想定を上回る飲みっぷりで試合開始時には「また売り切れる」と担当者は覚悟しましたが「試合が2ラウンドで終わってくれたから、なんとかサービス出来た」。

そして、ハットンといえばなんといってもサッカースタジアムにいるかのような、あの応援歌。

マンチェスターからパッキャオ戦に駆けつけたという中年男性は「俺たちのヒーローが圧倒的不利の予想を立てられて世界最高のボクサーに挑むんだぞ。(英国で)テレビでなんか見てられるか!」と、ハットンの応援歌を歌うのでした。

パッキャオやメイウェザーがロンドンやマンチェスターで試合をしても、観客席をあそこまで熱くさせることは出来ません。

壇上に上がってハットンが語ったスピーチもまた、これぞハットンでした。

「俺は激闘ばかりを繰り広げてきた、そうだろう?」

「チューとの試合は大番狂せと言われたが、俺としたら予定通り。予定が狂ったのは3試合だけ。メイウエザーとパッキャオ、そして一番辛かったのは離婚だったな」。

そして、ファンへの感謝も忘れていません。

「ファンはみんな俺から勇気をもらったと、感謝してくれる。でも、俺が勇気を振り絞って戦い続けることが出来たのは、ファンがいたからだ。あれだけ大声援を送られたら、勇敢に戦い抜くしかない。俺は世界一、幸せなファイターだ」。

そして、ハットンの記念プレートが彼の生涯のアイドル、ロベルト・デュランの二つ隣に飾られることになると知らされると…おしゃべりな酔っ払いは言葉を失ってしまうのでした。


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the International Boxing Hall of Fame 

さて、どう訳しますかね。

「今まで散々『国際ボクシング名誉の殿堂』と訳してきたくせに何を今更」と呆れられるかもしれませんが、日本語にしてしまうともう一つピンとこないというか、うまく伝わっていないんじゃないかという居心地の悪さがいつもありました。

もちろん、専門誌(今や定期発行の専門誌は「ボクシング・ビート」しかないので「ボクシングビート」と書き切っていい気もしますが…)では「国際ボクシング名誉の殿堂」が定番の訳です。

妙訳が思い浮かばないので、これが、いつの日かの宿題です。

ボクシングの殿堂は、いろいろツッコミどころ満載ではありますが、それを言い出すとボクシング自体がもう滅茶苦茶なスポーツ(スポーツと呼べるかどうかはここでは論じませんが…)。

さらに、野球の殿堂入りと比較するともうズルズルですが、それでも多くの場合は日本のボクシングファンでも納得できるファイターが〝神〟と認められてきました。

そう。「殿堂入り」とは「神になる」ことなんです。ああ、それでもうまく伝わってないですね、きっと。自分の英語力、日本語力、翻訳力の低レベルさが恨めしい。



引退5年から3年に短縮された殿堂。人数も開放されましたが、この5人は文句なしでしょう。

今回の式典で入神するモダーン部門のグレートはマイケル・モーラー、リッキー・ハットン、イバン・カルデロン、ディエゴ・コラレスの5人。これ、5人とも一発殿堂ではない?タクシーの中で調べてると酔いそうなので…。

日本人では未だ、ファイティング原田しか許されていないモダーン部門の殿堂入り。しかし、井上尚弥はBWAAのジョセフ・サントリキート会長が「(シュガー・レイ・ロビンソン賞の)受賞者の多くが殿堂に入っている。ほぼ間違いない」と、評価した井上尚弥が二人目の快挙を成し遂げそうです。

あとは、原田に並ぶ一発殿堂かどうか。

これも、現役選手ではシュガー・レイ・ロビンソン賞の受賞回数やPFP1位の滞在期間、欧米に与えたインパクト等で井上を大きく上回るローマン・ゴンサレスやテレンス・クロフォード、カネロ・アルバレス、ドミトリー・ビボルらが同時にライバルにならない限り一発殿堂も十分期待できます。

ニューヨーク州カナストータは、私にとってクーパーズタウンよりも聖地です。聖地の中の聖地!いつか、殿堂週間に一人旅で絶対行くぞ!




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全米ボクシング記者協会(BWAA)のジョセフ・サントリキート会長が「井上選手の殿堂入りはほぼ確定」と語ったそうです。

probably か may be か、「ほぼ」が英語でどういう表現だったのか不明ですが、certainty や no doubt といった「確実」ではなかったようです。

個人的にはcertainty や no doubt と言っても差し支えないと思います。

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もちろん、first ballot(一発殿堂)かどうかは分かりませんが、その可能性も十分ありえます。

引退した年が同じで資格発生年にとんでもないグレートが3人被ってくると、first ballotは確実とは言えないものの、よほど巡り合わせが悪くない限りは井上の一発殿堂は揺るがないと思います。


ただ、巡り合わせが悪いことが絶対にないとはいえません。

マニー・パッキャオやフロイド・メイウェザーは、誰が相手でも一発殿堂確実、「certainty first ballot Hall of famer」と表現されましたが、井上はさすがにその領域には達していません。

現役ボクサーで井上のfirst ballotを阻む、つまり現時点での業績が井上を凌駕している、例えば「Sugar Ray Robinson Awardの受賞回数」か「PFP1位の在位期間」で井上を上回っているボクサーは…。


両方上回っているのは、カネロ・アルバレスだけです。

Sugar Ray Robinson Awardは1回受賞で井上と同じながら、PFP1位在位期間で圧倒的に上回っているのはワシル・ロマチェンコテレンス・クロフォードオレクサンダー・ウシク

カネロを含めた、この4人は、現時点の評価で明らかに「井上よりも上」です。

さらに、PFP1位在位期間で井上をはるかに凌駕するローマン・ゴンサレスも不気味です。PFPが最高評価と信じ込んでいる井上信者にとっても、ショッキングな存在です。

また「今後の業績によっては」という点では、すでにSugar Ray Robinson Awardを1度受賞しているドミトリー・ビボルが2度目を獲ったら…?

まあ、それを言い出すと井上にも「今後の業績」は大いに期待できるわけで、Sugar Ray Robinson Awardを3回獲ったらcertainty や no doubtの領域です。

そもそも、上記のボクサーたちが同じ年に引退する可能性は少なく、井上の一発殿堂は十分あり得ます。

いずれにしても、現時点の井上は殿堂入りは「ほぼ」ではなく「確実」。「一発殿堂かどうか?」を語る次元にあると思います。
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暇つぶしの名無しさん 2024/01/20 16:58

ベテルビエフっていつ頃からPFPから消えたんでしたっけ?
あとPFPから消えた理由ってちゃんと語られた事ありましたっけ??

あまりにも印象無さすぎて忘れた……
あと最高で何位だったのかも覚えてないっすね……

元記事: リング誌でもベテルビエフがようやくPFP圏(再)突入。 (編集)

IPアドレス:131.147.193.149/禁止IPに追加

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まあ、意図的に書いてるのかもしれませんが、PFPとはそういうことです。

わざわざ調べる気にもなりません。

井上尚弥が一瞬1位になったことは、日本のボクシングファンは覚えていても、他の国のボクシングファンはどうでもいいこと。世界的には2年以上も君臨したローマン・ゴンサレスも忘れているというか、そもそも知らないというか、廃刊になってしまう雑誌のPFPを誰が記憶に刻み込んでいるでしょうか?

その意味でも、井上尚弥が記録に残るSugar Ray Robinson Award Fighter of the Yearに輝いたことは「リング誌のPFP」という刹那の蜃気楼とは違い、大きな価値があるのです。

リング誌PFP1位が権威があるとか、ボクシング界の最高評価と喧伝したメディアや、それを真に受けた井上信者らにとってSugar Ray Robinson Awardはバツの悪いものだったでしょうが、真実を知ることは悪いことじゃありません。

今度は「Sugar Ray Robinson Awardは最高に権威がある」と、「井上はもう日本で見れなくなる」「ラスベガスで20億円」「リング誌のPFPはバロンドール」と言った同じ口でシレっと語るんでしょうが、さてさてそれはどないなもんでしょうかねえ〜???

というわけで、しばらく続きます。
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日本人としてはもちろん、米国を主戦場としないボクサーとしても史上初、ジュニアフェザー級以下の軽量級では2012年のノニト・ドネア以来、史上2人目のSugar Ray Robinson Awardを受賞した井上尚弥。

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一方で、2023年の賞レースでモンスターと一騎打ちとなったテレンス・クロフォードは、9年ぶり2度目の最高名誉を逃しました。

人気階級の不人気選手、バドにも少しふれておくと、前回受賞は2014年。9年ぶりの受賞となると、ジョージ・フォアマン(1973年ー1994年)の21年ぶりに次ぐ「復活劇」でした。

…にしても、フォアマン、化け物です。

そして、2015年のフロイド・メイウェザーから米国ボクサー〝7連敗〟のストップもかかっていました。

21世紀になってから米国ボクサーが選出されたのはバーナード・ホプキンス(2001年)、バーノン・フォレスト(2002年)、ジェームス・トニー(2003年)、フロイド・メイウェザー(2007年/13年/15年)、アンドレ・ウォード(2011年)、そしてクロフォードの8回、6人だけ。

私が米国ボクシングに惹きつけられた80年代から90年代にかけての20年間では、フリオ・セサール・チャベス(メキシコ:1987年)、レノックス・ルイス(英国:1999年)の2人を除くと残る18回は全てが米国ボクサー。

1995年のオスカー・デラホーヤを「メキシコ」にカウントすると17−3になりますが、その17人は全員がAfricana-American、黒人でした。

21世紀を迎えて、黒人選手が躍動していた米国ボクシングの呼吸は完全に止まりました。唯一の例外はメイウェザーですが、品性下劣な言動で注目を集める天才的な〝炎上商法〟は誰にも真似ができるものではありません。

クロフォードに全く華がないのも事実ですが、生まれた時代も悪かった。といっても、80年代の中量級黄金時代では王者になれたかどうかも怪しいですが。

クロフォードを慰めて(慰めてない?)

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話は、戻ってモンスター。

英国ボクシングニューズ(BN)誌はFighter of the Year こそクロフォードを選出しましたが、井上をはじめ日本人軽量級選手の記事も以前と比較すると増えてきています。

曇天の土曜日にご紹介するのは2023年12月21日号、THE UNMISSABLE 80-PAGE FESTEVE SPECIA L。クリスマスウィークに発行される80ページの〝増量版〟。

定期購読してるのであまり気にしてませんでしたが、単価も50ページ弱の通常号が£4.25(約800円)、この特別号は£4.99(約940円)。

オールカラーの綺麗な雑誌ですが、紙質がトイレットペーパーか!というくらいに貧弱なので乱暴に扱えません。

さて、この号で特集された企画の一つが「HIGH DRAMA」(劇的瞬間)。The 50 most dramatic punches in boxing history(史上最も劇的な拳)をランキングしています。

この種の企画はどうしても現代寄りになりますが、それを差し引いても井上尚弥vsノニト・ドネア第1戦(2019年12月7日)が43位にランキング。

このランキングの選考基準が書いてないので不明ですが、井上ならファン・カルロス・パヤノを背中から落下させたジャブクロス(2018年10月7日)や、ドネアがフェルナンド・モンティエルを轟沈した〝後の先〟の左フック(2011年2月19日)が入っててもおかしくない気はしました。

カルロス・サラテやウィルフレド・ゴメス、サルバドール・サンチェスはもちろん、マイケル・カルバハルらの〝劇的な拳〟も50位内に見当たらず、欧米ボクシングシーンの軽量級はこうして忘れ去られていくのでしょう。

気を取り直して、井上vsドネア第1戦の選評を一部抜粋。

「2019年の年間最高試合、この日のドネアだけが井上の残酷なレバーフックをまともに食らっても立ち上がり、勇敢に反撃する方法を知っていた」。

ちなみにトップ10は①ヘンリー・クーパーvsカシアス・クレイ、②ディエゴ・コラレスvsホセ・ルイス・カスティージョ、③ジョー・フレイジャー・ムハマド・アリ(初戦)、④ジョージ・フォアマンvsマイケル・モーラー、⑤ロッキー・マルシアノvsジェシー・ジョー・ウォルコット、⑥ジョージ・フォアマンvsフレイジャー(初戦)、⑦ルイス・フェリポvsジャック・デンプシー、⑧スタンレー・ケッチェルvsジャック・ジョンソン、⑨フロイド・メイウェザーvsリッキー・ハットン、⑩シュガー・レイ・ロビンソンvsジーン・フルマー(第2戦)。

10試合中7試合がヘビー級でした。

この号では発行5日前に行われたバム・ロドリゲスvsサニー・エドワーズ戦も詳報、5日後に行われる井上vsマーロン・タパレス戦もプレビューするなど、さすが週刊誌な特徴も存分に発揮しています。
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プロボクシングほど奇妙奇天烈な世界は、他にありません。

4Belt -Eraの現代は言うに及ばず、オリジナル8の時代ですら「世界チャンピオン」を決めるのは世界の統括団体ではあリませんでした。

ボクシング界はいつだって魑魅魍魎、なのです。

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ジョー小泉をして「生まれ変われるとしたら?シュガー・レイ・ロビンソンを生で見たかった」と言わしめたボクシング史上最高のファイター。



年間MVPにあたるSugar Ray Robinson Award Fighter of the Year にしても、ちょうど10年も歴史が長いリング誌のFighter of the Year より格上なのか?

あるいは、Joe Louis Fighter of the Decade(ディケイド最高選手)の方が当然、格上じゃないか?

…なんて疑問も、そもそも「Fighter of the Year よりもPFPを先に知っちゃった」という日本のボクシングファンにはなかなか思いつきようがありません。

日本国内発信の情報だけだと、そうなってしまうのも無理はありません。

また、Sugar Ray Robinson Award Fighter of the Yearの第1回(1938年)受賞者、これは井上信者でも知ってるかもしれないジャック・デンプシーです。

しかし、よく考えるとデンプシーはローリング’20の時代に活躍したスーパースター、1938年ということは引退してから10年あまり経って受賞ということになります。

もっと倒錯的なのは、1950年代に活躍したシュガー・レイ・ロビンソンの名前を冠したSugar Ray Robinson Awardを、デンプシーが受賞しているわけがないということ。

最初の「10年のタイムラグ」は、黎明の Fighter of the Yearが「年間最高選手」というよりも「殿堂」や日本プロ野球の「名球会」的な、引退してから授与される名誉賞の色彩が濃かったのが原因です。

そして、シュガーとデンプシーの逆転現象の原因は、もともとこの賞の名称がAP通信のスポーツ記者エドワード・J・ネイルにちなんだ「The Edward J. Neil Trophy」だったからです。

1938年、ネイルはスペイン内戦の取材中に死亡、その年にこの賞がスタートしたということは、 私たちがよく知らない37歳で天国に駆けた記者の死が、BWAAにとっては相当に大きな出来事だったということが想像できます。

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さらに驚きなのは The Edward J. Neil Trophy がいつ、Sugar Ray Robinson Awardに切り替わったのかというとです。

なんと2009年なのです。

その意味では「第1回 Sugar Ray Robinson Award Fighter of the Year」の受賞者はマニー・パッキャオになります。


Sugar Ray Robinson Award Fighter of the Yearは、毎年2月にニューヨークで表彰式を開催してきました。

これが、リング誌などの「勝手に決めました。副賞は別途送付します(送らないかもしれません)」というアワードとは違います。

とはいえ、それはマイナースポーツ、ボクシングの中での話。メジャースポーツの大規模なアワードとは比べようもない、ホテルの宴会場での開催です。日本でもほとんど報道されることがなかった〝黒ミサ〟的な表彰式ですが、ボクシングマニアにとってはまさに崇高な黒ミサです。

ただ、今年は日本でも大きく報道されるでしょう。

そして、定番のホテルはルーズベルトホテル。




Sugar Ray Robinson Awardは2015年のフロイド・メイウェザーを最後にカール・フランプトン、ワシル・ロマチェンコ、オレクサンデル・ウシク(ウクライナ2連覇!)、カネロ・アルバレス、テオフィモ・ロペス、カネロ、ドミトリー・ビボル、そして井上尚弥と、8年連続で米国勢が蹴落とされ続けています(テオフィモはブルックリン生まれですがアマチュア時代からホンジュラス色丸出し)。

今回はテレンス・クロフォードに〝連敗〟ストップの期待がかかっていましたが、クロフォードでは弱すぎたか。

何はともあれ、日本のボクシングファンは大きなクサビが打ち込まれた1年間に立ち会えました。

Thank you,Monster!

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Ray Robinson Award Fighter of the Year。

このブログでは度々触れてきましたが、井上尚弥が世界評価の頂点に登り詰めました。

アジア人では2012年のノニト・ドネア以来、11年ぶり。ジュニアフェザー級での活躍が評価されての選出は、やはりドネア以来で史上最軽量。受賞の決め手の一つになったのが「試合数」という点も同じです。

リング誌、ESPNとの〝三冠〟となると2006、08、09年を獲ったマニー・パッキャオ以来、アジア史上二人目の快挙。ESPNやリング誌と並べるのはRay Robinson Award Fighter of the Yearに失礼ですね。

そして、米国を主戦場としていない選手が受賞するのは史上初ではないでしょうか?

ESPNとリング誌の前哨戦を抑えたことで本命視はされていましたが、ドネアのときと違ってトップランクの影響力も減退、PFPとは違って軽量級に厳しい…懸念材料がなかったわけではありませんが、やりました!

日本での報道が少ないために、ボクシングファンでもRay Robinson Award Fighter of the Yearを知らなかったり、「リング誌のPFP1位が最高の名誉で、サッカーのバロンドール」と勘違いしている人も少なからずいたでしょうが、これが〝バロンドール〟です。

ボクシングファンとしては、日本人がバロンドールやESPY賞を獲るよりも、こっちの方が嬉しい。

Ray Robinson Award Fighter of the Year。さて、何から語りましょうか?
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全米ボクシング記者協会(BWAA)の Fighter of the Year 、そうですSugar Ray Robinson Awardが今週末に発表されます。

ESPN、リング誌と〝前哨戦〟で Fighter of the Year に選出された井上尚弥。映画で例えるとゴールデン・グローブ賞(ボクシングの話で引っ張り出すとややこしいな…)やPGAアワードを獲って、残るは本丸、アカデミー賞!みたいな感じです。 

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ノミネートされているのはデビッド・ベナビデス、テレンス・クロフォード、ガーボンタ・デービス、デビン・ヘイニー、井上尚弥。

井上の順番が最後なのは、David Benavidez、Terence Crawford、Gervonta Davis、Devin Haney、Naoya Inoue、とアルファベット順のため。

井上が大本命ですが…人が選ぶもの、タンクが入ってる時点で、どう転ぶかわかりません。

BWAAアワードにノミネートされている日本人は、もう1人。Trainer of the Year、Eddie Futch Awardに井上真吾も候補に挙がっています。これまでも何度かノミネートされていましたが、受賞には至っていません。

このアワードの最多受賞者はフレディ・ローチで2位グループの「2回」を大きく引き離す「7回」。そこまで傑出したトレーナーではありません、パッキャオのおかげです。

さて、真吾&尚弥がトリニダード、ロマチェンコの親子ダブル受賞に続く快挙なるか?
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