認定団体と階級のガン細胞の如き増殖。
カジュアルなスポーツファンで、ボクシングのアルファベット団体のタイトルホルダーを「世界チャンピオン」と認める人は少数派でしょう。というか、もはや、米国ではもちろん日本でもボクシングの世界王者の名前を知っている人はいません。
日本では「井上は知ってる」という人はいるでしょうから、まだマシかもしれません。
そして、米国では常識的なメディアは「ワールドチャンピオン」から「WBAチャンピオン」「WBCのタイトルホルダー」という表現に移行しています。

日本でも、すでに約40年前に渡辺二郎が「世界チャンピオンが2人おるって、どう考えてもおかしいでしょう」と真実を吐露していましたが、メディアもファンも注目することはありませんでした。
「主要」と呼ばれるだけで認定団体が4つ、階級は17。そして、各団体は、認定料の支払い実績がある傘下の地域タイトルホルダーや、高額の認定料を見込める人気選手を優遇、見るも無惨なデタラメランキングが出来上がっています。
米国などではマイナースポーツというだけではなく、スポーツとしての地位も危うくなっているプロボクシング。
米国では1960年頃、日本でも1970年頃まで、ボクシングはメジャー競技。米国ではヘビー級チャンピオン、日本では軽量級でも世界チャンピオンの名前を知らないスポーツファンは1人もいませんでした。

TIME誌は創刊した1923年に、2人のアスリートを表紙に起用しました。サラブレッドのオーナーでポロ競技選手のステファン・サンフォードと、プロボクサーのジャック・デンプシーです。
ジョン・L・サリバン、ジェームス・J・ジェブリーズ、マービン・ハート、トミー・バーンズ、ジャック・ジョンソン、ジェス・ウィラード、デンプシー…1960年代のモハメド・アリまで世界ヘビー級チャンピオンの名前と系譜はカジュアルなスポーツファンは誦じることが出来るほどメジャーな存在でした。
それが、いまでは「オレクサンデル・ウシクがニューヨークの街を歩いてて、何人の人が彼に気づくだろうか?」(ESPN)という存在になってしまいました。
そして、いま。ボクシングはあらゆるスポーツで神聖な殿堂までその門戸を大きく広げ、殿堂入りの価値まで堕落させているのです。
ボクシングの殿堂が最初に形を成したのは1980年、World Boxing Hall of Fame(世界ボクシング殿堂)でした。
世界ボクシング殿堂はロスアンゼルスで活動していましたが、団体と階級の増殖、米国でのボクシングのステイタス低下の影響もあって有力スポンサーを集めることができず、2010年に解体。
サクラメントに拠点を移して再開していますが、1990年に創設されたInternational Boxing Hall of Fame (国際ボクシング名誉の殿堂 IBHOF)が規模、認知度で大きく上回り、存在感はほとんどありません。
殿堂ではトレーナーやマネージャー、レフェリー、ジャッジ、プロモーター、メディア関係者など非ボクサーも表彰されますが、やはり最も注目されるのはボクサー。
そのボクサー部門はパイオニア部門とモダン部門に大別され、モダン部門から漏れたグレートを〝救済〟する目的などを担うオールドタイマー部門の3つがあります。
この3つの中で最も価値があるのは、もちろんモダン部門。日本人で選出されたのはファイティング原田、ただ1人だけです。原田よりも時代が新しい大場政夫と具志堅用高がオールドタイマー部門で選ばれているのは、モダン部門の選考期間が過ぎたため。
ウィキペディアで、大場と具志堅がモダン部門のように扱われているのは間違いです。
モダン部門は「引退後5年」で資格発生、その後10年で殿堂入りの得票に達しなければオールドタイマーに回る仕組みで、毎年最大3名が選出されていました。
しかし、現在では引退後3年に短縮、今年から毎年4名選出とハードルが大きく下げられました。
1990年の初年度には、モハメド・アリ、ヘンリー・アームストロングら文句なしの20人が殿堂入り、1995年にはファイティング原田とウィルフレド・ゴメス、パスカル・ペレスらが選出。
この時期と比較するのは無理があるかもしれませんが、ダニエル・サラゴサやアーツロ・ガッティの一発殿堂には違和感しかありません。
原田以来のモダン部門は井上尚弥がほぼ確実と見られていますが、これは文句なし。ただ、現状の殿堂のバーゲンセールが続くなら、井岡一翔らの殿堂入りも十分あり得ます。
そして今年は、リストアップされているオマール・ナルバエスはさすがに考えられませんが、今年は史上最悪の事態になりそうな気配なんです…。
カジュアルなスポーツファンで、ボクシングのアルファベット団体のタイトルホルダーを「世界チャンピオン」と認める人は少数派でしょう。というか、もはや、米国ではもちろん日本でもボクシングの世界王者の名前を知っている人はいません。
日本では「井上は知ってる」という人はいるでしょうから、まだマシかもしれません。
そして、米国では常識的なメディアは「ワールドチャンピオン」から「WBAチャンピオン」「WBCのタイトルホルダー」という表現に移行しています。

日本でも、すでに約40年前に渡辺二郎が「世界チャンピオンが2人おるって、どう考えてもおかしいでしょう」と真実を吐露していましたが、メディアもファンも注目することはありませんでした。
「主要」と呼ばれるだけで認定団体が4つ、階級は17。そして、各団体は、認定料の支払い実績がある傘下の地域タイトルホルダーや、高額の認定料を見込める人気選手を優遇、見るも無惨なデタラメランキングが出来上がっています。
米国などではマイナースポーツというだけではなく、スポーツとしての地位も危うくなっているプロボクシング。
米国では1960年頃、日本でも1970年頃まで、ボクシングはメジャー競技。米国ではヘビー級チャンピオン、日本では軽量級でも世界チャンピオンの名前を知らないスポーツファンは1人もいませんでした。

TIME誌は創刊した1923年に、2人のアスリートを表紙に起用しました。サラブレッドのオーナーでポロ競技選手のステファン・サンフォードと、プロボクサーのジャック・デンプシーです。
ジョン・L・サリバン、ジェームス・J・ジェブリーズ、マービン・ハート、トミー・バーンズ、ジャック・ジョンソン、ジェス・ウィラード、デンプシー…1960年代のモハメド・アリまで世界ヘビー級チャンピオンの名前と系譜はカジュアルなスポーツファンは誦じることが出来るほどメジャーな存在でした。
それが、いまでは「オレクサンデル・ウシクがニューヨークの街を歩いてて、何人の人が彼に気づくだろうか?」(ESPN)という存在になってしまいました。
そして、いま。ボクシングはあらゆるスポーツで神聖な殿堂までその門戸を大きく広げ、殿堂入りの価値まで堕落させているのです。
ボクシングの殿堂が最初に形を成したのは1980年、World Boxing Hall of Fame(世界ボクシング殿堂)でした。
世界ボクシング殿堂はロスアンゼルスで活動していましたが、団体と階級の増殖、米国でのボクシングのステイタス低下の影響もあって有力スポンサーを集めることができず、2010年に解体。
サクラメントに拠点を移して再開していますが、1990年に創設されたInternational Boxing Hall of Fame (国際ボクシング名誉の殿堂 IBHOF)が規模、認知度で大きく上回り、存在感はほとんどありません。
殿堂ではトレーナーやマネージャー、レフェリー、ジャッジ、プロモーター、メディア関係者など非ボクサーも表彰されますが、やはり最も注目されるのはボクサー。
そのボクサー部門はパイオニア部門とモダン部門に大別され、モダン部門から漏れたグレートを〝救済〟する目的などを担うオールドタイマー部門の3つがあります。
この3つの中で最も価値があるのは、もちろんモダン部門。日本人で選出されたのはファイティング原田、ただ1人だけです。原田よりも時代が新しい大場政夫と具志堅用高がオールドタイマー部門で選ばれているのは、モダン部門の選考期間が過ぎたため。
ウィキペディアで、大場と具志堅がモダン部門のように扱われているのは間違いです。
モダン部門は「引退後5年」で資格発生、その後10年で殿堂入りの得票に達しなければオールドタイマーに回る仕組みで、毎年最大3名が選出されていました。
しかし、現在では引退後3年に短縮、今年から毎年4名選出とハードルが大きく下げられました。
1990年の初年度には、モハメド・アリ、ヘンリー・アームストロングら文句なしの20人が殿堂入り、1995年にはファイティング原田とウィルフレド・ゴメス、パスカル・ペレスらが選出。
この時期と比較するのは無理があるかもしれませんが、ダニエル・サラゴサやアーツロ・ガッティの一発殿堂には違和感しかありません。
原田以来のモダン部門は井上尚弥がほぼ確実と見られていますが、これは文句なし。ただ、現状の殿堂のバーゲンセールが続くなら、井岡一翔らの殿堂入りも十分あり得ます。
そして今年は、リストアップされているオマール・ナルバエスはさすがに考えられませんが、今年は史上最悪の事態になりそうな気配なんです…。






