カテゴリ: Let the Debate Begin!

阪神や日本ハムで活躍した新庄剛志氏(47)が「現役復帰宣言」。

新庄氏は13日までに自身のインスタグラムを更新し「今日からトレーニングを始めて、もう一回プロ野球選手になろうと思います」と現役復帰の意向を表明。

その後もインスタ上にバットを持ってスイングする姿やウエートトレーニングに励むシーンなどを続々と投稿し、球界復帰へ並々ならぬ意欲をアピールしている。(東スポWEB)



新庄剛志の言葉ですから、どこまで本気で何を考えているのかわかりません。

しかし、長いブランクを経てのカムバックにはいつの時代も「絶対に無理」「恥をかくだけ。やめておけ」と冷めた目を向けることしかできません。

最近では、英国の伝説、ナイジェル・ベンが55歳でカムバック宣言(故障により復帰戦は中止)。

ウラジミール・クリチコやフロイド・メイウェザーらかつてのスター選手の周囲には復帰の噂が絶えることはありません。

大きなブランクからのカムバック。日本人では日本王座3階級制覇の五代登が印象に残っていますが、調べてみるとあのブランクは1年7ヶ月に過ぎませんでした(あのブランクも色々問題ありですが)。

世界に目を向けると、やはりジョージ・フォアマン。「絶対に無理」「恥をかくだけ。やめておけ」という罵声や野次を全身に浴びながらの復帰劇でした。

モハメド・アリに歴史的な大番狂わせで沈められたフォアマンは、1977年にジミー・ヤングに敗退したロッカールームで「神の啓示」を受けてパンチャーからプリーチャー(牧師)へ転身。

なんと10年ものブランクを乗り越えての奇跡の復帰物語は、1994年に世界王者返り咲きという最高の帰結をもって完成されました。

来年1月に71歳の誕生日を迎えるビッグ・ジョージですが、ここが肝心なところです、まだ引退を宣言していません。

「薪割りやコンバットブーツを履いての砂浜ランニング、ベタ足のクロスアームブロック…オールドスクールの老人は80年代の近代ボクシングには通用しない」。

メディアやファンの暗愚な決め付けを、蘇った恐竜はいとも簡単に破壊して見せました。
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「やめなさい、ベン」。ダーク・デストロイヤーの復帰を思いとどまらせようと必死の英国ボクシングニューズ誌と、レナードの網膜剥離よりも「ジョー・メデル独占家庭訪問」の方が気になるワールドボクシング誌。

そして、カムバックを崇高な物語と下劣な茶番でごった煮にしてみせたのがシュガー・レイ・レナード

 モントリオール五輪金メダリスト、米国スポーツ最高の賞「Sportsman of the Year 」(Sports Illustrated誌)にボクサーとして最後に選ばれたレナードは1981年トーマス・ハーンズとの「ボクシング史上最高試合」を勝利、ブルース・フィンチを3ラウンドで屠ったあとに網膜剥離が発覚。手術を受けたものの完治せず、引退を余儀なくされます。

1984年に中堅ケビン・ハワード相手に気まぐれな復帰戦を行うものの、ダウンを喫する不細工な内容(試合は9ラウンドTKO勝利)で再びグローブを吊るしました。

その後はテレビ解説者の席でおとなしくしていたのですが、マービン・ハグラーvsジョン・ムガビのメガファイトのリングサイドで「ハグラーをノックアウトできる」と宣言。

ハワード戦から3年、フィンチ戦から数えると実質のブランクは5年3ヶ月もの歳月が積み重なっていました。

この史上最難関の復帰劇を劇的なスプリットデジションでものにしたレナードは、ハグラーからの再戦要求を拒否。スーパーミドル級を舞台に安易なメガファイト路線に舵を取ります。

ジュニアミドル級に一気に落としたテリー・ノリス戦で完敗して、3度目の引退宣言。1996年には引退から5年経過したボクサーに資格が発生する殿堂入りを一発でクリア。

しかし、底なし沼のような栄光への渇望を抑えきれず、1997年に再びリングに上がります。相手は、かつて「戦うには小さすぎる」と眼中になかったはずのヘクター・カマチョ。

このときレナード40歳、カマチョ34歳。殿堂選手が現役復帰するという異例の出来事に世界中のボクシングファンは興醒めします。 

新庄剛志のカムバックにどんな顛末が待ち構えているのか、誰も知る由がありません。興醒めな最後が待ち構えていないことを祈るばかりです。 
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リング誌で毎号連載されるようになったMMAコーナー「ENTER THE OCTAGON」。

私を含めて多くのボクシングファンは微妙な心境で受け止めていましたが、なかなか読み応えがあるんです。さすがリング誌です。

今月号(5月号)はいつもと趣旨が少し違って「MMA'S GREATEST STRUGGLE:THE BATTLE FOR OLYMPIC STATUS AND WORLDWIDE ACCEPTANCE」。

直訳すると「MMAの偉大な戦い:五輪種目への道と国際的な認知」といったところです。
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ボクシングの関係者やファンは、キックボクシングやMMAなど他のプロ格闘技に対してある種の優越感を抱いています。

「プロボクサーと他のプロ格闘家では報酬が違う」「プロボクシングの結果は一般紙で報道されるが、他のプロ格闘技は扱われない。つまりスポーツとして認められていない」…。

米国ではプロのMMAはプロボクシングと同等に見られていますが、日本では事情が違います。

スポーツとしてMMAを見た場合、UFCのチャンピオンになることはボクシングの軽量級でアルファベット団体のタイトルを獲るよりも遥かに難易度が上ですが、 MMAは一般的にはスポーツと認められていません。

昨年末に那須川天心が〝奴隷契約〟で、フロイド・メイウェザーとのエキシビションに飛びついたのは、まさにこの「格差」を見せつけられる象徴的な事件でした。

逆の事態(カネロ・アルバレスが〝奴隷契約〟でキックボクサーとキックボクシングのエキシビションのリングに上がる)は、どう考えてもありえません。 

かつて前田日明は、自ら立ち上げた格闘技団体「リングス」について「将来、五輪種目にしたい」と夢を語ったこともありました(真剣勝負ではないリングスはそもそもスポーツと呼べる代物ではありませんが)。

「五輪種目になる」「一般紙のスポーツ欄で報道される」。

これは、世間的な認知を得ていないスポーツにとっては悲願です。

この悲願を東京2020で達成したのがKARATEです。

現在、68の国と地域が加盟している国際総合格闘技連盟も「空手に続け」とMMAの五輪種目化を目指しています。

WADA(世界アンチドーピング機関)への加盟が拒否されるなど〝国際的な認知〟に向けて前途多難なMMAですが、デンシン・ホワイト代表は「柔道やテコンドー、ボクシング、レスリングと並んで空手は総合格闘技の重要なエッセンスの一つ。空手が五輪種目になったことは、我々にも希望をもたらしてくれた。必要案件を満たせば必ず五輪種目として受け入れられるはずだ」と期待を寄せています。

ドーピング問題はもちろん、プロで当たり前の残酷なシーンを〝国際ルール〟によってどう〝婉曲〟させるかなど問題は山積しています。

そして、2024年五輪で採用されるかどうかは「ロスアンゼルスがパリに勝って開催都市に選ばれる」ことが大きなポイントになると見られています。

もし、MMAが盛んな米国西海岸のロス開催となると、その門戸は大きく開かれるはずです。

一方で、MMAが事実上禁止され、柔道の地位が高いフランス、パリ五輪となると見通しは絶望的。

個人的には、総合格闘技が五輪種目になるのは歓迎ですが…。



柔道は、世界的なスポーツとなることを目指してJUDOとなり、ポイント制・判定による決着はもちろん、カラー道着まで受け入れ〝変質〟ました。

一方で、競技の本質を守るために、五輪種目になることに消極的な剣道のようなスポーツもあります。

そしてボクシングは、この権威の最上段のステージである「五輪種目であること」からの転落危機に直面しています。  

認知されたくて懸命なMMAと、〝権威〟にあぐらをかいてアマもプロも谷底へ転がり落ちているボクシング。

もしかしたらボクシングは一度、落ちるところまで落ちた方がいいのかもしれません。 
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ものすごく当たり前の話ですが、政治でも経済でも日本は米国に隷属しています。

その原因は、たった一つです。戦争に負けたからです。この屈辱の鎖を断ち切るには、もう一度、米国と戦争して勝つしかありません。そして「グローバルスタンダード」というカメレオンを、星条旗から日の丸に染め上げるしかないのです。

そして、その忌々しい蹂躙はあろうことかスポーツの世界にまで及んでいるのです。

事実上の国技、野球を見ても明らかです。

ストライクゾーンの変更、コリジョンルール、宣告四球…日本の現況を鑑みることなく、右なれ右でNPBはMLBのルール改正に追従してきました。

ストライク、ボールの順序まで米国に合わせています。

そして、組織ぐるみで米国に隷従した日本プロ野球界は、才能あふれる若者を米国に差し出し続けています。
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↑少し古い記事ですみません。水曜日の日経MJから。今年上期のヒット商品番付、東の横綱は「大谷翔平」、西の横綱は「平昌オリンピック」でした。国の繁栄を示す真実の指針は現実的な商品などではなく、スポーツをはじめとしたエンターテインメントです。


一方で、プロボクシングの世界は米国の価値観を一切受け付けません。

日本では、リング誌をはじめ海外メディアが日本人ボクサーをいかに評価しているかを、これぞ針小棒大!的に報道してはいますが「世界評価が圧倒的に高いのはファイティング原田」「承認団体の世界ランキングは強い順番ではない」「そもそも承認団体は統括団体ではない」という根本的な問題の背景には一切触れません。

それらはタブーです。当たり前です。「今に時代にはボクシングの世界王者はまず存在しない」という真実を知れ渡らせる意味はありません。プロボクシングなのですから、ビジネスです。売り物を「これ、実は偽者でんねん」と言うバカはいません。

大谷翔平と井上尚弥の差は、たった一つです。大谷はメジャーリーグの革命児になるかもしれないが、井上がボクシング界で本当に傑出した存在になるのは難しい、とかの問題ではありません。

独立したアスリートか、そうでないか、その差です。

プロ野球は素晴らしいです。その創設時に掲げた最大唯一の目標「大リーグに追いつき追い越す」という宿命を100年近くも追い求めているのですから。そのためなら、奴らの土俵に上がる屈辱など瑣末なことと割り切って、イチローや大谷翔平らを送り込んで大リーグ転覆を進めているのですから。
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でっかい鯨の腹のなかに入って中から切り裂いてやるぜ。鯨は俺を飲み込んだと思ってるかもしれねえが、ところがどっこい、そうはいかねえぜ。〜番場蛮


出張で札幌からです。さすがに2ヶ月ぶりだと懐かしさはありません。大雨でした。そのせいではありませんが、いつもの通りで支離滅裂な内容となっております。「それ、おかしいだろ?」ってこともいろいろあると思います。罵詈雑言、大歓迎です。
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「上の階級へ」という本来の流れとは反対に「下の階級へ戻る」〝逆〟階級制覇。

この逆流を遡ろうとする者は、必ず逆鱗に触れて押し流され溺れてしまう…。減量苦から一旦解放された肉体を再び酷使する階級ダウンの試みは、ボクサーの肉体を芯から蝕み、パワーやスピード、バランス、打たれ強さ、反射神経、全てを奪い去る…。

ボクシング界で常識とされる「〝逆〟階級制覇は踏み込んではいけない禁忌」は、真実なのでしょうか?

そこには納得出来る科学的根拠よりも、シュガー・レイ・レナードやロイ・ジョーンズJr.というスーパースターが衝撃的な大番狂わせで蹉跌した、あまりにも強烈な印象がバイアスとなっているようにも思えますが…。

このタブーを破った長谷川穂積はフェザー級からジュニアフェザーに落とし、ウーゴ・ルイスとの激闘の末にWBCバージョンのタイトルを拾いました。

しかし、凡庸な王者キコ・マルティネスに粉砕され、王座を奪ったルイスは亀田興毅にも完敗している正真正銘の絶対穴王者でした。この試合は、日本のエースとして長年ボクシング界を引っ張ってきた長谷川へのボーナスであり、逆二階級制覇の壁をクリアしたとは到底言い難いものでした。

そもそも、長谷川は階級制覇という点からは、ほとんど何も成し遂げていないと言い切っても差し支えないでしょう。フェザーでもジュニアフェザーでも世界のトップどころか、世界戦線にギリギリに踏みとどまっていたジョニー・ゴンザレスやマルティネスに粉砕されているのですから。

ESPNで年間最高試合賞に輝くなど米国での知名度は井上尚弥を凌ぐ八重樫東も、ポロロッカの激流を遡った勇気あるボクサーの一人です。

ミニマムからフライ級へ長谷川と同じく飛び級でニ階級制覇に成功、ローマン・ゴンザレスに4度目の防衛を阻まれたとはいえ、フライ級でも通用したと言えるでしょう。そしてライトフライでも王座に就いて2度防衛、ミラン・ミランドに初回 KOで敗れましたが、逆流を溺れることなく、なんとか渡りきったと言っても良いかもしれません。

そして、ポロロッカ遡上成功の代表例としては、韓国ボクシング界が最後の盛況を謳歌していた20世紀終盤のリングに登場した文成吉があげられます。

バンタム級からジュニアバンタムへの逆流に成功(1990年ナナ・コナドゥ戦:9ラウンド負傷判定勝ち)した〝韓国の石の拳〟は、このタイトルをヒルベルト・ローマン、グレグ・リチャードソン、イラリオ・サパタ、松村謙二らを相手に9度もの連続防衛を果たしたのです。

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「フィリピンの閃光」も逆階級制覇の波に飲み込まれてしまいました。

それでも、やはり逆階級制覇が非常に難しい問題を孕んでいることは間違いありません。

再び過酷な減量に戻ることが生理的に巨大なダメージを強いることに加えて、多くのボクサーにとって「逆を目指す」時期が疲弊消耗したキャリア終盤であることも「逆階級制覇は成功しない」というジンクスの原因かもしれません。

世界に目を向けても、レナードやロイはもちろん、最近でもポール・バトラー(バンタム➡︎ジュニアバンタム:2015年ゾラニ・テテ戦=8ラウンドTKO負け)、エイドリアン・ブローナー(ウェルター➡︎ジュニアウェルター:2013年マルコス・マイダナ戦=2度ダウンを奪われて完敗)らが大きな挫折を味わっています。

また、ノニト・ドネア(フェザー➡︎ジュニアフェザー:決定戦で王座返り咲きも2016年ジェシー・マグダレノにまさかのスピード負けで完敗、再びフェザーに上げるもカール・フランプトンに完敗)も〝帰るべき階級〟を求めて迷走を続けています。

そのドネアは、さらに遡ってバンタム級への舞い戻りまでを示唆しています。

「ドネアが最も輝いていたのはバンタム級」。確かに世界評価という点では、そうかもしれませんがボクサーの実力、階級での傑出度ではフライかジュニアバンタムでしょう。

いずれにしても、とっくの昔に通過した118ポンドの駅に、痛みの激しいあちこちにガタのきた列車を無理やりバックさせることは、疲弊した肉体にさらなる深刻な歪みを引き起こすという嫌な予感に震えてしまいます。

井上尚弥やエマヌエル・ロドリゲスの剥き出しのスピードとパワーは、かつてのドネアが持っていた武器です。

開けるべき次の引き出しもないままに、加齢と消耗で劣化が進行した今のドネアがWBSSを勝ち上がるようなことがあれば、世界中のボクシングファンが胸を躍らす復活祭となるのですが…。
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デオンティ・ワイルダーが注目発言です。

アンソニー・ジョシュアとのヘビー級統一のメガファイトが今年後半にも実現するかもしれない…いやいや6月9日に復帰戦を戦うタイソン・ヒューリーとのメガファイトが先だ…。

様々な憶測、噂が飛び交っていますが、ここで取り上げるのは「統一ヘビー級王者になれば、クルーザー級に下げて二階級制覇を狙う」という発言です。

"I mean there has never been a heavyweight champion ever go down in weight. I mean just for the fun of it. Just take over the cruiserweight division while maintaining the heavyweight division."

 歴史上、階級を落として二階級制覇したヘビー級王者は一人もいない。面白いじゃないか。ヘビー級のタイトルを保持したまま、クルーザ級のタイトルを獲ってやる。 

本来、複数階級制覇は「減量に体が耐えられなくなったため」か、「より強い相手と高い報酬・名誉を求めるため」か、それともその両方か、という動機から起きる行動です。

エイドリアン・ブローナーや、先日のノニト・ドネアのように「複数階級制覇で失敗、通用しなかった階級に見切りをつけて下げる」という〝挫折が動機〟というケースもありますが。

ブロンズボンバーがインスタグラムで語るように「歴史上一人もいない」というのは「より高い名誉を求める」パターンに分類されそうですが、なにしろヘビー級です。少し、事情が違います。
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ワイルダーの〝史上初の二階級制覇〟挑戦発言。それは、WBA暫定王者ルイス・オルティスとの無敗対決でも210万ドル(約2億3000万円)の報酬にとどまる米国市場の没落ぶりへの苛立ちから、口を突いて出たのかもしれません。

ヘビー級王者の評価には、複数階級制覇など必要ありません。無差別級は階級制スポーツのヒアラルキーで頂点に立っているのです。

複数階級制覇もパウンドフォーパウンドも、とどのつまりはヘビー級では戦えない弱者の言い訳でしかありません。

ワイルダーは3月のルイス・オルティス戦で214ポンド(97㎏)で秤に乗っています。過酷な減量をしていないナチュラルな肉体から、クルーザー級のリミットまであと14ポンド(6.35㎏)を落とすことは簡単な作業でしょう。

もちろん、減量によるパワーダウンは避けられません。しかし、オレクサンダー・ウシクらクルーザー級のトップボクサーでも無理なく体重を落としたワイルダーを止めることは不可能でしょう。

下の階級の王者からヘビー級を制したボクサーはミドル級(1897年:ボブ・フィッツモンズ/2003年:ロイ・ジョーンズJr.)、ライトヘビー級(1985年:マイケル・スピンクス/1994年:マイケル・モーラー)、クルーザー級(1990年:イベンダー・ホリフィールド/2009年:デビッド・ヘイ)と複数存在しますが、ホリフィールドを例外にするとヘビー級で大きな業績を残すことは出来ず、〝空き巣〟〝ピンポンダッシュ〟と揶揄されるスタイルで刹那のタイトルを掠め取ったに過ぎません。

その唯一の例外であるホリフィールドが「ヘビー級はとにかく例外。他の階級は体重を作るために特にパワーを犠牲にするが、ヘビー級のボクサーはパワーはもちろん、スピードも何一つとして犠牲にしていないからパワーも打たれ強さも単純な1階級の差では無い。全く別のスポーツ」と述懐しています。

減量からの特別解放区であるヘビー級は、空き巣的なやり方以外では近寄ることもできない怪物だけが住む聖域でもあります。

そんな聖域から、わざわざ日陰階級のクルーザーに落とす意味はありません。

もちろん穿った見方をすると、多くのメディアでスピンクスの歴史的評価がタイソンを上回っているように、その階級で強豪をなぎ倒して傑出した存在になることがボクサーの評価に直結します。

WBSS優勝を果たしクルーザー級完全統一王者に就くと見られるウシクを粉砕して見せることは、もしかしたらワイルダーの評価を高めることになるのかもしれません。史上初のクルーザーとヘビーの完全統一王者ですから。…といっても、なんだか納得できませんが。



さて、この〝逆〟階級制覇ですが、多くの専門家やファンは「ボクサーの健康も技術も蝕む」と否定的な意見が大勢を占めています。パワーや反射、当て勘、打たれ強さはもちろん、本来なら階級を下げることでアップする(取り戻す)はずのスピードですらも減速の憂き目にあう可能性が高いとまで信じられています。

それは真実なのでしょうか?

それとも、スーパースターであったシュガー・レイ・レナードとロイ・ジョーンズJr.の失敗があまりにも鮮烈であったがために「逆階級制覇はとにかく禁忌」と盲目的に決めつけているだけなのでしょうか?
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計量やルールについては、まだまだ続く(予定)ので引き続きご鞭撻くださいませ。



さて、大騒ぎになっている「アメフト」事件でも焦点が当てられた、反則行為についてです。

昨日28日の日本経済新聞「私見卓見」で、興味深い事例が紹介されていました。
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「2006年にカリフォルニア最高裁で、大学生による野球の試合での報復死球を事実上認める判決が出された。 対戦相手からの報復死球で後遺症の残った選手が起こした裁判だったが、野球につきもののリスクと判断された」。


10年以上前の異国の判決を持ち出すのは無理がありますが、日本人の感情には理解できないですね。

これが、コントロールミスの死球なら「野球につきもののリスク」ですが、報復死球は明らかな故意ですからね。

「アメフト」の事件は、報復行為ではなかったようですが、ボールを持っていない無防備の相手に背後から襲いかかりました。そこに明らかにあった悪質な故意が、監督コーチの命令によるもので、当該選手はやたりたくなかったのに逆らえなかったと推測される陰湿な背景が問題となっています。

当然、あの事件は「アメフトにつきもののリスク」では絶対ありえません。許しがたい犯罪行為です。

では、MLBをはじめ米国では不文律として常識の報復死球は「野球につきもののリスク」として許してよいものなのでしょうか?

報復死球なんてやりたくない、と思っても拒絶できない雰囲気は十分すぎるほど醸成されていますね、MLBでは。「味方がやられたら必ず仇を取る」というのはフロンティアの時代から米軍に仕込まれた思想です。

面白いな、と今思ったのは、 二刀流の大谷の場合はどうなるんだろう?ということです。主軸打者の大谷が当てられたら、投手の大谷がぶつけるのでしょうか?「味方の仇」じゃないですね。まあ、大谷はそんなことしないでしょうけど。

MLBを見ていると報復死球はほぼ間違いなく乱闘を招きますから、不文律として納得しているわけでもなさそうです。

ボクシングにおいてもローブローやラビットパンチは、当たり前に行われる反則です。反則の中でも減点スレスレのホールディングやプッシングは、完全に技術の一つとしても認められています。

ローブローやラビットパンチ、肘打ちも公にはされないだけで、技術の一つとして使っているのは明らかです。

アブナル・マレスやカル・ヤファイは明白な意志を持ってローを叩いているにもかかわらず、主審の注意が甘いと感じるのは私だけではないでしょう。これも「富者(人気者)が優遇される」、このスポーツの醜悪な一面と穿ってしまうのです。
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貴重なご意見、ありがとうございます。

🌻片方だけが何らかの特例を与えられるのであれば重大な欠陥ルールですが、同じように前日に計量するわけですから、そこからどれだけリバウンド出来るかは純粋に個人の消化吸収能力の差になるわけで、実力の内かと思います。

そういう文脈でいえば、IBFのリバウンド制限の方が不公平といえるでしょう。持って生まれた消化吸収能力という才能を制限されてしまうわけですから。


【私見・偏見・大暴見】どんな悪法であろうが、ルールである以上は「公平」「平等」です。「リバウンド制限の方が不公平」というご意見は、非常に新鮮で一考に値すると思いますが、ボクシングは胃腸の消化やリバウンド能力を争うスポーツではありません。

「本当の適正体重で戦う」という公正を追求するなら、試合前1時間計量が適切です。ただ「正義を貫くと死人が出る」(リング誌)から、健康重視で前日計量を導入したのです。

胃腸の消化能力やリバウンド特性は、この正義を蔑ろにした「狡猾な戦略」とも言えます。

一方で階級制が大前提のスポーツで、その公平性が著しく損なわれている現状は看過できません。その不公平の原因が「リバウンド特性です」。公平性の先には安全性もあります。

リバウンド特性を最初に享受した有名選手の一人が、アーツロ・ガッティです。〝サンダー〟ガッティは2000年2月26日、ジョーイ・ガマチェとの141ポンド契約の当日計量で160ポンドをマーク、ガマチェは145ポンド(いずれもHBOの非公式計量)でリングに上がります。

結果はガッティが一方的なKO勝ちを収めます。脳に深刻な障害を負ったガマチェはこの試合で引退を強いられてしまいます。
"He was a fighter, just doing what he's supposed to do," Gamache says of Gatti. "The commission was supposed to protect us fighters."  「ガッティは悪くない。彼はファイターとして当然のことをやったんだから。問題はニューヨークのコミッションだ。コミッションは(不公平から)ファイターを守る義務がある。」(ガマチェ)
もし、当日計量ではありえない不公平を受け入れるなら、階級制は崩壊します。

「当該選手の健康を考慮する前日計量」(17階級)と、「対戦相手の安全とスポーツの公平性を守るための当日計量」(例えばオリジナル8階級)での〝新階級システム〟を構築すべきだと思います。

18年前のこの夜なら、ガッティは「141ポンド×ミドル級」、ガマチェは「141ポンド×ウェルター級」という異なる階級になるので、本来は同じリングに上げるべきではない、という考え方です。

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マイク・タイソン!彼は貧者のドーピングも、富者のドーピングも飲み込んだスーパースターです。

🌻
その理屈だと「貧者のドーピング」に対する何らかの措置が必要になってしまいます。

【私見・偏見・大暴見】秀逸なご意見です。実際にパッキャオが怒涛の快進撃を続けていた時に「あんな凄まじい人生を送ってきた悪魔に勝てる人間はいない」なんて言われていました。

もちろん「貧者のドーピング」は取り締まることは出来ませんし、その必要もないですね。



🌻体重、リバウンド力、環境、どれも公平性を求めます。ただしルール化するには数値化(体重、リバウンド率)できたり、見た目でわかる(ローブロー等)などが必要で、その点では環境は漠然とし過ぎてルール化できませんね。

【私見・偏見・大暴見】ド正論だと思います。「数値化」など「見える化」の作業は、ボクシングでは本当に遅れています。

フィギュアスケートが大きな改革を断行した今、ボクシングの判定基準も、最も理不尽・不条理な「見える化」出来ていない化石です。

「Aは5ラウンドを明白に取ったが、残りの7ラウンドはABどちらにでも振れるラウンドだった。結果はBが115−113で勝利。ボクシングではこういうことが起こりうるんだよ」なんて、HBOの解説ですら偉そうに語られますが、おいおい、そんな狂った採点基準は変えなきゃダメだろ、という話なのですが。

だから「カネロ判定」のような「金持ちジモハン」にも逃げ道を作ってしまうのです。



🌻
スポーツの試合で人生を凝縮したドラマが見たいです。金持ち、貧乏人、正直物、嘘つき、人生は公平な物ではありません。 
だからドラマがあっておもしろい。 

「ルールはどこまで公正公平を追求できるのか」「反則行為に許容範囲はあるのか」。

話が長くなるテーマだと思いましたが、これは完全回答に近いと思いますね〜。

パッキャオが完全外国人でありながら米国で人気の頂点を極めることができたのは、その壮絶な人生をファンが知っていたからでしょう。

カネロについても純粋なボクサーとしてしか知識がなければ、あのサイボーグのようなゴロフキンに勇敢に立ち向かう健気な赤毛の若者だと判官贔屓していたかもしれません。

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スポーツの根源は「公平性」です。
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もちろん、あらゆるスポーツの世界にも政治や経済は巨大な影響力をもって食い込んでいます。

プロボクシングにおいては、世界タイトルマッチと銘打っているにもかかわらず、村田諒太や井上尚弥、井岡一翔は、この極東の島国から一歩も出ずに、なぜか世界王者が呼びつけられます。本来なら、王者のターフに乗り込むのが常道なはずですが。

一方で、木村翔や村中優らは、本来なら井上らが戦うべきビッグネームのホームリングに、咬ませ犬として引きずり上げられています。

全ては、スポーツの世界にはあってはならない政治や経済の力学が作用した結果です。

政治や経済、世俗のしがらみから超越して、全身全霊を賭けて磨き抜いた純粋な才能だけで 勝負を決する、…それが、理想のスポーツです。

しかし、そんな理想の純情が、学生スポーツですらありえないという減滅の事実を、わが国のスポーツファンは突きつけられたばかりです。

私は匿名の卑怯者なので、しかも大体が、酔っ払って書いてしまうので、きっと正常な方の感情を逆なでする表現も多々あると思います。 

こんな便所の落書きに、ご意見を求めるなんて、とんでもない無礼だとはわかっていますが、これから書きつらねる、私見偏見独断に「それは違う!」と訂正していただければ、本当にありがたいです。



今夜はスポーツの根本である「公平性」について、です。
 
この根源・根本を意図的に揺るがすドーピングや、あからさまなラフプレーが厳しく糾弾されるのは当然です。

ファンの間でもカオサイ・ギャラクシーの肘や、アンドレ・ウォードのローブローを〝高度な裏ワザ〟と評価する傾向まであります。サッカーの「マラドーナの神の手」も完全に武勇伝です。

ボクシングの話にフォーカスします。 

特に相手の急所を意図的に攻撃するボクシングにおいては、本来なら最もこの公平性に厳格であるべきなのですが、現実にはドーピングは野放し、ビデオ検証が必要なはずの肘打ちやローブローについてもレフリーの〝初見〟が覆ることはまずありません。

そして、ボクシングなどにおける階級制は、まさに公平性を追求したシステムです。あらゆる格闘技は、無差別級オンリーで出発しました。

そして、小さな名人が大きな凡人に駆逐される理不尽を解消するために、軽量級(ライト)が誕生し、さらに中間級(ミドル)が設けられました。

その原始3階級は、オリジナル8階級に分化し、現在では17階級までに増殖しています。

プロボクシングにおける不公平は「前日計量からのリバウンド」と、「スター選手へのあからさまな優遇」の2点に集約されます。

この二つの不公平は、「ルールの不備(盲点)」と 「貧富の差」と言い換えることが出来ます。

ここからは、私見偏見独断です。

「リバウンド特性(速やかな消化・栄養吸収能力)」の不公平はルールの不備が原因であり、解消する方向で取り組むべきです。

「消化・栄養吸収能力はアスリートの重要な実力の一つ」であるのは否定しません、その通りです。

高橋尚子が、1日1万キロカロリーを超える常人離れした練習量をこなせたのは、それだけのエネルギーを食べることができた胃袋をなくして語れません。しかし、高橋尚子のそれはルールを利用したものではありません。彼女の胃袋は、ルールで縛ることなど出来ません。

しかし、現在のボクシングにおけるリバウンド特性は、明らかにルールの不備・盲点を突いてアドバンテージを獲得できる種類のものです。

完全無欠のルールなどありえませんから、そのルールに適応したアスリートが優れたアスリートであるのは間違いありませんが、そのルールを修正することで不公平が改善できるのであれば、そうするべきです。

ルール改正によって解消できる不公平は、断じてなくすべきです。そのルールが間違っているのですから。ボクシングの「前日計量一発」 は明らかに欠陥ルールです。
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では、「スター選手への優遇」「貧富の差」から生じる不平等についてはどうでしょうか? 

東大生のほとんどは富裕層の家庭から出ています。スラム出身でグランドスラムを制したテニスプレイヤーは存在しません。幼少期にプールに通う余裕のない家庭から金メダリストのスイマーは生まれません。

先日の私のブログでもご指摘いただいた「費用のかかる高地トレーニングなどで養成された強力な血液はWADAも見逃さざるをえない〝富める者のドーピング〟である」という意見は、世界中で多く語られていますが、はたしてそうでしょうか?

20歳の頃から人気者のカネロ・アルバレスは、トレーニングや疲労回復の機器で数億円の設備を持っています。

テニスのトッププレイヤーの多くは、テニスコートを持つ裕福な家庭に育っています。

テニスや五輪競技はまだマシかもしれません。少なくとも、実際の勝負の舞台では平等ですから。

プロボクシングの場合は、勝負の舞台は富裕国のリングです。そして当たり前ですが富裕国のボクサーに有利な判定が下されることが珍しくありません。

ルール改正で解消できる不公平は根絶すべきです。しかし貧富の差から生じる不公平は、どうすべきなのでしょうか?

以下極論です。

超極貧で少年期に十分なトレーニングも栄養摂取もできなかったマニー・パッキャオには、何かしらの優遇措置が必要なのでしょうか。

政治的な不利益を被る可能性が想定されるゲンナディ・ゴロフキンには、カネロ戦ではあらかじめ3ポイントを付加するようなボーナスを与えるのが正しいのでしょうか?



貧富の差から生じる不公平は解決できません。 そして、ボクシングファンの多くは残酷なことに、それを受け入れているはずです。

ただ、このスポーツには救いがあります。

サッカーや水泳やテニスや、多くのスポーツは上質の、つまり上品な技術が売り物です。

ボクシングも同じですが、このスポーツのファンはそれだけでは満足しません。上品な技術よりも、もっと高潔なスポーツの本質を求めているのです。 
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階級制のスポーツに、減量にまつわる事件はつきものです。

今年2月、柔道グランドスラムのデュッセルドルフ大会で57キロ級にエントリーした山本杏が前日計量はクリアしたものの、当日計量の「5%ルール」を超え、失格してしまいました。

ボクシングでも、唯一IBFが前日計量から10ポンドオーバーで失格とルールで定めていますが、47.6キロのストロー級から90キロ超えのクルーザー級まで一律の「10ポンドルール」というのは、あまりにも杜撰です。

柔道のような「%ルール」でないと意味がありません。

何のルールもない他団体よりは遥かにマシとはいえ、IBFにはまともな思考回路があるのでしょうか? 

現在、多くの階級制スポーツで取り入れられている「前日計量」は、減量のダメージから十分な回復時間を与える、選手の健康への配慮から始まりました。

しかし、前日計量はリバウンド特性のある選手に有利に働く、階級制に大きく矛盾する不公平を生み出してしまいました。

この矛盾を解消するために、今年から当日計量に戻す決断を下したのが、世界レスリング連盟です。「リバウンドの不公平」をなくすだけでなく、「回復時間を見込んだより過激な減量」も防止できると期待しています。

確かに、ここまで前日計量の歪みが噴出してくると、当日計量の方が 選手の健康面ですら優れていたのかもしれません。

先日のジェイミー・マクドネルも、当日計量ならあそこまで過酷に追い込んだ減量を決行しなかったはずです。

「水抜き」というと簡単そうですが、運動やサウナでもリミットまで絞りきれない場合は、強制的に体内から「水分」を抜くことも出来ます。マクドネルがやったかどうかはわかりませんが、「血抜き」です。あの血圧の異常値と一気に老化したような萎み方は、それを疑ってしまうほどでした。

計量後に再び輸血するなら、マラソン選手などが手を染める血液ドーピングの一種ですね。今回、マクドネルがやっていたとしたら目的は持久力アップではなく、減量ですが。

1988年からWADAは血液ドーピングを禁止していますが、これは再輸血によって体内の血液が異常値を示すことなどから発覚します。しかし、減量目的の血抜きは自らを弱体化する行為、〝逆ドーピング〟です。「血液濃度が異様に低いから失格」はありえません。

現状の前日計量による「回復時間とリバウンドを見越した減量」は当該選手の健康を蝕み、対戦相手も危険に晒す可能性も高めてしまいます。

日本ボクシングコミッション(JBC)は1995年から前日計量に変更しましたが、世界的な潮流と同じく回復時間とリバウンドを有効に使おうと、より過酷で過激な減量の横行を招いてしまいます。

JBCでは97年から、あからさまな増量をチェックするために当日計量も行い、現在ではリバウンドを8%以内に収めるよう推奨しています。

しかし、これは柔道の「5%ルール」やIBFの「10ポンドルール」とは異なり、罰則はありません。つまり「ルール」ではありません。

「8%を超えた選手には階級を上げるよう薦める」だけです。警告ではない、もちろん注意ですらないわけです。

ちなみに、井上尚弥の増量は6キロ、JBC推奨の8%(バンタムなら4.28キロ)を大きくオーバーしていましたが、「階級を上げるよう薦める」なんてことはしていないでしょう、100%間違いなく。つまり、転級を薦めることすらしないわけです。

JBCの「8%」には、本当に何の意味もないのです。「JBCが推奨してるから増量幅は8%以内に収めよう」と減量に励んでいるボクサーなんて、ただの一人もいないのではないでしょうか?

やればいいと思います。「8%ルール」。こうしたルールが整備されることで、胃袋の消化能力や栄養の吸収速度が求められるリバウンドによる不公平を相当な程度解消し、純粋なボクシング技術だけの勝負を楽しむことが出来ます。

「回復時間を見越した過酷な減量」と「急激なリバウンド」は2点セットです。「8%ルール」を施行することで、この2点が一気に改善されます。

でも、JBCは絶対にやりません。統括団体ですから出来るはずですが、やりません。断言できます。このルールの実施が、有名人気選手を含めた多くの日本人ボクサーにとって戦力ダウンにつながると信じているからです。
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対戦相手の質や内容から様々な疑問符がつくとはいえ「10年無敗」のジェイミー・マクドネルを112秒で粉砕した井上尚弥。

あの試合を見た全ての人が、井上の圧倒的なパワーを認めたでしょう。

明らかな調整失敗から病人状態の英国人はただでさえ遅鈍なパンチが、さらに遅くなっていました。打ち込みの遅さはもちろん、引きは更に遅く中途半端とあっては惨敗は当然の帰結だったとはいえ。

しかし、井上のテクニックについてはどうでしょうか?やつれた重病人をタコ殴りしただけ、には見えませんでしたか?

もちろん、階級制の格闘技とは、そういうことです。そういう危険と常に隣り合わせです。階級制、計量のある格闘技は「いかにして健康状態を保ちながら減量するか」も勝負を決する大きな要素です。

それにしても前日計量から12キロ、23%近い増量はありえない数字です。前日計量時の、血圧が上で89というの危険すぎる脱水症状の証拠です。ふらつきや、膝の震え、おそらくひどいめまいに襲われていたはずです。そして、一人で上着をつかむことも着ることができないほど力が入らない…エディー・ハーンは「あんな減量に耐えられたのはマクドネルだからだ」と自慢しましたがそんな問題ではありません。

リング誌電子版の名物コーナー「DOUGIE’S FRIDAY MAILBAG 」からの拙訳です。

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【読者投稿】5フィート10インチの長身ボクサーが118ポンドまで減量できるものなのですか?

 
DOUGIE’S answer*とにかく慎重に、じっくり時間をかけてなら可能かもしれない。計量時のマクドネルの頬のこけ方、体のやつれ方は異常だった。

ただ、過酷で急激な減量はボクシングの世界では珍しいことではない。 IBFライト級王者時代のシェーン・モズリーが135ポンドのライト級である時間は、公開計量の前後わずか数時間だけだ。

モズリーは、普段の150ポンドから3週間で15ポンドを絞っていく。そして計量をクリアしたら147〜155ポンド、つまりミドル級の重さでリングに上がることもあった。

衰弱している時間をなるべく短くするのが、計量のポイントなのだ。


マクドネルがモズリーのように効果的にリバウンドできるかが注目だ。

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モズリーも井上同様に圧倒的なスピードとテクニックも評価されたPFPランカーでしたが、最高評価を受けたライト級時代の彼は明らかにパワーボクサーであり、テクニックもスピードも付随的なものでした。

これは、今の井上に酷似しています。井上のボクシングもまた、典型的なパワーボクシングで、ワシル・ロマチェンコやフロイド・メイウェザーから匂い立つようなテクニックの香りはほとんどありません。 

パワーボクシングを否定しているのではありません。どんなスポーツでもパワープレイヤーのパフォーマンスは絶対的な魅力を放ちます。

ただ、野球のパワーピッチャーらと違い、ボクシングの場合はそのパワーの源泉が現状の計量システムからもたらされているのだとしたら…?
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 ⬆︎最近の世界戦での「リバウンド結果」(読売新聞5月4日朝刊)です。

井上尚弥の名前はありませんが、減量に苦しんでいたジュニアバンタム級時代後半は今回の6キロを超える増量だったであろうことは想像に難くありません。

日本人王者で傑出した世界評価を得ていた井上(マクドネル戦11.3%)と井岡一翔(ノックノイ・シップラサート戦11.42%)が「効果的な増量幅といわれる12%前後」 にきっちり合わせてきているのは、あらためて流石です。

一方で、村田諒太の増加率6.34%というのは目を引く数字です。「健康的な減量」のお手本です。それでいながら、リングに上がればパワーボクシングを展開するのですから、 彼のスタイルは本物です。

話は飛躍しますが、マニー・パッキャオやフロイド・メイウェザーがキャッチウェイトを要求してきても、深刻な犠牲や負担をかけずに対応出来るのではないでしょうか。

理想はパッキャオやメイウェザーのように実質的な増量をも視野に入れた体重コントロールですが、それは世界のトップレベルからもさらに遊離した次元の技術を持っていた彼らだからこそ出来る離れ業です。

現状では「前日計量システムで生じるリバウンドのアドバンテージ」を利用しない手はありません。現在のボクサーの優劣を分けるのは「減量と増量(リバウンド)をいかに適切にこなしてリングに上がるか」が大きなポイントになっているのです。

あのロマチェンコですら階級の壁、体格差には苦戦を免れない事実を突きつけられた昨今。ベストウェイトから増量して世界のトップを荒らし回ったパッキャオとメイウェザー、彼らのような異次元からやって来た遊離体をまた見たいという欲求もムラムラと湧き上がってくる今日この頃です。 
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