フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜

      Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。

カテゴリ: ボク散歩

有楽町・銀座界隈はアンテナショップが集まっています。
地方テレビ局の東京事務所も多いので、拠点を出すなら有楽町や銀座ということなのでしょうか。
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そのアンテナショップ、有楽町駅前の交通会館内だけでも「北海道どさんこプラザ」「秋田ふるさと館」「いきいき富山館」「浪花のえぇもんうまいもん大阪百貨店」「兵庫わくわく館」「わかやま紀州館」「徳島・香川トモニ市場」「ザ・博多 有楽町店」…などがひしめいており「おおいたアンテナショップ温泉座」では足湯まで楽しめちゃいます。

先日、足湯につかってしばし現実を忘れていると、私を探していた会社の人間に見つかってしまい「外出してもいいから携帯電話も持って行って下さい」と注意され、足湯につかったまま気まずい思いをしてしまいました…。

このアンテナショップ、大体の店でソフトクリームを食べれるのです。

暑い夏にソフトクリームを舐めながら、交通会館の屋上庭園から新幹線の往来を眺めるのは、結構贅沢な時間です。

さて、そのソフトクリーム、さすがにイメージもあってか「北海道どさんこプラザ」のバニラと夕張メロンが「交通会館チャンピオン」です、独断と偏見ですが。

しかし、アンテナショップ最強か?となると、これは歌舞伎座前の「いわて銀河プラザ」に軍配が挙がります。

「どさんこ」はすっきりしていて食べやすいのですが、良い意味でも悪い意味でも軽い、ウェルター級のテレンス・クロフォードです。

夕張メロンとのミックスもあるスイッチヒッター、万能型でもありますが…。

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一方の「銀河」はバニラ一本、器用なマネはしません、出来ません。↑

しかし、コーンを手にした時点で重さを感じます。渦巻きのエッジも気持ち固い気がします。

一口舐めればその密度と重さ、ミルクのコクを味わえる生粋ヘビー級のアンディ・ルイスJr.です。

というわけで、王者「どさんこ」vs挑戦者「銀河」のメガファイトは銀河が大番狂わせの7ラウンドストップ勝ち。

衝撃のタイトル移動となりました。
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赤煉瓦倉庫で雨宿り。

あちこちにお花畑が。
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赤レンガ倉庫の前に佇む旧税関事務所。又の名を右突堤中央事務所の遺構。

「右突堤事務所」って、ネーミングセンスありまくりです。

小降りになった隙に、一気に関内へ。

スタジアムから歓声が聞こえて来ましたが、あれは本物?

今シーズン、まだ未勝利の横浜ベイスターズ。

現在、3-0でリード。
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今日は勝つでしょう、多分。

スタジアムの熱気は、外にいてもワクワクして来ます。

遠くまで走り出すつもりが、近場の散歩に終わってしまう、いつものパターンでした。
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横浜散歩。

普段はハンバーガー店なんかには近寄らないのだが、beer & hamburgerの「beer」に吸い寄せられてしまった。

店内も空いてて、すぐに飲んで食べれると思いきや10分近く待たされて席に。

しかも、周囲はカップルだらけ

そして、タブレットでオーダーしてから、さらに約10分。
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それにしても、この手のハンバーガーってまともに食えないのに、何故この形状なのか?

ハンバーガーはビールに良く合って美味しかったが、もう2度と訪れることはあるまい。
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久しぶりに東銀座から築地、新富町方面へ。

人通りが少ない。休業延長の張り紙を出した店が目立ちます。

人通りが少ない。土曜日だというのに。
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電通の元本社ビルはまだ〝廃墟〟として残ってます。

桜の蕾が膨らむ先の廃墟。結構、シュールです。

設計は丹下健三、まさしくその香りがあちこちから漂う、昭和の大建築です。

どこかで腹ごしらえしようと、入ったのはラーメン屋さん。
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生ビールとイタリアンなラーメンは、よく合います。

それにしても、大都会の土曜日が沈黙してるなんて。。。。 
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久しぶりにちょっと走りたくなりましたが、すぐに息が上がってしまいました。

散歩しかしてなかったのでキロ6分でも結構な負荷。

もっとゆっくり走るべきなのですが、これが難しい。「本当に強い人はキロ7分8分でも、3分切って走るのと同じしっかりしたメカニクスで走れる。走れるスピードの幅が狭いのは弱い証拠」みたいなことをどこかで聞いたのを思い出しました。

落合博満の「遅いボールをしっかり打てれば早いボールなんて簡単」というのに似てるのかもしれませんが、そんな境地は遠すぎます。

まともに刺激を入れてないから当たり前とはいえ、物心ついてから、今が最も持久力、走力がどん底的に落ち込んでいます。

それでもものすごく良い天気で、気持ち良かった。走ると暑いくらい。
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梅と河津桜は満開。ソメイヨシノは花びらも小さく色も淡すぎて、桜の仲間内ではインパクトが弱い気もしますが、花見の季節に見所を迎えるから愛されているのでしょうか?

近所の小さな侵略者の訪問を受けてガキどもを引き連れて走ったのですが、子供のエネルギーはすごい。年末に走ったときよりもはるかに速くなってました。

距離表示のある公園周回コースで「1000mと1500mの勝負をしよう」と中学の男の子と女の子が挑戦状を叩きつけてきましたが、今やったら確実に負けます。

そういえば前に勝負したのは1年近く前、そのときからこっちは劇的に体力が落ちてるというのに、奴らは劇的に向上しています。

「お前らと走ってもビジネスにならない」とメイウェザーばりの台詞で断りました。

週3日、2ヶ月くらい練習したらキロ3分がまだ遠いこいつらにはまだ負けないとは思い、もっと暖かくなって他のやつも集めて走ってあげると「ビジネスってなんだよー!」とブーブーいうガキどもをいなしました。

しかし、このなまりきった心身でそんな地道なことが出来るかどうか…。

次に勝負を挑まれたら「お前らには本気は出せない。エキシビションだ」で走って、「この負けは負けじゃない。なぜならエキシビションだから」とごまかそう。

「エキシビションってなんだよー!」と詰め寄られる未来を予想しつつ、ふと考えたのはこいつらも使ってるデジタル教科書の話。

デジタル教科書の本格導入は文部省の有識者会議によって「2024年度」と位置づけられています。

現在、デジタル教科書を使っている公立小中学校は1割もありません。

あと3年で、残り9割の整備が通信環境も含めて進むのか?という問題ではなく、そもそも「小中学校でデジタル教科書が本当に必要なのか?」を議論し尽くしていないところに行政の闇があります。

少年少女の学習効果や健康への検証をする前に「2024年度に本格導入」。これがまずありきで進められているのです。

とんでもない利権が絡んでいるのは言うまでもありません。「2024年度導入は先送り」となると、多くの関係業者が経営難に陥るでしょう。

しかし、順番が逆です。

デジタル教科書先進国の欧州では「初期教育では弊害しかない」という検証結果も出ています。
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リング誌とスポーツイラストレイテッド、ESPNマガジン。大きさが違うだけでなく、広告の入り方が全く違ったり、手触りも匂いも微妙に違います。こいつらは間違いなく、そこに存在しているのです。

「紙媒体の方が優れている」という研究結果を大々的に報じるのは、読売新聞や朝日新聞など紙媒体によって成り立っている大新聞ですから、全てを鵜呑みにはできません。

それでも、デジタル教科書のマイナス面として①視力低下②書く能力の低下③記憶力の低下は明らかです。

特に②③については、能力低下以前に、初期教育で身につけるべき自分なりの書き方、記憶のやり方を身につける前に高等教育に進むことになります。

欧州の大学で行われた実験で「紙媒体で教育を受けてきた若者」と「初期教育からデジタル中心で教育を受けてきた若者」の間には、書く能力において明白な差が生まれており、記憶能力に至ってはもはや同年代で起こりうる差ではなかった、という結果が出たといいます。

紙媒体産業が都合の良いデータを切り取って捏造しただけ、と捉えるにはあまりにも説得力のある実験結果です。 

米国の神経科学者メアリアン・ウルフは、欧州の若者17万人を対象にした研究で「デジタル機器よりも紙媒体で学習した方が理解度が高い」という結果を発表しています。

「教育ではゆっくり考え、共感力と批判的な分析力を身につけさせる必要がある」(ウルフ)ことから、脳が発達段階にある時期は紙媒体での学習が望ましいと結論付けています。

「スマホ脳」の著作で有名な精神科医アンデシュ・ハンセンも「自国のスウェーデンでやみくもに取り入れてしまったことで、学習能力が落ちてしまった。新しいことと優れていることは全く別物」と警鐘を鳴らしています。 


私の身近なところでも、若い世代の文章能力は文章問題をクリアしてきたはずの旧帝大卒でも「嘘だろ?」というくらいに酷いものです。 

文章の稚拙以前の問題で「この書き方だと相手に真意が伝わらない」というのがわからないのです。

先日、大手予備校の若い講師と話す機会があって、そういう話をすると「断片的な情報量が多い受験生は増えているが、それを有機的に組み立てたり、文章にする能力は低下している」ということでしたが、受験ビジネスとはデジタル化の波に合わせるしかありません。


紙媒体が完全になくなることはないかもしれませんが、リング誌などはプリントバージョンを廃刊とかはありそうです。あるいは、プリントバージョンの一気の値上げとか…。

考えると少しうんざりしてきます。 
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2月7日、日曜日。雲一つない晴天。

いつだったか、日没サスペンデッドで辿り着けなかった大岡川の源流を目指して出発。

途中で気が変わって、河川敷を離れて、そのまま海沿いに。
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ソメイヨシノにも小さな蕾が。

赤煉瓦倉庫から大桟橋へ。

右の方に停泊しているのは、クルーズ船の飛鳥Ⅱ。
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ホテルニューグランドあたりは、私たちの間では「エリアD」と恐れられる縁起の悪いゾーン。

この辺りのホテルで結婚式を挙げたやつらは、ことごとく離婚(Divorce)するという魔境です。
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マリンタワーは改修中。

元町通りの裏手に「ジェラール水屋敷地下貯水槽」 という国登録有形文化財を発見。
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幕末に来日したフランス人実業家アルフレッド・ジェラールが建設した蒸気機関の給水工場の遺構だそうです。

錦鯉がゆった〜り泳いでいました。

案内プレートによるとジェラールは西洋瓦やレンガ工場も経営していたとのこと。近くに赤煉瓦の遺構もあるに違いない!

元町公園といういかにもな公園をぐるっと回るとエリスマン邸という洋館の脇に「ブラフ80メモリアルテラス」という、艶めかしい赤煉瓦の遺構が。
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山手80番館にかつて建てられていた屋敷の基礎が残されています。

時代と風雪に耐えた赤煉瓦の、なんと色っぽいことよ。 

煉瓦の積み方はイギリス積み。 
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装飾用のスクラッチ煉瓦や化粧煉瓦、タイルレンガと違う、実際に柱や壁として家屋を支えていた構造煉瓦の遺構は儚いドラマを感じさせてくれます。
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これは、令和元年10月15日の台風19号に直撃されて樹木が倒れたあとから出土した煉瓦の塊、だそうです。

塊の上部に見えるのは、地震に弱い煉瓦造りを補強するために鉄柱を通していたのかもしれません。
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会社の営業系部署に三浦君っていう30過ぎのお兄ちゃんがいます。

一緒にお仕事することはほとんど無いのですが、採用面接で私が「絶対合格にしましょう」と推したことから、社内では私が彼のことを結構気に入ってると思われています。

野球少年で「甲子園出場、六大学でも活躍」と、私にとってコイツを上回る殺し文句は「2代前の日本フライ級王者です」とかのレベルでしたから、即合格。

「うちはなんの会社なんだ?!」という役員・上司の悲鳴なんて一切気にしません。

そんな彼が先日、出勤日ということで海外からの受け取り荷物を確認しなければならない仕事がありました。

もちろん、関係のない私に声かける必要はありません。

それでも「久しぶりに昼飯でもどうですか?」と内線して来たので、ちょっと高めな居酒屋の「ノドグロ弁当」を買ってあげました。

食後もちょっと話し込んで、彼がトイレかなんかで席を外したときに置いていった会社携帯が鳴ったので、代わりに出たんです。

管理部の男性の声。「あ、タイシ?どう?大丈夫?連絡ないから心配で」。

私が「〇〇(私のこと)だけど、三浦君、ちょっと席外してるけど、折り返す?なんか伝言しとく?」と言うと、電話越しにも動揺した雰囲気が伝わってきました。

管理部「〇〇さんでしたか!失礼しました!お勤めご苦労様です!」

私「お勤めご苦労様って、懲役食らったヤクザか!まー、7時ラストオーダーの街でホテル暮らしはそれに近いけどなー」。

なんて普通に会話して電話は切ったのですが「タイシ」というのが耳に残って、三浦君が戻ると電話があったことと「お前、タイシって呼ばれてるの?」と聞くと、いつも落ち着いている三浦君まで急に動揺しだすのです。

「え?な、な、な、なんでそんなこと知ってるんですか?」という三浦君に「な、な、な、な、なんでそんなにドモッてうろたえてるん?」と笑いかけると、ちょっと神妙になって「僕、〇〇さんに確認事項をお伝えすることときどき頼まれるんですが、それに引っ掛けてタイシ=大使って呼ばれてるんです」と説明してくれました。

なんだか理解できない私は「確認事項?部署も仕事も違うのにそんなんないやろ?」。

三浦君「それがあるんです。役員とか管理部が直接言いにくいことを〇〇さんに伝える大使なんです」。

私「はあ?今日もその大使として?その伝達はこれから?」

三浦君「いいえ、もう終わりました」

私「意味がわからん」

三浦君「帝国ホテル36万円の件です」

私「???????」 

確かに弁当食べながら「帝国ホテルが一部の客室をアパートメントとして月貸しを始めた」という世間話はしました。

。。。。。段々とわかってきました。

私の宿泊してるこのホテルも一月契約で借りてるのですが、もちろん帝国ホテルよりはグレードが落ちます。

「〇〇さんの仕事が増えて申し訳ない。アシスタントなしでいくつも案件を抱えてるので、いま感染したら引き継ぎがいない。通勤ラッシュの電車は避けて欲しい」と、ホテル住まいを提案されたのが昨年。

「銀座や有楽町で遅くまで飲めるし、悪くないと思いでしょ?」という戯言には「8時で店閉まるのにそんな訳ないだろ」と言いつつも、会社の考えも理解できたので、受け入れました。

そういえば管理部の説明では「まともに宿泊すると1ヶ月200万とか300万とか400万とかしますが、こういう時勢ですから会社としては最高のお部屋を用意しました」と、金額レンジが2倍に膨らむ例えにイラッとしましたが「横になって寝れたらいいです」と答えました。

そして、数日前に一般紙で「帝国ホテル36万円」の記事が大きく躍り、私が「ここは絶対、もっと安い。安いのはいいけど400万とか口走った性根が気に食わん!」と怒り狂ってるのではないか,と管理部が心配して、偵察ともし怒ってたなら、火消し役に〝大使〟を派遣した、という算段でした。

折しも、複数の国会議員が銀座で深夜豪遊も報道され、私が「松本人志じゃないけど切腹もの」と怒ってホテル暮らしにストレスを溜め込んでることも人づてで伝わったようです。

 

ああ、そういえば昨年、私の手伝いをしてくれてたアシスタントの大学生の契約期間をコロナを理由に短縮したことがあったのですが、それも事後報告というか大学生から聞いて初めて知る、という理不尽なことがあり、人事部に怒りの電話をかけるとなぜか三浦君が説明に来たことがありました。

そのときは営業関係の別件を頼まれて「ついで」のオブラートにくるまれていたのですが〝本題〟は大学生の件を相談・報告しなかったこと怒りを〝大使〟に鎮めてもらおうとしたようです。

このご時世で、契約期間を短縮するなとか言いません。相談も要りません。決めてもらって構いません。私にそこまで権限ありません。

でも、そういうのって、まず私に伝えて、私からその大学生に説明するのが筋だということです。

今回の「帝国ホテル」だってどうでもいいし、200万とか400万とかあとで調べたら簡単にバレる嘘つくのが嫌なだけで、月2万の宿でも構わないんです。

そういえば、三浦君は「帝国ホテルの36万は一番狭い部屋の値段で、ここは一応スイートですし、こっちの方が絶対快適ですね」とやけに説明口調でした。

そんなすぐ怒る人間じゃないというか、そもそも怒ったことなんてその大学生の契約のときくらいのはずですが、いつの間にか知らないうちに会社の中で腫れ物扱いされていました。

まあ、それでも三浦君を〝大使〟にしたアイデアは奴らにしては鋭い。

ただし、奴らは「甲子園」と「六大学」の野球キーワードで私が気に入ってると思ってますが、それだけではありません。

この三浦君、私なんかと違って人間の器がデカいんです。

数年前に彼の同期も交えてお酒飲んだときのこと、三次会あたりで、同じ座席にいたタチのわるそうなグループに絡まれたことがありました。

こんな年になっで乱闘してボコボコにされて怪我して入院とか…いやーな予感に震えながら、三浦君たちに「お前らは先に店を出とけ」と言ったのに、出て行かないし、タチ悪グループは大声で凄んでくるし、店の人が警察に電話してくれてますように!警察が早く来てくれますように!と祈っていました。

そしたら、三浦君がすっと土下座して謝り始めたんです。

「すみませんでした!申し訳なございませんでした!お許しください!」って店中に響くような大声で何度も何度も頭を畳に擦り付けて。

相手のバカ一人が三浦君の頭を蹴りつけましたが、他のメンバーは止めて、私たちに「シラける奴らやなあ!」とか罵声浴びせたところで、やっと警察が入ってきました。

タチ悪グループは途端にオドオドしましたが、三浦君が警察にも「すみません、電話して呼んだの、僕です。何もないんです。ごめんなさい」と警察を帰したんです。

静まり返った店内にも「お騒がせして申し訳ありませんでした。もう静かにしますので、引き継ぎ楽しくお酒飲んで下さい」と大声で謝って。

タチ悪と警察とお店、美しいまでの三方平謝りです。 

酒場でトラブルになった経験は後にも先にもこれが初めて。それでも、中高時代はそんなスリリングなシーンが珍しくありませんでしたが、大抵は「逃げる」という最大のオプションがある屋外でした。

しかし、居酒屋の奥座敷です。「逃げれないなら助けや警察が来るまで戦う」という野生動物と同じ思考しか私には出来なかったのですが、三浦君はスマートすぎるやり方で完璧に切り抜けたのです。

騒ぎが収まって店を出たとき「大丈夫?」と心配する同期に彼は「怖くて死にそうだった、あの人たちも許してくれて良かった」と泣きそうな声を絞り出すのです。

私は「今日は不愉快な感じになってごめんな、ここでお開き、別の日に飲み直そう」と解散させましたが、三浦君にはもう一軒だけ付き合わせました。

私「ありがとうな、お前がいなかったら今頃血まみれで救急車の中やった」。

三浦君「僕も血まみれにされてましたよ、いい人たちで良かったです」。

私「とぼけたヤツやなあ。こんなん、慣れっこなんか?」

三浦君「こんな恐ろしい思い、慣れたくないですよ。僕、ずっと進学校で野球でも目立ってたから、絡まれることは何回かありました」。

私「そうか、ケンカしたら甲子園も進学もおじゃんやもんな。三浦はすごく立派だった。俺、感動したよ」。

三浦君「弱いからケンカなんてできないです。真面目な話、あの人たちが本気で悪い人なら無事じゃ済まなかったかもしれません、何持ってるかわからないし」。

私「そうやな。本当に勉強になった。俺にもあんな謝り方出来るかな…」。

三浦君「出来ますよ。一緒にいたのが奥さんと娘さんだったら、そうしてたはずです」。

私「待て、待て、俺、お前らも大切やで」。

三浦君「でも、僕に店出ろって言ったとき、僕らを逃がして何しようとしてました?」。

私「土下座して謝ろうととさ思ってた。お前らに見られるのが恥ずかしいから、店出ろっていったんや」。

三浦君「嘘でしょ。あのときは一番怖い人がここにいた!って思いましたもん」。

私「お前、何言ってるのか意味わからん」。

三浦君「あんな若造4人くらいなら簡単にぶっ飛ばせるんですか?」。

私「そんな訳ないやろ。お前には感謝してるけど、会話が噛み合わん。もう出るぞ」。

別れ際に「今度、謝り方教えてくれ。今日はありがとう」とお礼を言うと、彼は「じゃあ代わりにケンカの仕方も教えて下さいね」と笑いました。

そんな会話を交わしました。

それから、確か2年もしないうちに彼の部署のミスで大口の得意先を激怒させてしまい、そこの偉いさんを知ってる私に「謝罪を同行してくれ」と頼みにきたのも彼でした。

「▲▲(彼の上司)が頼みに来るんが筋やろう」とは思いましたが、彼のお願いを断る理由は一つもありません。

どうしてありえないミスを犯してしまったのか、それをすぐに気付かなかったのか、報告が遅れたのか、包み隠さずとはいきませんが、誠心誠意心を込めてお詫びしました。

そのうち、先方の偉いさんは以前に私がしでかした大きな失敗を思い出し「あれに比べたらまだ笑えるか?」と柔和になってくれました。

私が「あのときはデータ納品前日に二人で朝まで飲んでたからですよ。私は最後にチェックしたいって何回もお願いしたのに」と話す頃には、謝罪訪問ではなくなり、新規のお仕事までいただきました。 

謝罪の帰り道。

「感動しました!でもあの謝罪は〇〇さんしか出来ませんよね?ロールプレーイングとかには全く活用できないですね」という三浦くんに「謝罪の仕方はお前が教えてくれるんちゃかったんかいや、逆やないか!」と返して二人で笑いをこらえていました。

他の社員からは妙に仲がいいと思われてるのは、確かに心当たりがあります…。
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なんで、こんな話を書き出したかというと、今日書いたお話に

>1. つちエム 2021年02月03日 13:36
モズリーもジュニアウェルター飛ばしてデラホーヤに挑まなかったでしたっけ?

というコメントが寄せられて…私の間違いなんです。つちエムさん、ありがとうございました。

PFP1位のグレート、ライト級史上最強をデュランと争うシュガー・シェーンも「ジュニアウェルター飛ばし」なのに…。

別に仕事じゃないし、大したことではないのですが、ここに書くお話も大筋は最初からなんとなく輪郭があるんです。今回の話は、ずばり「デュランvsパッキャオ」でした。

この「デュランvsパッキャオ」が先に頭に浮かんだので「ジュニアウェルター飛ばしのライト級はこの二人だけでないと話が進まない!」という思いがモズリーの〝飛ばし〟を見過ごしたのかもしれません。

仕事でもこういう〝失敗〟〝トラブル〟があると、最初に描いていたデザインが狂います。

そういう場合の選択肢は①このテーマでは進めないので中止する、②〝モズリー〟も絡めて最初のデザインとは違う絵を描き進める、の二つです。

よくよく考えると、私の場合は前者を選ぶことはまずありません。これは人によって違うんでしょうが。

①を選択して、全く新しい案件に取り組む人もいますし、人それぞれです。

私の場合は「せっかく手掛けた仕事だから」「大幅に軌道修正しても面白くなるかも」という 意識ですが、①は「最初のデザインが狂ったら振り出しに戻るしかない」という考え方ですね。

ずいぶん前に①タイプの仕事先の人とお酒飲んだときに「月ロケットを打ち上げて軌道が間違ってたらやり直すしかないでしょう」という話になり、私は「間違った軌道の先にある別の星目指す手もあります」と返すと「人が乗ってるんですよ!そんなの別の星になんて絶対辿り着かないし!」とマジで怒らせたことがありました。 

まー、今も仲良くお仕事してる人で、酒飲むとやっぱりこの種の話で衝突を繰り返しています。

というわけで、あの話は②の方向で〝別の星〟を目指します。 
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ボクヲタの端くれなら、バレンタインデーと聞いて、まず思い浮かぶのは1951年の「聖バレンタインデーの虐殺」すなわちシュガー・レイ・ロビンソンvsジェイク・ラモッタの一戦でなければいけません。

それにしても、東京の街はまだ1月というのに、世の中はバレンタイン一色です。いつも通り、忌々しいまでに前のめりなのです。
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↑ブルガリのチョコレートがどれほど美味しいのか、私は知りません。知りたくもないです。小さな板チョコ三枚で1万4001円也…気は確かか???
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思い返せば、バレンタインデーに良い思い出など一つもありませんでした。

真面目な話、中学時代は一年で最も憂鬱な日でした。

そもそも、高校まで義理チョコ以外もらった試しがありません。

授業はサボりがち、学校に行かないことも多く、行っても教室の隅でジッとしていた私はまさに登校拒否の引きこもりでした。

そんな気色悪いやつにチョコレートあげる女の子なんて、日本中探してもそうそういるわけがありません。

私もそれは重々に自覚させていただいておりましたが、自分のせいとはいえ、やっぱりもらえないバレンタインを毎年重ね続けるのは辛く悲しいものです。

そして、授業を休みがちな私でもこの日だけは休まないように気を付けていたのは「バレンタインだから休んだ」と思われるのがイヤだったからです。

誰も私のことなんて気にしてないのは分かっていても、イヤだったのです。自意識過剰なのは分かっていても、何故かそれだけは思われたくなかったのです。

男子中学生は意外と多感で繊細なのです。

そして、私の悲しみの傷跡に塩をすり込むような女どもが数多くいたのも、本当に屈辱的に憂鬱でした。

私が所属していた野球部は結構、モテるヤツが多くて、それはそれで勝手にやってくれてたらいいのですが、私に「同輩やときには後輩にチョコを渡してくれ」という無神経なバカ女どもが1人や2人じゃないレベルでいたのです。

確かに、野球部であるだけでなく、図書室にこもってたり、一人でいることが多い私は、そんな役目を頼むのにうってつけだったのかもしれません。

それにしても、こっちも意識して登校してるバレンタインデーに、周囲を気にして恥ずかしそうに女の子が近寄って来ると、全く心当たりがなくても勘違いしてしまいます。

あるときは、すごく可愛い見たこともない女の子が近寄って来て「こんな子いたか?もしかしたら俺と同じ引きこもりでよく知らなかっただけか?引きこもり同士で恋の花咲くこともある!」と勘違いしたことがありましたが、そんな妄想は「これ〇〇君に渡して下さい!」というまさかの後輩の名前を耳にして、わずか数秒で打ち砕かれてしまったのでした。

それにしても、まともに会話を交わしたこともない女が俺を介してチョコレートを渡そうとするなんて一体どういう神経してるのか、今もって全く理解できません。

そして何よりも、そういう役目を頼むのに全くモテない男を選ぶことが、どれほど屈辱的で残酷なことかもわかっていないのが重大問題です。

先日、リモート飲み会で野球部の面々が集まったのですが、そこに今はオシドリ夫婦となったその女の子と後輩も参加、私は「あのときは一瞬勘違いした。あんなことはモテない男に頼むな!ここで初めて言わせてもらうけどな!」と吐き捨ててやりました。

ところが、その女の子、可愛いおばちゃんになってましたが「初めてとちゃいますよ!結婚式のときも無理矢理スピーチのマイク奪って話し出したやないですか!酔っ払ってたから忘れてるでしょ!」と笑い出しました。

…思い出しました。そういえば、そんなこともありました。

結婚式で、その子からあずかったチョコレートを、粉々に砕いてその後輩のエナメルバッグの中にぶち撒けたことをスピーチすると、その女の子、花嫁さんは「え?!」と初耳な風。

「ひどーい!」と式場には完全アウエーの強風が吹き荒れます。

私が、花婿の後輩に「俺の蛮行を伝えてなかったのか?」と問い糺すと「粉々に砕いたのは先輩だけど、そんなこと言ったら、せっかく作ってくれた彼女を傷つけてしまうから」と、私の暴挙を黙って「美味しかった」とお礼を伝えたというのです。

結果的に、とても優しい思いやりのある花婿さんだということが見事に伝わった良い結婚式になりました…私の意図に反して。




それにしても、中学生のときはあんなに毛嫌いしていたバレンタインデーが、高校になると不思議なことに全く気にならなくなりました。

相変わらずモテませんでしたが、チョコレートを渡してくれと頼まれれば、ヘシ折ったり踏んづけて粉々にしたりする凶行に及ぶことはほとんどなくなり、黙って渡すようになりました。

憂鬱になったり屈辱的な気持ちに沈むことも、なくなりました。

どうしてそうなったのかは、よくわかりません。

あまりにもモテなくて達観したというか、どうでも良くなったんですね、きっと。

そんな憂鬱で悩ましい思い出しかなかったバレンタインデーも、当時の苦い記憶が嘘みたいに見事に消失して、楽しかった笑える記憶として入れ替わってるのですから、本当に不思議なものです。

大人になってからもトラウマとなって消えない心の傷もあるでしょうが、その当時は深く悲しみと屈辱にまみれて鬱の谷に落ち込んだ記憶でも、時間が経つと笑えるようになるものもたくさんあるんです。
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ようやく、お仕事が落ち着いて、お昼はゆっくり蜂の家。

夜飲み歩かないホテル生活は健康的ですが、夜も早いのに真っ暗の東京を見ながら缶ビールは精神衛生上悪い気がします。

カツカレー。1000円。じゃがバター付き。
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〝コロナ前〟よりも混んでる歌舞伎座横にある人気のカレースタンド。

優しい味わいだけど、他にはない不思議なコクと甘みのあるカレー。
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そして、夜。といっても7時過ぎですが。
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そして、夜はYURAKU CONCOURSEの慶屋でカレーうどん。ものすごく久しぶりでいつ以来か思い出せません

ガード下らしく電車の通るそれなりな音が頭の上からガタンゴトンと落ちてきます。
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2畳もない調理スペースにカウンターもキツキツで5席。 歩道にテーブルは2卓。

なんか思い出してきました。ビールは自分で取るんだった。缶ビール400円、カレーうどん(ご飯付き)600円。
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ご飯は最後に投入しておじや風に。

緊急事態宣言が2月7日に解除されたら、この生活ともオサラバ…。解除された街でこそホテル暮らしがいいんですが、そんなこと言い出しても始まらないです。

三省堂でボクシングビート2月号を買って、ホテルに帰り着きました。

今夜はオンライン飲み会。

デパ地下でおつまみ仕込もうと思ってたのに忘れてしまった。

それにしても、オンライン飲み会はやっぱり苦手です。とにかくお誘いがあっても断ってますが、むかーしの友人だったりすると、断りにくいし…。


ああ、でも仕事のオンライン会議はとっとと終わらせやすいからいいです、大好きです。

オンラインは仕事に限ります。

もちろん、プライベートはオフライン。
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めっちゃ図々しい輩と、遠巻きに遠慮する人。

誰でもそうかもしれませんが、私の仕事でも周りにいるのはそんな人種に大別できます。

どっちも面倒臭い人々なのですが、日曜日の夜10時過ぎに電話してきたのは、前者の「めっちゃ図々しい輩」でした。

急なお仕事の依頼か?という予感は外れ「娘の誕生日プレゼントにサンリオワールドで買ってきて欲しいものがある」とのこと。

「今はホテル生活で遠出はしたくない」と断る私に図々しい輩は「そのホテルからすぐ近くなんです」と、今日から気分転換に変えたホテルをなぜか知っていました。

会社には居場所を教えないでと念押ししたはずですが、誰もわしのいうことなど聞きやしない…。
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サンリオワールド。確かにそこにあったことを今まで知らなかったのが不思議なくらいの距離にありました。

前を通ったり、視界に入ってたりはしてたのでしょうが、興味が全くないと存在すら認知出来ないようです。

それにしても「自分の会社の人ではない仕事関係者にプライベートの用事をお願いするって、どういう神経してるんですか?」と嫌味の一つでも言ってやろうと思いました。

んがッ、しかし!まだ札幌勤務前の2014年に国産ウイスキーのモルトの逼迫に恐怖した私が、札幌在住のこの男に超面倒な買い物を余市までお願いした6年以上前の記憶がまざまざと蘇り、嫌味の言葉を飲み込みました。

あのときは「余市って札幌から地下鉄で二駅とかの距離じゃないことは理解していますか?」と嫌味を言われたっけ。

そのサンリオワールド至近に佇んでいるのが YURAKU CONCOURSE有名な〝ワープスポット〟です。
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「有楽コンコース」。名前や出立ちからして、昭和も昭和、終戦直後のバラックのオーラを発散しています。
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小さなネオンは点灯していても、トリスバーもミルクホールもやってません。営業しているのは屋台のようなカレーうどん屋さんだけ。

もはや、映画のセットといっても過言ではありません。
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お店が並ぶ反対側の壁には、何故か任侠映画の古いポスターが延々と剥がれまくっています。
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近代的なビルが立ち並び、地下鉄構内も美しい有楽町ですが、明治時代に建設された赤煉瓦が連なる高架橋の下には昭和の遺物がしっかりこびりついています。

近いうちにあのカレーうどんを啜らねばなりません!

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