フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜

      Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。

カテゴリ: トレーナー/プロモーター/舞台裏の主役たち

他のどのスポーツよりもトレーナーの存在がクローズアップされることもボクシングの面白さを深めてくれています。

ボクシングのトレーナーは、技術や戦略の「コーチ」というだけでなく、試合中に采配を振るう「監督」の性格も強いことが、その要因かもしれません。

レイ・アーセル、エディ・ファッチ、アンジェロ・ダンディ、ナチョ・ベリスタイン、エマヌエル・スチュワード、ブレンダン・イングル、フレディ・ローチ、ロベルト・ガルシア、アベル・サンチェス…。

思いつくままに並べてみても、偉大なトレーナーは明らかにその技術体系を哲学を超えて宗教的にまで性格づけています。

優れたボクサーは長いキャリアの中はもちろん、試合中でもスタイルを変えて戦うバーサティリティを持ち合わせています。

しかし、偉大なトレーナーは自らの哲学、宗教に対して頑固な一神教信者です。悪い意味で言うと、全く融通が利かない。

個人的な今のお気に入りは、月並みですがシュガーヒルとエディ・レイノソ。
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カネロ・アルバレスと自分を軽視する米国メディアに攻撃的だったエディ・レイノソでしたが、2019年に全米ボクシング記者協会とリング誌の年間最高トレーナーに選出されました。

レイノソは「メキシカンスタイル」という言葉を繰り返し使い、母国の伝統を遵守しているように見えますが、ディフェンスを優先徹底して教え込んむ〝二枚舌〟なトレーナーです。

彼の教え子はみな攻撃的に見えますが…。

そのキャリア全てに関わっているカネロ・アルバレスはもちろん、2年前から指導しているオスカル・バルデスにも最初に手をつけたのはディフェンスでした。

「メキシカンは打ち合いから逃げない。メキシカンスタイルは打撃戦だ。しかしそれは打ちつ打たれつや、肉を斬らせて骨を断つなんて破れかぶれ戦法ではない。メキシカンスタイルは我々が一方的に攻撃する打撃戦だ。メキシカンスタイルにおいて、最も重要なことは攻撃ではない」。

きわめて少ないサンプルながら、この指導法でダメになってるのはルイス・ネリくらいです。レイノソは「まだ教習中」と言いますが、いまのところ牙を抜かれた犬になってます。

実際のメキシカンスタイルが、レイノソの否定する「肉を切らせて骨を断つ」が本質であることはフリオ・セサール・チャベスから防御的とみられるファン・マヌエル・マルケスまで共通しています。

また、カネロがゲンナディ・ゴロフキン第1戦やダニエル・ジェイコブス戦で見せたように、対戦相手に危険な匂いを感じると躊躇なくディフェンスモードにスイッチし、12ラウンドをクルーズ、メキシコファンからブーイングを浴びています。

偉大なトレーナーは誰もがそうですが、レイノソもまた実にしたたかな一面を持っています。

そして、レイノソが使うテキストは、歴史に残るメキシコのグレート。
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ジョー・メデル、ヒルベルト・ローマン、マンティキーラ・ナポレス、フリオ・セサール・チャベス…彼らのビデオを何度も繰り返し見せるそうです。

メデル、ローマンを最初に挙げてくれているのが嬉しいじゃないですか!米国のファンはまず知らない名前です。しかも、二人とも〝メキシカンスタイル〟じゃない…。

「メデルのロープとリングの使い方、ローマンの身のこなしとコンビネーションは最高の教科書」。

さすがよくわかってらっしゃる。その通りです。
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シュガーヒルが「サンダースに勝機はある。ただしボクシングをしようとしてはダメ。KOを狙うんだ」と、いつもの逆張りを見せてくれました。

いいですねえ〜、シュガーヒル。全く独断と偏見ですが、21世紀で最も魅力的なトレーナーです。

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There is nothing else to do. You can outbox someone for ten or 12 rounds and the decision goes the other way still because it’s somebody else’s opinion and decision. 

KOしかない。KOでなければ、勝ったつもりでも、公式判定では負けなんてことが当たり前に起きる。他人に勝敗を委ねるのが判定だ。勝利は自分の拳で掴み取るもの、それにはKOしかない!

「遠くの星を目指してロケットを打ち上げれば、ちょっと足りなくても月には着陸できる。ビリー・ジョー、自分を安売りするんじゃないぜ」。

いいわぁ〜。

「タイソン・フューリー」 で世界を驚かせた実績がありますから、適当なこと言いやがってとなりません。

ただ、フューリーじゃなくてサンダースなんですよね…。馬鹿PFPキングのサンダース。
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日本ボクシング史を振り返ると、世界に誇るエースが拳を振るい、彼を支えるジム(プロモーター)の存在がありました。

エースの系譜を紐解くと、日本ボクシングを支配していたプロモーターの姿がわかりやすく浮かび上がってきます。

タフ・ネゴシエイションをくぐり抜け、傘下の選手に有利な条件で試合を成立させるのがプロモーターの仕事です。

ターゲットが明らかな白井義男やファイティング原田の1団体時代よりも、団体と階級が量産されている現代の方が、プロモーターの役割が大きくなっているのは間違いありません。

WBAからWBCが分離独立した1966年当初、JBCはWBCを認めていませんでした。このあたりの硬直的な体質は55年後の現在にも遺伝している癌細胞です。

1970年に世論に押される形で、ようやくWBCが認知されますが、世界王者が二人存在するという矛盾にジュニアフェザー級やジュニアフライ級の新設が続き、ボクシング界は魔宮に迷い込んでしまいます。

フライ級の白井、フライ・バンタム級の原田の前に立ち塞がる世界王者は、地球上にたった一人しかいませんでした。そこには道案内も道標も必要ありません。まっすぐに伸びた一本道を突き進んでいけば良いだけです。

しかし、跳梁跋扈の魔宮では、道標が必要です。

フライ級の強豪王者を回避してジュニアフライ級を狙う。挑戦機会の少ないフェザー級ではなく、ジュニアフェザー級に活路を見出す。

ボクサーのキャリアをデザインするのがプロモーターですが、その傾向はより濃厚になってゆきます。
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1966年8月20日の世界王者一覧(リング誌から)。10人の世界王者全員を把握しているボクシングファンも多かったでしょう。

そして、フライ・バンタムの王者でも、堂々とメインイベントのリングに上がっていました。しかし、現在の超軽量級はメガイベントの前座が最も報酬が高いという、添え物階級に成り下がってしまいました。




★1950年代:白井義男(フリーエージェント)

★1760年代:ファイティング原田(笹崎)

★1970年代:輪島功一(三迫)/大場政夫(帝拳)/具志堅用高(協栄)

★1980年代:具志堅用高(協栄)/渡辺二郎(大阪帝拳)

★1990年代:辰吉丈一郎(大阪帝拳)

★2000年代:長谷川穂積(真正=帝拳)

★2010年代:井岡一翔(井岡→フリー)/亀田興毅(協栄)/井上尚弥(大橋=帝拳)/村田諒太(帝拳)


団体分裂から日本ボクシング界をリードしたのは協栄、そして帝拳でした。

具志堅用高を擁して勢力を拡大した協栄の手法は、白井義男から続く「肥沃な日本市場に依存した20世紀型」。

米国への窓口を広げて、ジムの垣根を越えて有力選手の代理人を担った帝拳は「世界進出を掲げた21世紀型」のプロモーターでした。

マイク・タイソンの2試合をプロモートして、世界的なプロモーターとして認知された帝拳は、三浦隆司や亀海喜寛、中谷正義ら、米国で需要があり実力者とも対戦できる機会が多いクラスの選手を積極的に太平洋を渡らせ、大きな道筋を作りました。

世界挑戦のチャンスがままならない、世界トップの実力も怪しい亀海が日本で戦っても1000万円の報酬を安定的に手にすることは難しかったでしょう。しかし、米国では事情が違うのです。

それは、従来路線の協栄とは一線を画す偉大な功績です。

米国のプロモーターはもちろん、コアなファンにも「日本選手は規律を重んじ、体重超過や試合を諦めることは絶対にしない」と評価を得ているのは三浦や亀海の奮闘努力と、帝拳のお陰といっても過言ではありません。

しかし…ジュニアフェザー級以下の軽量級における、特にエース格のボクサーのマネジメントは欺瞞に満ちたものでした。

長谷川穂積と西岡利晃、そして井上尚弥。 ウェルター級の亀海とは全く事情の違う、米国で需要の低い超軽量級の3人ですが、正直に「ラスベガスに夢はない」と言ってしまうのはビジネスとして難しいのは理解できます。

もし、人気階級でもこの3人のレベルのボクサーが日本にいたなら、胸を張って米国に送り出し、超軽量級の選手は基本的に国内限定で棲み分けが出来たかも知れません。

しかし、現実には世界基準にあるのは、米国では全く関心が払われない超軽量級…。 

帝拳は、協栄と同じように、禁断の果実に手を伸ばしてしまいます。 
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WBCがまた新たな「メキシコ・ベルト」を作成しました。

カネロ・アルバレスvsビリー・ジョー・サンダース(5月8日:テキサス州アーリントン・AT&Tスタジアム)の勝者に贈られるものです。
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2017年以降、WBCはメキシコ文化の振興を図るため、シンコ・デ・マヨの週末にメガファイトと認めた試合でこの記念ベルトを提供してきました。

ロデオに似たメキシコのスポーツ、チャレリアのディテールがベルト部分にピタ刺繍の細工が施されたWBCメスティソ・ベルト。

レイジェスのロゴも見えます。
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ピタはオアハカ、チアパス、グアテマラでしか生産されていないリュウゼツランから採れる繊維。

手作業で植物の皮をむき、繊維が出てくるまで、長い葉から不純物・残留物を丁寧に取り除き、塩とレモンで何度も洗浄し、日干し乾燥させることで、真珠のような光沢のある白さに仕上がるそうです。

このベルトは「カネロvsゲンナディ・ゴロフキン第1戦」で作成されたメキシコベルトが最初ですが、当時はゴロフキンとの試合を急かすWBCがカネロの逆鱗にふれ「汚らわしいWBCベルトはリングにあげるな」と〝お蔵入り〟になった経緯がありました。

その後、WBCはカネロに土下座的に謝罪、現在は関係修復したようです。
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リング誌電子版が「当初日本開催が計画されていた井上尚弥のIBF指名試合(vsマイケル・ダスマリナス)が6月19日にラスベガスで開催される」と報じました。
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“The problem in Japan is that if you’re a foreigner and you go in you got to do 14 days quarantine,” Arum said of rules there that are related to the coronavirus pandemic. “So, no fighter can go in and do 14 days quarantine and get ready for a fight.”

ボブ・アラムは「日本の〝14日間隔離ルール〟ではどんなファイターでも試合に臨むことはできない」と米国開催になった理由を説明しています。


しかし、今日行われたSAISON CARD CUP 2021でU-24アルゼンチン代表が来日したのは、二日前の24日です。

アルゼンチン出国前に厳格な感染対策、空港内での抗原検査が実施されたのは当然ですが「14日間隔離ルール」は、全ての来日外国人に適用されるわけではないと思われます。

サッカーのナショナルチームと比べると、遥かに少人数のダスマリナス陣営を日本に入れるハードルはそこまで高かったのでしょうか?

もちろん、14日ルールの詳細を知らない私の穿った見方かもしれません。ましてや、ボクシングファンにとって世界で最も信用できない怪老の言葉です。

老獪は「たまアリのドネア戦」のような興行収入が期待できない状況では、日本に高い放映権を買わせることができる米国開催の方がウマミがあると睨んだのでしょうか?

真意はわかりませんが、いずれにしても今回も井上に対するリスペクトが微塵も感じられません。

日本国内の報道からも、ダスマリナス戦が内定していることは伝わっていましたが、日程や会場は未定のままでした。

この種の情報をESPN(トップランク)でなくリング誌(ゴールデンボーイプロモーションズ)が報道したことには違和感しかありません。

これまでもESPNは「井上は米国ではマニアしか知らない無名」と繰り返すなど、どう考えても井上をサポートする「味方」ではなく、日本からの放映権料を釣り上げることしか興味がないように映ってしまいます。

先日の「中谷正義vsワシル・ロマチェンコ」など人気階級は、ESPNが「source」と鼻の穴を膨らませて、自慢げに報じているのですが…。

Arum said that should Inoue, a three-division world titleholder, defeat Dasmarinas it was unclear what sort of bigger fight he would pursue.

“Who’s the big fight for him? I think he’s going to go up in weight,” Arum said, adding that was by no means set in stone.
 
アラムは「井上はパッキャオになる」と適当な発言に終始していましたが、今回のリング誌報道でも「ダスマリナスに勝てば、どういう方向のビッグファイトを目指すのかははっきりしていない。私が思うには、井上にとってのビッグファイトは階級を上げることじゃないかな?」と、バンタム級の2団体統一王者への興味は感じ取れません。

“We can make that fight down the line. That would be a good fight,” Arum said.

「近い将来、WBO王者ジョンリール・カシメロとの統一戦を実現させる。これは良い試合になる」とRing tv.で語っていますが、いつものノリではありません。

実質PBC傘下のカシメロ戦は、アラムにとって「丸儲け」にはなりません。

アラムは「ノルディーヌ・ウバーリのプロモーターとは近い関係にあるから、こっちの試合の方が成立させやすい」とも。

いずれにしても、トップランクの今年上半期最大のイベントは5月22日の「ホセ・ラミレスvsジョシュ・テイラー」のジュニアウェルター級の完全統一戦、これしかありません。

テオフィモ・ロペスとの関係が冷え切ってることを考えると、上半期ではなく今年一番のイベントになりそうで、トップランクも落ちぶれました。

このジュニアウェルター級の大一番は「MGMグランドかマンダレイベイで観客を入れて行う予定で、このイベントを踏まえて、井上の試合で観客を入れるかどうかを考える」ということです。
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高校時代、最も楽しみにしていたのは、ニューヨークタイムズやタイム誌、スポーツイラストレイテッド誌などが茶色い厚紙に包まれて、半月に一度か10日に一度、高校にドサッと届けられる日でした。

厚紙を大きなハサミでジョギジョギ切り開くと、洋雑誌特有のインクだか紙の匂いがふわっと広がり、日本にはない薄くて頼りない紙質の雑誌がザザッと床まで滑る…そんな光景からも遠いアメリカを体験した気分になってました。

アメリカのスポーツ情報を伝えてくれる雑誌や新聞…〝彼ら〟には、こんな田舎の高校までよく来たなあという愛おしい思いが抑えられませんでした。
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1980年代中盤、プロボクシングは米国スポーツの中で、まだ存在感を保っていました。

モハメド・アリの引退でヘビー級は衰退、中量級にスポーットライトを向けさせたシュガー・レイ・レナードも1981年に引退、ヒーロー不在の米国リングを牽引していたのは、ヒールのオーラを発散させたマーベラス・マービン・ハグラーでした。

無愛想でひたすら強いハグラーは、アリやレナードが身にまとっていた華麗や洗練とは無縁でしたが、強さの塊でした。


世界王者が対戦を避けるUncrowned Monarch(無冠の帝王)が実在すること。

Undisputed Champion(議論する余地のない王者)とは、他の誰にも王者を名乗らせないこと、すなわち完全統一王者を意味すること。

「王者を倒した者だけが王者」。Lineal Championという、チャンピオンシップ制の哲学。

Pound For Poundは意味の無い妄想でも、専門家投票による「満票(全員一致の1位)」にはある程度の価値があること。

…私に虚々実々のボクシングの世界を教えてくれたのは、ハグラーでした。

スポイラ誌の英語を読んで、ボクシングマガジンやナンバー誌の日本語で〝答えあわせ〟をする楽しい作業は、知らないうちに深い英語力を習得させてくれていました。

私にとってハグラーは世界のボクシングの伝道師で、英語の先生でもありました。
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ウィルフォード・シピィオン戦(1983年5月27日:4ラウンドKO勝ち)はIBF初代王者決定戦でした。承認団体の増殖は偽物王者の乱造につながりますが、ハグラーの強さは正真正銘の本物、リングの中には嘘はありません。

1980年にリング誌が 年間Pound For Poundランキング(Best Fighter Poll)を立ち上げ、ハグラーは83年から86年まで4年連続でキングの座を守りました(85年は満票)。

4年連続PFPキングは、のちにフロイド・メイウェザー(2011〜2014年)が並びますが、退屈なタッチボクシングに終始するマネーと、恐怖の絶対王政を敷いたハグラーとでは衝撃度は比べようもありません。



▶︎▶︎▶︎1954年、ニュージャージー州ニューアークで6人兄弟の長男として生まれたハグラーには父親の記憶がほとんどありません。

父親はハグラーが生まれてまもなく失踪してしまったのです。

母子家庭で生きてゆくには、治安の悪さで有名な黒人ゲットーはあまりにも危険で、過酷な環境でした。

それでも、母親のアイダ・マエ・ハグラーは昼夜を問わず働き詰めて、家族を守りました。

マービンは母親を尊敬し、ドラッグや犯罪には一切手を染めずに成長しましたが、物心ついた頃には「黒い肌を持つ人間はスポーツか音楽で成功しない限りは浮かばれない」ということを骨の髄から理解していました。

少年の目に、MLBのミッキー・マントルやウィリー・メイズ、  NBAのウォルト・フレイジャー…フィールドやコートで躍動する彼らの黒い肌は、どこまでも輝いていました。

もちろん、最もまぶしい光彩を放っていたのはモハメド・アリでした。
 

1960年代になると、ニューアークでは黒人暴動が頻発、アイダは家族の危険が喫緊に迫っていると感じて街を出ます。

1969年、行き着いた先は、マサチューセッツ州ブロックトン。

「この町でも黒人の私はスポーツチームの仲間に入れてもらえないだろう」。そう諦めていたハグラーでしたが、母親がブロックトンを選んだのは神の配剤としか考えようがありません。


様々な偶然と奇蹟が重なり合って、やがて一つの必然に結実してゆくのです。

ハグラーの一家が流れ着いたブロックトンは「The Blockton Blockbuster 」で有名な街でした。

「ブロックトンの高性能爆弾」。そうですロッキー・マルシアノのホームです。

ハグラー母子がブロックトンに移り住んだ1969年、49戦全勝43KOで引退したマルシアノは搭乗していたセスナ機が墜落、45歳の短い生涯を閉じました。

弔意に沈むブロックトンの街角で、マービン少年は薄汚く破れたポスターが風になびいているのを手に取ってしまいます。

なぜか剥がし忘れられていたフロイド・パターソンの試合を宣伝するポスターでした。

貧しい母子家庭では学校に通う余裕などなく、皮革工場で働いていたマービン。憧れていた野球やボクシングの選手になる夢は潰えかけていました。

しかし、パターソンのポスターを見て、彼の頭の中で、何かが弾けました。
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実はこの1969年、マルシアノはボクシングを通じて意気投合した同じイタリア系の兄弟とブロックトンでジムを開設する予定でした。

グッディとパットのペトロネリ兄弟です。彼らの夢は、マルシアノの不慮の事故で散りかけますが、ジムはなんとかオープンに漕ぎ着けます。

古ぼけた金物屋の2階にあるペトロネリ兄弟ジム。

バス停から家路に付く前にマービン少年は、このジムを覗くのが〝日課〟でした。

サンドバッグを叩く音、リングにきしむシューズの音、アスリートの汗とワセリンの匂い。

練習して、強くなりたかった。自分もやってみたかった。

しかし、ペトロネリ兄弟は、マービンにとって一人も知り合いのいない白人。さらに、自分は貧乏でジムに通うお金なんてありません。

少年は明くる日も、その次の日もジムに来ましたが、黙って座っているだけで、いつも一人でトボトボ帰って行きました。

5日目の夕方、グッディが声をかけました。

このタイプの少年はよくいます。向こうから話しかけてこない限り、最初は無視することにしていました。

5日通ってきたらこっちから声をかける、それがペトロネリの流儀でした。
 
「ボクシングをやりたいのか?」 
 
少年はおどおどしながら言葉を絞り出しました。

「ボクシングを教えて欲しいけど、お金が無い。死にもの狂いで練習してチャンピオンになったらおカネを返すから、それまで教えて下さい」。

少年は、5日間ずっと胸に秘めてきた思いをボソボソと小さな声で思いを伝えました。

グッディの答は…ノーでした。

「私も貧しい。みんな貧しい。 君だけをタダで教えるわけにはいかない」。 

「お金を貯めてまた来るからそのときはお願いします」と言って立ち去る少年の背中にグッディが声をかけました。

「どこで働いてるんだ?やる気があるなら、ここで雇うぞ。煉瓦の運搬だ。お前がどこで働いてるか知らないが、そこよりもずっとキツい。給料は同じくらいかそれ以下かもしれないが、ジムのすぐそばだ。仕事が終わったらすぐに練習できる」。 

笑うことなどできないんじゃないか、というくらいにいつも強ばっていた少年の表情がパッと明るくなりました。

「本当ですか?お願いします!」。



痩せっぽっちで内向的な少年は、リングに上がると豹変しました。

アマ戦績は62勝3敗2分、そのうち何と52のストップ勝ち(諸説あり)。

全米ゴールデングローブ大会でも優勝、モントリール五輪を狙える逸材でしたが、家計を助けるため、そして1日でも早くペトロネリ兄弟に恩返しをするために、迷わずプロに進みます。

1973年3月18日、ブロックトンで2回KOデビュー。ファイトマネーはわずか50㌦でしたが、マービンは全額、ペトロネリ兄弟に渡します。

「少ない金額だけど、今までお世話になった分を、これから返して行きます」。 

ペトロネリ兄弟は笑った。「誰がデビュー戦の50㌦をネコババするものか。記念のデビューだ、全部君のものだ。お母さんに渡してあげなさい」。

マービンも気が済みません。

「お世話になりっぱなしだ、はした金なのはわかる。でも私の気持ちを受け取って欲しい。二人への感謝を形にしたいんだ」。

兄弟はまた笑った。

「だから、気持ちをもらうと言ってるじゃないか。君が100万㌦ファイターになったら、きっちりネコババしてやるから、それまで今日のことをよく覚えておけよ」。 

マービンは「100万㌦は稼げないかもしれないけど、死ぬ気で頑張る。次の試合からマージンを引いて下さい」とお願いすると、心の中で「ペトロネリの恩は一生忘れない」と自分に誓いました。



ペトロネリ兄弟は「器用じゃないが飲み込みが早くて、何よりも体が強い、しかもサウスポー。世界王者になるかもしれない」と直感していましたが、だからといってハグラーを特別扱いはしませんでした。

「私たちが教えた1000人以上の大切な選手たちの中の一人がハグラーだっただけ。それ以上でもそれ以下でもない 。私にとってゴールデングローブの予選を目指す10歳の選手も、世界統一ミドル級王者も全く同じ大切な教え子だ」。 

その姿勢を間近で見てきたハグラーは、有力プロモーターから殺到する誘いを断り続け、ぺトロネリ兄弟とのマネジメント契約を生涯貫きます。

ハグラーの強さは、信念の強さでした。

裏切りと欲望が渦巻くボクシングビジネスの世界で、弱小のペトロネリ兄弟とのメネジメントを引退するまで貫いた仁義は、世界挑戦の機会を遅らせ、ときに不当な判定を突きつけられた原因だったかもしれません。

しかし、トップランクに丸抱えされていたら、あの不撓不屈の、憎たらしいまでに強いハグラーが出来上がっていたでしょうか?


ああ、でもそんなことは、きっとどうでも良いことです。


ペトロネリ兄弟との仁義を貫くことで、ハグラーのボクシングキャリア、いいえ66年間の人生は間違いなく幸せだったはずなのですから。
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ボクシングの試合は、基本的にカネがある方のホームで行われます。

常識的に考えれば、挑戦者は王者の牙城に攻め入るべきです。あるいは、ホーム&アウエーで2試合。

しかし、そんなお花畑の寝言はボクシングでは通用しません。

日本人が戦った世界戦のほとんどが国内で行われていることからも、誰にでもわかることです。

もちろん、外国人の王者や挑戦者にとってもファイトマネーが高い日本で戦えることは望むところ、理想的なWin−Winの関係です。 

しかし、ある意味でボクシングよりも世界に対して閉鎖的だった野球やサッカーが、米国や欧州の「最高峰の舞台」を目指すようになり、80年代までギリで「世界で戦う日本人」の象徴だったボクシングは置いてけぼりを食っています。

世界チャンピオンの前にヘンテコなアルファベットがくっ付き、いつも日本で行われる世界タイトルマッチを繰り返す…。

興行側は「野球やサッカーのような最高峰の本場で戦う姿を見せなければならない」と考えるのは当然で、選手側も「欧州のトップリーグやMLBで活躍するように、ラスベガスで戦いたい」と希求するようになりました。
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最も高額のチケットは転売されて35万1000ドル。米国のメガファイトから伝えられるニュースに「バンタム級でも似たことが起きる、だって同じボクシングだから」という無知な発想も刺激しました。

サッカーや野球は、日本にはありえないような大きな舞台が海外に存在します。

しかし、日本人にとって、特に軽量級のボクシングではそんなものは一切存在しません。歴史上、一度も存在したこともありません。

ビッグイフですが、もしマニー・パッキャオが日本人なら、オスカー・デラホーヤ戦までのほとんどの試合は日本で挙行されていたでしょう。 

「デラホーヤ以降」は日本では用意できないファイトマネーがPPVで保障される米国のリングがメインになるでしょうが、それでも日本での凱旋試合は定期的に行われたでしょう。

フロイド・メイウェザー戦は、日本のメディアや企業が総力をあげて〝村田諒太〟を凌駕する巨大な神輿を組み上げ、東京ドームに強引に招致したかもしれません。

プロボクシングはアマチュアではありません、プロである限りカネがある場所で戦うのは当然、そこで用意される報酬が視聴者から集金したPPV であろうが、ハメドや西岡、井上のような母国からの手厚いバックアップであろうが関係ありません。

選手報酬で1位でない大坂なおみが世界最高報酬の女子アスリートに君臨しているのは日本企業から巨額のスポンサー収入を得ているからです。

東欧や南欧、東南アジア、アフリカ、中南米で生まれるのと、日本で生まれるのとではその収入は全く違うのです。

日本の有力プロモーション、巨額のテレビ放映権という後ろ盾がないままの井岡一翔の値段(2018年9月8日:THE SUPER FLY@カリフォルニア州イングルウッド)は、2万5000ドルでした。 

当時、三階級制覇の井岡は日本やアジアのボクシングファンで知らない人はいないビッグネームでしたが、軽量級への関心が異常なまでに低い米国では全く無名。アジア人であるハンディを差し引いても10万ドルの値札はとても付けられないのが現実です。

昨年末の「井上尚弥vsジェイソン・マロニー」で、その報酬について大橋秀行会長は「コロナの中でも当初の提示どおりの100万ドル。このまま防衛戦を重ねていけば天文学的な数字になる」と語ってしまいましたが、トップランクやカリフォルニア州アスレティックコミッションから井上の報酬は明らかにされていません。

現在、スター街道を走っているテオフィモ・ロペスがトップランクが次戦の報酬として提示した125万ドルに不満を爆発させたニュースを聞いて、井上信者は何を思うのでしょうか。

ESPN本体ではなく配信サービスで提供されたバンタム級の試合で100万ドル。リング誌やESPNなどの専門メディアでも戦前予想や記事も極めて少なく、ひっそりと行われひっそりと終わったあの試合で100万ドル。

前例は少ないものの、ハメドのケースと構造は同じです。パッキャオのように力づくでアメリカをねじ伏せる方が格好良いのは当然ですが、ボクシングはビジネスの世界。

高額の〝憧れ料〟は、日本のファンを喜ばせる〝演出料〟です。

日本人なら誰でも〝演出料〟を支払ってくれるスポンサーはつくわけではありません。日本で認められたから、世界への切符が用意されるのです。売れないミュージシャンに、ニューヨークでレコーディングのご褒美なんてありえません。

プロとして胸を張って良いことです。

テニス世界ランク40位以下の錦織圭が、世界アスリート長者番付で並み居るスター選手を抑えて40位にランキングされているのを揶揄する人はどこにもいません。

当たり前です、何も恥ずかしいことをしていないのですから。むしろ、プロとして全く誇らしいことです。

では、どうして西岡や井上には批判も出てしまうのでしょうか?

簡単な話です。「米国に需要があって100万ドルが用意された」ような誤解を意図的に誘導したからです。最初から、ありのままで良かったのです。

「あのタイソンやパッキャオが上がったMGMグランドのリングに西岡が上がります。これ、本当に大変なこと、大偉業なんです」ではなく「ビッグファイトでお馴染みのガーデンアリーナではありません。ボールルーム(宴会場)です。報酬も日本の半分以下と聞いています。しかし、ここでラファエル・マルケスと戦う価値はそんなものでは測れません」で良かったんです。
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それにしても、日本人は恵まれています。

トップランクの秘蔵っ子としてついにスターの階段に足をかけたテオフィモ・ロペスですら自分の待遇に不満を爆発、ボブ・アラムへの不信感をあらわにしています。

テオフィモが日本人なら…井上ですら100万ドルですから5〜6倍の収入が約束されていたでしょう。

23歳のテイクオーバーは自身が望んだとはいえ、ジョージ・カンボソス戦の競争入札の結果に「600万ドルで落札してくれたトリラーに感謝する」と喜ぶ一方で、3社競札で最低価格を提示したトップランクに「正直、傷ついた。マッチルームが参戦すると聞いて、トップランクは戦ってくれると思ったのに」と幻滅しています。

“(Top Rank president) Todd duBoef once said a couple of years ago that the promoters don’t need the fighters. I’m sure he’s thinking about that now. We’ll see.”

「これはビジネス。ファイターがプロモーターを必要としているように、プロモーターもファイターを必要としているはずだ。しかし、数年前にトップランクのトッド・デュボフ会長は『プロモーターにファイターは必要ない』と口にした。今もそのつもりなら、こっちもそのつもりだ」。

喧嘩腰です。

スター育成に定評のあるトップランクは、テオフィモも温室促成栽培で売り出します。

「ブルックリン育ちのホンジュラス移民の子」として、デビューはパッキャオの前座を用意。WBCコンチネンタル・アメリカ、NBAF、USBAなどのタイトルを与えながら15戦目で世界挑戦、16戦目でPFPキングのロマチェンコ攻略と、トップランクが路線図に描いた線路を着実に(vs中谷正義は違うけどな!)トレースしてきました。

トップランク側には「うちが育てなきゃ今頃どうなってたかわからない」という自負があるでしょう。

テオフィモには「俺がトップランクのエースじゃねえのか?」という自信があるでしょう。

選手とプロモーターの確執、これは永遠になくなることはありません。

〝アリ法〟以前の〝奴隷契約〟の時代よりはマシとはいえ、無名相手とはいえテオフィモの完全統一王座の初防衛戦。125万ドルはないと思います。

競札でトップランクの提示額が飛び抜けて低かったというのも、そりゃショックでしょう。

日本に呼んであげましょうか、テオフィモ。もちろん、リング誌を含めた5つのベルトは置いて帰ってもらいますが。 
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Saturday 27, February 2021
Hard Rock Stadium, Miami, Florida, USA  

Super Middle Contest, 12 Rounds
Ringmagazine 
Super Middle Title
World Boxing Council World Super Middle Title
World Boxing Association Super World Super Middle Title


昨年12月19日、アラモドームで苦戦も予想されたカラム・スミスを一方的な判定で下してからわずか71日、カネロが日本時間28日(日)にリングに戻ってきます。

対戦相手はイスタンブールの〝ミスター・ロボット〟 イルディリム。

29歳のトルコ人は2019年2月23日(アンソニー・ディレル戦=負傷判定負け)以来、2年と4日ぶりのリング。BoxRecではinactive、引退扱いです。

スーパースターが登場するリングはいつだってメガファイトですが、これほど冷めた目で見られるメガファイトは記憶にありません。

プライムタイムど真ん中のPFPキングに、世界基準での勝利は一つも無いローカルファイターが挑む…オッズは悲惨なことになっています。
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ウィルアムヒルではカネロ勝利が1/50(1.02倍) 、イルディリム14倍。カネロ1/200(1.005倍)なんて数字も叩かれています。 

リング誌などは、トルコが舞台になったシリーズも制作された「ミッション・インポシブル」にひっかけて報じていますが、トム・クルーズがミッション・インポシブルを完遂するのは映画の世界、リングの上ではありません。

イルディリムのトレーナーはティモシー・ブラッドリーやアブネル・マレスを研磨したホエル・ディアス。

「チャンスは誰にだってある。カネロは現代最高のボクサーと言われているが、アブニも多くの可能性を秘めている。リングの上ではなんだって起きるんだ。アンディ・ルイスJr.がアンソニー・ジョシュアをノックアウトするなんて誰が予想したか?二つの拳をスイングしあうリングの上ではなんでも起きるし、起こせるんだ」(ディアス)。

イルディリムは「試合前にあまり大げさなことは口にしたくない。準備はできている。1日2回のハードワークを通じて素晴らしいコンディションを作ることができた。自分とトルコのために戦う」。

トルコのボクサーと聞いて記憶に新しいのは〝ミニ・タイソン〟セルチュク・アイディン史上初の世界王者の期待を乗せて進撃しましたが、夢は叶わず。

もし、イルディリムが大番狂わせを起こすようなら、ルイスJr.どころかバスター・ダグラス級の衝撃です。
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先日、ミゲール・ベルチェルトを攻め落としたオスカル・バルデスはチーム・カネロの先鋒。今週はエースの登場です。=画像は「俺が負けると信じてた人たちはもう何も言えない、黙ってなさい」の〝シー〟ポーズをご機嫌で決める陣営。

「バルデスvsベルチェルト」は専門家予想でこそ超大番狂わせでしたが、戦後の記事でアップセットの記述が控えめだったように番狂わせとは捉えにくい試合でした。

カネロを支えるエディ・レイノソは「イルディリムは我慢強いファイター。ディレル戦も勝っていたのに不運な判定に泣かされた。土曜日の夜に我々の前に立ちふさがるのは、鋼鉄の根性で向かってくるファイターだ。ただ、ハートはカネロの方が上だ。いくつかの作戦を用意している」と静かに語るだけ、油断は微塵も感じられません。

舞台はマイアミ、ハードロック・スタジアム。NFLマイアミ・ドルフィンズの本拠地です。

アメフト時でキャパ7万5000人、フロリダ州の収容制限はどうなっているのか不明ですが、ラスベガスなどのカジノではない巨大スタジアムでのイベントには胸が躍ります。

といっても、それはよほど酷いマッチメイクでなければ…の話です。 

さすがに、番狂わせは無いでしょう。カネロの前半ストップ。それしか予想できません。 
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天気予報通りに朝から強い雨。

ぬるい雨です。春が近い。


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テオフィモ・ロペスがトップランク離脱も辞さないと、強気の条件交渉を展開しています。

ライト級のUndisputed Champion(WBCフランチャイズを正統と認めるのなら、ですが)テオフィモの次戦は、IBFの指名挑戦者ジョージ・カンボソスを迎えた防衛戦を予定しています。

しかし「125万ドル以上の報酬は用意できない」というトップランクとの間に軋轢が生じているのです。

「私は実力と人気共にライト級最高。全階級を通じても最も価値のあるボクサーの一人だ。このことを認めない人はいないだろう。正当な報酬が約束されないのならカンボソス戦はトップランク抜きでも構わない」。

井上尚弥が100万ドルならテオフィモは10倍もらってもいいはずですが、井上の場合は日本からの分厚いスポンサードを反映した金額です。

「ゲート収入が期待できず、カンボソス相手では PPVも打てない現状では125万ドルが精一杯」というトップランクの言い分もわからなくはありません。

もし,試合報酬を巡る交渉がまとまらなければ、IBFは日本時間19日に競争入札を実施することが決まっています。

入札に勝ったプロモーターが試合を主催するのです。

万一、テオフィモの取り分が125万ドルを下回る場合は、2018年にトップランクとESPNで交わされた7年契約によると、残りをESPNが補填することになっています。

これ、どうでしょうか?両者の取り分が7:3とすると、テオフィモの125万ドルを上回るには入札金額は約180万ドル以上が必要です。

ゲート収入とスポンサー料が制限されるコロナ下では厳しい数字に見えますが、PBCやマッチルームの横槍が入ると入札金額が一気に跳ね上がる可能性もあります。

これは、なんとなくトップランクがテオフィモにひれ伏す気配が濃厚です。

トップランクが傘下に収める最大のスターはタイソン・フューリーですが、こいつはフランク・ウォーレンやMTKグローバルなど多くの利権が絡む文字通りの大巨人。トップランクが気を使う存在です。

ウェルター級の駒も不人気で貧乏神のテレンス・クロフォードだけ、実質テオフィモ頼りというトップランクにとって、テオフィモの要求を撥ね付けることは出来ないかもしれません。

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父親が転勤族で。小学校は盛岡や福島で過ごしたこともありました。

札幌や大阪、兵庫、広島…いろいろ転々しましたが、純朴な強さを静かに感じられた東北が、私の核を作ってくれたような気もします。

私はいつまでたっても、薄汚れて弱くて喧騒なままですが、なりたいのは純朴で強くて静かな人間です。

大酒飲んでたところに「ここが震源地でありますように」というような大きな揺れに見舞われて。

ニュース速報と、友人からの携帯メールがわっときて。

私が関西から上京した80年代後半、たくさんの人から、東北時代の方も「地震に気をつけて」と言葉を寄せていただきました。

当時も「大地震は近いうちに起きる」と信じられていましたし、そしてそれは「東京」を巻き込む「東海大地震」でした。

どうでも良い話がしたいです。
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高校時代の野球部の同期で、カツ丼を食うたびにその画像を送ってくる現在英語教師がいます。送ってくるのは、カツ丼だけなんです。

でも、そいつが「カツ丼」以上に面倒臭いのは、大の清原信者だということなんです。どっかで書いたかもしれません。ここでは〝キヨマー〟にしましょうか、仮名。

学校でも生徒に「君たちには誰からも応援されるイチローや松井になってほしい。でも、味方からも応援されない時期が人生の中では訪れるかもしれない。それでも、堂々とバッターボックスに向かってフルスイングする清原のような心の強さも持ってほしい」なんて語るそうです。

私たちと酒を飲んでても「清原ほど心が弱い奴はいない」「暴力団とつながってる」「覚せい剤やってるにきまってる」と責められながらも「イチローや松井に、あんな逆風が耐えられるか!」「そんなことやるわけないやろ!」と頑張ってた男でした。

しかし、ご存知のように、2016年2月2日に覚醒剤取締法違反容疑で現行犯逮捕されてしまいます。

それから、2月にキヨマーを囲んでお酒を飲む会が、我々の間で粛々と催されているのです。

甲子園で鮮烈な印象を残して、プロでも高卒1年目では空前絶後の打棒を振るった清原は、多くの人にとって特別な存在です。

個人的な感覚ですが、私の母親世代に支持者が多い気がします。

何れにしても人気者です。

それにしても、人気ってなんなんでしょうか?

イチローが甲子園で清原級に活躍していたなら、その人気はもっと突き抜けてたのでしょうか?

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ボクシングでもマイク・タイソンのようにメディアを巧みに巻き込んだ「造られた人気者」もいれば、マニー・パッキャオのような誰も望んでいないのに土足でスターダムに駆け上がった「厚かましい人気者」もいます。

リング誌でも、引退から15年以上経ったタイソンや、親会社ゴールデンボーイ・プロモーションズの宿敵パッキャオは特集すると売り上げが伸びる黄金コンテンツです。

タイソンやパッキャオが人気なのは、ボクシングファンなら誰でもわかります。

二人は試合がとにかく面白かった。

彼らのような突出した魅力はなくても、試合が面白ければ売れるのか?

それがそうでもないのが、ボクシングの世界です。

例えば。

日本でも馴染み深いフェルナンド・モンティエルと、全く共感のないアブネル・マレス。

どちらの試合が面白いか?

そう問われたら、日本のボクシングファンでなくても、モンティエルでしょう。

しかし、なぜだか、世の中は不公平でマレス>>>>>>モンティエル。

同じ二階級制覇時のファイトマネーでもマレスは30万ドル、モンティエルはまさかの1万5000ドル。

モンティエルは長谷川戦で来日、マレスを大きく上回る報酬を手にする人生大逆転劇を演じますが、もし呼ばれなかったら…生活コストが全く違うとはいえ、日本人ならバイトしてた方がマシな次元の世界王者で終わるところでした。

マレスはあのジョニー・ゴンザレスに大番狂わせとはいえ1ラウンドで粉砕されました。モンティエルも良い勝負をしそうな気もしますが、報酬評価は天と地、それはすなわち人気です。

米国で十分な人気があれば、そんな軽量級はまずいませんが、いても、よほどの特殊事情がない限り日本には来ません。

「マレスとレオ・サンタクルス」、彼らより試合はずっと面白い「モンティエルとジョニゴン」はどうして人気=報酬では絶望的な差をつけられるのでしょうか?

「マレスvsサンタ」は勇気を見せて熱狂を呼び再戦が渇望されたが、「モンチvsジョニゴン」はチキンを晒して幻滅され、二度と見たくないと烙印を押された…もちろん、それもありますが、それだけではありません。
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