カテゴリ: FIGHT SONG

Saturday, 5 September 2026 - Once Upon A Time
Croke Park, Dublin, Ireland

commission:Boxing Union of Ireland 
promoter:Eddie Hearn (Matchroom Boxing),
Brian Peters (Brian Peters Promotions)
matchmaker:Tom Dallas

Undisputed junior Welter weight Championship




All Hail King Jesusのメロディが流れると、8万4000人!の観客はむしろ歓声のトーンを下げた。最後の時間を噛み締めるために。3つのディケイズ25年間にわたって、アイルランドのアイコンであり歴史であり文化であり、すべての人が愛した史上最高のスポーツパーソン、それがケイティー・テイラーだ。

女性アスリートへの偏見のバリアを破壊した、このクローク・パーク スタジアムの地鳴りが聞こえるか?



ボクシングはローカルスポーツです。

唯一の例外が1980年代のマイク・タイソンまでの世界ヘビー級王者。80年代、世界的にはメジャースポーツから転落していたボクシングですが、マイク・タイソンという名前は地球規模のビッグネームでした。

しかし、この例外を排除すると、最高峰の舞台は米国であってもボクシングは常にローカルスポーツでした。

日本は国内で完結する富裕な市場を抱え、日本限定で絶大な人気を誇るボクサーファイターが活躍、メキシコには打撃戦上等のファイターが国民を熱狂させ、日本以上に小さな島国プエルト・リコでも個性あふれる異才がリングを彩ってくれました。

フィリピンでのボクシングは今なおバスケ、ビリヤードと並び3Bと呼ばれるメジャースポーツ。

英国でもヘビー級を中心に、スポーツセレブが割拠しています。

そして、米国にもファンベースを持つアイルランド!

日本のファンが最近で真っ先に思い浮かぶのはテレンス・ジョン・(TJ)ドヘニーですが、豪州でデビュー、試合をこなしたTJは人気がありません。

クラシックでは、あのジャック・デンプシーがその名をいただいたミドル級王者の"Nonpareil(天下無双)" ジャック・デンプシー。

ボクシングが貧困と差別に苦しむ移民のスポーツだった米国で、ユダヤ人のバーニー・ロスの好敵手だったウエルター級王者ジミー・マクラーニン。

エウゼビオ・ペドロサの長期政権に終止符を打ったバリー・マクギガン、事情があるとはいえForbesアスリート長者No.1コナー・マクレガー(このビッグネームをボクサーにカウントすべきかどうかは別にして、アイルランド魂を体現したファイター)、

英国の北アイルランドまで広げるとカール・フランプトン、ノニト・ドネアに大番狂せで敗れた(背中の負傷でしたが)ライアン・バーネット、薬師寺保栄とクロスゲームを演じたウェイン・マッカラーもアイルランド。

そして、大ヒット映画「ミリオンダラー・ベイビー」の主人公マギー・フィッツジェラルドもアイルランド丸出しのファイターでした。

タイトルホルダーは少ないものの、その個性は爆発的。そんなアイリッシュで史上最高の輝きを放ったのが先週土曜日のケイティー・テイラーです。

KTは2010年までピーモント・ユナイテッドLFCに所属、前年までアイルランドA代表で司令塔として大活躍したガチのプロサッカー選手。

ボクシングでは世界選手権で2度の優勝、ロンドン2012で金メダル、リオデジャネイロ2016でベスト4。プロでは、ライト級とジュニアウエルター級のUndisputed Championに。

ローカルとはいえ、BBCスポーツのトップニュース。

この場所でボクシングの試合が行われるのは、モハメド・アリがアルビン〝ブルー〟ルイスを1万8725人の大観衆の前で破って以来のこと。

その後改装された情緒豊かなスタジアムは、まるで古代ローマのコロッセオのような風格を見せて、ケイティー・テイラーを抱きしめました。

全9試合を飲み込んだメガイベントは7時間におよび、エド・シーランやボノ、ダーモット・ケネディ、メアリー・ブラックら世界的なミュージシャンが登場、英雄に賛辞を送りました。

ダブリンは一晩中〝アイルランドの女王〟が奏でた崇高な儀式の余韻を楽しんだのです。

それにしても、英国圏(なんていうとアイリッシュに激怒されそうですが)のファンは歌が大好きです。このメガイベントでも歌いっぱなし。

ないものねだりですが、羨ましい光景でした。

貧困国のフィリピンはボクシングはメジャー、マニー・パッキャオは日本の大谷翔平を超えるデミ・ゴッドですが、その試合はラスベガスからの衛星中継を観るしかありません。それでも、町中から人並みと車列が消えて静まり返る〝パッキャオの静寂〟もまた、太平洋を挟んだメガイベントの一部なのです。




ーーー実力的には、ダントツのクラレッサ・シールズに〝抱きしめてくれるローカル〟がないのは、複雑な心境ですが、ボクシングはあらためて興行です。


それにしても…今年のEvent Of The Yearはここまで「ギザのピラミッド」が本命、「井上尚弥vs中谷潤人の東京ドーム」が対抗馬と思われましたが、これはもう決まりですな。









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伝説などとは程遠い能勢電という関西ローカル線ごときまでが軽々しく「レジェンド」と自称する昨今、スポーツ界でもレジェンドやら怪物やらカリスマやらが大量発生したイナゴの如く跳梁跋扈しています。

ふざけんなよ、ボケっ!!!

先日、この能勢電の終着駅にあるゴルフ場へ取引先の方々と行った朝食のテーブルで(といっても誰も能勢電などに乗らずに自家用車やタクシーなのですが)そんな話題になりました。

「能勢電はレジェンドをある程度はギャグとして使ってるのではないか?」という仮説は「いや、これは完全に本気で使ってる」と速攻で否定されてしまいます。

そして「伝説やカリスマはいつからこんなに軽くなったのか?」ということについては「朝倉兄弟の路上の伝説あたりではないか?」「いや、もっと昔にカリスマ主婦というのも氾濫した」と、遡ります。

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 大阪はそれなりにRIZIN、盛り上がっとるぞ!



路上の伝説やカリスマ主婦というのは、一見すると中島みゆきの「地上の星」のようにカッコ良くも聞こえますが、そうではありません。

「ど素人から見て、ちょっと出来る」というレベルです。

このシリーズでご紹介するのは、誰がどう考えても伝説という「カリスマ主婦」とか「路上の伝説」とは全く違う星雲の話。

もちろん、誰にでもわかる「大谷翔平」とかは持ち出しません。

この人の凄さ、ちゃんと評価できてないやろ!どいつもこいつもフシ穴どもめ!!!!!っていうグレートです。

さあ!「大谷翔平NG」で現役の日本人レジェンドを挙げてみろ!

日本のボクシングファンと海外メディアで称賛されている井上尚弥や井岡一翔は「世界戦の勝利数」「PFP」「複数階級制覇」などが評価のポイントですが「ところで誰に勝ったの?」となると、〝チキン〟ナルバエスやら〝完全劣化〟ドネアやら〝劣化〟ニエテスやら終わった選手だけ…。

井上や井岡、中谷をあれほど絶賛していた、アラムが日本への興味がなくなった途端に手のひらを返したのを見て、信者さんはなぜ怒らないのか???

北半球最悪のお爺さんは、彼にNOと言ったモハメド・アリやマービン・ハグラー、オスカー・デラホーヤ、フロイド・メイウェザー、マニー・パッキャオに対しては手のひらを返すどころか、ジジイに反旗を翻した時点で主従関係が逆転した感すらあります。

さあ!「大谷翔平NG」で現役の日本人レジェンドを挙げてみろ!

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「現役の日本人レジェンド」だぞ、⬆︎「阪神のインデアンカレーはインドカレーをも駆逐する」とか食べ物とかはナシ!人間アスリートに限定します。



※インデアンカレー案件については現在、定量調査から深掘りしている最中です。私と同じタイミング、今年4月から大阪に来たインド人が「こんな美味しいカレー、初めて食べた!」と言い放って、私は「嘘つけ!ボケッ!」と頭を引っ叩くと、奴は「インディアン、嘘つかない」と言い放ったのです…現在、この30歳の若きインド人の履歴書が本当なのか?タイガー・ジェットシンのように、インド人というのはギミックではないか?ということまで遡って厳粛に調査しています。

インデアンインディアン




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試合を見ずに、スコアは7-1とだけ聞くと「智弁和歌山が織田から1点取ったのか」と横浜の勝利を思い浮かべるのが普通だったかもしれません。

織田の存在が大きすぎたのでしょうが、ベスト8までの小林鉄から織田へのリレーを崩すのは一つのギャンブルでした。

「先行して逃げ切る、自分たちの形で勝つ」と意気込んでいた織田の発言も、Bプランを強いられと余計な焦りを感じてしまう展開になりがちです。

あんな素晴らしい試合を見せられると、あとから何を言っても仕方がありません。

会社でも(仕事もしてますよ、多分)大注目の一戦でした。

いや、いや智弁和歌山が強かった。

ポテンヒットと思われた当たりをファインプレーでキャッチした横浜の中堅手に拳を突きつけて「ナイスプレー」と賞賛した智弁和歌山の打者。

感動的なシーンもありました。

優勝候補最右翼の横浜を、織田をノックアウトして撃破した智弁和歌山、本当に強かった。

もちろん、智弁和歌山の強さを最大限に引き出したのは横浜の存在です。織田を打たなければ勝てないという単純にしてモチベーションが沸騰しまくる命題を突きつけられて完璧な答えを出しました。

横浜が強かったからこその大勝負でした。


甲子園に敗者はいませんね。






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日本のプロボクシングは野球と同じく米国を目指して、そこに追いつけ追い越せと坂道を登ってきました。しかし、そこにはいくつもの影が折り重なってきました。

米国で注目されるヘビー級チャンピオンは1人も生み出すことができず、注目が集まる人気階級でタイトルを獲得したのも、カネロ・アルバレスやゲンナジー・ゴロフキンらが割拠していたミドル級で村田諒太がWBAストラップを獲得しただけ。

発育の悪い発展途上国の選手がほとんどという恩恵も受けて、選手層や競技レベルが低く、専業ボクサーも少ない軽量級では大きな成果を収め続けていますが、そこは関心が低い欧米の死角です。



そして、米国に追いつけ追い越せの影には人気階級で成果を残せないというだけでなく、敗戦国ならではの悲哀もにじんでいます。



ーーー在日米軍兵士の父と日本人の母の間に生まれ、プロボクサーになった男たち。駐留期間を終えると、母親に連絡先も告げずに帰国する兵士たち…。

1961年1月生まれのこの男も、父親を知りません。父親は彼が生まれる2ヶ月前に帰国、行方知らず。米国黒人と日本人のハーフといっても、見た目は完全に黒人。剃り上げたスキンヘッドに口髭、その出立ちは同時代に米国で大活躍していたマービン・ハグラーとそっくり。母親に育てられたというのもハグラーと同じ。

ただ…ハグラーと似ていたのは、見た目と家庭環境だけ。打たれ弱く、勝ったり負けたり、ファイターとしては似ても似つきませんでした。

大和田正春は、1979年7月のデビューから2連敗。

咬ませ犬扱いで完全敵地の大阪のリングに引っ張り上げられた赤井英和との伝説の一戦でシンデレラ・マンになったのも束の間、次の試合から2試合連続KO負け。

ジュニアライト級でデビューした肉体は5階級上のミドル級になっていましたが、グラスジョーはますます深刻なものになっていました。

ところが、日本ミドル級王者の無限川坂とのノンタイトル戦でまさかの番狂せ。連敗を止めて戦績を10勝9KO10敗1分の五分に戻し、再戦は7年間のキャリア初のタイトルマッチとなりました。

「あした」が、ちょうど30年前となる1986年8月11日、後楽園ホール。

グラスジョーを自覚している大和田は初戦でKO勝ちしているにもかかわらず、アウトボクシングで慎重にポイントをピックアップ、ユナニマスデジションで念願のチャンピオンベルトを腰に巻きました。



このタイトルを全てKOで4度防衛すると「ニューヨークで世界タイトルマッチを戦って父親と会いたい」という夢を賭けて、1987年9月6日にOPBF王者ポーリー・パシレロンに挑戦。

結果は、早すぎるストップとはいえ7ラウンドTKO負け。

もし、大和田が当時売り出し中の大和武士のような日本人なら、パシレロンのホームであるインドネシアまで遠征することはなかったかもしれません。あるいはミドル級ではなく、軽量級なら世界挑戦のチャンスに恵まれたかもしれません。

ハグラーへの挑戦という壮大な夢、そのはるか手前で挫折した大和田はまだ26歳の若さでしたが、これで引退と多くのファンが考えましたが…。

1987年12月14日、彼はまたしても脇役のポジションを受け入れて、日本タイトルを賭けて大和武士を挑戦者に迎えます。

結果は、大和田の第5ラウンドKO勝ち。

https://fushiananome.blog.jp/archives/22291849.html


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大和田正春、赤井英和、大和武士。この三人が出演した「どついたるねん」(阪本順治)が公開されたのは「大和田vs大和」から、わずか1年あまりあとのこと。

なんというスピード、なんという生々しさでしょうか。

今見返しても、そんな鮮度がビシビシ伝わってくるのもあの作品の魅力でしょう。





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有明vs立命館宇治。

9回まで3−2で立命館。1点差ですが、主導権は立命館。

9回表の有明の最後の攻撃。

四球が絡んで満塁から京都代表は崩れます。あと1アウトだったのに…有明は熊本大会から見せつけてきた機動力をこのイニングに爆発させ、一挙4点をもぎ取って形勢は逆転。

甲子園は完全に熊本びいき。そしておそらく、日本中のテレビの前ではほとんどの人が熊本を応援していたんでは無いでしょうか。

かくいう私もその一人です。

しかし、立命館宇治は残念無念、純真な彼らは100%実力を出し切ったでしょうが、どこかにやりにくさは感じていたかもしれません。

「球場の方の大歓声が力になった」(高見一茂監督)。

立命館宇治、あと一歩でした。残酷な一戦になってしまったかもしれません。

できれば避けたい相手との激突で6回まで完全に試合を支配しながら、ピンチに盛り上がるスタンド、完全アウエーの空気に押しつぶされるように9回逆転負け。

しかし、普通では経験できないものすごい経験だったと思います。来年、もっと強くなって戻って来てくれるはずです。



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日本時間の明日、6月13日にWBAバンタム級王者アントニオ・バルガスが初防衛戦のリングに上がる。

バルガスはアマチュア時代、フライ級=52kgで活躍。トロントで開催されたパン・アメリカン大会で金メダル、米国代表として出場したリオデジャネイロ五輪は惜しくもベスト8で敗退したが、エリートアマと分類しても差し支えのないボクサーだ。

しかし、米国では五輪のボクシングを地上波生中継する時代は20世紀で終わり、プロボクシングはもっと悲惨な状況でマイナースポーツの谷を転がり続けている。ただでさえマイナーなボクシングの中で、さらにマイナーな軽量級のバルガスは、母国ですら少しばかりの関心も払われる存在ではない。

ボクシングファンでも興味が薄い軽量級にも、ちょっとした格付けはある。明日、バルガスが挑戦を受けるジェシー〝バム〟ロドリゲスは軽量級では至高の評価を集める実力者だ。

トップランクと契約してプロデビューしたバルガスだったが、米国では全く注目されない軽量級、不遇の時代が続いた。しかし、2023年からバンタム級に主戦場を移し、翌年にはWBA暫定タイトルを獲得、潮目が大きく変わり、二つの波に乗った。

最初の波は昨年6月。好条件を提示されてマッチルーム・スポーツUSAに迎え入れられたのだ。完全落ち目のトップランクとは違う、サウジアラビア系のズッファ・ボクシングを例外にすると世界最高のプロモーターからの招待だった。

そして、軽量級がリスペクトされる唯一の富裕国、日本では主要4団体のバンタム級タイトルマッチで〝博覧会〟が繰り広げられていた。この二つ目の波にも乗ってWBA王者に昇格したバルガスは昨年、日本で比嘉大吾と防衛戦を行いキャリアハイの報酬を手にした。

しかし、好事魔多し。昨年11月に最愛の母、アネッタが子宮がんで亡くなってしまう。人生で、ボクシングで挫けそうになったとき、いつも励まし寄り添ってくれたのがアネッタだった。

妹の2人は父親姓のエステベスを名乗っていたが、彼は母親のバルガス姓を選んだ。

最後の週、バルガスの父親ホセ・エステベスは、歩くのもままならず意識も混濁して話すこともできなくなったアネッタに「闘病を続けるか」と静かに問うた。激しい痛みと薬の副作用に苦しみながら、アネッタはしっかりと目を開き、何度も頷いてみせた。

アネッタが「もう、闘病は終わりにしたい」と、ホセの問いかけに首を振るのではないかと激しく動揺していたバルガスは、母親の強さに感動の涙を流した。「あんな光景はいままで見たことがなかった。苦しんでいるのに、まだ戦い続けようとする母親の強くて厳かな意思に、私は神様に感謝した。この母親の強さは私にも受け継がれていると」。

母親が天国に旅立ち、失意に沈むバルガスにボクサー人生最大のチャンスが舞い込んでくる…PFPファイター、バムへの挑戦だ。マッチルームがバルガスに近寄ったのは、この試合をスムースに組むため。はっきりいってしまえば、バルガスはバムが3階級制覇する生贄、踏み台だ。

バムは「バルガスはアマチュア実績も確かな強敵。この試合に集中する」と明言しているが、バルガスに勝ったあと、団体統一戦を挟むかどうかは未定ながら、来年1月にジュニアフェザー級のUndisputed champion 井上尚弥とのビッグファイトが日本開催で内定している。

ウィリアム・ヒルはバムの勝利に1/20(1.05倍)、バルガスに9/1(10倍)と見立てている。

王者がこれほど侮辱されたオッズは滅多に拝めないが、ヒルの数字はまだマシな方でスター☆スポーツなど複数のブッカーは1/40(1.025倍)、11/1(12倍)と、マイク・タイソンvsバスター・ダグラス(1/42)のレベルで「バルガスに勝ち目はない」と切り捨てている。



「最愛の母親を失って迎える最初の試合が、一世一代の大勝負」という点で、ダグラスとバルガスが共通していることに、ボクシングファンはすぐに気が付くだろう。

そして、このレベルの大番狂せが、まず起こりえないことも、ボクシングファンはよく知っている。



「1−40」がひっくり返されるのか?それとも、バルガスはやはり、踏み台に載せられた生贄の羊なのか?


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さて、大阪に仮宿を移して3ヶ月。

高校時代まで、東京では「そんなとこは日本にない!」と信じてもらえなかった阪神エリアで、私はまあ喧嘩が弱いくせに暴れてました、今思えば。

4月から転勤で、いま住んでるのは大阪駅にも新大阪駅にも近い交通至便の一軒家(といっても社宅)、阪神エリアも遠くないとこです。東京での生活の方がずっと長くて、関西は「地元」というよりも「出張先」でしたが、しばらく根を下ろすとなると、それはそれなりに高校時代の友人やらから呼び出されたりなんやらで、楽しいやら、なんやら「あー、こういう面倒くさいとこやった」とちょっと辟易したり…。

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ーーー近所の町中華、酢豚定食が700円で「マジか?」というほど絶品なのですが、ここのおばちゃんが4月に高校時代の友人たちと酒飲んでた店にもいて、私を見つけるとあろうことか私たちのテーブルに座って話し始めるのです…東京や横浜では絶対にありえない、余計なおせっかいというか、遠慮がないというか、プライバシーやコンプライアンスの欠落というか、とにかくデリカシーとかエチケットとか、そーゆー繊細な意識が全くない輩が多すぎるのです。


まあ、でも「大阪は嫌い?」と聞かれたら、やっぱり食べ物は絶対的に大阪が大好きです。

ボクシング観戦については、ほとんどが後楽園ホールの私ですが「一番、感動したのは?」と聞かれたら…1997年11月22日、大阪の冬ならではの寒風が突き刺さる夜、あの日の大阪城ホール、それしかありません。

マニー・パッキャオがリーロ・レジャバを、オッズが出ない大番狂せで破った、2001年6月23日のMGMグランド・ガーデンアリーナではありません。1997年11月22日の大阪城ホールです。

周囲の空気、今風に言うなら同調圧力みたいなものには全く反応しない私ですが、後にも先にも、あの夜だけは会場に巻き起こった声を追いかけていました。夢中で、叫んでいました。


ターツヨシ!ターツヨシ!!ターツヨシ!!!





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前回、ボクシングには体重による階級の他に、純粋に実力だけを反映したわけではない待遇による階級がある、ということをお話ししました。


まず、Elite Boxer。4団体17階級の時代でもタイトルホルダーはこのカテゴリー。プロテクトされながらチャンピオンに育てられ、トップボクサーと呼ばれることもあります。線路や温室を用意されたホープもこの階層のファイターです。

そして、Gatekeeper(門番)とも呼ばれるJourneyman。実力的にエリートボクサーに劣ると見られますが、まれに番狂せを起こすことも。エリートボクサーとの決定的な違いは、咬ませ犬を提供されないことです。

そして、Sacrificial Lambs 。咬ませ犬です。Elite Boxerの育成に欠かせない栄養素ですが、JBCでは「スポーツとしてのボクシングでは存在してはいけない」という建て前から、直近の試合内容によってフィリピン人やタイ人ボクサーを締め出してきました。

〝3階級〟全ての身分を経験したシーサケット・ソールンビサイのように、キャリアを通じて身分が固定されるわけではありません。また、咬ませ犬から這い上がったシーサケットは、咬ませ犬を提供されることはありませんでした。

エリートの肩書を持たないボクサーはデビューからJourneymanに向かって努力しますが、Elite Boxerに辿り着けるのはほんのひと握り。多くのボクサーはJourneymanにもなれずにキャリアを終えます。



ノニト・ドネアが9月に再起戦を予定しています。

ドネアは、ブライアン・ビロリアに敗れてシドニー五輪代表の座を掴めず、2001年プロデビュー。2戦目で判定が割れないようにする実験的な5回戦に出場するなどプロテクトされることはありませんでした。

それでも米国で非常に層が薄い軽量級ということもあり、ジュニアバンタム級を主戦場に地域タイトルを拾いながらJourneymanのポジションを獲得。2007年にはIBFフライ級王者ビック・ダルチニアンに挑戦、軽量級史上に残る大番狂せを起こし、Elite Boxerになってリングを降ります。

それから約20年も、ドネアはElite Boxerとして走り続けてきました。2013年にギレルモ・リゴンドーに敗れてからの10試合は7勝3敗、そこから増田陸まで続く11試合は5勝6敗。

直近5試合で見ると1勝4敗。敗れた5人は井上尚弥との第2戦、アレハンドロ・サンチアゴ、堤誠也、そして増田。いずれも全盛期のElite Boxerですが、ドネアのポジションはJourneymanレベルまで落ち、Sacrificial Lambs(咬ませ犬)の沼に沈みつつあります。

PFPファイターにまで登ったドネアやシーサケットが咬ませ犬としてリングに上がり続ける…これは日本人ではありえないことです。彼らの母国が日本のように富裕であったなら、Elite Boxerとして全てお膳立てされた母国のリングを主戦場にできたでしょう。

43歳のドネアが9月に戦うのは当初、バンタム級のジェイソン・モロニーと言われていましたが、ジュニアバンタム級の弟アンドリューに標的が変更されたようです。

お膳立ての通りにドネアが負けると、モロニーや増田よりもワンランク下の相手に提供される咬ませ犬の役割が回ってくるでしょう。

その行先を想像すると、暗澹たる思いしかありません。

日本のElite Boxerが蹉跌する姿には哀愁と残酷が混交する感情にとらわれますが、これがフィリピンやタイとなるとそんな感傷的なものは通り越して「咬ませ犬のリング禍」という最悪の悲劇に行き着いてしまいます。

スポーツにおける実力がかけ離れた相手との対決。それは、本来ならありえないことです。そのスポーツが選手の生命・健康にかかわる格闘技となると、絶対にあってはいけないことです。

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そして、軽量級のボクサーの多くはこの咬ませ犬はもちろん、タイトルホルダーや挑戦者でも劣悪なスケジュールでの来日を強いられます。

ましてや咬ませ犬になると、日曜日開催ノンタイトル戦のスケジュールは金曜日に成田着のエコノミーで来日。土曜日に前日計量。そして、日曜日の試合が終わるとその日のうちに帰国。

日本側から用意されるのは、航空券と格安のビジネスホテル代(最終段階の減量でサウナを使う場合は自腹)、食費として3日分(1日2,500円*3日分=7,500円)。選手とトレーナーの2人分が支給されます。

ファイトマネーはフィリピン人で1ラウンドあたり100米ドルが相場、約1万5,000円。10回戦なら約15万円が現金で支給されます(流石にチケット払いはありません)。

ここからトレーナーに10%、マネージャーに45%が差し引かれ、選手が手にするのは45%、6万7,500円。JBCに支払うライセンス取得費と医療検査費の合わせて185ドル(2万7,750円)は基本的に選手負担ですから、手元に残るのは5万弱です。少ないと思うかもしれませんが、これはマニラの貧困地域なら1世帯が2ヶ月以上暮らせる金額です。

世界王者クラスになっても航空機のエコノミーはデフォルトですが、ファイトマネーの相場は10倍以上。宿泊費・食費も1週間分用意されます。それでも、人気階級のタイトルホルダーを呼ぶことを考えれば安いもの。

もちろん、人気階級のスターともなると様相が一変します。

特別な日航機に乗って、高級ホテルに宿泊したゲンナジー・ゴロフキンには食費1日2,500円は準備されず、ファイトマネーに含まれていたといわれていますが、トレーナーやスタッフに日本側から別途経費が支払われていたかもしれません。

日本人で最高の報酬を手にしたのは、先月の東京ドームで戦った井上尚弥でしょうが、井上が倒した選手でGGGを上回る、あるいはそれに近い待遇、ファイトマネーが用意された選手は間違いなく1人もいません。

世界の人気階級と、そうではない軽量級は全く違う世界なのです。







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月に一度くらいの頻度で、米国の雑誌類が私の通う(重度の不登校でしたが…)図書館に届けられていました。

お気に入りは簡易な英語で書かれた、THE RING MAGAZINE Sports Illustrated でした。

座布団2枚を重ねたくらいのボリュームがある、雑誌を包んだ茶色い包装紙は厚くて固く、ハサミを入れるのは指が痛くなるほどかなりの力が要りました。図書館の一番大きなテーブルの上でジョギッ、ジョギッ、ジョギッ…と包装紙を切っていくと、雑誌がスルスル〜ッと床まで落ちて、床でも1メートルくらい滑走するのもありました。

最も滑走しやすいのは、表紙・裏表紙が薄くてツルツルのスポーツ・イラストレイテッド誌でした。当時のスポイラは、タイム誌やニューズウィーク誌などと同じ週刊。ESPNは開局して間もなく、スポイラは米国で圧倒的な存在感を持つスポーツメディアでした。


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スポイラの没落から現在は提携関係はないようです。


このスポイラと提携して、文藝春秋から1980年に創刊されたのがSports Graphic Number誌でした。高校図書館にこの雑誌はなかったのですが、リクエストするとすぐに定期購読してくれました。

良い意味での、昭和な話。私にとっては、最高に素晴らしい環境でした。

ナンバー誌が取りあげたのは、日本のプロ野球や競馬、ラグビーなどで、せっかくスポイラと提携しているのに世界(米国)スポーツを大々的に取り上げることはほぼありませんでした。

しかし、世界のプロボクシングは大々的に特集されました。


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第1回のGOD BLESS THE 〝RING〟はマービン・ハグラーvsトーマス・ハーンズを中心に特集。


その中心的特集「GOD BLESS THE 〝RING〟」はシリーズ化され、そのときどきの米国リングシーンを伝えてくれたのでした。

オスカー・デラホーヤやフロイド・メイウェザー、マニー・パッキャオ、カネロ・アルバレスのメガファイトが詳細に語られ、彼らが表紙を飾るようなものですが、21世紀になってからは「世界のボクシング」を伝える特集は途絶えてしまします。

GOD BLESS THE 〝RING〟は米国ボクシングのスターシステムや、軽量級がそれとは無縁の人気のない〝別競技〟であることも思い知らされました。

GOD BLESS THE 〝RING〟
は5回のシリーズで終わり、Number誌から世界のボクシングを知るパイプを見失ったこともあり、ボクシングファンは「軽量級でもラスベガスでメインでPPVでファイトマネー20億円、井上尚弥は日本ではもう見ることができない」と幻覚してしまうようになります。

このGOD BLESS THE 〝RING〟がスポイラの特集をほぼ丸ごとパクった(もちろん提携してるので盗作ではありません)内容でした。

二つの雑誌を並べて読んだり、スポイラでよく解釈できない文章があったらナンバーで答え合わせする、さらにリング誌でも同じ試合についての解説を読む…それは、私の貧弱極まる英語力にとって凄まじいアクセルになり、最初はチンプンカンプンだったタイム誌など他の雑誌も読めるようになりました。

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チャンドラーはPFPでも中位までランキングされる実力者でしたが、日本のリングに引っ張り上げられるなどその待遇、人気は無惨なものでした。人気階級でなければ相手にされない、それが欧米のボクシングの残酷な現実です。



GOD BLESS THE 〝RING〟は日本の多くのボクシングファンにとっても「海の向こうに日本が好き勝手している軽量級とは全く別のボクシングがある」ことを教えてくれました。

ラスベガスやニューヨークの大会場を軽量級の試合がメインでフルハウスにする、ボクシングビジネスを肥大化させたクローズドサーキットが軽量級でも展開されるーーーそんなことは一切ない、起こり得ないことも GOD BLESS THE 〝RING〟が問答無用に教えてくれたのです。






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UFCが米国建国250周年を記念する祝賀行事の一環としてホワイトハウスでは6月14日(日本時間15日)に開催する「UFC freedom 250」大会の仮設アリーナ建設が進んでいます。



米国ではとっくの昔にボクシングはNo.1格闘技ではなく、人気でも市場規模でもUFCを最高峰とするMMAの後塵を拝しています。

認定団体と階級の増殖によって、タイトルの価値は暴落一方。体重超過でタイトルを失っても、またすぐ別のタイトルに挑戦できる、そもそも高い価値など無いから剥奪されても痛くも痒くもない。

認定団体が独断で作るランキングや、そこをベースに開催されるタイトルマッチはデタラメだらけ。

そして、高度な技術を応酬する試合よりも、野次馬的関心を煽る茶番劇の方が大きな興行となり、選手報酬も高額になり、もはやボクシングをスポーツとして扱う理由を探すのが難しい状況にまでなっています。



ーーー私が米国ボクシングに惹き寄せられた1980年代。すでにボクシングは斜陽スポーツと言われていました。

しかし、サッカーも野球も最高峰へのアタックが封印されていた時代、世界で戦う日本人を応援できるのはボクシングだけだったこともあり、日本ではまだメジャースポーツ。具志堅用高は政府が国民栄誉賞を検討するほどのヒーローでした。

そして、米国ボクシング。モハメド・アリを知らない私が見たテレビ大阪やテレビ東京が映し出したラスベガス・シーザースパレスの熱狂、日米の雑誌から読んだ活字からは、ボクシングが斜陽だとは到底実感できませんでした。


あれから、40年。米国と日本のボクシングの40年間をフラッシュバックしてゆきます。


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