フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜

      Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。

カテゴリ: 壁を越える人々

沖縄の拳はいつだって、必ず熱い。

スクリーンショット 2022-05-14 20.03.52



日本人初の世界王者は、フライ級の白井義男。

二人目は、やはりフライ級で最初の世界王座を獲得、その後バンタム級でも制覇したファイティング原田。

その後も、フライ級は「伝統の」と冠が付いているように世界王者を輩出したが、バンタム級の牙城は、1968年2月27日に原田が失ってから長らく攻略出来ないまま、時間だけが過ぎ去ってゆきました。

この空白にピリオドを打ったのは六車卓也。1987年3月29日にWBAのピースをピックアップ、約19年ぶりの世界バンタム級のタイトルでした…。

…これが〝史実〟です。

しかし〝事実〟では原田以来の世界バンタム級王座獲得は、六車よりも3年早い1984年4月15日に成し遂げられています。

新垣 諭(しんがき さとし/1964年2月21日 生まれ)。沖縄県糸満市出身。サウスポーのファイター。

沖縄県立沖縄水産高等学校に入学、1981年の高校総体ライトフライ級決勝戦で、玉熊幸人(青森商業:後のレパード玉熊)を破って優勝。

1982年にプロへ転向では、奈良池田ジムが1000万円で契約します。

ジュニアフライ級でプロデビュー。当時、日本で最も影響力のあった協栄ジム所属の渡嘉敷勝男がルペ・マデラとの〝死闘〟という名のタライ回しを繰り返し、JBCも協栄に追従。

奈良池田ジムは米国で発足したばかりのIBF日本に加盟。1983年12月10日、新垣は大阪城ホールでIBFジュニアフライ級王座決定戦に出場。ドディ・ボーイ・ペニャロサと初代王座を争うも、減量苦もあって12ラウンドKO負け。

その後、ドディはフライ級王座も獲得、2階級制覇を達成しています(弟のジェリーもジュニアバンタム級で川島郭志、バンタム級でジョニー・ゴンザレスに勝って2階級制覇)。

o0768102414594478941

1984年4月15日に3階級上のIBFバンタム級王座決定戦でエルマー・マガラーノを8RTKOで下して、念願のタイトル奪取(この試合までマガラーノは7戦3勝2KO7敗2分で4連敗中)。

8月4日には地元・沖縄でホーベス・デラブースを15R判定で破って、初防衛に成功(ちなみにデラブースはこの試合がデビュー戦でこの1戦で引退)。

そして、1985年4月26日、敵地シドニーで6戦全勝6KOのジェフ・フェネックに9RKOで敗れて王座陥落。8ラウンドまでの採点は、フェネックの一歩的な展開で米国人と豪州人の二人が80-72のフルマーク。しかし、日本人ジャッジ風間清(バトルホーク風間)のスコアはなんと80-80、全てのラウンドを10-10のイーブンと採点していました。

初戦から4ヶ月足らずの8月23日にフェネックと再戦、今度は4ラウンドでストップされてしまいます。

それでも、10月27日に川島志伸(WBC世界ジュニアバンタム級王者・川島郭志の兄)を5RKOで下しIBF日本王者に就きました。

1986年、大腿骨が壊死する難病を発症、長いブランクを作ってしまいますが、1989年にカムバック。

1990年1月30日にはIBFインターコンチネンタル・ジュニアバンタム級級王座決定戦でロメオ・オプリサナに12R判定勝ちしますが、これがラストファイト。

王者のままグローブを吊るします。

新垣が優れたボクサーであったことに、疑いようはありません。プロボクシングという歪んだ世界に翻弄されながら、新興IBFという怪しげな団体で日陰のキャリアを戦い続けました。

しかし、新垣のキャリアが本当に日陰ばっかりだったのなら、私たちはとっくの昔に彼のことなど忘れているでしょう。

ロイヤル小林はアレクシス・アルゲリョ、エウザビオ・ペドロサ、ウィルフレド・ゴメスと戦うことで、世界のボクシングの伝道師になってくれました。

亀田昭雄は完全敵地シンシナティでアーロン・プライアーからダウンを奪い、日本のボクシングファンは喝采しました。

そして、新垣愉は、あのジェフ・フェネックと2度も戦ったのです。

通算成績15戦11勝8KO3敗1分。

強豪ドディ・ボーイ と、一発殿堂のフェネックにしか負けなかったのです。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

先週のWBAライトヘビー級タイトルマッチ。

大方の予想では、序盤は王者デミトリー・ビボルのボクシングに苦労しても、カネロ・アルバレス が終盤に捕まえてストップする、と見られていました。

ビボル勝利を予想する専門化はほとんど見当たらず、リング誌では20人のうち19人がカネロ勝利、残る1人は「勝負事だからわからない」というものでした。

オッズこそ4-1〜5-1だったものの、戦前の空気は19-0か、それ以上にカネロ有利で充満していたのです。

試合展開と勝敗は、まさかの大番狂わせ。

予想通りだったのは、理不尽なまでに接近した公式ジャッジの採点だけだったというオマケ付き。

「カネロがブロックの上から叩いてくるのは予想通り。ただ、こっちはその打ち終わりに顔面にパンチをお返しした。腕を叩かせる代わりに顔面を殴らせてもらう、私にとって都合の良い取り引きだったよ」。

ビボルの言葉通りですが、ガードの上からでもお構いなしにパンチを叩きつけるのはカネロの常套手段です。

これまでの対戦相手は、どうしてそれが出来ずに惨敗を繰り返してしまったのでしょうか?
IMG_7163
多くのメディアが指摘しているのは〝魔法のガウン〟。

Most Alvarez foes appear defeated before they even step through the ropes, 

つまり、カネロの対戦相手の多くは、ローブをくぐってリングに上がる前から、萎縮して負けていた、という見立てです。

カネロの特徴は「クロスレンジを得意とするカウンターパンチャー」。

スーパーミドル級やライトヘビー級の体格でまさるボクサーが取るべき対策は「ジャブで距離を取り、カウンターのチャンスを与えないこと」と考えられていました。

これは、大筋で間違っていません。

ジャブで距離を取るのは、ゲンナジー・ゴロフキン(第2戦)やセルゲイ・コバレフが一定の成果をあげました。

カウンターのチャンスを与えないために、不用意にパンチをまとめることは禁物ですが、不用意でなければパンチを繋ぐべきです。

ビボルがカネロ対策で非常に参考になったと挙げたのは、カラム・スミス戦。

スミスは長いジャブでオープニングラウンドを制しましたが、その後はガードの上を叩かれ続けて、腕を破壊され大差判定負けを喫してしまいました。

ブロックの上を叩かれて、どうしてパンチを返さなかったのか?と聞かれたスミスは「予想以上に強烈だったのと、カウンターを狙っているのがわかったから」と答えながら「ただ、それも見据えてのカネロの作戦だったと思う」と悔しがりました。

今まで誰も反撃してこなかったカネロのガードの上からの容赦ない連打、ビボルはそのうち終わりをことごとく見極め逆襲して見せました。

第5ラウンド、ビボルがカネロをロープに詰めて連打した場面は象徴的でした。

カネロのカウンターを恐れているだけでは、足を踏み入れることも出来ない一線を、ビボルは易々と越えたのです。

その一線を越えるのは、ビボルだから出来たのか?

もちろん、ビボルの技術とフィジカルの強さ、そして何よりも強固な自信に裏付けられた勇気があってこその勝利でした。

しかし、これからカネロと対戦するボクサーには、ビボルほどの勇気は要りません。

ビボルより技術はなくとも、パワーでも大きく上回るアルツール・ベテルビエフなら、カネロはもっと決定的なピンチに追い込まれていたかもしれません。

また、初めて露呈したフィジカルの弱さは、戦前語られていたオレクサンダー・ウシクとのヘビー級戦など論外であることもはっきり分かりました。

カネロが魔法のガウンをはだけさせられたのは、間違いありません。

無敵と思われたファイターが、弱点を晒け出して破竹の快進撃を止められました。

近代ボクシングの歴史を紐解くと、150年に及ぶ時間の中で無敵と信じられたボクサーが何人も現れては敗れてゆきました。

無敵のボクサーなんて、存在しないのです。

そして肉体的にも精神的にも打ちひしがれた元・無敵のボクサーは、これまでとは違い、萎縮することなく立ち向かってくる相手と戦わなければならないのです。

ソニー・リストン、モハメド・アリ、ジョージ・フォアマン、トーマス・ハーンズ、ドナルド・カリー、マイク・タイソン、ロイ・ジョーンズJr.、マニー・パッキャオ…。

彼らはどう立ち上がったのか、それとも立ち上がることが出来なかったのか?

そして、カネロは?

魔法のガウンを脱ぎ捨てても、なお戦い続けた無敵のファイターを振り返ります。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

1986年11月17日生まれの亀田興毅(35歳)と、1993年4月10日生まれの井上尚弥(28歳)。

亀田興は2003年プロデビュー、2015年にグローブを吊るしました。

2012年にプロデビューした井上は当時、亀田一家がリング外で撒き散らしていた競技とは関係のない下劣な騒動に「あの頃のボクシング界が大嫌いでした」「井上家では世界チャンピオンなんて軽々しく口にできなかった」と、その名前こそ口にしないものの、亀田家に対する嫌悪感をあらわにしてきました。

しかし…。

井上信者は否定するでしょうが、この2人はいくつもの共通点を持つ、極めて酷似した存在です。

2人とも「父親」の情熱に呼応しながら世界王者を目指し、「メディア」のミスリードに踊らされたファン(亀田の場合はアンチ、井上の場合は信者)と共に、その道が「マニー・パッキャオ」というゴールにつながっているという幻覚を見てしまったのです。

そして、パックマン(番狂わせを起こす男)に憧れながら、冒険的なマッチメイクは徹底的に回避、決して「アンダードッグのリングに上がらない」という点でも、全く同じです。
IMG_6860
「亀田興毅 19歳 強打の源」↑。ふざけているのではなく、当時は真面目にそう報じられていたのです。

そして、リング誌は2019年にわずか7ヶ月で井上を単独カバーするも、その後は完全に無視。身勝手なメディアの玩具にされ、アンチや信者を産み落としたという点でも2人は酷似しています。

亀田一家は最初からヒールであったわけではありません。

プロデビュー前から「世界王者になる亀田三兄弟」として注目を浴び、2006年8月2日に亀田興が最初に世界挑戦したときの空気は「ヒーロー誕生」を期待するもので、テレビ視聴率は42.4%を記録しました。

「亀田とKOはセットや!」。

すぐにギャグとなり、あまりの恥ずかしさから本人たちも封印してしまう台詞も、当時は11戦全勝10KOの表層的な数字もあって誰も失笑しませんでした。

あのとき、ファン・ランダエタと空位のWBAジュニアフライ級タイトルを争う19歳を、日本のスポーツファンは普通に応援していたのです。

しかし、この世界初挑戦に成功した、本当なら記念すべき勝利が、亀田一家をヒールに貶める最初の落とし穴になってしまいます。

かつて、鬼塚勝也もこのときの亀田興と同じようにメディアとファンの短絡的で的外れな非難の標的にされました。

鬼塚の〝ランダエタ〟はタノムサク・シスボーベーであり、この十字架は最強挑戦者アルマンド・カストロを撃退することで贖罪されます。

亀田一家が最初に背負わされた十字架は、その後の自業自得の愚行から招いた世間からのバッシング とは違い、彼らには何の落ち度もないことでした。

しかし、彼らは〝アルマンド・カストロ〟と戦うことなく、背負う十字架の数だけが増えていったのです。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ボクシングがメジャースポーツだった時代、世界タイトルマッチがゴールデンタイムに生中継されるのが当たり前だった時代は、遠く彼方に過ぎ去ってしまいました。

この傾向は21世紀になってから加速、2013年の「IBF・WBOへの門戸開放」でボクシングの世界戦はハレの大舞台ではなくなっています。
sanctioning-bodies-770x433

2001年7月に畑山隆則がWBAライト級のストラップを奪われてから、20年以上の歳月が流れました。

この間、日本のリングでエースと呼ぶにふさわしいボクサーは印象的な複数階級制覇を果たした長谷川穂積、亀田興毅、井岡一翔、井上尚弥に、問答無用のミドル級で2度王座に就いた村田諒太の5人。

白井義男が1952年に日本人初の世界王者になってから、畑山陥落の2001年までの49年間で、日本が輩出した世界王者は42人。

その後の20年あまりでは、54人もの世界王者が大量生産されました。畑山以前は偉業だったタイトル奪回や複数階級制覇は当たり前になり、54人の世界王者が獲得したタイトルは延べ100を優に超えています。

東京1964から「世界で戦う日本人を応援する」のはボクシングの専売特許ではなくなりました。

そして、80年代の岡本綾子、90年代からは野茂英雄や中田英寿らによって、日本のスポーツファンは「世界で戦う」ことの本当の意味を決定的に知ってしまいます。

日本のリングに世界王者を引っ張り上げて、繰り広げられるアルファベットタイトルの世界戦、あれは何だったのか?

今は、団体と階級、そして同一階級ですら王座が増殖される狂気の時代です。

他のスポーツのように「勝ち続けていれば、その先に栄光がある」なんて生易しい世界じゃありません。 

特に軽量級の場合は、野球の米国MLB、サッカーの欧州トップリーグのような「格好良い海外の夢舞台」が存在しません。 
IMG_2755

21世紀、ジュニアフェザー級以下の軽量級で、世界で最も大きな試合を現出したのは亀田興毅であり、亀田からずっと遅れをとった井上尚弥が続きます。

リングの外で世間を騒がし、下劣な注目を集めて商業的に大成功を収めた亀田と、リングの中での強さを追求するその先にラスベガスの夢舞台があると幻覚を見て〝赤字興行〟を繰り返し、米国から撤退した井上。 

すでに、井上自身が達観しているように、ラスベガスで何度勝ち星を重ねようが「天文学的数字」になるのは日本からの持ち出しだけです。そんなの喜劇です。
IMG_6851
井上が憧憬したマニー・パッキャオは米国から外資を奪い獲りましたが、井上の場合は日本から放映権料などの〝憧れ料〟を吸い取られるだけでした。

パッキャオに憧れたのに、やってることは〝逆〟パッキャオでした。



もし、井上が熱望する井岡一翔との試合が実現したら、世界のメディアも「軽量級離れしたメガファイト」と大きく報道するでしょう。

あるいは、亀田和毅とのマッチメイクなら、井岡戦を超える盛り上がりを見せることも十分に考えられます。WBCあたりが〝サムライベルト〟なんかを作って、おこぼれに与ろうとするほどの興行規模になるかもしれません。

残念ながら、井上と陣営に少なくとも現段階では、危険なマッチメイクに挑戦する気概がないのは、ほとんどのボクシングファンに伝わっているはずです。

井上の「上の階級に上げて潰されたら何の意味もない」という言葉が全てです。おそらく井上は、一度もアンダードッグを経験することなく、そのキャリアを全うするつもりかもしれません。

つまり、ここでもパックマンと真逆です。

井上の思考には、パッキャオがどうして米国で大人気を博したのか、一番重要なそこが抜け落ちているのです。

危険なマッチメイクに挑戦する気概のないボクサーが、パックマンを目指すというのは、倒錯的に理不尽で不条理な理解不能の思考回路です。



那須川天心vs武尊の盛り上がりを目の当たりにして「多くの注目を集める大きな試合がしたい」 と羨望したのが、井上の本音でしょう。

井岡戦、亀田和毅戦は、まさにそんなメガファイトになります。

プロモーション次第では「辰吉丈一郎vs薬師寺保栄」や「亀田興毅vs内藤大助」も凌駕する興行規模、つまり世界史上最大の軽量級の試合が期待できます。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

以前、事業報告書などを材料に、利益を求めることにすら杜撰なJBCの経営破綻を指摘しました。

令和2年度に続き、昨年度も赤字は確実で、一般財団法人法の解散規定「2期連続赤字」に抵触、解散することが決定、一般社団法人として再出発を図るそうです。

しかし、一昨日の亀田裁判の第二審で敗訴、約1億円の賠償を命じられたことで、もはや「一旦解散」ではなく「完全解体」まで迫られている極めて危機的な状況に陥っています。
IMG_6510
IMG_6852

昨年度の事業報告書はまだ発表されていませんが、令和2年度は2891万2382円の赤字。

ボクシングの統括団体であるJBCの収入は「会員(主にジム)からの会費」「試合承認料」「放送承認料」「ライセンス料」「プロテスト料」などから成り立っています。

いずれの項目もボクシング人気と直結しています。

現状のように、ボクシング人気が低下とは「ジムの数が減る」「試合数が減る」「テレビ放送も減る」「プロボクサーも減る」「プロ受験者も減る」という形でJBCの財政を圧迫します。

それでも、今回の1億円を超える損害賠償はひとまず置いて、まともな経営を進めていたなら赤字にはなりえないはずです。

もちろん「コロナ」は強烈な逆風ですが、それ以前からの選手の海外志向もJBCの収入減の一因になってきました。

ボクシング人気の低迷から、世界戦でもテレビスポンサーが付かず、海外で試合をした方が実入りが良い、という事情があるボクサーもいます。

しかし、JBCがわざわざ国外追放した井岡一翔や、勘違いで米国を目指した井上尚弥のケースは、JBCの無能さを曝け出しました。

亀田はもちろん、井岡や井上の試合は、JBCにとっては稼ぎ頭です。

亀田憎しで、因縁をふっかけ試合ができないように追い込むなんて、何がしたいのか理解不能です。

海外で試合をされると承認料も放送承認料も試合役員費なども入りません。

そんな、井岡をわざわざドーピング疑惑で陥れようとするとか、井上のラスベガスに何の説得もしないとか、常識的にはありえません。

亀田や井岡のケースを見ると「世間から叩かれてる奴は、叩いても良い」という世間の空気に安易に乗っかっただけにしか思えません。

井上の米国志向に対しても、やはり世間の空気に逆らえないということだったのでしょう。

本来、JBCには日本ハムファイターズが大谷翔平を説得した「夢への道しるべ」のボクシング版を作って、軽量級のビッグファイトは国内に限るという真実を訴えていく役割がありました。

米国でいまだに軽量級のビッグファイトの代表として扱われる「マイケル・カルバハルvsウンベルト・ゴンザレス」は、同じ90年代の「辰吉丈一郎vs薬師寺保栄」とは比較にならないしょぼい興行であったこと。

ラスベガスに軽量級の日本人需要はゼロと考えても差し支えないこと。

日本では「米国でも人気」と勘違いされているノニト・ドネアですら大会場でメインを張ったことはなく、そのキャリアで1万人を超える観客を集めたのは井上尚弥との1試合だけ。

ボクシング軽量級の場合は柔道や体操、スポードスケート、レスリングのように「世界トップであっても国内に拠点を置くメリットが大きい」こと。

しっかり誠実に伝えていれば、西岡利晃や井上の悲劇は未然に防げたはずです。

ボクシング限定とはいえJBCの立場は、ネバダ州アスレティックコミッション(NSAC)と同じです。

NSACは自分たちが潤うために活動しています。茶番劇のエキシビションも、どんどん承認します。

「那須川天心vsフロイド・メイウェザー」の際にも「ボクシングの呼称を使うな」と喧嘩をふっかけてどうするんですか。

当時も指摘していますが、那須川に特例ライセンスを発行してボクシングとして承認する、とかどうして出来なかったのか?

日本では社会的に認められている唯一のプロ格闘技で、多くのスポーツファンも「ボクシングは別格」と考えて食えているメリットを生かさずに、他の格闘技との交流を遮断するなんて狂気の沙汰です。

他の格闘技団体から「JBCは大きな興行しか承認してくれない」と批判されるくらいが丁度良いくらいです。

話が横道に逸れましたが、井上と亀田の〝再出発〟に戻します。

自らの失態によって転落、解散に追い込まれたJBCとは違い、彼らは自分を見つめ直して新しい道に舵を取りました。

「ラスベガスでパッキャオが見た風景をみたい」と願った井上にとっては、ほろ苦い出戻り路線です。

悪役のイメージが染み付いた亀田にとっては、どんな言動も叩かれるマイナスからのスタートです。

井上が「パッキャオが見たのとは違う風景」を、この国でどう作り上げていくのか。

プロモーターだけでなく、最後に残った和毅も含めて、亀田はどんな形で贖罪を果たすのか。

書きかけの【亀甲縛り】 シリーズとも、どこかで合流する形でまだまだ続きます。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

亀田興毅は「やっぱり目標はパッキャオ」と憧れ、井上尚弥は「パッキャオが見た風景を見たい」とラスベガスを目指しました。

マニー・パッキャオと同じサウスポーの亀田家の長男は、何度もビデオを見てそのスタイルを学び、彼の試合では「兄ちゃん、パッキャオや!」と、アイドルのコンビネーションを出せと弟たちが声を張り上げるシーンが何度もありました。

「井上家では世界チャンピオンなんて言葉は軽々しく口に出せなかった。(亀田兄弟が話題の中心だった)デビュー当時のボクシング界は大嫌いだった」と、具体的な名前こそ出さなかったものの「亀田」を唾棄してきた井上。

対照的に見える彼らですが「パッキャオ」を目指し、「パッキャオ」になれなかったという二つの共通点を抱えています。


安易なマッチメイクと、ビッグマウスとは真逆の退屈な試合ぶり、親子揃っての品行下劣でヒールに追いやられた亀田は「5階級制覇したら文句無いやろ!」と啖呵を切り、パッキャオに近付こうとしました。

井上は「WBSSで優勝できたらパッキャオのレベルに行けると思う」と、軽量級でも米国でスーパースターになれると信じていました。

しかし、2人にとって現実は厳しいものでした。

興毅が勘違いしていたように、パッキャオは8階級制覇したから偉大なのではありません。遥かに格上のビッグネームからのオファーを二つ返事で受けて、何度も番狂わせを起こしてノシ上がっていったからです。

井上が幻覚した「パッキャオの見た風景」とは、米国で需要の低いバンタム級や、人気のないアジア人にとっては到底望むべくもないものでした。WBSSとは米国で人気の無い階級をターゲットにした、詐欺的な〝貧困ビジネス〟でした。
IMG_6004 (1)

もし、マニー・パッキャオが同じ日本人なら、彼らも勘違いせずに済んだかもしれません。

パッキャオへの憧れを「日本人」というフィルターを通すと、そこに向かうアプローチは全く歪んで見えてしまいました。

「複数階級制覇が格好良い」。「MGMグランドが格好良い」。「ファイトマネー100万ドル。防衛を重ねたら天文学的数字になる」。「ESPNの視聴者数が飛び抜けて高い数字を記録した」。

「格上相手に世界の度肝を抜く大番狂わせを起こす」という本質から離れて、どうでもいい「数字」や「ハコ」が目標にすり替わってしまう…。

「弱い相手を選んでの複数階級制覇」。「MGMグランドの小さな会場で無理やり試合」。「日本からの補填で膨らんだファイトマネー」「人気コンテンツと隣接させて〝捏造〟された視聴者数」。

結果的には、彼らがやったことは〝逆〟パッキャオでした。

こんな悲しい勘違いを生み出したのは、彼らだけの責任ではありません。

亀田一家への批判を抜きにしていたずらに露出させ、WBSSやPFPがスーパースターへのパスポートになるかのような報道を垂れ流したメディアの責任が最も重いのは言うまでもありません。

本人たちは真面目にヒーローを目指していたのに、亀田一家がヒールとして演出させたメディア。

米国ボクシングのことを少しでも知っていれば「軽量級にPPVで20億円」なんてメガファイトは歴史上一度もなかったこと、人気の無い階級ではありえないことを知っていたはずです。

また、井上の海外進出はJBCにとっては承認料収入の大きな損失であるにもかかわらず、指を咥えて見ているだけでした。

メディアは視聴率や閲覧回数を売り物にする営利団体ですから、亀田を悪者として演出させ、バンタム級にもメガファイトがあるかのように虚偽の報道をまきちらすのは百歩譲って頷けます。

しかし、JBCほど謎の組織はありません。

米国撤退を余儀なくされた井上尚弥と、歪んだ腐敗団体JBCの被害者だった亀田の、第二のスタートを見守るお話の始まりです。

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

149ポンド契約・12回戦


圧倒的不利予想の中でミドル級の強豪王者に挑み、大きな挫折を経験した英国のスター2人の因縁の激突です。

共に1986年生まれの二人は、互いを常に意識し続けてきました。

ウェルター級王者からゲンナディ・ゴロフキンに挑んで重傷を負ったブルックは5月3日生まれ。

ジュニアウェルター級ながらカネロ・アルバレスとのキャッチウェイトのミドル級戦で壮絶なKO負けに散ったカーンは12月8日生まれ。

優れたスピードとボクシングセンスを武器に、米国で一旗挙げるという夢に突き進んだ2人は英国の希望でした。

そして、その希望の光が翳り、35歳になってようやく実現した究極のライバル対決。

ブレイディス・プレスコットに初回でノックアウトされ、ラモント・ピーターソンには惜敗。ダニー・ガルシアとカネロ、テレンス・クロフォードに破壊されたカーン。

対して、ブルックが負けたのはゴロフキンとエロール・スペンスJr.、クロフォードの3試合だけ。

「ポカの多いカーンと、強いやつにしか負けていないブルック」という背景から、オッズはブルックが1.76倍、カーン2.46倍と7ヶ月年長のブルックが有利と叩かれています。
20220217

キャリアの〝落とし所〟をどこにするのか?そんな黄昏の時刻を迎えた二人のライバルレース、前半はカーンが先行していました。

アテネ2004のライト級で銀メダルを獲得したとき、カーンはまだ17歳。英国史上最年少メダリストとして大きな注目を集めます。

2009年、プロで世界王者になったのは22歳7ヶ月と10日もナジーム・ハメド(21歳7ヶ月と18日)、ハービー・ハイド(22歳6ヶ月と20日)に続く史上3番目の若さでした。

King Khanは間違いなく〝国民的英雄〟の有力候補だったのです。


The Special Oneのハイライトは2014年8月16日、IBFウェルター級王者ショーン・ポーターをマジョリティデジションで競り落とした一戦です。

英国にとって最も晴れやかな名誉が「米国の強豪王者を米国で倒す」ことです。

彼らが生まれた1986年、ロイド・ハニーガンがドン・カリーを破って以来の快挙をやってのけたのです。(ハメドも米国でケビン・ケリーを破って王者に就いていますが、HBOを〝買収〟したハメドは完全Aサイドで、この種の快挙にはカウントされません)

2人の対決が最初に具体化したのは、なんと2005年8月。17年前に遡ります。

当時のブルックは8戦全勝の6回戦ボーイ。カーンは1ヶ月前の7月に1ラウンドKOでデビューしたばかりのスーパースター候補。

つまり、ブルックは噛ませ犬として白羽の矢が立ったのです。このときは試合が流れてしまいましたが、ブルックはカーンを挑発し続け、2人の因縁の輪郭が形成されてゆきます。

日本のボクシングファンには、そこまで思い入れはありませんが、英国はもちろん、米国でも大きな注目を集めるライバル対決です。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

国内予選から何度も崖っぷちに追いやられながら、そのたびに何とかかんとか踏みとどまるロコ・ソラーレ。

英国に大敗を喫して、その舟はまた沈みかけ、スイスに敗れて夢は撃沈したかに思えましたが…韓国がスウェーデンにまさかの逆転負けで棚ボタの準決勝進出が決まりました。

それにしてもこのチームには、どれほど強力な神様が味方しているのでしょうか。

大勝負が始まります。







しかし、ロコ・ソラーレ。運や神様じゃありません。

申し訳ありませんでした。

もう、最後までいっちゃって下さい。

相手は英国がいいですね。


「私たちのアドバンテージはラウンドロビンで他のチームよりも多くのミスをして、劣勢を経験できたこと。3点取られても、4点取られても誰も慌てたり驚いたりしない」。

恐ろしいチームです。

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2006年頃から5年もの間、ポール・ウィリアムスはリングの上で最も避けられたファイターでした。

「147ポンド(ウェルター級)からミドル級(160ポンド)までなら、誰とでも戦う」。

PFPランキングこそ、マニー・パッキャオとフロイド・メイウェザーの後塵を拝する3位でしたが、もしパックマンやマネーと戦うとなればオッズや予想は拮抗していたのは間違いありません。
IMG_0797 (1)
https://www.youtube.com/watch?v=g3WNc984HPk


あれから…ちょうど10年が経とうとしています。

当時からカネロ・アルバレスは、安全な相手を吟味して選ぶ狭量のボクサーでした。

そのカネロが、パックメイも避けていたザ・パニッシャーを選んだのは「2月の石田順裕に完勝したが、石田によって154ポンドなら誰もが恐れるファイターではないことが証明された」(リング誌:STATE OF THE GAME)からでした。

カネロのWBCジュニアミドル級のストラップへの挑戦がセットされた9月15日まで、あと3ヶ月半。

2012年5月27日、ウィリアムスは弟の結婚式へ向かうためスズキ・GSX1300Rハヤブサに乗車し時速75マイル(120㎞)以上で走行中に車との接触を避けようとして転倒事故を起こしてしまいます。

世界で最も恐れられたファイターは、脊髄損傷の重症を負い下半身不随、日常生活でも今後立つことは不可能と診断されました。

2014年5月1日、全米ボクシング記者協会の第89回年次表彰ディナーで、ウィリアムズはBWWAからビル・クロフォード賞を授与され、WBCのマウリシオ・スライマン会長から名誉のWBCチャンピオンベルトも贈られます。

もし、あの事故がなければ?

もし、カネロに勝っていたら?

ザ・パニッシャーにヘビー級制覇のチャンスはあったでしょうか?
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

世界ヘビー級チャンピオン。

ボクシングというスポーツの頂点に立つには、まずヘビー級の体重が必要です。

フロイド・メイウェザーはもちろん、マニー・パッキャオですら「ヘビー級」なんて世界とは全く無縁、冗談でも語られることはありませんでした。

それでも、クルーザー級やライトヘビー級の世界王者からは、ほとんどの挑戦が失敗に終わっているとはいえ、成功例もあります。
file_180059_2_ARCHIVE_ftizsimmons_blacksmith
フィツモンズがどれほど強かったのか?粗い動画と文献にしか手がかりはありませんが「恐ろしいほど強かったはず。そうでなかった理由は、どうにもこうにも見当たらない」(リング誌)。

「ヘビー級制覇」の最下限はミドル級。

ボブ・フィッツモンズとロイ・ジョーンズJr.が成し遂げています。

しかし、フィッツモンズは文句無しの大偉業でしたが、ロイは最弱王者ジョン・ルイス狙いの1試合限定、いわゆる〝空き巣〟〝ピンポンダッシュ〟でした。

「狭量なロイのヘビー級挑戦が何だったのか?」。その答えは、報酬やPPVの数字が如実に説明してくれています。

なにしろ「ロイ的なヘビー級制覇」は、すでにあのカネロ・アルバレスが狙っています。

鍵になるのは「穴王者狙い」です。

くだらない…。

とはいえ「ロイ的なヘビー級制覇」は、どこまで引き下げることができるのでしょう?

元世界ジュニアミドル級王者カネロがヘビー級王者になれば、フィッツモンズとロイの「ミドル級」を更新します。

いくら何でも、ここらあたりが限界です。154ポンド=ジュニアミドル級の下となると147ポンド=ウェルター級です。

パックメイですら冗談でも触れなかったのですから、ウェルター級王者が50ポンド以上も重いヘビー級制覇なんて想像も出来ません。ありえません。

〝ダック(旬の強豪との対戦を避ける)〟メイウェザーはもちろん、パッキャオにも、多くのファイターが対戦熱望の雄叫びを挙げました

そして、雄叫びの主がビッグネームの場合「メイウェザーがまた逃げた」と短絡的な見方が噴き出しました。

メイウェザーが、彼の決まり文句「ビジネスにならない」すら口にせず、対戦要求を無視したファイターがいます。

ボクサーとしては何事にも誠実に対応するパッキャオが、その対戦要求にノーコメントだったファイターがいます。

身長185㎝・リーチ201㎝のThe Punisherの最後の対戦相手は、石田順裕でした。

禍福は糾える縄の如し。人生はその通りです。悪いことばかりは続きません。

しかし、「アスリートとしての」人生となると、それはあまりにも脆弱です。

一瞬の事故が全ての夢や可能性を粉々に打ち砕いてしまうことが、残酷なまでに普通に起こってしまうのです。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ