カテゴリ: 壁を越える人々

昨年8月から活動休止中だったフワちゃんが昨日、自身のインスタグラムを更新。女子プロレス団体「スターダム」に入団、プロレスでの活動再開をファンに報告した。

フワちゃんは2024年8月、お笑い芸人のやす子に対し、不適切な投稿をしたことから、SNSなどで批判され、活動を休止していた。

フワちゃんは「この一年半、希望を捨てずにやってこれたのはプロレスがあったから」と書き込んだ。




希望を捨てずにやってこれたのはプロレスがあったから


プロレスがなければ希望を捨てざるをえなかった、そういう意味です。

そこまで追い込まれた人でも、表舞台に復帰が許される最後の希望がプロレスだったということでしょう。


プロレスとは何か?





 惑星から追放された〜この悔しさを忘れはしない
ゴリとラーの惑星にもプロレスがあれば、2人は宇宙を彷徨うことはなかったかもしれません。





年寄名跡「花籠」を借金の担保にしていたことなど数々のスキャンダルから角界を追放された大横綱、輪島大士。


トラブルメーカーだった北尾光司のケースでも「彼の場合は、もうプロレスへ行くしかないんだろうね」という声が多く聞かれました。


桑田スキャンダルを暴露した中牧昭二がプロレスラーになったのも、実に納得できるストーリーでした。



もうプロレスへ行くしかないんだろうね。


世間から叩かれまくり、社会から追放された彼らでも復帰が許される場所。

それがプロレスです。

スポーツとしても演芸としても認知されないプロレスは、社会に含まれないアナザーワールドに違いありません。


「もうプロレスに行くしかないんだろうね」。…とらえ方によっては、プロレスに対して非常に失礼な発言です。


広く門戸を開放し、社会から逸脱した落伍者をも飲み込む摩訶不思議なブラックホール。

それがプロレスです。





そして、五輪金メダリストのウルフアロンまで惹き寄せるのがプロレスの引力です。

なんという懐の広さ!



ウルフアロンのデビュー戦、楽しみです。


最後に、プロレス転向の記者会見を開いたウルフアロンの言葉を。


「なぜプロレスを?」と言われたら、「好きだから」です。



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Friday 7, November 2025
  
RP Funding Center, Lakeland, Florida, USA
commission:Florida Athletic Commission

promoter:Garry Jonas (Pro Box Promotions),
     Sampson Lewkowicz (Sampson Boxing)

matchmaker:Ramiro Hernandez, Daniel Rubin

バンタム級10回戦



アストロラビオはギレルモ・リゴンドーに番狂せを起こし、ジェイソン・モロニーと空位のWBOバンタム級王座を争い惜敗、勝利昨年7月にはWBCバンタム級王者中谷潤人のボディ一発で初回KO負けと日本のボクシングファンにもお馴染みの118パウンダー。

そして、Katsuma Akitsugi(秋次克真)は日本のボクシングファンにはほとんど無名ながら和歌山県生まれ、ロス在住のサウスポー。戦績は13戦全勝3KOと無敗のテープをジリジリと伸ばしています。

アストン・パリクテ、ジョナス・サルタンに続きアストロラビオと3戦連続でフィリピン人と対決するカツマが狙うは、もちろんバンタム級のストラップ。

WBO9位に付けるアストロラビオを攻略すると、待望の世界戦への道筋が開けてきます。

El Cuete Japonecito(童顔の日本人)が13試合で稼いだファイトマネーは、約20,000ドル(1ドル150円計算で300万円)をやっと超えましたが、米国の軽量級には厳しい現実が横たわっています。

世界王者になっても、米国ではまともな報酬が得られず、注目もされません。

それでも、王者になって日本で日本人相手に防衛戦となれば、その1試合で生涯報酬に近い大金を手にすることができます。

オッズは無敗のカツマが4/11(1.36倍)。アストロラビオが21/10(3.1倍)。


https://fushiananome.blog.jp/archives/34758739.html



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ベネズエラの野党指導者、マリア・コリナ・マチャドがノーベル平和賞に選ばれました。

受賞の理由は「マチャドらはBallots Over Bullets(銃弾よりも投票)を掲げ、独裁政権に立ち向い、選挙(野党選挙の予備選)に勝利し結束を実現、公正で自由な体制への移行を実現しようとしている」。

独裁政権が支配するベネズエラでは今回のノーベル平和賞についての報道は完全に遮断。

しかし、ベネズエラの主要メディアがマチャドに対して「暴力による抗議運動を煽る、平和とは無縁の人物」と一斉に糾弾したニュースを見て「ノーベル平和賞を受賞した」と感じ取った市民も多かったでしょう。



今回、平和賞だけでなく事前に受賞者が漏洩していた疑惑が持ち上がっていますが、ブックメーカーの動きを見れば疑惑ではなく99.99%事実です。

発表12時間前、平和賞のオッズ(受賞確率)は「スーダンの緊急対応室(ERRs)」が32.5%でダントツ。マチャドは2.1%で、米国トランプ大統領の4.75%よりも低く見立てられていました。

しかし、10時間前に38.95%と不自然に急上昇、一気にトップドッグに躍り出ると、7時間前には70%を突破。

英国の多くのメディアが「発表12時間前から10時間前の2時間の間に受賞者が誰なのかが漏洩した可能性が高い」と報じました。


まあ、ノーベル賞にどこまで意味があるのかよくわかりませんが、中でも平和賞は…。




さて、ベネズエラ。ベネズエラです。

多くのMLBプレイヤーを輩出し、野茂英雄もウィンターリーグに参戦したベネズエラですが、ボクシングファンにとってはメキシコ、プエルトリコに続く中米屈指のボクサー産出国です。

日本人が対戦しただけでもベツリオ・ゴンサレス、レオ・ガメス、ホセ・ボニージャ、エロイ・ロハス、アリミ・ゴイチア、デビッド・グリマン・メンデス、ヒルベルト・セラノ、アントニオ・セルメニョ、ノエル・アランブレット、ファン・ランダエタ、ロレンソ・パーラ、アレクサンデル・ムニョス、リボリオ・ソリス、ネオマール・セルメニョ、カルロス・カニサレス、イスマエル・バローゾ…思いつくままでつらつら名前が出てきます。

その中でも、ホルヘ・リナレスとエドウィン・バレロは日本で最も有名な2人かもしれません。


エドウィン・バレロの話が続きます。







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The time a fighter with a losing record became boxing world champion

負け越しボクサーが世界チャンピオンになるとき。


英国ボクシングニューズ(BN)誌から、日本のボクシングファンなら馴染みのある名前が満載のお話です。

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ボクシングの世界は無敗よりもドラマティックなことに溢れている…。


シュガー・レイ・ロビンソンの生涯成績は174勝109KO19敗6分。モハメド・アリは56勝37KO5敗。マニー・パッキャオは62勝39KO8敗2分。

その数字からは、彼らがどれほど特別なボクサーだったのかは全く読み取ることができません。

しかし、ボクシングのレガシーは「誰に勝ったのか?」だけで決まります。

無敗のまま引退した、高い勝率と高いKO率のまま引退した…他のスポーツなら賞賛される数字を並べても、ボクシングの世界ではそれでどうした?と笑われるだけです。

また、シュガー・レイやアリ、パッキャオの戦績が色褪せて見えるのは、引退間際に負けが混んでいるというほとんど全てのボクサーに共通する事象を抱えているからでもあります。

世界チャンピオンになるとき。挑戦者たちは連勝の勢いに乗っていたり、キャリアの中で心身ともにピークにあるのが常識です。

ところが…。


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前置きが長くなりました。

フランシスコ・キロスのお話です。

元世界チャンピオンのドミニカ人が33歳でグローブを吊るしたとき、その戦績は11勝5KO13敗1分(原文では15敗)。

キャリア終盤で負けが混めば、元世界チャンピオンでもそういう数字にはなるだろうーーーいえいえ、そうではありません。

キロスは近代ボクシング150年の歴史でもたった1人だけという記録の持ち主。

負け越しボクサーが世界チャンピオンになった、という稀有なケースの主人公なのです。

キロスが母国ドミニカでキャリアをスタートさせたのは20歳のとき。

首都サントドミンゴで6連勝、世界ランク入りを狙ってコロンビアとプエルトリコを転戦するも、当時プロ4戦の経験しかなかったシュガー・ベビー・ロハスに敗れるなど壁にぶち当たります。

ロハスはのちにサントス・ラシアルを破ってWBCジュニアバンタム級タイトルを獲得、ヒルベルト・ローマンに敗れて陥落。

ジュニアバンタムのWBCストラップは渡辺二郎から奪ったローマンがラシアルにまさかのTKO負け。そのラシアルに勝利したロハスからローマンが奪冠する、日本のファンも身近に感じるタイトルでした。

キロスはドミニカに帰ってフライ級のナショナルタイトルに挑戦するも、ラモン・アントニオ・ネリに3ラウンドKO負け。

※BN誌によると「Upon his return, Quiroz challenged eventual WBA world title challenger Ramon Antonio Nery two times in the same week for the Dominican Republic flyweight title and was knocked out for the first and second time in his career.(のちにWBAタイトルに挑戦するラモン・アントニオ・ネリのドミニカ・フライ級王座に1週間で2度挑戦するも2試合ともKO負け)」とありますが、BoxRecでは1982年3月1日に行われた1試合のみしか記載がありません。

デビューから6連勝のあと、一つの無効試合を挟んで10連敗(BoxRecでは8連敗ですがBN誌や他の文献を見ると10連敗が正しいと思われます)。

連敗のトンネルを3勝1分で抜けると、サプライズとしか表現できない話がWBAからもたらされました。

WBAジュニアフライ級王者ルペ・マデラへの挑戦です。

ルペ・マデラ。渡嘉敷勝男の現役時代を知るファンで、彼の名前を忘れた人はいないでしょう。

日本ボクシングを協栄ジムが代表していた忌まわしい時代の不憫な犠牲者が、マデラでした。

不可解な判定に翻弄された渡嘉敷との4試合で、ようやくタイトルを掴んだマデラの初防衛戦に選ばれたのがキロスだったのです。

1984年5月19日、ベネズエラの〝麗しの太陽の地〟マラカイボのリングに上がったキロス。この時点での戦績は8勝10敗1分、なんと負け越しボクサーが世界タイトルマッチのリングに上がりました。



キロスは完全アンダードッグでしたが、ジュニアバンタム級で戦ってきた体格は小さなマデラを悩ませます。

ドミニカ人挑戦者は長距離の左右を槍のように突き刺して、ゲームを支配。

迎えた第9ラウンド。キロスのタイミングが合っていた左アッパーがクリーンヒット、ワンツーをフォローすると王者がついにダウン!

必死に立ちあがろうとするメキシコ人でしたが、主審はカウントを終えて立ち上がった元王者を抱きしめました。

負け越しボクサーが世界チャンピオンになった、史上初の瞬間です。

新王者のキロスは9勝10敗1分。負け越しの世界王者でもありました。

キロスは初防衛戦を2ラウンドKOでクリア、戦績はついに10勝10敗1分のイーブンに戻します。しかし、2度目の防衛戦でジョーイ・オリボに敗れてタイトルを手放してしまいます。

そして…米国史上初のジュニアフライ級王者になったオリボは、韓国のリングに引っ張り上げられ、のちの殿堂入りファイター柳明佑にタイトルを開け渡すのでした。

キロスはオリボ戦から5連敗、33歳で引退を決意します。

その2年後、ナイトクラブでマフィアの乱闘事件に巻き込まれたキロスは悲劇の死を遂げてしまいます。

まだ35歳の若さでした。


負け越しボクサーが世界タイトルマッチに…明確な規定は存在しませんが、どの団体も負け越しボクサーをタイトルマッチに組み込むことには極めて消極的で、よほど特殊な条件が揃わなければキロスのレアケースは再現不可能です。

最も近似するサンプルは、1勝1敗の五分の戦績でWBOフェザー級王者決定戦に挑みゲイリー・ラッセルJr.に勝利したワシル・ロマチェンコでしょう。特殊な条件がいくつも重なったロマでも、イーブンの成績。


フランシスコ・キロスの奇妙な大番狂せは、なんでもありのボクシング界でも再現不可能な記録です。



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Of the many world champions that have been produced in Japan, only a small handful have honed their craft outside of Tokyo.


日本のボクシング界には様々な特殊事情がある。

プロ野球選手のトップは体格的に日本人を上回るメジャーリーグへの憧れを隠さないのに対して、ボクシングでは130ポンド(58.97kg)以下の軽量級にタレントが集中している。

そして、集中しているのは階級だけではない。

地方色の欠如だ。

ファイターたちは東京と名古屋、大阪の大都市圏で研鑽を積み世界を目指す。世界タイトルマッチを組むには強力なコネクションと資金力が欠かせない。また、大都市には経験豊かなトレーナーや豊富な練習相手、最新のトレーニング環境も整っている

残念ながら、地方のジムにそれらは存在しない。

この国では何もかもが一極集中だが、その色合いが最も濃厚に見られるスポーツがボクシングだ。

100人を超える世界チャンピオンを生み出してきた日本だが、東京以外のジムに所属しているファイターはほんの一握り。東京、名古屋、大阪の大都市圏から離れた地方から世界を掴んだファイターとなるとさらに限定される。


The 29-yar old Akui is one of those rarities.

2014年4月20日、ユーリ阿久井政悟は東京から高速を飛ばして8時間、新幹線でも3時間もかかる岡山の倉敷守安ボクシングジムの所属でプロデビューした。

彼に才能があるのは誰もがわかっていた。ハートが強いのも誰もがわかっていた。

11年後に、阿久井はWBA王者として日本最大都市・東京を象徴するコロシアム、両国国技館で、WBC王者と団体統一戦を戦っているーーーそんな予言をしても信じる人もいたかもしれない。

しかし、それを信じた人でも「そうか倉敷を出て東京の大きなジムに移籍するんだな」と少し寂しい気持ちになるはずだ。

日本に根を張ったボクシング界のシステムと慣習を知っているボクシングファンなら、倉敷と世界がどれだけ遠く離れているかをよく理解している。



小学校、中学校でサッカーのピッチを走り回っていた阿久井は、お年玉でボクシンググローブを買うと、かつて父親の一彦が練習していた守安竜也のジムのドアをノックした。

高校時代に井上拓真や田中恒成に敗れたとき、悔しさよりも「こういう選手が世界王者になるんだろうな」と思っていた阿久井の気持ちに変化が起きたのは、2017年8月23日の後楽園ホール。

初代日本フライ級ユース王座決定トーナメント決勝戦で6ラウンド2分1秒でTKO負け、プロ初黒星を喫したときだった。

相手は完成されたサウスポー。サウスポーと十分な練習を積める環境になかった阿久井は変幻自在の動きに圧倒され続けた。試合を止められ、コーナーの守安に謝った。あんなに一生懸命サポートしてくれた守安や応援してくれた地元の人にただただ申し訳なかった。



I was determined to become the champion here in Okayama.


その相手とは、未来のPFPファイター中谷潤人だった。15歳で単身アメリカに乗り込みボクシングに全身全霊を捧げる中谷に、阿久井は刺激を受けた。

中谷のように貪欲にボクシングと向き合うために、勤務先の天満屋グループ・山陽セフティの給与を使ってトレーニングのために東京に通うようになった。

しかし、練習拠点は倉敷にこだわった。

「ぼくは、ここ岡山から世界チャンピオンになってやる、そう決意したんです」。

阿久井の固い決意は昨年1月23日、ついに実を結ぶ。評価の高い無敗の王者アルテム・ダラキアンを終始攻め続けて、番狂せで世界タイトルを獲得。

岡山のジムから史上初めて世界王者が誕生した瞬間だった。


Seated ringside smiling ear-to-ear was the last fighter born in Okoyama to hold a world title, Joichiro Tatsuyoshi, perhaps the best pure action fighter the country ever produced.


エディオンアリーナ大阪のリングサイドで1人の男が笑顔でずっと拍手を送っていた。「俺がでけへんかったことをやりよった」。そう言って喜んでいるようだった。

日本ボクシング史上最高のアクションファイター、辰吉丈一郎もまた岡山県倉敷市の出身だったが、彼は岡山を出て、帝拳の大阪ブランチの所属で世界王者となっていた。

記者会見で阿久井は「地方には大都市にはない難しい問題がたくさんあるが、怖がらずに試合や練習で中央に乗り込んでほしい。地元を離れろと言っているのではない。それは本人が決めることで、地元を拠点にしながらでも大都市で試合をしたり練習をしたりすることはできる。地方にもチャンスはあるんです」と、エールを送った。

試合の翌日。阿久井は山陽セフティに勤務していた頃に着ていた古い作業着に袖を通し、金色に輝くWBAベルトを肩にかけて、かつて警備していた天満屋倉敷店に凱旋した。

花道を通る阿久井は、地方を去って東京を拠点としていたらおそらく包まれることがなかったであろう暖かい拍手に迎えられた。


2日前の3月13日、地方の可能性を示した阿久井政悟の112ポンドのチャプターが、号泣の涙と共に終わった。

6月に生まれる予定の3人目の子供を「世界王者として迎えたい。二つのベルトを見せてあげたい」という目標は叶わなかった。

進退については「わからない。まずは家族との時間を過ごしたい」と言葉を濁しましたが、試合前に示唆していた115ポンド転向と、階級を変えての寺地拳四朗との再戦について「機会があれば、ですね。楽しい試合だったので、もう一回やりたい気持ちはある」と、はっきり口にした。

敗戦後に心が揺れ動くのは当然だ。

大先輩の倉敷のアクションファイターも引退を何度も口にした。その数をきちんと覚えている人はいない。おそらく、本人も。


阿久井の115ポンドのチャプターが、ほどなく幕を開けるはずだ。

さて、今度はどんなやり方で岡山を、地方を輝かせてくれるのだろうか。


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今夜の有明アリーナ。

赤井英五郎が番狂せに泣き、那須川天心が空転(というと可哀想か?)、堤聖也と比嘉大吾はThis is BOXINGを体現、中谷潤人も期待を大きく上回るスペクタルを見せてくれました。

〝ビッグバン〟中谷が破壊したダビド・クエジャルは、リング誌ランキングで8位評価を受ける本物の世界ランカーでした。

中谷に惨敗してもクエジャルのランクは8位のまま。軽量級の層が薄いということを差し引いても、中谷の評価の高さが窺える事実です。

さて、今夜から始まるお話の主人公はクエジャルでも中谷でもありません。

リング誌バンタム級ランキングで10位に入っている、ハビエル・シントロンです。

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2019年12月31日、大田区総合体育館。

重岡兄弟が出場するワタナベジムの主催興行でしたが、主役は井岡一翔。

当時30歳のWBOジュニアバンタム級王者が初防衛戦に迎えたのは、24歳のハビエル・シントロン。

Perrito(子犬)と渾名されるプエルトリカンで、このときの戦績は11戦全勝5KO無敗。

同じ年の5月に伊藤雅雪がジャメル・へリングにWBOジュニアライト級のタイトルを奪われたフロリダ州キスミーのイベントでセミファイナルをつとめたシントロンは、江藤光喜に幻の初回KO負け(ノーコンテスト)を喫しながら、再戦でしっかり雪辱、この日を迎えていました。

2016年のロンドン2012、リオデジャネイロ2016と2大会連続で五輪に出場したプエルトリコのホープ。

PerritoはWBO1位で指名挑戦者として東京に乗り込んできたのです。

しかし、結果は4階級制覇王者の経験と技巧の前にUDで判定負け。

試合後のロッカールームでは「井岡は経験豊かな王者だった。多くのことを学んだ」と語っていたシントロンでしたが…。

失意のホープは、なんと4年6ヶ月余りもリングを離れてしまうのです。

ホープは30歳になり、階級はバンタム級へ。

そして、再び世界戦線に浮上してきました。



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【19日 共同】元世界ボクシング機構(WBO)フライ級王者の木村翔(36)=花形=が19日、現役を引退し、4月27日に埼玉県熊谷市で引退興行を行うと、主催するDANGANプロモーションが発表した。

元世界王者の八重樫東さんとのエキシビションマッチに臨む。

埼玉県出身の木村は2013年プロデビュー。

17年7月、上海で五輪2大会連続金メダルの王者、鄒市明(中国)に11回TKO勝ちし、WBO王座に就いた。

日本選手が敵地で新王者となったのは、日本ボクシングコミッション(JBC)公認試合では1981年の三原正以来の快挙だった。戦績は19勝(12KO)3敗4分け。



Forever Young〜

もうあの歌をバックに花道からリングに駆け上がることはないのでしょうが、あなたはForever Young 、第二の人生でもびっくりする嬉しいニュースを届けてください。


♬ 雨宿りするくらいなら

           晴れている街に 駆けて行くさ〜〜




おつかれさまでした!



.......「八重樫東さんとのエキシビションマッチに臨む」。

4月27日(日)熊谷か。東京から新幹線で40分くらいか。



♬ 片っ端から友達に借りまくれば

けっして行けない場所でもないだろう
   
      熊谷くらい〜





木村翔と八重樫東のエキシビション。

さんざんエキシをバカにしてコケにしてきた、私ですが全面的に訂正します、謝ります、生まれ変わります、これは生で見るしかない!

横アリくらいでやってくれたらありがたかったけど、上海とかじゃなくて良かった!

♬ けっして行けない場所でもないだろう 熊谷くらい〜


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2月24日(月:天皇誕生日の振替休日)
東京都江東区 有明アリーナ

コミッション:日本ボクシングコミッション
プロモーター:本田明彦(帝拳プロモーションズ)

メディア:アマゾン・プライムビデオ



■WBCバンタム級12回戦

中谷1/7(1.14倍) クエジャル9/2(5.5倍)

有明のリングに上がる6人の118パウンダーの中で、天心の次に素質があるのはクエジャルかもしれません。

直近の試合はジュニアフェザー級ですが、レイノソ一門の薫陶を受けたのですから体重超過はないでしょう…。ライアンやらネリはカネロに惹かれて気まぐれ入門しただけと信じましょう。

素材は確かですが、まだまだ未完の匂いしかしないクエジャルは今回が初の12回戦で、世界基準の相手との手合わせはありません。それがいきなりPFPファイター相手に世界戦です。

1−7のオッズは、23歳のメキシカンにかなり好意的に映ります。

あってはいけないことですが、もしもクエジャルが途轍もないポテンシャルを秘めていて、それをこの試合で爆発させるようなことがあると…。

それはないでしょう。

1日前に行われているアルツール・ベテルビエフvsドミトリー・ビボルの再戦が明白な形で決着すると敗者がPFPランキングを急降下、中谷のランクが繰り上がっているはずです。

ESPNやリング誌、そして最も公正と考えられているTransnational Boxing Rankings Boardで1位に評価されているオレクサンデル・ウシクが噂されている引退となると、ここでも一つ繰り上げ。

9月に予定されているカネロ・アルバレスvsテレンス・クロフォードの勝敗がどう出ようとも、やはり繰り上がる可能性大。

来年の今頃は多くのPFPでトップ3を井上尚弥、バム・ロドリゲス、中谷の超軽量級ファイターが独占、オスカー・コラーゾや寺地拳四朗らもランクイン、ジュニアフェザー級以下のファイターが過半を占めているかもしれません。




■バンタム級10回戦

天心2/5(1.4倍) モロニー19/10(2.9倍)

オッズが示す通り、モロニーにとって非常に難しい試合です。

サウスポーの武居由樹のスピードに翻弄された34歳のオージーが、天心の速さに順応できるとは到底考えられません。

世界戦2勝3敗。その2つの勝利もクロスゲーム。元・王者というのは不正確な表現で、正確には元・穴王者です。

モロニーが開き直って、第1ラウンドから超ホープに向かっていけるか?立ち上がりに不安があり、迷ってしまいがちないつものジェイソンだとそれも出来そうになく、厳しい展開しか予想できません。

逆目でいうと、この元・穴王者に苦戦するようなら、天心のチャンピオンロードの雲行きと評価は一気に怪しくなります。帝拳セレクションに抜かりはないとは思いますが…。

そして、モロニーは自分がどんな役回りで日本に呼ばれたのかを理解しているはずです。天心の噛ませ犬になる気はさらさらないでしょう。

母国でAサイドで戦い続け、晩年はホープの踏み台に。

スピード、パワー、テクニック…モロニーが世界基準の武器を何一つ持たないことは、その世界戦の内容を見れば誰の目にも明らか。しかし、頑健な肉体と根性があることも、その試合内容から明らかです。

もちろん、天心を応援しますが、モロニーにも天心の良薬になるような意地を見せて欲しい、そんな気持ちにもなってきます。




■WBAバンタム級12回戦
©︎ 堤聖也vs比嘉大吾

堤2/5(1.4倍) 比嘉19/10(2.9倍)←天心vsモロニーと同じ掛け率です。

日本が好き勝手できる軽量級の本領発揮の一戦。日本最強決定戦ですらない〝世界タイトルマッチ〟って一体何なのか?あまりにもシュールです。

もちろん、堤にも比嘉にも一片の瑕疵もありません。

ファンにとっては〝ボクシング純情〟が正面衝突する、楽しみな試合です。このイベントで最も感動する試合の予想、最右翼でもあります。。

「とにかく勝利を優先させる」なんて口にしても、そんな小手先の器用さをこの2人が持ち合わせているはずがありません。

魂の拳がぶつかったとき、2人のファイターはどれほどの痛みを感じるのか、私たちの鼓膜をどこまで振動させるのか、そして私たちの心をどんなふうに揺さぶるのか、じっくり味合わせてもらいます。



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オーストラリア!オーストラリア!!オーストラリア!!!

間歇泉のように、ときどき素晴らしいファイターを生みだしてきた国だが、ここ数年はスター候補が数珠繋ぎに登場。空前の黄金時代を迎えている。

日本目線で見ると、ファイティング原田の快進撃をストップしたライオネル・ローズ、当時としては歴史的な快挙となったはずの3階級制覇を阻止したジョニー・ファメショという宿敵が。

さらに日本でも大きな人気を集めたマニー・パッキャオを下したジェフ・ホーンと、忌々しい番狂せファイターがすぐに思い浮かぶ。


また、新垣諭からボクシング界から冷たい視線を突き刺されていたIBFで、バンタム級のストラップを強奪してから一気に4階級制覇の坂を駆け上がったジェフ・フェネック、フリオ・セサール・チャベスを痛烈にストップしたコンスタンチン・チュー、心身とも頑健なファイターたちの系譜も連なっている。

アルメニアのビック・ダルチニアン、南アフリカのラブモア・ヌドゥ、ムスリムのビリー・ディブら、逞しい移民国家の光彩も眩く放ってきた。

井上尚弥に果敢に挑んだキム・イェジュンは国籍こそ韓国だが、練習拠点はオーストラリア。準オージーのファイターといっても良いかもしれない。

人気階級のティム・チューがメガファイト路線に乗り、やはり人気階級の玄関口・ライト級のジョージ・カンボソスも米国の王者デビン・ヘイニーを地元のリングに引っ張り上げている。

ヘビー級進出を睨むクルーザー級のジャイ・オペタイアに至っては、サウジアラビアのキングダムアリーナのリングにすでに3度も上がっている。

市場規模こそ米国には全く及ばないものの、いまのオーストラリアのリングにはとにかく勢いがある。

チューやカンボソスと比べなければ、軽量級でもジェイソンとアンドリューのモロニー兄弟も地元で一定の人気を誇ってきた。

そんなジェイソンも34歳。キャリアの着地点を探す段階に入っているが、7年前はオーストラリア軽量級のホープだった。

ちょうど、今の那須川天心のように。

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ーーー2018年5月19日、豪州ビクトリア州マルバーンタウンホール。モロニー兄弟が揃い踏みするイベントのファイナル。

ジェイソンはすでに打診されていたワールド・ボクシング・スーパー・シリーズへの出場を内諾。バンタム級の強豪が集まるトーナメントに自信を持って挑戦するために選んだのが河野公平だった。

デビュー以来、16戦全勝14KOのジェイソンでも「軽量級の本場・日本の元世界王者」はキャリア最強の相手。

対戦相手の質でも亀田興毅やルイス・コンセプション、井上尚弥らと拳を交えてきた河野に対して、マロニーは貧弱な相手としか戦ってこなかった。

ただし、河野は直近5試合で2勝3敗の37歳。ジェイソンはプライムタイムのドアをノック中の27歳。

国内タイトルとアルファベト団体の地域タイトルをピックアップしながら着実にステップアップ。この日はWBAオセアニア・バンタム級王者として、河野を地元リングに引っ張り上げたのだ。

試合はオッズ(ジェイソン1.22倍/河野5.8倍)の通りにジェイソンが支配、第3ラウンドには相打ちながらダウンしたのは日本人。

第6ラウンド終了TKO負けに屈した河野は「昔の自分ならダウン後にもっと反撃できたのに」と引退を決意した。

そして、来週。

ジェイソンは7年前の立場から逆転して、那須川天心の踏み台として有明アリーナのリングに引っ張り上げられる。

オッズは26歳の天心が2/5(1.4倍)、34歳のジェイソンが19/10(2.9倍)。明白なアンダードッグ。

雑魚相手に強打で売り出したジェイソンも世界戦は5戦2勝3敗で、KO出来ないどころか二つ勝利はいずれもMDというフラフラぶり。

井上に粉砕されたのを差し引いても、まともな王者レベルにないことは誰もが認めるところ。

さらにサウスポーが苦手で、Aプランでしか戦えない不器用な34歳に上積みがあるわけもなく、劣化は時間経過と足並みを揃えている。

ところが、元王者という看板に加えて、信者らの「井上尚弥と戦ったから強い」という思い込みから強豪王者と勘違いしている人がいる。

そこも踏まえた見事な帝拳セレクションだ。

武居由樹のように強打でジェイソンをビビらせることは出来ないかもしれないが、天心にはスタミナ、ペース配分の上手さもある。武居が犯したガス欠のようなミスはしないだろう。

ジェイソンにとっては武居以上にノーチャンスの相手だけに、初回から猛攻を仕掛けるくらいしか勝算は思い浮かばない。

はたして、サウスポーが苦手でスピードへの対応力も鈍いジェイソンにそれが出来るか?


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その27歳のホープは、母国に引きこもって、温室マッチメイキングを順調にクルーズしていた。

そうは言っても、だ。

ホープにはいつか露路に出なければならない日が、必ずやって来る。

彼に用意されたのは、タフが売り物の元世界王者。

つまり、ホープの力量を測るには持ってこいの相手ということだ。

何よりも、この試合に勝てば、自身が温室で栽培されていることを意識してるにせよ、してないにせよ、その温室をブチ破る本物の自信を手に入れることができるのだ。

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一般紙がデビュー前のボクサーを大々的に取り上げる…「人気階級の五輪金メダリスト」村田諒太のような特別すぎる理由があるならまだしも、彼にはボクシングの実績が何一つないというのに!


ーーー那須川天心も今年、27歳の誕生日を迎えるが、この話は彼のことではない…。

2018年5月19日、今から7年前に27歳だったジェイソン・モロニーのことだ。


ーーーホープにはいつか必ず露路に出なければならない日がやって来る。

2025年2月24日。

那須川天心にも、ついに〝その日〟がやって来た。


…おっと、その前に…ジェイソンとオーストラリアの話を少しさせてくれ。







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