フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜

      Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。

カテゴリ: 壁を越える人々

「9日に一都三県で緊急事態宣言発令へ」というニュースをラジオで聞きながら、今朝はジョッグではなく車で一気に北上、四季の森公園へ。

オンライン、在宅ワークというのはある意味、365日24時間いつでもどこでも仕事ができるということです。

これは絶対に良くないです。
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里山を利用した大きな公園です。

在宅ワークで仕事がいつでも受注できる、仕事量が劇的に増えるというのは、絶対に良くないことです。

ただ、天気が良ければ、こういう屋外でも仕事ができるというのは悪くありません。

それでも、もうこれ以上仕事を抱え込むのは嫌なので、新たに人材募集をかけました。

募集広告の文言をめぐって喧々諤々、私のアイデアは一般社員にまで絵文字で却下…「誰の仕事を手伝ってもらう人を募集するのか考えろ!」という抵抗も虚しく。
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さて「 Right or Wrong? Good or Bad?〜那須川天心のボクシング転向は正しい選択か? ボクシング界にとって良いことか?」。続きです。

ちなみに、大晦日のRIZINは録画してみましたが「井岡一翔vs田中恒成」を見た後というのは関係なしに、あまり面白いとは思えませんでした。

那須川のボクシング転向は「決定事項だが時期は全く未定」ということでしょうか。

さあ、ボクシング世界王者よりも知名度の高い22歳のボクシング参戦、ボクシング界にとってGoodか、それともBadか?


Good

①大きな流れの中でボクシング界が低迷を続けている中、那須川の転向はデビュー戦から大きな注目を集めることは疑いようがありません。

ここでいう「ボクシング界」は国内を指します。大きな興行を打つスター選手やトップ選手が海外志向を強めることは、決して悪いことではありません。

記憶に新しいところでも「中谷正義の快挙」は、海外だから実現した舞台でした。

その一方で、日本ボクシングコミッションの収支決算は右肩下がりを続けています。

国内開催が多い日本タイトルをはじめ地域タイトルへの関心・注目度を上げることは、喫緊の課題ですがコミッション主導では大きな成果は何もあげられていません。

那須川への注目はたとえそれが頓挫しても、那須川の壁となった選手の名前が売れるなど〝底辺〟の活性化に貢献するはずです。


②那須川が日本王者になるなど、成果をあげるとボクシング界とその他格闘技の間を隔てる障害物を取り除く力学が働くかもしれません。

ボクシングの低迷と、若い才能がサッカーや野球だけでなく他の競技にも流れる中で、競技人口を下支えする底辺はもちろん、トップ選手でも他の格闘技界から才能を迎えることは市場最活性化の最短コースでしょう。

他の格闘技選手が簡単にプロボクサーになれない仕組みが作られている最大の原因は、コミッションが既得権益にしがみついているだけのことです。

米国のプロモーター制にも問題は山積していますが、日本のジム制度も大きく変革しなければならない曲がり角に差し掛かっています。

「フロイド・メイウェザーvsコナー・マクレガー」を統括、公式戦と承認したネバダ州や、「マイク・タイソンvsロイ・ジョーンズJr.」を統括したカリフォルニア州のように、JBCももっと良い意味でカネづるを利用する嗅覚と実行力を持つべきです。




Bad

日本ボクシング界にとって、悪いことは一つもありません。
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小惑星探査機「はやぶさ2」から分離され豪州南部ウーメラの砂漠地帯に着地したカプセル〝玉手箱〟が回収され、今週8日(火)に神奈川県相模原市の宇宙航空研究開発機構(JAXA)に到着しました。

相模原市、お隣の市です。〝玉手箱〟があるJAXAを「ちょっと走って見てきたろ」と思い、35㎞近く離れたJAXA相模原キャンパスを目指して出発。

JAXAに隣接している淵野辺公園のは「相模原34スタジアム」や「ひばり球場」に車で行ったことがあるので、何となく走行ルートもわかります。

30㎞走りきって〝玉手箱〟帰還を祝福するムードに溢れているJAXAや最寄り駅の様子を見たら、それなりの充実感に違いない…と走り出しましたが、約16㎞走ったところで「これは到底完走できない」と心がへし折られてしまい、電車に乗ってしまいました。

うう、無念。

「はやぶさ2」は2014年12月に地球を出発、丸6年もかけて3億㎞も離れた小惑星リュウグウを往復する探査ミッションを完遂したというのに…わしは16㎞で挫折。

JR横浜線を降りると、改札前には「銀河鉄道999」のメーテルと「ロケット兄弟」がお出迎え。
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しかし、その看板も以前から設置されていた感じで、期待していたような「はやぶさ2」フィーバーは全くなし。駅舎や周囲のビルに、祝福する横断幕も見られません。

駅からジョッグで約10分。JAXAはさらにひっそり。
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JAXAの正門にも快挙を伝えるものは何も見当たりません。相模原キャンパスを囲むフェンス沿いに歴代の打ち上げロケットや、衛星・惑星探査機が紹介されていましたが、それも薄汚れていました。
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新聞、テレビ、ネットであれほど報道された「はやぶさ2」ですが、意外にも〝故郷〟ではひっそり。

「はやぶさ2」を少し不憫に思いながら、まだ4時だというのに暮れかかった空の下、駅に戻ります。日の入りが早いから、2時過ぎで夕方の感覚、5時で辺りは真っ暗。

ローカル感満載の横浜線で帰路につきながら…「 Right or Wrong? Good or Bad?〜那須川天心のボクシング転向は正しい選択か? ボクシング界にとって良いことか?」。やっと本題に入ります。


Right!

①才能と実績のあるキックボクサーの選択に、結果がどうあれ「Wrong=間違い」などありえません。

キックボクシングに達成感を覚え、新しい地平線を目指す。素晴らしいことです。那須川の人生を考えたら、ここで転向しないことは、ただ悔恨を残すだけです。

22歳の才能が挑戦することを「やめといたほうが身のため」と否定する方が理解に苦しみます。

どんな結果が待ちかまえていようが、ボクシング転向の答えはRight(正解)でしかありえません。



②日本でもボクシング人気は下落傾向で、ライセンス交付数も激減。競技人口・レベルも下がっていると予想できます。

高い格闘技のセンスを持つだけでなく、公式戦経験こそないものの、ボクシング練習を早くから積み重ねてきた那須川は〝ズブの素人〟ではありません。

ライセンスは一発合格は確実、現時点でも6回戦レベルの能力があると考えられます。デビューから一年、5試合程度で日本王者になっても驚きません。

そして、その試合は日本タイトルマッチとしては規格外の地上波生中継のビッグファイトになるでしょう。



③ホルヘ・リナレスや具志堅用高らが神童のボクシングセンスを「世界王者になれる」と太鼓判を押しています。

体重の作り方が違いますから、おそらく那須川はキックの58㎏前後よりも絞ってジュニアバンタム〜ジュニアフェザー級で世界を狙うことになります。

ライト級のパンチとキックを受けてきた那須川にとって、層の薄い軽量級でのフィジカル・アドバンテージは多くのキックからの転向選手と同様に相当大きいでしょう。

ボクサー転向で潜在能力をどこまで爆発させるかにかかっていますが、ビタリ・クリチコのように強豪王者に化けるかもしれません。



Wrong…

①那須川はすでに平均的なボクシング世界王者を凌駕する名声を手に入れています。

常識的に考えて、ボクシングの世界王者になるのは非常に厳しいと言わざるをえません。

22歳の那須川の人生と才能を考えると、ボクシングで失敗してもキックに戻る時間も需要もあるでしょう。

しかし、出戻った那須川の商品価値は暴落してしまいます。経済的・名声的にもキックを続けることがこのまま勝ち組であり続ける最も確実な生き方です。

ボクシングに転向するには、現時点の那須川にとってあまりにもリスクが大き過ぎます。フロイド・メイウェザーに惨敗するのとは全く意味が違うのです。



②キックボクシングの地盤は、ボクシング以上に脆弱です。那須川がキックのリングを去れば経済的なダメージは計り知れません。

キックボクサーとしてさらに競技の発展に寄与することこそが、那須川がその才能と能力を最大に表現、還元できる方向です。

豊穣なタレントを抱えるNPBから、スター選手がMLBを目指すのとは訳が違います。

キックボクサーを憧れる青少年や、ファンにとっても、那須川が最も適性のあるキックを離れて、ボクシングで勝負する後ろ姿に寂しい思いを募らせるかもしれません。



③まだ1試合も公式戦を戦っていないキックボクサーを、ボクシングの専門家や現・元世界王者が手放しで評価していますが、リップサービスをメディアが過剰に報道しているだけです。

メイウェザーの現役時代のビデオを見ながら「これ、どうよ?いけるだろ」「うん、勝てない相手じゃない」と真剣に語り合っていた、重症の勘違い病を患った父子です。

もし彼らにボクシングを見るセンスがあれば「この現役メイウェザーなら勝ち目はゼロ」「どこまで衰えているか、どこまで舐めてかかってくるかしか期待できない」と分析するはずですが…。

勘違い病の父子をテレビとメディアが無責任に担ぎ出すのは、何もこれが初めてではありません。

失敗したら、世間の風向きが変わったら、すぐに梯子を外すのが彼らのやり方です。




▶︎そして、次回はボクシング界にとってのGood or Bad?です。
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キックのファンには失礼な物言いですが、那須川天心の挑戦は「泪橋を逆に渡る」ということです。

もし、生まれたばかりの赤ん坊を抱くあなたに神様が「この子の未来にサッカーかフットサルの世界的スターを用意した。どちらでも好きな方を選びなさい」と話しかけたら、あなたは前者を選ぶでしょう。

同じように「ボクシングのウェルター級王者か、キックボクシングの王者」なら、やはり迷わず前者を選ぶはずです。

ボクシングとキックボクシング。

よく似たスポーツで、両方とも好きというファンも多いと思います。

しかし、この二つの格闘技の間は「社会的な認知」という大きく分厚い壁によって隔てられています。

地上波ゴールデンタイムで生中継される那須川に対して、生中継すらされないボクシングの世界戦も少なくありません。

両者の注目度には雲泥の差がありますが、一般紙がスポーツ欄で扱うのは後者です。那須川のキックボクシングは、一般紙の世界ではスポーツとして認められていないのです。 

ボクシングとキックボクシング。「認知」と「非認知」。

その間に架かる〝泪橋〟。

多くの場合、ボクシングの落ちこぼれや、元有名ボクサーが〝都落ち〟と後ろ指を差されながら、この橋を渡って行きました。
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一方で、世界的にはキックボクサーからボクシングに転向して大きな成果を掴んだ例は、枚挙にいとまがありません。

トップレベルの層が薄く同じ相手との対戦が多いために、賭けが成立しなくなる強豪選手が国際式に転向するムエタイはその典型です。

しかし、タイ王国ではムエタイは国技、文句無しの「認知」されたスポーツです。 つまり、かの国には〝泪橋〟はどこにも架かっていないのです。

また、キックボクシングの人気が非常に希薄な米国でも、その興行はボクシングと同じ各州のアスレティック・コミッションが統括する「認知」されたスポーツです。それは、欧州でも同じです。

こうした背景を考えると、井上尚弥と村田諒太と並ぶ最も知名度のあるプロ格闘技選手の一人である那須川の職業が認知されていない事実は、非常な理不尽に思えてきます。

もちろん、那須川の職業をスポーツと認めることは、RIZINを「スポーツの統括団体」と認めることに他なりません。

那須川とキックボクシングはスポーツと認めるべきだと思いますが、誰がどう贔屓目に見てもRIZINはスポーツを統括する団体ではありません。

もちろん「いつか必ず一般紙のスポーツ欄で扱われるスポーツになってみせる」という真摯な目標があって、資本を強化するためにやむなく茶番劇を交えなければならない忸怩を飲み込んでいるのなら、多くの人が惜しみないエールを送るでしょう。

しかし、RIZINから聴こえてくる言葉からは、チンケな茶番劇の腐臭しか立ち昇ってきません。

「キックボクシングという素晴らしい世界をスポーツとして認めさせる」という高邁な野望を読み取ることは、全くできないのです。

UFCを筆頭に、米国のMMA団体はネバダ州をはじめ有力州のアスレティックコミッションへのロビー活動を進め、ボクシング同様かそれ以上に厳しい姿勢でドーピングを管理、今ではESPNやYahoo!など多くのメディアでボクシングに並ぶ(あるいはそれ以上の)プロ格闘技として認知されています。

没落したリング誌が電子版はもちろん、プリント版でもMMAコーナーを設けるなど、両者の勢いの差は明らかです。

男子トップ選手は、ボクシングの軽量級王者よりも遥かに大きな報酬を手にし、女子はすでにボクシングを圧倒する待遇に浴しています(MMAでもボクシング同様に男子はフライ、バンタムが冷遇される格差はありますが)。

米国限定とはいえ、短期間でボクシングに追いつき、追い越そうとしているMMAが発散していた高邁な野望は、RIZINには微塵も感じられません。

それどころか、全く真逆の姿勢で茶番劇に軸足を置いているようにすら見えます。

もし、海外のようにキックボクシングがスポーツとして認められ、一般紙でも報じられるようになれば、高校大学などの部活動やアマチュアも活発になり、裾野が一気に広がるはずです。

もし、そんな世界でキックを職業にしていたら、那須川はボクシング転向なんて考えなかったかもしれません。

しかし、現実には那須川の前には物悲しい〝泪橋〟が架かっているのです。

彼がさいたまスーパーアリーナの大観衆を熱狂させて、高視聴率を叩き出しても、翌日の一般紙では全く扱われません。


それでも…。

もし、あなたが産まれたばかりの赤ん坊に、神様の差し出した二択を「それしかない」と選んでいたら…それは本当にその子の人生にとって幸せなことでしょうか?

私は、小学生の頃「野球をしないやつは負け犬だ」くらいに思っていました(最低です)。しかし、陸上競技の面白さを識ったとき、やっと宝物を見つけた気分になれました。

いつの間にか、それしかないと勝手に思い込んでいた野球。そんな野球とは全く違う陸上競技の世界。

中距離や長距離のレースで勝った喜びや興奮は、団体競技の野球で勝つのとは種類が全く違いますが、個人的には圧倒的に大きな愉悦と恍惚でした。 

キックを選んだ那須川天心にも、彼なりの想いが当たり前に、強烈に込められていたはずです。

そして、今、頂点を極めたキックボクサーとして、ボクシングを選ぼうと面舵一杯を取る覚悟には、常人には思いの及ばない複雑な情熱が溢れているはずです。

単純に「陽の当たる場所に行きたい」だけではないでしょう。「キックボクサーの代表」としての矜持や、一種の責任感もあるかもしれません。

いずれにしても、日本で人気絶頂のキックボクサーがボクシングに挑戦するというのは、異例です。 

かつて、魔裟斗はK1ワールドマックスで優勝したとき「これはWBAやWBCのタイトルに匹敵する」と喜びました。「ラスベガスでバーナード・ホプキンスと戦いたい」とも口にしました。

魔裟斗は、今の那須川よりも大きなムーブメントを作ったキックのグレートでしたが、彼の言動から滲み出るボクシングへの未練や嫉妬は、キックのファンにとって残念なニュアンスがあったかもしれません。
 



…余談ですが、友人の友人の友人の友人の…遠い機縁で同年代に「馬場くん(仮名)」というプロのキックボクサーがいました。

彼はトップ私大卒で大企業に就職してからもキックを続け、毎年タイで合宿稽古を行う変わり者でした。

ボクサーもそうですが、ときどきこの種の「変わり者」っているんです。 

彼の対戦相手の応援団は、完全100%族上がりというか、現役族というか、格好悪い特攻服やらものすごい出で立ちで後楽園ホールにやって来るのです。

応援もガラが悪いというよりも、まず頭が悪い。エレベータで一緒になると、普通にガン飛ばしてくるから、気分も悪いんです。

まー、頭の悪さならこっちも負けてません。

あるとき、不細工な顔近づけて睨んでくるバカがいたので「お兄ちゃんら、その格好で電車乗ってきたんか?」と聞くと、お兄ちゃんが「電車乗ったら悪いんか!」と激昂、一緒にいた馬場くんの同窓が「ごめんなさい、この人(私のこと)酔っ払ってるから、許したって」と間に入ることもありました。

一方、こっちの応援席は、私を除いてみんなお行儀の良い紳士淑女。キックの試合はボクシング以上におかしな奴らが多いから、身なりから雰囲気からめっちゃ浮いてるんです。女性が多いっていうのもあります。

そういえば、族軍団って女子もいそうなのですが、私が行った後楽園ではまずいなかったです。

馬場くんはタイトルマッチも何度か経験している選手でしたが、晩年は負けも混んで、それでもリングから降りると観客席まで来て「せっかく応援してくれたのにごめん」とグローブを合わせて謝るのでした。

…タクシーの中で話も揺れまくりですが、あるとき、馬場くんと少し話をする機会があって「キックボクシングじゃ報酬も低いし、何よりもスポーツとして社会的に認知されてないけど、そういうことへのジレンマはないのか?」と聞いたことがあります。

彼は顔色ひとつ変えずに「認知されてるボクシングが羨ましいってこと?それはないなぁ。とにかく大好きだからやってる、としか言いようがない。変な言い方かもだけど、認知っていうなら俺の方がキックを認知しまくって、大好きだから、それ以外何も要らんのよ」と微笑いました。

それから「人に認知される生き方か、自分が認知する生き方か、どっちが良いか人それぞれだけど、それを◯◯(私ですね)さんが言いますか? 」のような意味のことを言うと、馬場くんに大笑いされて…。

話が逸れまくって「 Right or Wrong? Good or Bad?〜那須川天心のボクシング転向は正しい選択か? ボクシング界にとって良いことか?」については全くふれないまま、もうすぐ自宅じゃー。
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日本のプロ格闘技でメジャー3人は?
この問いの答えは「ボクシングの井上尚弥と村田諒太、そしてキックボクシングの那須川天心」で間違い無いでしょう。

日本のボクシングファンの間では、フロイド・メイウェザーと戦った那須川はテオフィモ・ロペスや、ジョシュ・テイラーよりも有名かもしれません。

その、キックボクシングの〝神童〟がボクシング転向を真剣に考えています。

ボクシングファンからは「選手層もレベルも高いボクシングでは通用しない」と否定的な意見が圧倒的です。

キックボクサーとして魔裟斗以来の高いステイタスを獲得しながら、未知の世界に飛び込もうとする22歳の選択は正しいのか?

そして、異業種からの参戦は、ボクシング界にとって良いことなのか?
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那須川の転向がどのような結果になろうとも、答えなどないテーマです。

さまざまな角度から Right or Wrong? Good or Bad?を考えてみます。
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人気者が優遇されるという点において斎藤祐樹を例に挙げているのでしょうが、とっくの昔に戦力外というのは的外れです 

斎藤佑樹に限らず、活躍の期待値が高いとされるドラフト上位の選手が長く在籍するのは珍しくありません 
 
また、ドラフト上位の選手はドラフト時点で活躍の期待値が高いことを意味しており、排出した学校や企業の期待に答え、学校や企業との関係性を壊さないよう、その選手をしっかりと面倒を見なければならない事から長く在籍することは一般的です 

戦力外になるかは所属する球団の選手層も影響し、斎藤佑樹が所属する日本ハムはここ数年、投手の選手層が薄いため2軍では結果を残していた斎藤佑樹が残ることは不思議ではありませんでした 

斎藤佑樹が戦力外になる可能性を論じるのは年齢と怪我で上がり目が無くなった今年以降と見るのが妥当です 

ボクシング記事のヤフコメが酷いのはいつものご指摘の通りですが、斎藤佑樹をとっくの昔に戦力外というのも、毎年斎藤佑樹を戦力外と叫ぶ的外れなヤフコメと同等と認識した方が良いと、老婆心ながら思います 

斎藤佑樹にとって人気が良い方向に働いたこともありましたが、 
むしろ、人気があり注目度があったことで、ドラフト上位の選手が活躍できなかった末路として特別ではなかったにもかかわらず、ライト層から過剰に批判された例でもあったと思います
 
2020-08-31 16:11:55 返信編集 ななし 202.243.234.199
 
 
ドラフト1位で入団するのと、そうではないのでは待遇や与えられる出場機会に大きな差が生じてしまうのは当然です。

期待外れに終わった大卒ドラ1が球団職員として第二の人生が用意されるケースを見かけますが、それも入団時の契約条件に盛り込まれていることが当たり前です。

また、甲子園で大活躍するなど知名度だけならプロでもトップクラスのルーキーも特別過保護に扱われます。

もし、斎藤佑樹がハンカチ王子という別の名前を持たない、大学時代の実績だけのドラ1なら、プロ10年目のシーズンを迎えることはなかったでしょう。

そして、甲子園でライバルだった田中将大が世界最高のクラブでエースに成長していることも、二人の明暗のコントラストを強烈なまでに残酷たらしめています。

もちろん、ボクシングの世界でも、井上尚弥や井岡一翔らが木村翔のように圧倒的不利予想のアウエーで戦うことはありえません。

しかし、斎藤佑樹は斎藤佑樹であるがゆえに、他のドラ1なら与えられる忘却という免罪符を得ることのないまま、10年経っても二軍の試合で打ち込まれたことがニュースにされてしまうのです。

何か一つでも違ったら…。きっと、今のような底意地の悪い批判の矢を浴びることはなかったでしょう。

あの夏の相手が田中でなければ。そして歴史的な死闘で勝者になっていなければ。それなら、現在の影はここまで漆黒の闇色ではなかったはずです。

あのとき早稲田大学に進学せずに、即プロ入りしていたなら…。結果は変わらなかったかもしれませんが「進学してダメになった」という、本人が最も否定したい非難を粘着的に浴びることはなかったでしょう。

熱烈なファンの罵声が球団の寵愛を簡単に粉砕する巨人阪神のような人気球団に入っていたら…。 それなら、とっくに戦力外です。そして、その知名度から手を差し伸べる球団もあったでしょう、それこそファイターズのような球団が。

>ドラフト上位の選手が活躍できなかった末路として特別ではなかったにもかかわらず、ライト層から過剰に批判された例でもあったと思います

ななしさんのこの指摘は二つの意味で間違っています。

一つは「斎藤はドラフト上位の選手としては特別扱いではない」ということ。斎藤のように一度もローテーに入ることもなく、2年目以降は戦力にならない低迷を続けて9シーズンもクビにもトレードにも出されなかった選手が、特別でないわけがありません。

そして、その批判はライト層ではなく、メディアからも吹き出しています。

もちろん、メディアや多くのファンが「斎藤は贔屓されている」と決め付けても、「特別」かどうかの客観的な定義や、線引きなど、そんなものは存在しません。

しかし、二つ目。言葉尻をとらえるようですが「活躍できなかった末路」というのは、明らかな大間違いです。

当然のことながら「末路」にも定義はありません。「こっから向こうが末路」なんて線引きもありません。

斎藤を語る文脈の中で「末路」という言葉は「惨めな最期」というニュアンスを感じてしまいます。もちろん、これは私の主観です。

定義や線引きなど存在しませんが、それはあくまでも客観的な話です。私の中では定義も線引きもあります。彼はまだ「末路」ではありません。

「プロになってからずっと辛いですよ。ずっと。戦力外にしてもらった方が楽だけど 、求められてるならクビになるまでやります。(どこかが求めてくれるなら)クビになってもやります」。

もっともっと楽なオプションが目の前にあるのに、甲子園史上最高のヒーロー(主観)は32歳になっても諦めていません。

きっと「ここがボトム」という程度に考えているのでしょう。でないと、とっくに折れています。

そして、何よりも…。

彼への批判は、彼のパフォーマンスにだけ向けられるべきです。彼への批判の多くに、彼がコントロールできないこと、すなわち球団の方針や姿勢まで含められていることは、あまりにも不条理で理不尽で無知蒙昧です。
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大相撲も魁皇の晩年あたりは温情相撲がかなり怪しい感じがありましたが。 
プロ野球は異質ですね。有名選手の保有や記録達成のための出場。引退試合では直球勝負、フルスイングが暗黙のルール、かと思えばノーノーやサヨナラ負けなんて事も。忖度の物差しのよく分からん世界です。 
2020-09-01 11:29:04 返信編集 ムーンサルトをする森光子 49.98.156.158

人気者の優遇処置(無理に出場機会を作る)という点においては、連続試合フルイニング出場世界記録中の晩年の金本知憲が一番分かりやすいと個人的には思っています
2020-09-01 14:21:25 返信編集 
ななし 153.164.69.204 

これは、お二人とも同じことを指摘しています。

勝手にまとめると「スポーツにおける実戦、真剣勝負の舞台で〝功労賞〟を持ち込むな」ということです。

〝功労賞〟はあるべきだ、と考える人でも行き過ぎた〝功労賞〟には眉を顰めるでしょう。

しかし、個人的には実戦の舞台でも〝功労賞〟はありだと思います。もちろん〝功労賞〟が存在しようがないボクシングは、だからこそ好きなので、大きな矛盾を孕んでいますが。

兎にも角にも、レジェンド達に実戦の場で贈る〝功労賞〟は正しい!(主観)

しかし、それはレジェンドの〝功労賞〟につきます。イチローや松坂は言うに及ばず、斎藤だって普通のドラ1ではありません、レジェンドです(主観)。



イチローが成し遂げた偉業は数え切れませんが、最も大きなものは小細工の首位打者争いを一切せずに戦い抜き、それまで日陰賞だった最多安打に眩しい光を当てたことです。

タイトルを争う現役バリバリの選手が首位打者を競り合う中で欠場したり、本塁打争いで対戦相手のライバルを意味なく敬遠したり。最多勝争いをする先発投手に安易に勝ちの付くイニングでショートリリーフさせる…そんな噴飯行為はファンを舐めきっているだけです。


ボクシングでいうと「3つ全部取られても勝ってる」と採点で大量リードと決め付けて終盤を流したブラッドリー初戦のパッキャオなんかは最低です。 

「肩を痛めて普通の状態じゃなかった」(メイウェザー戦) 、「オーストラリア入りしてからひどい風邪をひいて最悪の体調だった」(ホーン戦)も相当に見苦しいですが、リングの外の戯事です。

許せないのはリングの中でファンが面白くない戦法を選んだブラッドリー初戦の言い訳です。

主要メディアがパッキャオ勝利を支持、WBOが公式に誤審を認めた内容(誤審は認めても判定は覆らないのがボクシングとはいえそうじゃないこともあるから闇深い)でしたが、あんな試合誰が見たいと思うか!




この話は、まだまだ続きますね。。。。。(主観)。 

今朝の通勤で大枠書いた
【朝採り通勤レポ】ですが、加筆してこんな夜中にアップします。 実質「夜採り」ですがタイトルは「朝採り」です(主観)。
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1980年代中盤、私は高校から大学に進学した時代。




************このブログは移動中に書くことが多いのですが、夜中のタクシーで帰宅中、酔った勢いで思いついたことを書き殴って、自宅でまとめることもあります。

時間が経っても、どういう粗筋なのかは把握してるものですが、「これ」は何が書きたかったのか、どういう着想だったのか、どこに着地させようとしてるのか、全く思い出せません。

そこまで泥酔してないし、そもそも昨日か一昨日の話です。


「これ」↓

タイトルは「平岡公威(ひらおか・きみたけ)と長谷川公彦(はせがわき・みひこ)。」で、三島由紀夫と島田紳助の本名です。

書き出しは「 1980年代中盤、私は高校から大学に進学した時代。」。

何を書こうとしてたのか、全くわかりません。

タクシーの運転手さんとの会話から思いついたりしたのなら、何かしら覚えてるものですが…。


ついにボケが始まったのかとも戦慄しますが、こういうことが増えていくのがボケなのかなあ。

でも、せっかく書きかけたのだから、出発進行してみます。 
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お盆はとっくに過ぎたというのに、まだ考えております…。


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しかも、暫しの移動中に。移動時間に思いついて書いたり、映画やスポーツの録画を見たりはよくしていますが。

読書や映画鑑賞があらかじめ想定された移動時間内で読み切ったり、見終えるとは限らないように「書く」も書き切ることはあったりなかったりでした。

しかし、最近はなぜか忙しくゆっくり書く時間が取れないことが多くなりました。

よくよく考えると、移動中にすぐに使う資料やスケジュールなどを作成するのは普通のことで、それらは当然訪問先に到着した時点で完成していなければなりません。

と、考えるとこういうブログのお話なんかは結構簡単に移動時間内で書ききれると思い、最近は中途半端なまま下書き保存しないようにしています。

仕事の分析資料なんかを書くよりも、気分転換になって快適です。

この話も【ラスベガスの《ス》】で終わりではなく《ス》がリフレインする羽目になっているのは、そんなこととは関係なく、単に計画性が全くない、思いつきで書いているからですが。

しばし、耳障りなリフレインにお付き合いください。
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所詮はショーに過ぎないプロレス。アスリートというよりも役者や演者であるプロレスラーが、真剣勝負の総合格闘技で頂点を目指す。

それは、サーカスの踊り子がオリンピック体操競技で金メダルを狙うようなものです。

もし、そんなことが実現したら、そもそも存在すらしなかった「神話」が蘇ることになります。
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日本人のバンタム級でも、パッキャオがラスベガスでやってのけたようなメガファイトが実現する…。

これも「神話」の類です。

もし、それが存在しないのであれば、日本の軽量級は引き篭り状態から一歩も動けないまま、極めてドメスティックに世界チャンピオンを名乗り続けるしかない…。

"protecting the secrets of the business"

それは、富裕であるがゆえに王者を選んで来日させ、ベルトを奪うのが常套となった日本ボクシング界にとって否定してはいけない幻覚なのかもしれません。

裕福な挑戦者と貧乏な王者。

一見矛盾に思えますが、日本ボクシングの世界ではこれがデフォルトです。

そんな奇妙なボクシング界が「ラスベガスでは軽量級でもビッグマネーが稼げる」と幻覚を見ているのですから、これもまた「神話」に違いありません。


プロレスが長らく守ってきた、すでに広く一般知られていても、自分たちの口からは絶対に発してはいけない、秘密。

プロレスという仕事、この生業の存続に関わる重大事だからこそ、守らなければならない秘密。

"protecting the secrets of the business"

しかし、プロレスではそれは、もう過去の話です。

日本でも米国でもプロレスファンのメインストリームはみんな秘密を知って、このスポーツでも演劇でもない摩訶不思議なパフォーマンスを純粋に楽しむようになっています。

「今、我々の物語を楽しんでくれているファンは、そこにシナリオがあるのかどうかに関心を持つ人はいない。そこにあるのは物語が面白いかどうか、ワクワクできるかどうか」(新日本プロレス ハロルド・ジョージ・メイ社長)。

プロレスはついにファンと共に「神話」を乗り越えたのです。

神話を現実にしようとした桜庭和志やアレキサンダー大塚、安田忠夫…多くの偉大なプロレスラーたちは私たちに蜃気楼を見せてくれました。

しかし、現実の太陽が容赦なく照りつけるようになると、蜃気楼は儚く霧散します。

それでも〝八百長〟の世界から真剣勝負の舞台を目指したプロレスラーや、ソフトボールからプロ野球での活躍を夢見た大嶋琢磨のような挑戦が、無謀だと笑われる前に、誰の目にも気高く美しく荘厳にすら見えたのは、彼らが本物を目がけて砕け散ったからです。

同じ荘厳は、軽量級という〝卑しい〟出自にもかかわらず〝高貴な〟ウェルター級に挑戦したパッキャオにも見てとれるでしょう。

プロレスラーや大嶋匠と、パッキャオの間には1ミクロンの差もありません、そんなものがあろうはずがない。

あるのは蹉跌したか、成功したかという些末な結果だけです。

一方で、西岡利晃がMGMで犯してしまったことは、けして美しく気高い挑戦とは言えない欺瞞でした。

西岡に先駆けた長谷川穂積は「MGMメイン」は免れたものの「世界中から注目されている」と日本テレビが煽り立て、挙句はジミー・レノンJr.に「米国でも大きな関心が集められている試合だから、なんとしてもリングアナをつとめたかった。だから報酬なしで引き受けました」と言わせる始末。

あんな愚挙は繰り返してはなりません。

当の選手も可哀想です。

西岡がやったことは、サーカス小屋の小さなテントの中に五輪マークをあつらえて空中ブランコの技を披露したようなものでした。

次回は世界を震撼させる〝サーカスの踊り子〟は、パッキャオが最初で最後になってしまうのか、それとも?、を検証してみます。



さあ、電車が大嫌いな渋谷駅に止まりました。
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Kayfabe=ケーフェイ。
その語源は諸説ありますがBe Fake=イカサマをやるをその文字列に隠した隠語というのが通説です。
NHK BSプレミアムで昨夜放送された アナザーストーリーズ「タイガーマスク伝説~愛と夢を届けるヒーローの真実~」。

これを見て触発されたお話です。

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プロレスが「真剣勝負のプロスポーツ」として、一般紙やテレビのニュースでも扱われてきた戦後まもなくの時代から幾星霜。

多くの人が「プロレスは八百長」「プロレスラーは本当は弱い」ということに気付いてしまっていた1980年代初め。

村松友視が「私、プロレスの味方ですー金曜夜八時の理論」を書いたのが、ちょうど1981年。それはタイガーマスクが現実のリングに出現した年でした。

当時、それでも、プロレスにはまだ「神話」の最後のひとかけらが残っていました。

「ほとんどが八百長でも真剣勝負もある」「打撃と寝技、格闘技のあらゆるエッセンスを詰め込んだプロレスは強い」。

ごく少数意見でも、そんな「神話」を信じる、村松友視とは異なる視線でプロレスを見つめるファンも存在しました。

そんな時代、プロレスラーを志し、その門をくぐった若者たちにも「神話」を信じていた人間が少なからず存在していたことは容易に想像出来ます。

プロボクシングで世界チャンピオンを目指すのと変わらない「強くなりたい」という純粋な思いを、彼らは胸に育んでいたはずです。

しかし、彼らが現実のリングで見たものは、ロープに振るときは必ず相手の左手を取るなど細かい不文律がひしめいた虚飾の世界、最初から勝敗が決まっている〝八百長〟でした。

それを世間が〝八百長〟と呼ぶのなら、プロレスは確かに〝八百長〟でした。

「神話」の崩壊、というよりも、そもそも「神話」など存在すらしなかったことを知った彼らは、程度の差こそあれ幻滅を覚えたでしょう。

そこにあると信じた「神話」が存在すらしない蜃気楼だったーー。

その虚しい感覚は「ラスベガスに存在しないメガファイト」を妄想する日本の軽量級ボクサーにも類似するかもしれません。

WOWOWの特番内でラスベガス進出が決まった井上尚弥を、京口紘人は「ラスベガスでメインなんて今まで日本人ができなかったこと」と讃えました。

現実にはWOWOWも加担して西岡利晃がラスベガスメインを果たしていることを、聞いていた高柳謙一アナが失念しているはずがないのですが、京口発言はそのままスルーされました。

〝西岡のMGMメイン〟はケーフェイと呼ぶにはあまりにもお粗末で浅はかなフェイクでした。

私も小さな頃に「金曜夜八時」にプロレスをよく見ましたが、ちょうど世界のボクシングの耽溺の沼に足を絡めとられ始めた時期で、プロレスへの興味は濃厚なものではありませんでした。

村松友視の名著はほぼリアルタイムで読み、非常に感銘を受けましたがそれはまた別の話になります。


「お盆に軽く考える」シリーズ…お盆はとっくに明けて、「朝の通勤」シリーズと化し、さらに続きます。
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英国ボクシングニューズ誌5月14日号は、ナジーム・ハメドの大特集でした。

アマチュアで62勝5敗のリングに上がり、1992年にジュニアバンタム級6回戦でプロデビュー。無敗のまま2年後に欧州バンタム級を獲得、このブログでも取り上げていますが日本でも「辰吉丈一郎のタイトルを狙う強豪の1人」と見られていました。

その後、ジュニアフェザー級でWBCインターコンチネンタルの王座に就き、フェザー級初戦でWBO王者スティーブ・ロビンソンを8ラウンドTKO、21歳で戴冠します。

WBOストラップを15度防衛する過程で、IBF王者トム・ジョンソン、WBA王者ウィルフレド・バスケスを撃破しますが、完全統一王者=Undisputed Championには一度も届きませんでした。

それでも、ケビン・ケリーやウェイン・マッカラー、セサール・ソト、ブヤニ・ブングら軽量級のビッグネームを倒して、階級最強と目されていました。

リング誌のBEST FIGHTER POLL(年間PFP)には1995年に10位で初登場。無敗を守っていたものの、ファン・マヌエル・マルケスらメキシコの強豪をあからさまに避けていたことからランクアウトもあり、戦績の割に世界評価は低く、2000年の6位が最高。

2007年に殿堂入り資格が発生しましたが、当然ながら一発殿堂はならず。7年後の2014年にようやく殿堂入り。

「メキシコの強豪と逃げずに戦っていたら、たとえ全て惨敗でも一発殿堂だったかもしれない」なんて理屈をESPNのダン・ラファエルは言っちゃってましたが、それはおかしいでしょう。

それなら、殿堂の決め手は心意気ってことになります。個人的にはチキン丸出しだったハメドの一発殿堂ナシもある程度納得ですが、あの実績ですから一発殿堂で文句もありません。

それでも、HBOも動かしたイエメン王朝の強力なバックアップ、入場から奇抜なパフォーマンスと型破りのファイトスタイルから世界的に人気の高いアイドルでした。

1974年生まれのプリンスは現在、46歳。英国ボクシングニューズ誌のマット・クリスティーのインタビューに答えています。
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Q:世界での華々しい活躍を聞く前に、ボクシングを始めたきっかけを教えて下さい。

A:単純明快な話で、近所にボクシングジムがあったんだ。

Q:まさか、そこが…?

A:そう、セント・トーマス教会ジム。

家から300mもない距離にあった教会の中にジムがあった。〝ブレンダン・イングルの家〟だ。

7歳のときだったから、しばらくのあいだ世界中の教会には、ボクシングジムが併設されてるものだと思い込んでいたよ。

そんなのはブレンダンのとこだけだって、ずっと後になって知るんだけどね。

ジムにはエロール・グラハムもいて、彼からも教えてもらったことをよく覚えている。11歳のときに英国学童タイトルを獲ったんだ。11歳の英国チャンピオンさ。プロでやる自信も芽生えていた。


プロ転向したのは1992年、18歳だった。その年に開催されたバルセロナ五輪に出場してからプロ入りすべき、ともさんざん言われたが、待ちきれなかった。

11歳のときに「(10年後の)21歳で世界チャンピオンと億万長者になっている」と豪語してたから、時間は限られていた。

本当に欲しかったのは英国タイトル。あの見た目も美しいロンズデールベルトを手に入れることが出来なかったことは、今でも心残りだ。


Q:プロ入りしてから、あなたの戦い方はすぐに評判になりました。派手なアクションと相手を罵倒するスタイルです。

A:歴史に残るファイターはみんな派手な戦い方をしていたからね。彼らを参考にしたんだ。「またの名はカシアス・クレイ」のビデオは大げさではなく15年間、毎日繰り返し見ていた。

アリはとにかく、全てが特別だ。


Q:世界初挑戦のときも、試合前から自信満々に見えました。不安は全くなかった?

A:全くなかった。スティーブ・ロビンソンはテレビで見てたし、大きな相手(ハメドが身長164㎝/リーチ163㎝に対してロビンソンは173㎝/178㎝)だともわかってた。何度も防衛してたが、そんなの関係ねぇ。

あの試合ではフェザー級リミットに満たないジュニアフェザー級の体重でリングインしたんだ(本当は125ポンド1/2、しっかりフェザー級でした)、それであの(圧勝の8ラウンドTKO)パフォーマンスだぜ。

21歳で世界チャンピオンになる、その夢が叶ったんだ。試合をまとめてくれたフランク・ウォーレンには今も感謝している。

Q:入場パフォーマンスの宙返り、あれは失敗したら最悪ですよね?

A:滅多にないけど、正直に言うと失敗もあった。顔面から着地する最悪はないけどね。思いっきり着地バランスを崩してしまったことがあった。

ロープを使った宙返りは難しそうに見えるかもしれまいけど、実はその方が簡単なんだ。グローブをはめているとロープをしっかり掴めないから、そこは難しいけど。

とはいっても、着地で足首を痛めるリスクはあるからね。

Q:そんなリスクを負ってでも宙返りをするのはどうして?

A:いつだって勝つ自信があったから、少しくらい痛めたとしても関係なかった。

何より、チケットを買ってくれた観客や、テレビを見てくれているファンを喜ばせたかった。
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Q:唯一の敗北、マルコ・アントニオ・バレラ戦ではいつもの自信が感じられなかった。入場時から生気が失せて、いつもと違い神経質になっているようだった。宙返りもしなかった。
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バレラ戦の入場。いつもと変わらないように見えましたが、緊張から生気が失せていたといわれました。

A:そんなことはない。8週間で2.5ストーン(=35ポンド=15.88kg)の減量はボクサーを弱らせる。全く力が入らなかった。

宙返りをしなかったのは、直前になってグローブを変えられたから。試合前の2、30分前になってやっとグローブを与えられたんだ。

あの試合では、とにかく全てが悪い方、悪い方へ進んでしまった。

Q:バレラ戦では途中でもう勝てないと思った?

A:全くそんなことはない。一発当てればいつものように勝てると信じていた。

負けると思ったのは12ラウンドの最後の数秒。もうダメだと思った。負ける、負けたと思ったのはあの試合が最初で最後だ。


Q:あの試合であなたは初めてメキシコの強豪を迎えて初めて敗れ、あなたの神話が崩壊しました。

A:ノックアウトされたわけじゃない。効いたパンチはいくつもあったけど、倒されなかった。試合終了のゴングが鳴ったときは、バレラと同じように私も二本の足でしっかり立っていた。

ボクシングで負けるってことはノックアウトされることだ。そういう意味では私は負けていない。私のボクシングキャリアで誰も私をノックアウトできていないんだ。

あのときのバレラは全盛期だった。活発に試合をして動きも最高だった。逆に私は試合数も減って感覚が鈍っていた。そこに苛酷な減量やグローブの問題まで重なった。

なにもかもが、うまくいかなかった。

Everything that could have gone wrong ,went wrong.


**************

相変わらず言い訳のオンパレードですが、バレラ戦の前は極度の緊張状態だったようです。

米国で大きな報酬と人気を手に入れたハメドが、軽量級では破格のスターだったことは間違いありません。

イエメン王室の後押しがあったにせよ、HBOは英国生まれのムスリムに6試合1200万ドル(当時のレートで約15億6000万円)と複数契約を結びます。

1998年の米国デビューにはマジソン・スクエア・ガーデンのスポーツシアター、最高の舞台が用意されました。

倒し倒されの末にケビン・ケリーを4ラウンドで屠った試合は、内容的には「安定感ゼロ。ガードが甘い。いつ負けてもおかしくない」と手厳しかったのは、試合前に「(フェザー級史上最強とされる)ウィリー・ペップにも楽勝できる」と米国の誇るグレートをコキおろしながら、ケリー相手にいくつも綻びを見せたせいもありました。 

一方で、HBOのセス・エイブラハム代表は「素晴らしい試合だった。HBOの軽量級史上最高の試合だ。彼には大きなスポンサーもついているが、我々は彼の実力を評価する」と大喜び。

しかし、ケリー戦以降に爆発が期待された人気は思ったほど上がらず、イエメン王朝の支援も期待とは全く違い、さらにはメキシコの強豪との対戦をことごとく回避しようとする姿勢に、HBO内では「1200万ドルは高すぎる」と契約打ち切りの声も高まります。

そして、2001年のバレラ戦と、米国を襲った同時多発テロで大言壮語のムスリムはHBOにとって非常に扱いが難しくなります。

6試合契約は5試合で打ち切りに。

ハメドは現役続行の意思は表明する一方で、マルケスの対戦オファーは完全無視を続けて、2002年のマヌエル・カルボ戦(12ラウンド判定勝ち)を最後にリングを去りました。

次回のハメドは、そのマルケスやメイウェザー、アセリノ・フレイタスらとの対戦が実現しなかった背景や理由を、やはり言い訳(愛嬌?)たっぷりに語ります。
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米国では、フェザー級以下の軽量級にビッグファイトはない。メキシカンかプエルトリカン、米国人でなければ本物のスターになれない。

「ビッグファイト」「本物のスター」の基準に国際規格があるわけはなく、ここではハードルをグッと下げて「報酬100万ドル」「Aサイドとしてラスベガスかニューヨークにホームリングを持つ」とします。
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米国では、軽量級にビッグファイトはない。メキシカンか米国人でなければ本物のスターになれない。…この常識を覆したボクサーとして真っ先に挙がるのはマニー・パッキャオです。

ただし、そのパッキャオですら「フェザー級以下」というフィルターを通すと「Aサイドとしてラスベガスかニューヨークにホームを持つ」というスター条件は満たせていません。

21世紀になってから、米国リングで爪痕を残した〝招かれざる〟軽量級を思い出すと…。

①マニー・パッキャオ(フィリピン)=ジュニアフェザー級〜フェザー級

②ナジーム・ハメド(英国)=フェザー級

③ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)=フェザー級

④ローマン・ゴンザレス(ニカラグア)=ストロー級〜ジュニアバンタム級

⑤ノニト・ドネア (フィリピン)=フライ級〜フェザー級

⑥ギレルモ・リゴンドー(キューバ)=ジュニアフェザー級

⑦ユリオルキス・ガンボア(キューバ)=フェザー級

⑧ホルヘ・リナレス(ベネズエラ)=フェザー級

⑨ビック・ダルチニアン(アルメニア/オーストラリア)=フライ級〜フェザー級

⑩カール・フランプトン(英国)=フェザー級

こんな順位でしょうか?

10人全員がPFPファイターとして高評価を受け、ロマゴンは軽量級史上初の1位にも輝きました(パッキャオはライト級で初の1位)。

しかし「スター条件」は誰一人満たせず、フェザー級以下で100万ドル以上を手にしたのはパッキャオ、ハメド、ロマチェンコ、ドネア、フランプトンの5人に絞られてしまいます。

そして、そしてこの5人で1試合で最も稼いだのはパッキャオではありません。

マルコ・アントニオ・バレラ戦で850万ドルを稼いだハメドです。 
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