フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜

      Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。

カテゴリ: スポーツよもやま話

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医者から注意されている、禁断のメダマ(卵二つ乗せ)。
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開幕まであと101日と7時間34分12秒。松山英樹も出場に前向きです。




このブログのテーマの一つは「日本人がどこまで行けるのか?」です。

〝目を逸らさず〟にそこを見つめることは、当たり前ですが、スポーツの世界にもある厳然とした差別にも向き合うということです。

やはり、テーマの一つ「スポーツには貴賎がある」ということです。

このブログでよく取り上げるボクシングにおいても〝差別〟はもはや常識のように露骨です。

井上尚弥の3階級制覇がウェルター→ジュニアミドル→ミドル級なら?バンタム級で繰り広げているパフォーマンスをミドル級で繰り広げていたのなら?

今の日本どころか、世界のボクシングシーンは全く違う光景になっていたでしょう。バンタムもミドルも、一応、同じスポーツだというのに。

あるいは、このブログでほとんど取り上げない羽生結弦や桃田賢斗。

羽生はかつて欧州で高い人気とスポンサーを集めたフィギュアスケートの第一人者です。

桃田のバドミントンは、競技人口を考えたらゴルフごときと同列に語るスポーツではありません。

…スポーツには貴賎が歴然として存在します。

ボクシングに至っては、階級による貴賎まで存在します。



このブログでよく取り上げる陸上競技、日本が最も世界に近いのは競歩です。東京2020ではメダル独占の可能性も十分の種目ですが、まともに注目されているとは言えません。

これが100メートルなら話は全く違います。

口にしてはいけないこと。

「バドミントンやフィギュアで世界一になるのとゴルフやテニスでメジャー制覇するのは偉業度が全く違う」ということ。

誤解して欲しくないのは、かつて長野県知事がスピードスケートを「ミズスマシのようで見ていてつまらない」と発言したこととは意図も真意も全く違うということです。

ここで書きたいのは「スポーツには貴賎がある」ということです。

相当に低脳なブログですが「バンタム級は選手が小さいから面白くない。世界的に人気がないということはレベルが低い、見る価値がないということ」「競歩は長距離の落ちこぼれ。どうしてあんな競技が存在するのかわからない」という元長野県知事レベルほどは低脳ではありません。

すでに何度も書いていますが、ボクシングの面白さは軽量級の中にこそ凝縮されています。

競歩のメカニクスがあらゆる走る動作のエッセンスであることも、このブログでも触れています。

スピードスケートにはスケートのみならず、あらゆる瞬発系スポーツ種目の本質が秘められています。

そこを踏まえてこそ、それをわかってるからこそ、ウェルター級で覇権を築く日本人の登場を渇望するのです。

100メートルで世界一速く駆け抜ける日本人の姿を見たいのです。

競歩の世界に走りのエッセンスを見つけた伊東浩司、女子ソフトボールの上野由岐子の助言でフォーム改善に踏み切った菅野智之。

「シングルモルトなどクセが強くて飲めたもんじゃないからブレンドウイスキーが世界を席捲している」という既成概念に耳を貸さなかったマイケル・ジャクソン(キング・オブ・ポップではありません)。

「秘密を知ってしまった」(ジャクソン)彼らは、恍惚の特権を楽しむことが出来ました。

ささっと一区切りをつけるつもりで書き出しましたが、タイトルの「パラドックス」も「エニグマ」も登場しないまま、イーグル②の回もここまで。

次回、アルバトロス③では、説明書と保証書が発行された「日本のスポーツ史の偉業ランキング」、つまりは〝非・長嶋茂雄〟のヒーローを辿り、それらが発行されなかった謎=パラドックス、エニグマのケースについても、その理由を推測してゆきます。

「日本スポーツ史の偉業ランキング」。これには王貞治の本塁打世界記録的なものは該当しません。

〝日本だけが大騒ぎ〟ではない、今回の松山英樹のようなBBCでもCNNでもトップニュースで報じられる〝偉業〟です。

もちろんBBCでもCNNでもトップニュースとなるとテニスとゴルフなどの富裕スポーツに限定されてしまいますが、ここでは〝BBCとCNN〟イコール〝米英をマニアレベルではなく震撼させた〟と拡大解釈します。

〝鬼畜米英〟にリスペクトを向けるのは忸怩たる思いもありますが、番場蛮の精神ですね。

一旦飲み込ませといて、奴らの腹の中から掻っ捌くという…。

さらに続きます。
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※THE GREAT TRIUMPH なんて言葉は多分ありませんが、雰囲気が伝われば。。。


さて!松山英樹のメジャー制覇です!!!

野球やサッカーとは違う「ゴルフ」という少し特別なスポーツだけに、一昨年のラグビーW杯のような「日本列島を熱くさせた」というよりも「ゴルフファンが悲願達成に泣いた」という方が近い大偉業でした。

そうはいっても、私はゴルフはしても、熱心に観戦することがない微妙なファンですが、松山がやってのけたことがどれほどとんでもない偉業かはよくわかります。
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https://www.bbc.com/sport/av/golf/56711510
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AUGUSTA, GEORGIA - APRIL 11: Hideki Matsuyama of Japan poses with his caddie, Shota Hayafuji, and the Masters Trophy during the Green Jacket Ceremony after winning the Masters at Augusta National Golf Club on April 11, 2021 in Augusta, Georgia. (Photo by Kevin C. Cox/Getty Images)
 
ケーブルテレビで毎日見てるCNNやBBCのスポーツコーナーでも、例外なくトップニュースです。スポーツ専門チャンネルのESPNではもちろん総合トップです。

テニスと並んで欧米で最も高い人気を誇るゴルフで、4大メジャーの一つを制したのです。

優勝賞金207万ドル(約2億2700万円)という〝安さ〟も、テニス同様にこのスポーツの「品格」を感じます。

1934年に第1回大会が開催、招待資格を持つ世界中の名手(マスター)が一堂に会して覇を競うことから、39年から「マスターズ」と銘打たれた。あらゆるスポーツの中で最も格式が高く、最も紳士的…。

世界に爪痕を残す日本人が現れたとき、必ず〝説明書〟が発行されます。それは〝大偉業〟には付き物の〝保証書〟と言い換えた方がわかりやすいでしょう。

80年代、この保証書を最初に手にしたのが岡本綾子でした。

米国のメディアが「自動車、ゴジラを上回る日本の最も強力な輸出品」という報道を保証書に「米国が評価してるから本物だ!」と、岡本は一段高いステージのアスリートと尊敬されましたのです。

そして、90年代には野茂英雄が太平洋を渡り、中田英寿が大西洋を越えます。
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日本人が世界と戦い、打ち勝つ、その姿にファンは熱狂してきました。

そこでは、日本人が格闘した相手がいかに難攻不落の強敵なのかの説明書と保証書が求められました。


日本史上最大のスポーツヒーローは長嶋茂雄でしょうが、彼には説明書や保証書の類は不要でした。


長嶋が1958年にデビューしてから62年の歳月が過ぎゆきました。この間、私たちスポーツファンは成熟して博識になったのでしょうか?

それとも、説明書や保証書を確認してからでないと熱狂できない頭でっかちで面倒な大人になっただけなのでしょうか?


「世界の〝メジャー〟に爪痕を残した日本人」。

その歴史を「私たちは観戦スポーツとどう向き合ってきたか」と並行しながら考えて行きます。



それにしても、松山英樹!天晴れ!にも程があります!!!

厳しいパンデミックの最中で、そしてこれは言っちゃいけないんですが、米国でアジア人への暴力行為が続く中でアジアの偉大なパフォーマンスを、あのオーガスタで見せつけてくれた!!!天晴れ!!!!!ありがとう!!!!!!
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松山英樹がマスターズで日本人初の優勝を飾りました。

欧米で堂々の人気スポーツで日本人が大きな爪痕を残したという点では、テニスの大坂なおみを例外とすると史上最高の偉業です。

生中継したTBSでは昨夜から「優勝したらとんでもないこと、国民栄誉賞」と興奮を伝えていました。

ただ、この国民栄誉賞が王貞治に第一回が贈られたように「世界のメジャースポーツ」であることは必要条件ではありません。

いかに日本列島を熱く盛り上げたか?が最も重視される点です。

その一方で、女子レスリングから2人も輩出されているように、日本列島を最も盛り上げたわけではなくても贈られることがあります。

今回の松山は「欧米のメジャー競技」で日本人初の大偉業を成し遂げたとはいえ、広く日本列島を熱く盛り上げたか?となると池江璃花子に軍配が挙がります。

もちろん、松山が一つのゴールを飾ったのに対して、池江はまだ夢の途中。いくら日本列島を感動させても、このタイミングでの国民栄誉賞はありえません。

また、国民栄誉賞が贈られる「タイミング」がときの政権の思惑に左右されるのもよく知られていることです。



さて、松山は国民栄誉賞に値するのでしょうか?
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那須川天心が昨日、来年年3月にキックボクシングを引退して、ボクシングに転向するとを発表しました。

ボクシング人気などに刺激を受ける形で、野口修が1966年に〝発明〟したキックボクシングは「キックの鬼」沢村忠が火付け役となり大ブームを巻き起こし、ボクシングに並ぶプロ格闘技に発展しましたが、80年代には完全に没落。

それでも、1993年に石井和義がK1を〝考案〟。1996年には東京キー局で地上波ゴールデンタイムに進出するなど、一部人気選手はボクシング世界王者を凌駕する人気を博しました。しかし、このムーブメントも10年持たずに瓦解してしまいます。

そして、2015年にRIZINがMMAやキックボクシング、女子も包含するボーダレスな格闘技団体として立ち上がり、その看板スターに添えられたのが天心でした。
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キック55年の歴史の悲劇的な特徴は、刹那のブームを繰り返すたびに代表的な団体が変わる一貫性の欠如です。

団体分裂や脱税事件、ファイトマネーの不払いなどの不祥事がブームを短命に終わらせてきたという見方もできますが、没落の本質的な原因はそこではありません。

社会的に認知されていない、悪い意味でショーの枠を破れなかったこと、破ろうとしなかったことが、この格闘技の継続的な成長を阻んできたのです。

ムエタイの日本支部のような形で、ムエタイとの完全統一ルール、ムエタイをメジャーと認めてそこを頂点とする本物のスポーツとしての輪郭を形成し、真摯に真剣勝負を管理する統括団体を早い段階で発足させていれば、社会的な認知を得ることができたかもしれません。

しかし、それではほんの一部のマニアに支えられながら細く長く一貫性のある超マイナー格闘技として延命してきたかもしれませんが、ボクシング人気を脅かすようなフィーバーは巻きおこせなかったでしょう。

漫画的な「ヒーロー」を作り上げることで誕生したキックボクシングは、K1であるはずもないキックの「世界」を提示し、RIZINでも一貫性のない蜃気楼の競技で「神童」を見せることで一過性のブームを繰り返してきました。

漫画的なヒーロー、ありもしない世界、一貫した歴史がない競技の神童。それらは、いずれも捏造された「幻想」でした。

もちろん、あらゆるエンターテインメントは幻想を提供することで成立しています。しかし、キックの悲劇は、実体を幻想が装飾していたのでは無かったということでした。

実体が無かったのです。

幻想が崩落し、蜃気楼が消えてゆく…。そのたびに幻滅と再生を繰り返してきたキックボクシングは、ある意味で文学的な妖しい魅力に溢れていますが、多くの選手は唯物的で真剣なスポーツとして取り組んでいます。

それでも、社会的に認知されていないキックボクシングで頂点に立った魔裟斗はラスベガスでのビッグファイトを渇望し、天心はボクシング転向を公言してきました。

それは幻想ではない、実体を掴み取ろうと必死にもがく亡霊のようでもありました。

生身の実体のある人間が亡霊になることはあっても、逆はありません。

落ちぶれたボクシングのスターがカネのためにキックに転向する〝都落ち〟は、あります。

しかし、ラスベガスでメガファイトを繰り広げているカネロ・アルバレスとマニー・パッキャオがキックボクシングに興味を示すことはありえません。

井上尚弥が「対戦相手がいなくなった」と、新しいステージにキックを選ぶこともありえません。

ボクシングとキックの間には〝泪橋〟が架かっています。

これまでは、夢破れたボクサーが下を向いて渡る悲しい一方通行の橋でした。



この〝泪橋〟を逆に渡ろうとしているのが天心です。

キックボクシングで看板を張った天心とは少しニュアンスが違いますが、武居由樹も一足先にボクシングデビューしました。


現代の4−Belt Eraでは、オリジナル8の時代よりも団体は4倍、階級は約2倍に増殖しました。ゆえに、世界王者になる難易度は8倍になったというのは、あまりにも楽観的すぎる掛け算です。

王者の価値は限りなく軽くなり、王座返上や安易な複数階級制覇が当たり前。さらに、承認団体のランキングの度を越えた我田引水的な杜撰さ。

8倍どころではありません。世界王者のバーゲンセール、階級制覇の叩き売り状態を見れば「実力は州王者レベルでも承認料を払えるスポンサーがつけば世界王者になれる」と馬鹿にされるのも当然です。


天心や武居が世界王者になっても何も驚くことはありません。

もちろん、ボクシングでも世界王者になれたなら、泪橋を逆にわたって見せたのですから、彼らの〝偉業〟には拍手喝采を送るべきです。

ただ、願わくば4−Belt Eraでより鮮明に浮かび上がった真実、ボクシングは「誰に勝ったか」が全てという命題に挑んで欲しいと思います。

フロイド・メイウェザーやマニー・パッキャオらのメガファイトにタイトルマッチの色彩が薄いのは何故なのか?

日本では歴代PFPキングと信じている人もいるマイク・タイソンが、どうして欧米のPFPでは箸にも棒にもかからないのか?


蜃気楼の世界からやって来た彼らが、日本ボクシング界が目を逸らす「誰に勝ったのか」に激しく迫ってくれることを願ってやみません。
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暇つぶしの名無しさん (IP:126.166.197.124)

メイパックは正直ポイントもおかしかったですよね?
118-110とか論外だし、116-112っていうのも…

9、10をパッキャオに振ってるのに、それより明らかに取ってる3、7、8ラウンド辺りを何故かメイウェザーに振ってるし…アレなら3、7、8をパッキャオに振って9、10をメイウェザーに振った方がまだ分かりやすかったと思いますね

試合中で採点方法が一貫してない人は信用できないです
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人の目で判定するスポーツには、必ず偏見が入り込みます。

それを意識的に行うジャッジは〝犯罪〟です。

しかし、多くの場合、無意識のうちに〝誤審〟が繰り返されているのことが問題なのです。

無意識のうちに偏向した判定を下してしまう…それを単純に〝犯罪〟と呼ぶことが憚られるのは、有利な判定を呼び込む〝技術〟がどうやら存在しているからです。
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 ボクシングの判定基準は有効打と攻勢が優先されます。有効打がない場合は攻勢が最も評価されます。

前に出てリスクを犯すファイターと、リスク回避に主眼を置き下がるボクサー。有効打がなければ前者にポイントが振られるはずです。

しかし、後者がフロイド・メイウェザーの場合はほぼ間違いなくマネーにスコアが流れます。

ジャッジの目に映っているのは「ファイターがフロイドに踊らされている」というフィルターを通した光景です。

本当なら、攻撃のバランスを失うスウェーバックやダッキングこそが〝単なる防御〟です。

ガードを固めて正面から重圧をかける村田諒太のスタイルは攻防分離ではなく、一瞬で破壊的なパンチを打ち込める構えです。

採点基準にもあるリングジェネレイションシップという概念があやふやすぎます。どちらがプレッシャーをかけてたか、でいいはずです。
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「外国資本」の問題にしても、フジテレビもちっとも変わりませんなあ。

落合博満がツーストライクから悠然と見送れば、ボール。外角にボール二つは外れた投球ても、グレッグ・マダックスが投げればストライク。

卓越した選球眼、精密なコントロールを存分に発揮し続けた彼らが積み上げたのは単なる〝昨日の実績〟ではありません。

ジャッジの深層意識に植え込んだ〝未来につながる偏見・先入観〟です。
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4月5日の日本経済新聞で、日本球界に復帰した田中将大が捕手陣に「フレーミング技術の向上」を要望したと紹介していました。

フレーミングとは、MLBで2000年代半ばに生まれた概念で、際どいコースをストライクと判定してもらうための捕球技術のこと。

平均40%しかストライクと判定されることがないコースが、50%以上に跳ね上がるケースを調べると、球筋や審判の投手への先入観の他に、キャッチング技術があることが明らかになります。

捕球した瞬間にミットをストライクゾーンに動かす捕手がいますが、あれは逆効果。

ストライクを取ってもらいやすいキャッチングは「捕球の瞬間にミットがむやみに流れたり、体や頭がいたずらに動いたりしないこと」です。

日経では、フレーミング技術〝威力〟の例として、2013年にピッツバーグ・パイレーツを21年ぶりのポストシーズン進出に導いたラッセル・マーティンが挙げられています。

前年、ニューヨーク・ヤンキースから「打てない中堅捕手」を獲得したことを「不可解」と書いていますが、これは誤解を招きます。

実際にはヤンキースが提示した3年2000万ドルの条件を蹴って、パイレーツに契約金200万ドル・2年1700万ドルで引き抜かれたのです。
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ジャッジに偏見に近い先入観まで埋め込んでしまう圧倒的なパフォーマンス。

ジャッジを目を〝欺く〟フレーミング。

これを〝犯罪〟だからと「正確な判断を下すAIなど科学の導入を急ぐべき」と考えるスポーツファンがどれだけいるでしょうか?



ただし、ボクシングにおける不可解な判定の原因はレジェンドのパフォーマンスがジャッジを酔わせた先入観や、フレーミングのような技術ではなく、ジャッジの技術レベルが低いことにほとんど全ての原因があります。

資格更新試験の厳格化、教育体制の充実、他の国の若者がネバダ州アスレティック・コミッションのジャッジを目指せるような公正なルートと窓口を作ることです。

それが出来ないから、いつまでたっても「議論を呼ぶ判定」は後を絶ちません。

アルファベット承認団体による王者の大量生産だけでなく、理解に苦しむ判定が頻発されることも、このスポーツを魔宮の奥深くに迷い込ませてしまっているのです。

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スポーツは日々進化しています。

その進化は大きく分けて「ギア」と「身体能力」の 二種類です。

「ギア」については、最近ならカーボンプレートをソールに仕込んだ「厚底シューズ」。これまでにもスピードスケートの「スラップスケート」や、競泳の「レイザーレーサー」など、従来の記録を一変させる革命的なギアが登場しました。

ただし、ギアの進化はレイザーレーサーが禁止されたように「どこまで許すか?」の問題です。

カーボンプレートの反発を助力とする「厚底」が許されて、ローラースケート靴が許されない理由は「助力の大きさ」「助力が目に見えてあからさますぎる」からという問題ですね。

野球では従来の球速だけでなく、回転数が重視される新時代を迎えています。回転数の多い150㎞の方が、回転数で劣る160㎞よりもボールが垂れずに、打者にとっては打ちにくいのは当然です。

江川卓や藤川球児の「わかってても打てない、当たらない直球」は回転数が多かったことは明らかですが、それ以前の問題としてコントロールがあります。

「江川さんや藤川くんは意識して高めのボールを投げることができた。大谷くんの速球はそこに行けないからバットに当てられる。いくら速くても打たれるのと同じように、いくら回転数を上げても打者に引きつけて見られてしまう外角や低めのボールはバットに当てられやすい」(桑田真澄)のです。

スピードガンの球速やラプソードの回転数を気にする以前に、しっかりしたコントロールが大切になるのは言うまでもありません。

また、打者からボールの出所が見にくい角度で投げることも数字以上に重要です。
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「今の選手は昔なら誰も通用しません」という落合博満の言葉は、そのまま受け止めることはできませんが、スピードガンの数字を意識する現代の投手が〝数字の呪い〟に取り憑かれていることは明らかで、球速が飛躍的に伸びている原因はトレーニングの進化だけではありません。

もし、金属バットがプロでも導入されると、落合や掛布雅之らが大切にしてきた「素手の感覚」はナンセンスになります。手袋をはめた手でがっちりグリップしてバットを振り回すのが基本になります。

陸上の「厚底」は、その段階に踏み入ってしまっています。近い将来、カーボンプレートの反発助力に依存したメカニクスでしか走れないランナーばかりになるでしょう。

「ギアの奴隷」です。

とはいえ、私の言葉などロマンチックな物語に憧れる幼稚な戯言です。

長野五輪前にスラップスケートが導入されたとき、清水宏保がすぐに採用したのに対して、堀井学は「感覚が狂う」と取り組みが遅れてしまいました。

結果はご存知の通りです。

「真芯に当てないと手が痺れて怪我するっていうなら、真芯にあてりゃいいんだよ。手袋なんてはめると感覚が鈍るだけじゃなく、真芯に当てなくても大丈夫って思っちゃうだろ。だからどんどん下手くそになっちゃうわけ」(落合)なんていう言葉は真剣に聞いてはいけません。

「練習でクッションの厚いグローブを使うのは拳の保護だけじゃなく、練習相手をカットさせたくないから。試合で薄いグローブをはめるのは拳の感覚が正確に伝わるから。レイジェスが拳を痛めやすいというのは嘘で、しっかりナックルで当てれば怪我しない。変なところで当てたら怪我するのはレイジェスもグラントも一緒」(マニー・パッキャオ)というファンタジーと同じです。

落合もパッキャオも実在する妖精です。

あなたが住んでいるのがファンタジーの世界でないなら、絶対に真似してはいけません。 
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学習するのに最強の媒体が「紙」であることは、もはや明白です。

前置きが長くなりました。

最先端の技術がいつも必ず正しい、最も効率的とは限らないという、お話です。

このブログのテーマの一つ「オールドスクールは死なない。消え去りもしない」ということです。

先週、東京大学と日本能率協会マネジメントセンター、NTTデータ研究所が「紙の手帳の脳科学的効用について〜使用するメディアによって記憶力や脳活動に差〜」という研究・実験結果を発表しました。

実験結果をまとめると「スマートフォンなどの電子機器と比較して、紙の手帳を使った方が、記憶の想起に対する脳活動が定量的に活発になることを発見」「教育やビジネスにおいて電子機器が多用される中、記憶力や創造性につながる紙媒体の重要性が明らかになりました」ということです。

具体的には「紙の教科書やノートを使って学習する際には、そこに書かれた音葉の情報だけでなく、紙上の場所や書き込みとの位置関係といった視覚情報などを、同時に関連付けて記憶する連合学習が生じています」ということでした。

「一方、スマホ・タブレット・パソコンといった電子機器では、画面と文字情報との位置関係が一定ではなく、各ページの手がかりが乏しいために空間的な情報を関連付けて関連して記憶することが困難です」。

「このように紙媒体は想起の際の手がかりが豊富であるため、記憶の定着に有利であることに加え、その高い記憶力を元にした新しい思考や創造的な発想に対しても、役立つと言えるでしょう」。

もちろん、新しい思考や創造的な発想とは無縁の、検索作業で膨大なデータを擁するデジタルを使うのは有益です。

考えるのは紙、単純作業はデジタル。棲み分けが正解です。少なくとも若い脳が学習するにあたって、デジタル主役はありえません。


政府がデジタル教科書の導入を急ぐ理由はたった一つしかありません。

すでに巨額の予算を割いて、そこに既得権益が発生しているからだけのことです。

今回の調査結果だけではありません。欧米などデジタル先進国では「新しい思考や創造的発想」が苦手な子供が増えている問題が現実となって噴出しています。

紙の教科書との併用だけでなく、デジタル教科書の役割を当初の予定から思い切って縮小するべきです。

まともな政治判断ができるなら、ですが。
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このパンデミックで、富裕層が使うお金の流れが実体経済からアート市場に流入しています。

「週刊東洋経済」の特集で、クリスティーズ・ジャパンの山口桂社長は「世界の富裕層が家で楽しむためにアートを買っている。活況なのは現代アート」と説明しています。 

パンデミック前でも前澤友作ZOZO元社長がジャン・ミシェル・バスキアの絵画を約115億円で落札してニュースになりましたが、驚くべきはその金額だけではありません。

この絵画が33年前に取引されたときの価格が〝わずか〟220万円だったという事実です。 
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私の中で「人生七不思議」の一つ、村上隆。どこがいいのか全くわからないばかりか、むしろ不快に感じてしまいます。

常識的に考えれば、評価が固まっていない現代アートは、気まぐれな富裕層の購買力が落ちると、その相場が暴落する危険を孕んでいます。

それでも、根強い買い漁りに拍車がかかっているのは「コロナ禍で急な資金需要ができた企業などがコレクションを売却し、市場に名品が出回っているから」(東洋経済)。

富裕層に現代アートを理解する審美眼があるとは到底思えませんが、彼らが期待しているのは「前澤のバスキア」に見る高利回りの資産性です。 

これまで、史上最高額で落札された美術品は、ニューヨークのクリスティーズで出品された「サルバトール・ムンディ」(レオナルド・ダ・ビンチ)で、その金額は約4億5000万ドル、510億円。
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こんなのが510億円…。

史上最大のメガファイト(パッキャオvsメイウエザーの興行規模に匹敵するメガ油絵です。カンバスのサイズは縦70㎝弱ですから、小さいメガ油絵です。

この絵も2005年に米国のマイナーなオークションで出品されたときの落札価格は1175ドル、たったの12万円でした。12年後に4億5000万ドル、38万3000倍になった訳ですから、どんなマルチ商法もびっくりのありえない超をいくつ付けても表現できない高金利です。

年3万倍なんて金利、どんな馬鹿でも騙されませんが、これが実際に起きているのが現代アートの世界です。

「サルバートール・ムンディ」にはもちろんカラクリがあって、2005年当時はダビンチではなく弟子の作品とされていたから12万円だったのです。

世界に十数点しかないというダビンチの油絵と認定された、男性版「モナ・リザ」が〝パックメイ〟に化けるのは、ある意味当然の帰結でした。

極論ですが、誰が描こうがその作品の芸術性は変わらないはずです。

作者不詳の「サルバトール・ムンディ」に、聡明な美術界が510億円の値を付け、後から「あれよくよく調べたらダビンチが描いたみたい」というなら、全面的に美術界を尊敬します。

しかし、実態はおぞましいばかりの権威主義です。

「勝ったヤツが強い」のではなく「名前のあるヤツが必ず勝つ」という反吐が出る世界です。

本当に暗愚な世界です。

とはいえ、YouTuberや50過ぎのグレートのexhibitionが持て囃される今のボクシングも「現代アート」の亜種かもしれません。


考えてみると、カネロ・アルバレスも一種の現代アートでしょうなあ。

あ〜あ、なんだかなあ。。。 

なんて書き連ねながらも、画商の知人と話をしてると非常に面白い世界だとは感じています。


それにしても、名前と物語と誇大広告…ボクシング界と美術界は酷似しています。 

でも、美術界にはパッキャオみたいな大番狂わせは起きないのです。 
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父親が転勤族で。小学校は盛岡や福島で過ごしたこともありました。

札幌や大阪、兵庫、広島…いろいろ転々しましたが、純朴な強さを静かに感じられた東北が、私の核を作ってくれたような気もします。

私はいつまでたっても、薄汚れて弱くて喧騒なままですが、なりたいのは純朴で強くて静かな人間です。

大酒飲んでたところに「ここが震源地でありますように」というような大きな揺れに見舞われて。

ニュース速報と、友人からの携帯メールがわっときて。

私が関西から上京した80年代後半、たくさんの人から、東北時代の方も「地震に気をつけて」と言葉を寄せていただきました。

当時も「大地震は近いうちに起きる」と信じられていましたし、そしてそれは「東京」を巻き込む「東海大地震」でした。

どうでも良い話がしたいです。
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高校時代の野球部の同期で、カツ丼を食うたびにその画像を送ってくる現在英語教師がいます。送ってくるのは、カツ丼だけなんです。

でも、そいつが「カツ丼」以上に面倒臭いのは、大の清原信者だということなんです。どっかで書いたかもしれません。ここでは〝キヨマー〟にしましょうか、仮名。

学校でも生徒に「君たちには誰からも応援されるイチローや松井になってほしい。でも、味方からも応援されない時期が人生の中では訪れるかもしれない。それでも、堂々とバッターボックスに向かってフルスイングする清原のような心の強さも持ってほしい」なんて語るそうです。

私たちと酒を飲んでても「清原ほど心が弱い奴はいない」「暴力団とつながってる」「覚せい剤やってるにきまってる」と責められながらも「イチローや松井に、あんな逆風が耐えられるか!」「そんなことやるわけないやろ!」と頑張ってた男でした。

しかし、ご存知のように、2016年2月2日に覚醒剤取締法違反容疑で現行犯逮捕されてしまいます。

それから、2月にキヨマーを囲んでお酒を飲む会が、我々の間で粛々と催されているのです。

甲子園で鮮烈な印象を残して、プロでも高卒1年目では空前絶後の打棒を振るった清原は、多くの人にとって特別な存在です。

個人的な感覚ですが、私の母親世代に支持者が多い気がします。

何れにしても人気者です。

それにしても、人気ってなんなんでしょうか?

イチローが甲子園で清原級に活躍していたなら、その人気はもっと突き抜けてたのでしょうか?

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ボクシングでもマイク・タイソンのようにメディアを巧みに巻き込んだ「造られた人気者」もいれば、マニー・パッキャオのような誰も望んでいないのに土足でスターダムに駆け上がった「厚かましい人気者」もいます。

リング誌でも、引退から15年以上経ったタイソンや、親会社ゴールデンボーイ・プロモーションズの宿敵パッキャオは特集すると売り上げが伸びる黄金コンテンツです。

タイソンやパッキャオが人気なのは、ボクシングファンなら誰でもわかります。

二人は試合がとにかく面白かった。

彼らのような突出した魅力はなくても、試合が面白ければ売れるのか?

それがそうでもないのが、ボクシングの世界です。

例えば。

日本でも馴染み深いフェルナンド・モンティエルと、全く共感のないアブネル・マレス。

どちらの試合が面白いか?

そう問われたら、日本のボクシングファンでなくても、モンティエルでしょう。

しかし、なぜだか、世の中は不公平でマレス>>>>>>モンティエル。

同じ二階級制覇時のファイトマネーでもマレスは30万ドル、モンティエルはまさかの1万5000ドル。

モンティエルは長谷川戦で来日、マレスを大きく上回る報酬を手にする人生大逆転劇を演じますが、もし呼ばれなかったら…生活コストが全く違うとはいえ、日本人ならバイトしてた方がマシな次元の世界王者で終わるところでした。

マレスはあのジョニー・ゴンザレスに大番狂わせとはいえ1ラウンドで粉砕されました。モンティエルも良い勝負をしそうな気もしますが、報酬評価は天と地、それはすなわち人気です。

米国で十分な人気があれば、そんな軽量級はまずいませんが、いても、よほどの特殊事情がない限り日本には来ません。

「マレスとレオ・サンタクルス」、彼らより試合はずっと面白い「モンティエルとジョニゴン」はどうして人気=報酬では絶望的な差をつけられるのでしょうか?

「マレスvsサンタ」は勇気を見せて熱狂を呼び再戦が渇望されたが、「モンチvsジョニゴン」はチキンを晒して幻滅され、二度と見たくないと烙印を押された…もちろん、それもありますが、それだけではありません。
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1990年2月11日、マイク・タイソンがジェームス・ダグラスに滅多打ちされて東京ドームのリングに沈んだ衝撃的な虐殺試合。

あれから31年が過ぎました。

昨日、リング誌電子版は「日本に降り立った〝ダグラス〟と名の付く衝撃的な勝者はマッカーサー元帥以来だった」と、日本人的には「そういえばそうか」という史実をほじくり返していましたが、どうでもいい話です。

どうでもいい話ついでに「ジェームス・ダグラスとダグラス・マッカーサー」「ピンクロン・トーマスとトーマス・ハーンズ」「フランク・ブルーノとブルーノ・セルドン」…。

海外では、姓と名の倒置が珍しくありません。

フリオ・セサール・チャベスらファーストネームで使われることが多い「フリオ」が姓になっているように思えるエリセール・フリオの本名は「ホルヘ・エリセール・フリオ・ロチャ」。

カネロ・アルバレスも「サントス・サウル・アルバレス・バラガン」。

スポーツに限らず海外の人が短いニックネームをほぼオフィシャルに使うことには、正式名があまりにも長すぎるという背景もあるかもしれません。

だいたいどっちでもいい気がしますが、ラグビーのリーチ・マイケルは、心地よい倒置法の風が吹いてます。マイケル・リーチでは居心地が悪い。

マイク・タイソンの姓からタイソン・フューリーと付けられたように、姓と名に対する拘りがそもそも希薄というのもあります。

日本でも、村田諒太の恩師「武元前川」のような名もありますが、中国の故事が由来だと聞いた覚えが。

話が横道に逸れまくる前に、引き戻します。
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「スポーツ史上最大の番狂わせ」といわれたトウキョー・ショッカー(これも海外では見たことがない〝和製英語〟)ですが、オッズ上ではさすがにそれはありません。

42-1、43倍というオッズはボクシングではまず見られない数字ですが、今シーズンのMLB東地区でボルチモア・オリオールズ優勝オッズは81倍です。

トウキョー・ショッカーと同じくオッズがひっくり返る現実が起きたのは、岡崎慎司の英国プレミアリーグ・レスターが2015-16シーズンに優勝したとき。オッズはなんと5000倍、「ネッシー発見=2000倍」や「2017年以前に宇宙人が確認される=1500倍」などの掛け率を遥かに凌駕する超常現象でした。

実は、ボクシングは大番狂わせが少ないスポーツなのです。

ただし、これはあくまでブックメーカーの数字上の話。

番狂わせの本質をブックメーカーが叩く数字ではなく「見る人が受ける衝撃」 と考えると、2〜3倍でしかなかったとはいえマニー・パッキャオのアントニオ・マルコ・バレラ戦やオスカー・デラホーヤ戦は明らかに大番狂わせでした。

ダグラスvsタイソンの42-1も、打率2分9厘(42打数1安打)の打者がヒットを放つのと理屈は同じですが衝撃度は全く違います。

野球で絶対的エースが「5回もたずにノックアウト」 というのと、井上尚弥が「5回KO負け」というのでは衝撃レベルは全く違ってきます。

野球のノックアウトは軽薄な比喩ですが、ボクシングでは生々しい現実。その差でしょう。


今年も衝撃的なリングを目撃できそうですが、クライマックスはやはり「村田諒太vsゲンナディ・ゴロフキン」。

交渉はテーブルに乗ったという話ですから、なんとか実現してもらいたいです。 
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◉傑物(けつぶつ)…常軌を逸した能力を発揮した、あるいは発揮している実在の有機物や無機物。好まれて冠される言葉は空前絶後や前代未聞、前人未到など。

※このバカブログの有機物と無機物の定義は「炭素を含む」かどうかではなく、「生きてるか」「生きてないか」です。

 

【1816年〜現在進行中】ラガヴーリン=無機物=

モルトウイスキーの初体験はビル・ラムズデン博士の講義を聴く機会に恵まれた「グレンモーレンジ」でしたが「これがモルトか!」と衝撃を受けたのは「ラガヴーリン16年」でした。

「アードベッグ」や「ラフロイグ」よりも強烈です。

ボクサーに例えるとヘビー級への挑戦も辞さない、不撓不屈のライトヘビー級。フィニッシュブローは重い左フック。

まだ、午前中というのにアイラモルトが飲みたくなります。

1816年からスコットランドはアイラ島で極上のウイスキーを蒸留し続ける「ラガヴーリン」は傑物である。



ボブ・フィッツモンズ=有機物=【1896年】

三階級制覇が芥川賞や直木賞のような年中行事になった現代では想像もできませんが、 フィッツモンズの偉大さは史上初の三階級制覇に集約されます。

1891年に〝ノンパラレル〟(天下無双)ジャック・デンプシーを13度倒して13ラウンドにノックアウト、世界ミドル級王者を獲得。

「ヘビー級には勝てないからミドル級で戦ってるんだろ」という声に激昂して、1896年にヘビー級王者のピーター・マッハーを1ラウンドで粉砕して二階級制覇。


この王座は、ダウンしたトム・シャーキーに過激したと反則負けで失います。

 マッハーを王者と認めるかどうかは意見が分かれるところですが翌1897年にはリネラル王者ジェームス・J・コーベットを14ラウンドでKOし〝王者返り咲き〟を果たします。

1903年にライトヘビー級も掌中に収めて史上初の三階級制覇を達成します。

「弱い相手と戦うために自分も弱体化する」という暗部を持つ階級性に、真正面から格闘して勝利して見せたフィッツモンズは傑物である。


 

英国ボクシングニューズ誌=無機物=【1909年〜現在進行中】

1909年は明治42年です。伊藤博文が安重根に暗殺された年です。

「Bonnie and Clyde(俺たちに明日はない)」のクライド・バロウ(役者はフェイ・ダナウェイ)が生まれた年です。

Butch Cassidy and the Sundance Kid(明日に向かって撃て)」のサンダンス・キッド(ロバート・レッドフォード)が亡くなったのが前年の1908年。
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1909年創刊、いまなお週刊誌としてボクシング情報を届けてくれる英国ボクシングニューズ誌は傑物である。
 



・・・・・・・小さな襲撃者の侵略を受けたので、、続きはまたあとで。偶然ですがここまではラガヴーリン、ルビー・ボブ、BN誌と〝英国がため〟でした。
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