カテゴリ: 世界のミドル級,世界に挑む日本人

欧米で注目度の低いジュニアフェーザー級以下の超軽量級。

欧州の国や、米国の多くの州ではランキングが10位までなかったり、ひどい場合は存在していないケースもあります。日本でスーパーミドル以上のランキングが無いのと同じです。

ESPNでも10年ほど前まではジュニアフェザー以下のランキングは5位までしかなく、今もストロー級は5位まで。

リング誌でもジュニアフェザー以下のファイターや試合が注目されることは、まずありせん。

例外的に「米国代表で五輪銀メダリストのメキシコ系マイケル・カルバハル」「メキシコの人気者ウンベルト・ゴンザレス」や、「マルコ・アントニオ・バレラ」「エリック・モラレス」というやはりメキシコのスーパースターという〝特殊案件〟でなければ注目されることはありません。

そんな軽量級の〝スーパースター〟ですら、ビッグネームとの対戦でないと100万ドルを超える報酬を得ることはありませんでした。

わけのわからない相手とコロナ下の会場で戦いながら報酬は測ったように100万ドルポッキリ、井上尚弥がいかに珍妙な存在かが、よくわかると思います。

フェザー級ですが、ナジーム・ハメドをサポートしたイエメン王朝のように「HBOに支払った一時金は5000万ドル」と公言したほうがいいんです。

日本からESPNへの放映権料は明らかにされてませんが、せいぜい10万ドルレベルでも、それを明らかにすることでESPNと、今や使えないプロモーターNo.1のトップランクにプレッシャーをかけることができます。

トップランクは全く人気の無い井上の米国での試合でリスクを負わず、日本開催で大橋プロモと共催でメガイベントの分け前にあずかる、美味しい立場です。

トップランクは自分の財布が痛まないんですから、日本のお金で勝手に100万ドルでも200万ドルでもやっといて、と笑ってるでしょう。そして、日本でビッグイベントを何度も開催する腹積もりですから、危険な相手との対戦は徹底的に避けるでしょう。

米国のマニアが「トップランクは井上をプロテクトしている」と揶揄しているのはけして的外れではありません。

テオフィモ・ロペスですら100万ドルちょっとの報酬で「現状ではこれが精一杯。これ以上出すと赤字」とボブ・アラムとESPNが語って競争入札に負けたのは、本音です。

トリラーやマッチルームがトップランクを上回る金額で入札に参加したのは、今や死に体のトップランクを蹴落としたいからでしょう。

ボクシングの階級は国によって明白な貴賎があります。欧米ではフライバンタムは〝賎〟というか無視された階級。ウェルターやミドル、ヘビーが花形、スーパーミドルやライトヘビー、クルーザーも人気階級です。

一方、日本ではヘビー級でも注目されますがスーパーミドル、ライトヘビー、クルーザーへの関心はマニアでも一気に低下します。

日本には「スーパーミドルやライトヘビー、クルーザーは欧米でも人気がない」と思い込んでいる馬鹿なボクシングファンもいるかもしれません。「黄金のバンタム」を曲解して信じている人々もいるかもしれません。

そんな思考能力ゼロの人がいるとしたら、彼らが妄想しているのは「嘘バンタム」「幻覚バンタム」です。

そして、そんな彼らですら「本物のミドル級」の理屈はわかるでしょう。
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そうです。日本では「黄金のバンタム」と勘違いし「ラスベガスでPPVで20億円」と思い込む重度の妄想に取り憑かれた人たちですら「井上尚弥がミドル級で同じことをやっていれば」と想像したなら、階級貴賎の現実がよくわかるでしょう。

欧米で無視されたバンタム級でAサイドにふんぞり返って、自分よりも遥かに貧乏で恵まれない境遇のファイターをぶっ倒していても、まともな世界が注目してくれるわけがありません。

そんなのただの貧乏人イジメです。

「いつか10万ドルファイター」と夢見るカシメロのような3階級制覇王者はミドル級には絶対にいません。

ドネアのように「お前、赤字ファイターだから出て行っていいよ。違約金も請求しないから」とトップランクから追放される、日本では〝5〟階級制覇(世界的には4階級制覇)のレジェンドの境遇も欧米で需要の低い軽量級だからです。

「ライト級で王者になる。ライト級なら変わる」。しかし、ドネアの願いは叶わず、フェザー級で挫折してしまいます。

誰だってバンタム級なんかに出戻りたくありませんが、上の階級で通用しないからそうするしかないのです。

ドネアだってジュニアフェザー、フェザー、ジュニアライト…ウェルター級とミドル級の高嶺まで続く坂道を一歩でも上に進みたいんです。

米国で陽の当たる階級で活躍したかったんです。
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問答無用のミドル級のお話です。

あのとき、1995年。「世界ミドル級」といえば、あのマーベラス・マービン・ハグラーの残り香が十分に漂っていた時代です。

個人的には21世紀のいまでも、ハグラーやレナードの香りが充満していますが…。

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もちろん、竹原もそうでした。

※画像はボクシングマガジン1994年12月号〜3月号のインタビュー。

「カストロのビデオは見た?」という質問には↓。
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カストロのキーになる試合は、ザルのディフェンスを突かれて攻め込まれる劣勢を、死んだふりしてロープに誘い込んで逆転KOという、とても90年代のボクシングとは思えないサーカス・スタイルでした。

冷静に見れば、そのスタミナとタフネスだけは超一流王者にも引けを取らないものの、実力そのものは紛うことなき穴王者でした。

そして、ファンやメディアの悲観的な憶測に反して、竹原陣営はカストロが28歳にしてすでに激闘の代償、すなわち劣化の兆候をさらけ出していることも見抜いていました。

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それでも…。私も含めて、竹原が勝つ可能性はゼロだと思い込んでいました。

穴王者が劣化して舐めまくっても、日本人には勝てない。多くの人がそんな屈辱的な思いを、グッと飲み込んでいたのです。

なにしろ日本人が戴冠するのは論外、挑戦することさえ許されなかった「本物の黄金階級」です。 

挑戦すること、日本に引っ張り込むこと、世界王者になること、そんなことは軽量級では当たり前のことです。

しかし、軽量級では当たり前のことが、ミドル級になると「おかしな夢」になってしまうのです。

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竹原慎二の実家は広島で焼肉店を営んでいました。地元で問題児だった竹原が日本チャンピオンになったとき、お客さんも祝福してくれました。

しかし、心ない客が「日本ミドル級王者なんてたいしたことない。世界でミドルなんて絶対無理だし、せいぜい東洋どまり」と酔いに任せて吐き棄てると、母親が客に向かって激怒したといいます。

「慎二は命がけで頑張ってる。あんたの子供は日本一になったことがあるんか!」。

この話を伝え聞いた竹原は、どんなに悔しかったでしょう。

全勝で突き進んでるのに、現実の自分が見えるのは「せいぜい東洋」。

「世界」がどれだけ高いのか、どれだけ分厚いのか…それどころか「世界」がどこにあるのかすらわからないのですから。

協栄ジムの日本王者ですらない軽量級選手が「世界」を軽々しく口にし、東洋無敵でも世界がどこにあるのかわからない自分。

どんなに、もどかしかったことか。どんなに悔しかったことか。

そして、そんな竹原を私たちは、さすがに面と向かっては言わないまでも、あの心ない客と同じことを思っていました。

「ミドル級?それってハグラーとかレナードの世界でしょ?絶対無理」。



野茂英雄も、大谷翔平も、彼らがやってのけた後に、彼らを疑っていた私たちが喝采の拍手を白々しく叩き、賞賛するのです。

ついさっきまで「マイナーのポンコツが日本で大活躍してるのに、日本人がメジャーで通用するわけがない」。「日本人がメジャーで本塁打王?それはマグワイアやソーサ、ボンズの世界だから日本人には関係がない」…そんなことを吐き捨てていたにもかかわらず。

…さもそれが絶対の常識のように断言していた、その口で、結果が出てから野茂や大谷を絶賛するのです。

「まさか、ノモマニアがLAに溢れるなんて!野茂は凄い!」。「二刀流なんてどっちも中途半端な成績しか残せないと思ってたのに!大谷は日本の誇りだ!」。

もちろん、フシ穴の私もそうでした。

日本人初の世界ミドル級タイトルマッチ、それがS席をたった3万円で見れるのです。まだ社会人ペーペーで3万円は軽い金額ではありませんでしたが、ミドル級の世界戦をリングサイドの特等席で見れるのです、格安です。

後楽園ホールの最高値のリングサイド席が、どれほど素晴らしいかは一度でも、二階席で見たとしてもおわかりになるでしょう。

井上尚弥のラスベガスもリングサイド300ドル、こじつけですが同じ値段です。「バンタム級に全く興味が無い米国」と「ミドル級に絶望している日本」。その対極が、この二つのバカ安価格に現れています。

四半世紀の時間差はあるので、井上の方が断然格安ですが。

「竹原vsカストロ」。チケットはもちろん買いました。

「格安だったけど勝てるわけがないから買わなかった」といったのは、精一杯の見栄です。あんなの、ボクシングファンで東京にいたら買うしかないでしょう。

しかし、急な仕事で3万円はフイに。3万円は惜しかったですが仕方がありません。

そして、なぜか少しホッとしていました。そのときは自分でも、3万円が無駄になるのに、どうしてホッとしたのかわかりませんでした。

試合結果を知ったのは、深夜のテレ東のスポーツニュース。

そして,録画中継を見ました。勝つべくして勝った試合でした。

無理やりにでも観に行くべきだった、と後悔しつつ、急な仕事で後楽園ホールに行けなくなったことになぜホッとしたのか、その原因が、はっきりわかりました。

「竹原が惨敗するのをS席、目の前で見たくない。竹原の血が飛んでくるような距離で見たくない」という思いが、心の奥底にあった、からでした。

。。。手元の雑誌「ぴあ」であらためて確認すると、私が最高値と思って買った「S席」は「指定S席」で、最高値は「リングサイドS席5万円」でした。

どうして5万円の席を買って見に行かなかったんだ。

そんな後悔と、竹原慎二を疑い続けた、惨敗を見たくないとまで思ってた自分に腹が立ちました。

たぶん惨敗する、と予想したのは仕方がありません。しかし、勝つかもしれない可能性を信じて応援できなかった、自分が情けなかった、です。

「勝ち目がない?竹原が惨敗するのを見るだけ?テレビもゴールデンタイムに日本人がボコボコにされて病院送りになるのを流せない?」。

それは、常識人からしたら、その通りですわ。

でも、そんなヘタレな見方で面白いわけがない。

その日も「猛烈に頭痛がする」と大切な仕事をスキップしてでも、後楽園ホールに行くべきでした。結果はどうあれ。それで、会社に超大迷惑はかけません。

あんなでっかい会社、当時20代の俺なんていなくてもクルクル回ります。そんなことがわからないわけじゃなかったのに…。

当時は「頭と胸が致命的に痛いです」と仕事を抜け出すことが、思い浮かばない、今以上のバカでした。



竹原は、燃え盛るハングリーの炎にいくつもの薪をくべ続けていたでしょう。

母親が悔しい思いをしていること。周囲から「絶対勝てない、無理」と言われながらも、世界ミドル級王者を日本に引っ張り込んでくれた沖ジムと協栄ジム。スポンサーの方々の思い。

どんな形でも勝つ。死んでも勝つ。

勝たなければ、恩返しは出来ません。

そして、私のようなチケットを買っても、竹原を信じられなかったフシ穴もいます。

私たちの勝手な諦観も、竹原が心の中で燃やす炎にくべる薪になれてたのなら、少しは気持ちが救われますが。


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欧米の人気階級へ、日本人が初挑戦。その意味では、間違いなく日本ボクシング史上、最大の勝負でした。

その大舞台に挑むファイターの口から「いや、別にないですけど…」「とりあえず」「陰からでもいいですから」…あまりにも不釣り合いな言葉が次から次へと出てくるのです。

この試合を、メディアやボクシングファンがどんな目線で見ていたのか。

つまり、どんな失礼な角度で見ていたのか。

それを、一番正確にわかっていたのは、当たり前ですが、竹原慎二です。

「オレが勝つとは誰も思ってないんだな」。

それが、きっと、あんな無愛想な言葉になってしまったんでしょう。



1995年12月19日。

あの試合が終わったときから「日本人が世界ミドル級チャンピオンになること」が「おかしな夢」などではなくなりました。

竹原慎二が二つの拳で、おかしな夢を破壊してくれたのです。

もし…。

竹原がカストロのドテッ腹をブチ抜いていなければ、村田諒太の挑戦と戴冠はもっと別の角度から語られていたでしょう。

なにしろ、電通とフジテレビと帝拳さんですから。




年が明けたある日、仕事が終わった夜、帰宅ルートでは無い水道橋で降りた私は後楽園ホールに向かいました。

12月19日に行けなかった後楽園ホール。チケットを買った試合がとんでもない試合だったのに、行けなかった理由が、あまりにくだらないことに、自己嫌悪になりながら。

竹原と後楽園ホールに、お詫びするような気持ちだったのかもしれません。


あんなすごい試合の席を、一つ空けてしまったこと。

あんなすごい大勝負を、どうせ負けると決めつけていたこと。


東京ドームシティは、夜10時は回っていたはずですが、人通りも多く、PUFFYの「アジアの純真」が大音量で流れていました。

そのときは「PUFFYのアジアの純真」なんて、無知な私にはわかりません。

初めて聞く曲です。

面白い歌だな、くらいな感じで聞いていました。

後楽園ホール前のベンチで曲に合わせて歌って踊っていた女の子のグループと目があって「これは何の曲ですか?」と「Is this a pen?」みたいに聞くと「これはPUFFYのアジアの純真です」と答えてくれたんでしょうが、私にはよく聞き取れませんでした。


白のパンダを どれでも  全部 並べて

ピュアなハートが 夜空で 弾け飛びそうに 

輝いている  
火花のように 
 

この曲を聞くと、竹原慎二の大勝負を思い出してしまいます。

しかし、我ながら、全く、脈絡無いなあ。でも、この曲聞くと「竹原vsカストロ」思い出しちゃうんだから、仕方が無い、です。





うわー、泥酔して書いたので明日読んだら抹殺したいような訳の分からない内容かもしれません。 
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「おかしな夢など見てはならない」。

ホルヘ・カストロの言葉は、日本のボクシングファンにとって不愉快極まるものでした。

しかし、それに対してまともな反論も出来ませんでした。

東洋無敵の竹原慎二でも、ミドル級では穴王者のカストロに序盤で破壊される…能天気な私でも、そんな無残な展開が頭によぎっていました。

1995年12月19日。

この日まで「日本人が世界ミドル級チャンピオンになること」は、確かに「おかしな夢」を見ることだったのです。



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どんなに人気のある階級でも、レベルが落ちる時期は訪れます。

ヘビー級ならモハメド・アリが引退、ラリー・ホームズが黄昏れ、ボクシングの人気と社会的地位の下落が顕著になった80年代。

そして、ミドル級ならマービン・ハグラーが引退、そのハグラーに勝ったシュガー・レイ・レナードがタイトル返上して王座が分裂していた1987年から2004年までの17年間。

そう考えると、80年代から短い冬はあったとはいえ、高い水準で人気とレベルをキープし続けているウェルター級の存在感が際立ちます。

マニー・パッキャオのフライ級は例外的ですが、マイキー・ガルシアのフェザー級、オスカー・デラホーヤやフロイド・メイウェザーのジュニアライト級など、直下ではない階級の超実力者までがそこを目指してきた歴史を考えると、この階級の凄みはウェルター級単体で考えるべきではないのかもしれません。


話が横道に逸れる前にミドル級氷河期です。

当時の史上最大のメガファイト「ハグラーvsレナード」によって散逸してしまったミドル級のストラップは人気も実力も今一つの凡庸な王者によってリレーされてゆきます。

1987年、WBCはトーマス・ハーンズが決定戦で戴冠、史上初の4階級制覇に成功。アイラン・バークレー、ロベルト・デュランら5人が「竹原慎二の1995年」までの8年間を慌ただしくリレーしました。

ミドル級氷河期の有象無象の王者たちの時代、Four Kingsの絢爛豪華とは比べるべくもないものの、そこそこの実力者が集まったのはIBF。1987年からフランク・テート、マイケル・ナンに英国の人気者ナイジェル・ベンとクリス・ユーバンクJr.も台頭しました。

ミドル級氷河期で最も凍てついた団体が、WBAです。

スンブ・カランベイ、マイク・マッカラム、レジー・ジョンソン、ジョン・デビッド・ジャクソン、そしてホルヘ・カストロ。竹原までの8年間で、6人の地味な王者がベルトをリレー。

氷河期、有象無象王者とはいえ、天下のミドル級。いつか氷が溶けて、スーパースターが共演する時代が近づいているのは間違いありません。

竹原の1995年。

プエルトリコの英雄フェリックス・トリニダードがウェルター級に君臨、将来的なミドル級進出を語り、複数階級の史上最多記録を更新すると公言していたオスカー・デラホーヤも駆け足でジュニアライト、ライトの2階級制覇に成功していました。

氷河期とはいえ、ミドル級を日本に引っ張り込むなんて少しでもボクシングを知ってる人に聞けば「フライ級やバンタム級じゃあるまいし。無理」と答えたでしょう。

さらに「万一、日本に呼べたら竹原に勝ち目はあるか?」としつこく聞けば…。

「日本人」ではなく「竹原」です。いつの時代も、日本のミドル級には二の矢も三の矢もありません。

そして,こう切り捨てられるでしょう。

「どんな穴王者がどんなに舐め腐って来ても、竹原でも絶対無理」。

ミドル級の世界王者など歴史上1人もいなかった時代。しかも、ハグラーやレナード、ハーンズというスーパースターの残像がまだハッキリと見えていた時代。

日本人がミドル級の世界チャンピオンなんて、口にするのも憚られる、そんな時代でした。

当時の日本にはWBAとWBCの二択しかありません。

WBCはハグラー戦前にレナードのスパーリングパートナーをつとめたスター候補のクインシー・テーラー。

WBAは無類のタフネス以外は凡庸で危なっかしい試合を繰り返していた不安定なホルヘ・カストロ。

のちにセルヒオ・マルチネスがミドル級を制したとき、多くのメディアに「カルロス・モンソン以来のアルゼンチンのミドル級王者」と報道されてしまうほど忘れ去られてしまう、あのカストロです。

※リング誌など「モンソン以来のLINEAL Champion」ときちんと説明していたメディアもありましたが、いずれにしてもカストロはアルゼンチンでも影の薄い王者でした。
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アルゼンチン出身のフランシスコ教皇からバチカンに招かれ「アルゼンチンと世界中の人々に希望を与えた」と讃えられたマルチネス。

世界中の人々…?。アルゼンチン国内はともかく、世界ではコアなボクヲタでないとセルヒオは知らんぞ。

しかし、日本のボクシングファンはバチカンに招かれなくても母国で人気がなくても、ホルヘ・カストロを忘れることはありません。


協栄ジムのターゲットは、コストが最もかからないアルゼンチン人に絞られました。

そして,交渉成立。地球の反対側、アルゼンチンから世界ミドル級王者を日本に引っ張り込むことに成功したのです。

そして、穴王者がこれ以上ないという舐めきったビール腹を揺らして来日します。

着衣のままでも、その下の肉体が緩んでいるのがわかるカストロは来日早々、激しいトレーニングを行います。

そうしなければ、前日計量でリミットまで落ちないからです。

早い段階で「カストロ調整失敗」の状況が伝えられても表情を変えなかった竹原でしたが、前日計量でカストロの弛んだ腹回りを見たときは、怒りに震えます。

「俺はここまで舐められてるのか」。

カストロの弛んだ肉体がが報じられても「よし!竹原、チャンスだ!」と期待を膨らませたファンはほとんどいませんでした。

なにしろ、誰もその高嶺に登ったことが無いのです。

カルロス・モンソンやマービン・ハグラー、シュガー・レイ・レナード、彼らと同じ肩書きを持つカストロに、日本人が勝てる訳がない…。

野茂英雄以前の日本の野球界と同じでした。

その高嶺に登って「下から見てるほど高くはないぜ」と教えてくれる誰かが現れるまで、待ち続けるしかないのです。

当時はインターネットもスマホもない時代。リング誌がカストロを階級最弱王者と断じていることなどほとんど知られていません。

もし、それを知っていたところでカストロ汲み易しとは誰も思いません。とにかく、今まで日本人の誰も成し遂げたことがないのですから。

カストロはまだ28歳の全盛期で、その戦績はなんと、104戦98勝68KO4敗2分。世界レベルの対戦で逆転勝ちが多いことは、無尽蔵のスタミナと打たれ強さの裏付け、その愛称はLocomotora(蒸気機関車)でした。

アルゼンチンの蒸気機関車は豪語します。「竹原相手ならスタミナも打たれ強さも必要ない。なぜならスタミナを使わない早いラウンドで終わるから。なぜなら竹原のパンチは当たらない、つまり打たれ強さを見せるまでもないから」。

日本のボクシングファンが史上初の快挙に期待していることを伝えられると「日本のファンをがっかりさせたくないから、最初に言っておく。そんな馬鹿げたことを期待してはいけない。そして、竹原はおかしな夢は見てはいけない」と吐き捨てました…。

計量をパスして秤から降りたカストロは、もう試合に勝ったかのようなはしゃぎっぷり。

目の前で揺れるアルゼンチン人の腹回りの贅肉に、ボクサーなら竹原でなくともこう誓ったでしょう。

「あの腹に思いっきりパンチをめり込ませてやる」。
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まず、時を戻すのは「1995年12月19日(水道橋後楽園ホール)」ではなく、さらに8年時計の針を逆に回します。

80年代はシュガー・レイ・レナードの時代と記憶されていますが、現実はマービン・ハグラーの時代でした。

レナードは81年のボクシング史上最高試合=トーマス・ハーンズとのウェルター級完全統一を賭けた大一番に、劇的な勝利を収めますが、Undiputed Titleは82年に一度防衛しただけで網膜剥離のため引退。

25歳のスーパースターの引退に、世界中のボクシングファンが痛恨の思いに沈んでしまいました。

84年にカムバックしますが無名選手に派手に倒され、シュガー・レイにかつての輝きはありません。

「レナードのあんな姿は見たくなかった」。2度目の引退宣言を、惜しいと嘆く人はいませんでした。

最初の引退宣言から5年以上のブランクを経てリングに戻ったのは、1987年のことでした。この間、米国リング、ラスベガスのリングを支配していたのがハグラーでした。

レナードは、そのハグラーに調整試合を挟まずに挑戦するというのです。
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「5年もリングを離れ、当然世界ランクにも入っていないレナードに世界タイトルを争う資格はない」。

常識的というか、至極当たり前というか、WBAとIBFはこの試合にタイトルを賭けることをことを許しませんでした。

世界中のどんなボクシングファンよりも、米国最後のスーパースターの帰還を渇望していたのは、おそらく1人のメキシコ人でした。

ホセ・スライマン。当時のWBC会長です。

「どうしてこんなタイトルマッチを認めるのか?」。

メディアの質問にスライマンは、淀みなく答えます。

「レナードは特別」。

まさかの言葉ですが、この男の口から発せられると「やっぱり…」です。

承認団体は承認ビジネスを生業とします。

興行規模を膨らませるスーパースターに気に入ってもらえることは、ビジネス拡大に直結します。アジアや中南米の軽量級王者から取れる承認量などたかが知れていますが、レナードになるとそのその何十倍どころか、何百倍にもなります。

しかも、相手はハグラー。メディアやファンは「レナードを殺す気か!」とWBCを非難しますが、すでに大々的なカムバックパーティーも主催しているWBCが後戻りするわけがありません。

「1対1のリンチ」と言われたミスマッチの結果はご存知の通りです。

話が横道にそれる前に、ハグラー陥落から「1995年12月19日(水道橋後楽園ホール)」に至る当時のミドル級シーンを振り返ります。

ハグラーvsレナードのTHE SUPER FIGHTがもたらしたもの。

大きな流れでは、今に続くスーパースター至上主義があからさまに形成されます。そして、枝葉の流れではミドル級のタイトル散逸を招きました。

2団体時代はもちろん、3団体時代でも、刹那の例外を除いて脈々とUndisputed Championを頂いてきたミドル級が、ついに分裂してしまったのです。

ハグラーに勝ってWBCの王座に就いたレナードはタイトルを返上。ハグラーが引退したことでWBAもWBCも空位に。

それぞれの団体は決定戦を行い、有象無象の王者が現れては消えてゆきます。

伝統の160ポンドに再びUndisputed Championが君臨するのは、17年後の2004年にバーナード・ホプキンスが4つのベルトを集約するまで待たねばなりませんでした。

1987年から2004年のミドル級氷河期。

「1995年12月19日(水道橋後楽園ホール)」とは、その氷河期のど真ん中に咲いた奇跡の花でした。

ミドル級王者がハグラーやレナードなら、水道橋に彼らを呼べるわけがありません。
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「日本王者にもなってないのに軽量級選手が『世界』と軽々しく口にするのに違和感を感じていた。私は無敗のまま日本王者になっても東洋太平洋王者になっても、世界の〝せ〟の字も見えてこないというのに」(竹原慎二)。

そして、竹原の「このまま引退まで東洋王座を防衛し続けるのか」という絶望に、氷河期だからこその一筋の光が差し込むのです。
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フェザー級を中量級、ライト級を重量級と呼ぶのが日本ボクシングです。

良いも悪いもありません。国内ランキングが13階級しかないのですから。

日本ボクシングの階級とプロ人口です。=9月28日現在=

①ストロー 56人
②ジュニアフライ 46人
③フライ 69人
④ジュニアバンタム 83人
⑤バンタム 104人
⑥ジュニアフェザー  116人
⑦フェザー 109人
⑧ジュニアライト 113人
⑨ライト 113人
⑩ジュニアウェルター 64人
⑪ウェルター  51人
⑫ジュニアミドル 22人
⑬ミドル 22人
※ライトヘビー 2人

合計970人。ライトヘビーの2人を除くと968人。

ついに1000人の大台まで切ってしまった原因は、ボクシング市場の衰退だけでなく、コロナ禍で引退を余儀なくされたボクサーや、村田諒太のように18ヶ月以上試合から遠ざかったボクサーがランキングから外されたためです。

競技人口の分布で三分割すると「ストロー〜バンタム」の5階級で358人、「ジュニアフェザーからジュニアライト」の3階級で338人、「ライトからミドル」の5階級で272人。

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ウェルター級がジュニアフライ級の46人を上回る51人の選手を抱えていながら、世界での存在感に雲泥の差が生じていることは、この国の輪郭を明確に映し出しています。

また、日本ランキングでは完全に〝枯れた井戸〟であるミドル級で2人の世界王者を輩出していることは、大健闘と言えるでしょう。

ウェルター級とミドル級。

世界的に人気があるということは、タイトル挑戦にいくつものハードルがあるということです。

この二つのクラスで海外での世界挑戦が飛び抜けて多い理由は、コネクション的にも現実的なコスト面でも簡単に日本に引っ張り込めないからです。

また、米国や欧州で人気が高いということは報酬も多い、専業でボクシングに打ち込み技術を磨くファイターが多い、ステイクされる栄光やファイトマネーが大きい…つまりはレベルも高いということです。

バンタム級の世界競技人口は765人。ウェルター級は1608人、ミドル級は1196人です。

バンタム級と人気階級のレベル差が、この数字以上に巨大であることは容易に想像できるでしょう。

クルーザー級の882人になるとバンタム級に数字こそ高くなりますが、専業ボクサーの数が多いこと、報酬が遥かに高いことはWBSSでしっかり発表されていますからご存知の方も多いでしょう。

逆にバンタム級のWBSSの報酬は大橋秀行が一方的に口にする井上の金額しか明らかにされていません。

日本からの補填がある井上とは違い、他の参加者の報酬は悲惨なものだったでしょう。

バンタム級よりはるかに人気があり報酬も高く、レベルも高いクルーザー級よりもさらに高い場所にあるクラスがウェルター級とミドル級です。

実力的にも、層が薄い日本からは非常に難しい挑戦になってしまうのは仕方がありません。

「日本人じゃ無理だ」。

そう決めつけられた剣ヶ峰を見事に踏破してみせた男たちの物語です。

WAKOの一階に飾られている大谷翔平のポスターに触発された「無理だと言われることしか、やるな」シリーズ。

最初にご紹介するのは、日本史上初めて160ポンドのタイトルを獲得した、自称〝元・粗大ゴミ〟じゃけんのう。
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スーパーミドル級10回戦


注目のサウスポー対決は31歳のファルカンが、2度の世界挑戦経験者アカボフを圧倒。4ラウンドストップ勝ちで、来月36歳になるロシア人の夢を打ち砕きました。

正確なジャブとエッジのきいたフック、右のリードが多彩なロンドン五輪銀メダリストは巧いし強い。

五輪メダリストなのに7年も世界挑戦のチャンスが巡ってこないことにも腐らず、しっかり実力を磨いてきました。

4ラウンド終了後のインタバルでアカボフコーナーが棄権。

ダウンは奪えなかったものの、ファルカンはその実力を十二分に見せつけました。ジャモールやアンドラーデにとっても簡単な試合にならないでしょう。

もし、ファルカンが日本人かメキシコ人、あるいは米国人や英国人でもとっくの昔に世界挑戦の機会が与えられていたでしょう。

しかし、それがボクシングです。
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WBAミドル級スーパーチャンピオン村田諒太の特殊性は「日本人であること」に集約されます。

とはいえ、五輪金メダルは桜井孝雄、世界ミドル級王者は竹原慎二といずれも日本人史上2人目に〝過ぎません〟。

しかし、五輪金メダルは欧米で人気のミドル級で獲得したことが、桜井のバンタム級とは全く違う価値を持つことに異論がある人は皆無でしょう。

アマチュアボクシングへの関心が低い日本でも「ミドル級で五輪金メダル」が何を意味するのかは、米国ボクシングを強烈に憧れた人なら簡単に理解出来るはずです。

モハメド・アリやジョージ・フォアマン、シュガー・レイ・レナード、オスカー・デラホーヤ、アンドレ・ウォード…。

人気階級で金メダルを獲った彼らが特別であることを私たちは知っていましたが、そんな才能が貧弱なこの国に授けられるとは夢にも思って見ませんでした。

村田諒太は「特別な日本人」でした。
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もちろん、プロでミドル級のタイトルを獲るのも五輪ほどではないものの、至難であることは変わりません。

最初に、この高嶺に咲く花を捥ぎ取ったのは竹原慎二でした。

1995年12月19日、後楽園ホール。

WBA王者ホルヘ・カストロは、日本ではいつもの如く「アルゼンチンの怪物」と紹介されていましたが、世界的にはchump(穴王者)。

昨年、カムバックした45歳のセルヒオ・マルチネスが2010年にケリー・パブリックを大番狂わせで破ってWBCとWBO、そして何よりもLineal Champion の座を奪取したとき「アルゼンチン人としてはカルロス・モンソン以来の世界ミドル級王者」と報じられました。

日本のボクシングファンからしたら「カストロを忘れるな!」と言いたいところですが、カストロはアルファベット団体の王者として紹介されるにとどまっていました。

しかし、モンソンもカストロも、マルチネスもアンダードッグながら番狂わせで王座に就いたことは奇妙に共通しており、カストロは強豪王者とはお世辞にも言えないものの、けして侮れないタフガイでした。

何よりも、穴王者でもミドル級です。マービン・ハグラーを中心にトーマス・ハーンズやロベルト・デュラン、シュガー・レイ・レナードが総当たりの決闘を繰り広げた、あのミドル級です。

世界中のボクシングファンを熱狂させてから、まだ10年も経っていなかった、ミドル級です。

いつも日本人を贔屓してくれるボクマガの展望は「無責任なようだが、いちかばちかの打ち合いに持ち込む以外、道はない」と、もはや予想を放棄したかのようでした。

当時のミドル級はIBFがのちの〝エイリアン〟バーナード・ホプキンス、WBCがスピード自慢のクインシー・テイラー。

「アジアでなんとかNo.1」だった竹原が世界王者になるには「あの日あのときのカストロ」以外はありえませんでした。

翻って、村田です。4団体時代となり世界王者や世界ランカーは一気に希釈されましたが、強打の日本人が世界基準にあることは明白です。

前年度にESPNの年間最高KO賞に輝いたアッサン・エンダムや、WBSSスーパーミドル級でも戦ったロブ・ブラントらと、アジア基準の竹原が互角に戦えるとは考えられません。

もちろん、日本中のボクシングファンの度肝を抜いて日本人初のミドル級王者となった竹原の偉業が霞むことはありません。階級難易度を考慮するなら、日本歴代PFP10傑にも数えられるでしょう。

ただ、アルファベット団体の挑戦者相手ならオッズも予想も圧倒的有利と推される村田とは、ステージの違うボクサーです。

村田諒太は「特別な日本人」なのです。



さて、今夜はちょっといつもと体裁の違う表をご覧ください。いつもと違う場所、違うタブレットで時間つぶししてます。

今日「1月12日の世界の階級別プロボクサー人口最新版」です。
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ある基準で色分けしました。意味のあるものじゃないし、まず当たらないと思いますが、思いついた方はかなり鋭いボクヲタです。

※ブリッジャーはお遊びで入れたので無視してください。

くだらない問題で失礼。

この表でお分かりでしょう。

左端は「Population(競技人口の順番)」、その右隣が「Weight(重さの順番)」。

一番右端が、「重さ」と「競技人口」の順位を差し引きした「Gap(乖離)」です。
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ちょっとシラフじゃないので「こいつ、何言ってるのかわからん」という人に欠落しているのは「gentleness(優しさ)」じゃ。

今更、答えを滔々と説明するのもまどろっこしいですが、黄色グループは「重さ」と「競技人口」が一致しているクラスです。

これを「Gap」の順番に並べ替えると、こうなります。
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なんと、1位はウェルターではありません。そして「最も層が厚い」という常套句でくくられるミドル級は重さで5位、競技人口で6位で「−1」。

この数字からは「最も層が厚い」とは到底言えませんが、このブログでずっと引っ張ってますが、やはり文句なしに「ミドル級は最も層が厚い」のです。

だったら、この数字は何なんだ?!ってはなしですね。


超軽量級でくくられるストローからジュニアフェザーの6階級は、バンタムまでは「重さ」の順番と「競技人口」が一致していますが、ジュニアフェザーは「重さ」は11番目にもかかわらず、「競技人口」は10位、そのギャップは「+2」と堂々の緑色グループです。

この表から、何が読み取れるでしょうか?

ミドルも含めた重量級5クラスの競技人口が「ウェルターを挟んだ3階級のどれよりも少ない」という事実は「ライトヘビーやクルーザーは、ジュニアウェルターやジュニアミドルよりもレベルが低い」ということにはつながりません。

「ヘビー級の競技人口はフェザー級よりも少ない」というのは一面的な事実ですが「フェザー級の方が競争が厳しい」と考える人は世界中に1人もいないでしょう。

大学入試の競争率のようなものです。重要なのは「分母の大きさ」ではありません。

そして、ボクシングのようなチャンピオンシップ制度を敷いた競争では「誰がトップにいるのか?」が全てです。

この表をみるまでもなく、超軽量級、特にストロー級はレベルが低いと決め付けたくなりますが、それは大間違いです。

このブログの読者の方は「競技人口が分厚い=階級攻略難易度が高い」という等式が成立するほど、ボクシングの世界は浅くない、ということはお分かりだと思います。

「ローマン・ゴンザレスとアンディ・ルイスJr.のどちらが優れたボクサーか?」。

この問いを「階級が違うから何とも言えない」なんて綺麗事の言葉で濁す奴は、もうここに来なくてもよろしい。


ああ、そして。

「村田諒太は『特別な日本人』なのです。」なんてことを書いた私が、やっぱり「フシ穴」だったと悔恨する日が早く訪れますように。



もうすぐ日付が変わります。そうなると「1月12日の世界の階級別プロボクサー人口最新版」がウソになるので、このへんで。

おやすみなさいませ。。。。

そして、ようやく待ち人来たり。わしは家に帰れるのであろうか。。。。 
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WBA暫定ミドル級王者クリス・ユーバンクJr.が、欧州の有力プロモーター、ザウアランドと契約しました。

2017年からスーパーミドル級を主戦場にリングに上がってきたユーバンクJr.は、2019年12月7日ニューヨーク・バークレイズセンターでジャーモル・チャーロvsデニス・ホーガンをメインにセットしたビッグイベント(Showtime が全米生中継したこのイベントでは岩佐亮佑がマーロン・タパレスを11ラウンドでストップ)でミドル級復帰(vsマットコロボフ=2ラウンドTKO勝利)。

スーパーミドル級を人気階級に押し上げたスター選手を父に持つユーバンクは、村田諒太よりも3つ若い31歳ながら31戦29勝22KO2敗。

ビリー・ジョー・サンダースに惜敗、ジョージ・グローブスにも判定負けを喫していますが、ゲイリー・オサリバン、アルトゥール・アブラハム、アブ二・イルディリム、ジェームズ・デゲール、そしてコロボフと強豪、ビッグネームとの対戦が豊富。

 I want all the champions – Murata, Charlo, Andrade, Golovkin – put me in the ring with any of them. I only want to fight the best. 

「王者との対戦を希望する。村田、チャーロ、アンドラーデ、ゴロフキン、誰でもいいから王者と対決したい。とにかく王者と戦いたいんだ」と村田の名前も出しています。

ユーバンクの持つWBA暫定の上位タイトルに就く村田との一戦は、最も自然なマッチアップです。
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ただ、コロナ抜きに考えても英国では堂々のスター選手、簡単に日本に引っ張り込める相手ではありません。

かつて、村田が世界初挑戦のターゲットにしたビリー・ジョーとの交渉が難航、最終的に決裂したようにこのクラスで名前のある選手との対戦は一筋縄ではいきません。

ただ、今回は「村田の方が上」の立ち場。暫定王者のユーバンクをアウエイの飛行機に乗せるハードルは低いはずです。

もちろん、団体統一戦に自由がきくスーパー王者の立場を手に入れた村田にとって、ユーバンクとのWBA防衛戦にこだわる必要はありません。

カネロとミドル級で対戦することが絶望的になった今、ミドル級の完全統一に乗り出すのは最も現実的なオプションです。
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カネロという巨星が去ったミドル級。

トップ選手共通の目標は喪失したものの、注目の人気階級であることは変わりません。

劣化の色彩を濃くしているゴロフキンを誰が〝介錯〟するのか、それとも今なおこの階級を支配するパワーを持っているのか?


そして、村田は誰を選ぶのか。 
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8月22日 ネバダ州ラスベガス 
MGMグランド カンファレンスセンター

ミドル級10回戦

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ライトヘビー級12回戦(エレイデル・アルバレスvsジョー・スミスJr.)のアンダーカードでセットされたブラントの復帰戦。

「見逃せないのはメインイベントだけじゃない。ロブ・ブラントと、クレイ・カラードも登場する」(ボブ・アラム)。

ESPNでミドル級7位、リング誌で9位にランクされるブラントは昨年7月12日に村田諒太との再戦で2ラウンドKO負けして以来、キャリア最長の13ヶ月と10日ぶりのリングです。

本当なら1月に予定されていた復帰戦でしたが、キャンプ中に上腕二頭筋を断裂して長期ブランクを余儀なくされていました。

ブラントはこの試合に向けて、テレンス・クロフォードやジャメル・ヘリングのトレーナーとしても有名なブライアン・マッキンタイヤーの指導を仰ぎ、フィジカルを鍛え直してきました。

「故障も完治して、充実した3ヶ月のキャンプを過ごせた。コピレンコは強力なボディ攻撃が持ち味の手強い相手だが、この試合をクリアしてもう一度世界タイトルを手にしてみせる」と29歳のブラント。

一方、ウクライナ生まれのコピレンコもこの試合が復帰戦。

カリフォルニア在住の36歳は、昨年5月にスティーブン・バトラーと空位のWBCインターナショナル王座を争いスプリットデジションで惜敗。それ以来のリングになります。

ブラントはもちろん、バトラーとグダグダの試合を展開したコピレンコも技術的には世界基準にあるとはいえ、傑出したものは何一つ持ち合わせていません。

そして、ミドル級のトップ戦線で戦うには二人ともフィジカルに不安を残しています。

オッズはブラント勝利1.66倍、コピレンコ2.44倍とブラント有利。

試合の行方は、さて?
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9月12日に予定されていたカネロ・アルバレスの試合まで33日。

カラム・スミスで内定と言われた対戦相手もいまだに正式発表はありません。
 
当初はスミスが当初提示の報酬600万ドルを拒否して交渉が行き詰まったと報道されましたが、その後スミスは態度を軟化。

今度は、DAZNが要求する報酬減額にゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)とカネロ陣営が難色を示していることが大きな障害になっています。

DAZNはパンデミックでスポーツ産業が大打撃を受けている環境下、米国で無名のスミスでは視聴者数が伸び悩むのは目に見えていることから、カネロの報酬と放映権料などを含んだ4000万ドルの最低保障の金額は捻出できないと主張しています。

舞台を英国に移すとなると「DAZNの米国戦略の橋頭堡」として、カネロと巨額の契約を締結した経営方針から外れてしまいます。

というよりも。スミスの人気は英国でもトップクラスではありません。「人気があればWBSSなんかに出場しない」(ビリー・ジョー・サンダース) のです。

「不人気ボクサーによる詐欺的トーナメント」がWBSSの正体ですが、井上尚弥だけは例外でした。
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But with Callum Smith, he’s an unknown with American casual boxing fan. Callum isn’t even popular in the U.K.

DAZN may not get their money’s worth with Canelo if he spends the remainder of his 11-fight, $365 million contract fighting guys like Saunders, Callum, and fighting Ryota Murata in USA.

スミスは米国では無名、それどころか英国でも人気が高いわけじゃない。

もし、カネロがスミスやサンダース、村田諒太のような米国で人気のないボクサーと戦い続けるとしたら、11戦3億6500万ドルという巨額の投資は回収できない(村田の場合は東京でやるなら話は変わるが、大観衆を入れることができない現状では東京開催は難しい)。


スミスのトレーナー、ジョー・ギャラハーは「我々はファンに楽しんでもらうために、あらゆる譲歩に応じた。あとは向こうの問題。カネロがDAZNと良好な関係にないこと、GBPとも確執が生じていることが事態を複雑にしている」と、障害物が二つあると指摘。

「エディ・レイノソがスミスと戦うと公言していること、DAZNもスミスが落とし所とわかっている。我々に出来ることはもう一つも残されていない。あとはカネロの事情だけだ。日程は後ろ倒しされるだろう」とも。

ギャラハーは日程後ろ倒しと考える理由を明らかにしていませんが、同じ9月12日に予定されているマイク・タイソンvsロイ・ジョーンズJr.とのバッティングを避けるべき、ということはDAZNも含めたカネロ陣営はしっかり把握しているはずです。

条件交渉が難航していることを理由に、日程を先送りする。

そうだとしたら、賢明な判断です。

まさか正直に「タイソンvsジョーンズに勝てないから延期します」とは口が裂けても言えませんから…。


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