フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜

      Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。

カテゴリ: 世界のミドル級,ゲンナディ・ゴロフキン

カザフスタンでは液化石油ガス(LPG)が2倍に値上がりしたのを背景に、2日から国内各地で大規模な反政府デモが続いています。

カシム=ジョマルト・トカエフ大統領はロシア主導の軍事同盟の集団安全保障条約機構(CSTO)に、抗議行動の鎮圧に向けた支援を要請。CSTOの部隊は6日、カザフスタン入りしていました。

ロシア国営RIA通信によると、カザフスタンに派遣されたのは兵士2500人規模の精鋭部隊。CSTOは、カザフスタンの政府や軍の施設を守る「平和維持部隊」として、数日〜数週間、同国にとどまるとされています。

トカエフ大統領は7日「抗議デモに名を借りたテロリストは容赦しない。警告無しに発砲する」と全国放送のテレビで警告。デモを「外国で訓練を受けたテロリストの仕業」だと、証拠を示さずに決めつけています。

内務省は、抗議デモが始まってからの数日間で「武装犯」26人と治安部隊の18人が死亡、3000人以上が拘束されたと発表、国内ではインターネットの遮断が続いています。

カザフスタンでは、ほぼ全ての選挙で与党が勝利し、その投票率は100%近くに上り、与党と戦える野党は存在しないという摩訶不思議な民主主義国です。

カザフスタンと聞いて、中央アジアの資源大国と思い浮かべるでしょうが、ボクシングファンにとってはゲンナディ・ゴロフキンをはじめ中量級を中心に強豪を続々と輩出するボクシング大国です。

アマチュア時代から国家の寵愛を受け、プロになってからもカザフスタン国旗を翻して入場しているトリプルGは、このニュースをどう聞いているのでしょうか。

同じ旧ソ連圏のウクライナでも、ビタリ・クリチコが首都キエフ市長としてロシアの干渉との戦いを続けています。

アレクシス・アルゲリョも、政治に身を投じ政治の翻弄されました。
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もし、マニー・パッキャオが日本人なら、母国を救うために政治に情熱を燃やしたでしょうか。

アスリートがアスリートとして、アスリートとしてだけの自分に集中出来る環境にある国は、世界でも少数派かもしれません。

この国のアスリートは幸せです。アスリートを純粋に応援できる私たちスポーツファンも幸せです。

GGGの母国にも、早く平穏な日常が戻って欲しいです。
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忙しいだけだった今年一年。

今日で仕事納めです。

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[第1希望]
■公演タイトル: WBA&IBF 世界ミドル級王座統一戦
■公演日: 2021/12/29(水) 17:00開始予定
■会場名: さいたまスーパーアリーナ
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今日の夜はさいたま新都心近くのホテルに宿泊予約していました。

きっと前日計量も公開されるでしょうし、そこから全部見ようと考えていたのです。

自宅から約2時間程度ですが、久しぶりの一人旅、しかも大好きなボクシングのメガファイトを日本で観ることが出来るのです。
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仕方がないことです。

中止ではなく延期ということです。

以前からカネロ・アルバレス陣営も村田諒太、日本のマーケットに高い関心を持っています。

ゲンナディ・ゴロフキンとカネロの射程距離までに接近していることは間違いありません。

お楽しみはこれからです。

…とはいえ、未来はいつだって不確定、何がどうなるか分かりません。

やっぱり明日、観たかった、です。
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Life is full of vicissitudes.

人生に筋書きなど、ない。

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ゲンナディ・ゴロフキンの名前が最初に世界に広まったのは2001年東アジア大会。ちょうど20年前、ウェルター級を圧倒的な強さで優勝したときのことです。

「世界」というのは大袈裟かもしれません。しかし、日本では「凄いカザフスタン人」がいると専門誌でも評判になりました。

東アジアというローカル大会ながら、開催地は大阪。

のちの世界王者ダニエル・ギールらを殴り倒す姿は鮮烈な印象を残しましたが、世界にその名を轟かせたのは金メダルの2003年世界選手権、銀メダルを獲得した2004年アテネ五輪のことです。

アマ戦績は諸説あるものの、345勝5敗ともいわれ、もしゴロフキンが英国人や米国人なら大手プロモーターが争奪戦を繰り広げたはずです。

もし、日本人なら村田諒太のロンドン2012の大快挙や、井上尚弥のPFPランキング快進撃の受け止められ方は、何倍にも希釈化されてしまっていたでしょう。

2001の東アジア大会・大阪で金メダルを首にかけたまだ19歳のカザフスタン人が、世界選手権で金メダル、五輪で銀メダルを獲得するまでは想定通りかもしれません。

しかし、日本人が同じミドル級で五輪金メダルを獲って、二人が戦うことになるーーーそんなことは誰も妄想すらできませんでした。
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申し込みましたが、外れるなんてこともあるんか?

12月29日は仕事も何もかも完全ブロックしました。

村田諒太の試合は「アッサン・エンダム①」から4年7ヶ月ぶり。

アマチュア時代の眩しすぎる栄光と、観戦機会に恵まれたボクヲタの度肝を抜いたプロテスト。

あのとき、後楽園ホールは「五輪金メダリストになると、ここまで凄いのか。村田はモノが違う」とガチのため息で溢れました。

そして、アジアの強豪が、凡庸なファイターにしか見えなかったデビュー戦。




電通がプロジェクトチームを作ってまで担ぎだした神輿は、ついに最終地点に辿り着きました。

「最終地点」。つまり、ここでの敗北にはリベンジのチャンスは、おそらくありません。

やり直しは効きません。

2021年12月29日、さいたまアリーナで村田諒太が挑む相手はアッサン・エンダムでもロブ・ブラントでもありません。

日本ボクシング史上最高の誇りは、Aサイドでリングに上がりますが、再戦条項は設定されていないでしょう。

そして、Aサイドにもかかわらず、アンダードッグです。


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「最終地点」。

しかし〝この先〟もあること、つまり「究極の最終地点」があることも、日本のボクシングファンはみんな、胸震わせながら、わかっています。

もちろん、村田は「究極の最終地点」なんて全く考えていないでしょう。目の前の相手をノックアウトすることに100%集中しているはずです。



80年代、私は、あの絢爛豪華なミドル級のフェロモン撒き散らしまくりのカリスマたちが繰り広げたスペクタクルにメロメロにされてしまいました。

マーベラス・マービン・ハグラーが世界に君臨するミドル級の世界は、この宇宙で日本人から最も遠い世界にしか見えませんでした。

やはり、当時は日本人には巨大な壁であった大リーグ(MLB)やサッカーW杯(欧州トップリーグ)は「いつか大きな成果を得られるのでは?」「マッシー村上や釜本、奥寺が結果を残してるし」と、少しは思えました。


しかし。



ハグラーやシュガー・レイ・レナードは、全く別物、別の次元にしか思えませんでした。

あれから40年。

私がボクシングに惹き込まれた80年代から、このスポーツは日本と米国でメジャースポーツの舞台から転落してしまいました。

しかし「ゲンナディ・ゴロフキン」や「カネロ・アルバレス」は、80年代中毒の私ですら「ハグラー」「レナード」と並べて、何ら遜色も優劣も文句もありません。

GGGもカネロもマーベラスもシュガーも、ボクシング人気階級の歴史的な化け物です。


村田諒太は、日本人にとって、宇宙で最も遠い場所に辿り着いてくれたのです。

穿った見方をするなら〝村田が接近したのではなく、宇宙の方が近づいてくれた〟のかもしれません。

しかし、それは村田諒太の〝引力〟のなせる技に他なりません。

これが、ボクシングです。

偉大なカザフスタン人は、村田のフィジカルとハート、そして日本のリングが、その素晴らしいキャリアでも最も難しい戦いになることを覚悟して準備しているでしょう。

そして、村田はゴロフキンの準備と想定を乗り越えなければなりません。そして、きっと乗り越えてくれるでしょう。





心配なのは…私が抽選に外れて、Amazon Primeで観戦…それは悲しすぎます。 


2015年の「パッキャオvsメイウェザー」。あのときも、何がなんでも見に行かねば、と熱り立ってみたものの、結局、あまりにも非常識なチケット価格に断念しました。

今回は、常識的な価格です。そしてパックメイと同じくらいか、それ以上に、会場で同じ空気に酔いたい。

Amazonプライムで見た方が、実質、試合を特等席で観れるかもしれませんが、テレビか会場かは価値観の問題です。

「テレビの方がいい」という試合もあります。多くの試合がそうです。あらゆるスポーツがそうです。

しかし、ボクシングには、たとえどんな末席でも、舞台の中に自分も入れて欲しい、地続きの空気を吸って、会場に溶け込みたい、肉眼のその先にモニター越しでない本物のリングがある、リアルな空間で、この瞬間の証人になりたい、そんなどうしようもない欲求を抑えられない試合があるのです。

「村田諒太vsゲンナディ・ゴロフキン」は、そんなどうしようもない試合の、究極です。
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12月29日、さいたまスーパーアリーナ。

世界ミドル級団体統一戦。WBA王者:村田諒太vsIBF王者:ゲンナディ・ゴロフキン

日本ボクシング史上最大の大勝負です。

禁断な話をすると、現在のボクシングシーンで実現の可否を度外視して「日本に引っ張り込んで戦う(日本人が勝つかもしれない)最も大きな名前は、順番に異論はあっても以下の通りで誰もが納得してくれるでしょう(ライトヘビー〜ヘビー級は除く)。

①カネロ・アルバレス
②テレンス・クロフォード
③エロール・スペンスJr.
④ジャーモル・チャーロ
⑤ジャーメル・チャーロ
⑥ガーボンタ・デービス
⑦ゲンナディ・ゴロフキン
⑧ワシル・ロマチェンコ
⑨テオフィモ・ロペス
⑩ジョシュ・テイラー

ゴロフキンはもちろん1位ではありません、トップ5にも入りません。

しかし、こんなベスト10で遊べるのも村田諒太がいるからです。村田がいなければ、こんなランキングは虚しいだけです。

そして「敗北のニュース」が世界中のボクシングファンを驚かせる、という意味ではゴロフキンはカネロに次ぐ名前かもしれません。

村田戦が正式発表されてから、海外のボクヲタ、マニアのコメントを読み拾うと、峠を越えた39歳カザフスタン人がいかに愛されているのか、そして日本で村田と戦うことに忸怩たる思いと危険な意識を高めていることがよくわかります。

GGGサポーターからすると「残された時間が少ないんだから、カネロへのリベンジを最優先してくれ!」という思いでしょう。

ゲンナディ・ゴロフキン。世界王者になってからの25試合と、その世界評価を振り返ってみます。

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前回、書いたように2010年8月にWBA暫定王者になる以前から、GGGは階級最強候補の一人でした。

ミドル級で世界を狙える逸材を抱える世界中のプロモーターが「GGGのWBAタイトルはこの世に存在しないものと思ってる」(アベル・サンチェス)と嘆くほど、ミドル級の強豪、ビッグネームは全盛期を迎えるカザフスタン人を徹底的に敬遠し続けます。

2010年、ゴロフキンが世界挑戦直前のリング誌ランキングは以下のとおりでした。

王者:セルヒオ・マルチネス(リネラル/WBC)
1位:フェリックス・シュトルム
2位:ダニエル・ギール
3位:ポール・ウィリアムス
4位:マシュー・マックリン
5位:セバスチャン・シルベスター
6位:フリオ・セサール・チャベスJr.
7位:セバスチャン・ズビク
8位:ディミトリー・ピログ
9位:アッサン・エンダム
10位:マルコ・アントニオ・ルビオ

プロモーターやマニアが最強と確信していたGGGは、10位にも数えられていないのです。リング誌ももちろんわかっています。

「誰に勝ったか?となるとGGGは誰にも勝っていない。強豪が対戦を避けているのはわかっているが、実績ゼロの選手をランキングすることはできない」というジレンマに苦しんでいました。

赤字はGGGのオファーを明白に拒否した選手です。

特に、WBA王者シュトルムとその陣営のあからさまな逃げ方は「(ファン・マヌエル・マルケスの指名挑戦から恥も外聞もなく逃げ続けた)ナジーム・ハメドと同じくらい醜い」もので、マニアは嘲笑し、マルケスと同じようにGGGに同情しました。

よくあるプロモーターが敬遠するのでなく、ハメドと同じようにシュトルム自身が明らかに怖気づいていることが、周囲にも伝わるほどのチキンぶりだったのです。

強豪に敬遠され続け、世界評価は上がりません。しかし、2012年にはリング誌ミドル級で3位までランクアップ。

リング誌は2012年12月号で、ギジェゴシ・プロクサを5ラウンドで屠った米国デビューを見開き4ページで「BEAST!(こいつは野獣だ!)」のヘッドラインを打って特集。

「ボクシングの世界には秘密がある。本当に強くても、商業的価値がない選手はどんなの強くても大きなチャンスは巡ってこないことがある」。

「弱い相手に勝ってるだけ、と思うならそれは間違いだ。強い相手が逃げるから弱い相手としか戦えないのだ」。

「パッキャオの(米国)デビューは誰も注目しない122ポンドだったが、GGGは注目の160ポンド。彼がパッキャオよりも早く、そしてより大きなスーパースターになると予言して、誰が否定できるだろうか?」。

「GGGにはいろんな意味が込められているが、この米国デビューはGennadiy Going Globalの第一歩だ」。

6ヶ国語を流暢に操り、誰もが最強と認めるGGGのGoing Globalに欠けているのは強豪との対戦、それだけでした…。
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ESPNはわかりやすい。

さすがディズニー傘下のスポーツ専門局です。Excellence in Sports Performance Yearly Awardはスポーツイラストレイテッド誌のSports person pf The Yearに代わって米国スポーツの最高名誉の賞になりました。

ボクシングでもトップランクと業務提携し、試合を中継しています。

本当なら村田や井上のスケジュールや試合をもう少し詳しく報道しても良いはずですが、ほとんど無視の状況です。「村田vsGGG」もいまだに一文字も報道していません。

かつて、オスカー・デラホーヤやフロイド・メイウェザー、マニー・パッキャオと米国のNo.1ファイターと契約してきたトップランクでしたが、現在はプレミア・ボクシング・チャンピオンズやマッチルームの侵略を受けて凋落するばかり。

村田諒太や井上尚弥も複数年契約を結んでいますが「米国開催で高額の放映権料をせしめて、日本開催のビッグファイトでは甘い汁を吸いたい」という下心丸出しで、日本のボクシングファンを満足させるマッチメイクは全くできないまま。

村田が求めるカネロ・アルバレスやゲンナディ・ゴロフキンとのメガファイトでも、全く機能しないどころか、様々な意味で障害にしかならなかったトップランク。

今回のゴロフキン戦も、電通と帝拳が DAZNとマッチルームという世界最悪のタフネゴシエーターを向こうに回して交渉成立に持ち込んだファインプレーでした。

ESPN&トップランクと敵対するDAZN&マッチルームという連合軍にビッグファイトを奪われた形ですから、一文字も報道しない、したくない気持ちはわからなくもありませんが…。見苦しい。

トップスターのテオフィモ・ロペスの防衛戦(ジョージ・カンボソス戦)が競争入札に持ち込まれるのを甘受し、入札では3位惨敗という醜態をさらしたトップランク。

それなのにボブ・アラムは「この試合に600万ドル以上出すなんてトリラーは気が狂ったのか?テオフィモの試合にそんな価値はない。テオフィモのファイトマネー390万ドルからマネジメント料の20%、78万ドルが何もしないで転がり込む。私の人生で最高のeasy money=濡れ手に粟」と笑う始末。

テオフィモが「なんだかんだ言っても俺を取り返しに来てくれると信じていたが」と悲しんだのも無理はありません。

見苦しい老害アラムと比べて、マニー・パッキャオやジェルウィン・アンカハスが「何の確執もない。トップランクには感謝とお別れだ」と没落プロモーターのもとを去ったのは紳士的な態度でした。

米国で2試合戦った井上と陣営は肌感覚で「本気で売り出す気があるかどうか」を十分すぎるほど感じ取っているでしょう。

もう、潮時です。

トップランク抜きでゴロフキン戦の交渉を進めることで、違約金や手切れ金が発生している可能性がありますが、それは仕方がありません。

後輩たちの米国進出にとって良いケーススタディ、授業料だったのです。

書こうと思ってたのと違う話になってしまいました…。

トリプルGの世界戦と世界評価を、時系列で振り返って行きます。
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ゲンナディ・ゴロフキン のプロキャリアは2006年5月6日に始まり、15年に及びます。

ドイツでプロデビューした24歳の青年は39歳に成熟、デンマーク、パナマ、母国カザフスタン、ウクライナ、米国、モナコ、英国をタライ回し的にに転戦、12月29日には8カ国目となる日本のリングに上がります。

世界的に人気のあるミドル級でアテネ2004の銀メダリスト、プロでは歴史的な絶対王政を敷いたビッグパンチャーのGGGはサーカスライフを送り続けなければならない理由はカザフスタン人だからです。

もし、GGGがメキシコ人や日本人、米国人、英国人なら母国の絶大なサポートを背に米国や英国でメガファイトを繰り広げていたでしょう。

しかし、現実はカザフスタン人です。デビューの土地、ドイツではチャンスを与えられず、希望の米国ではニューヨークにもラスベガスにも定着できませんでした。

左ジャブから右につなげる画一的なスタイルを捨て「ビッグドラマショウ」と名付けた圧倒的で破壊的なボクシングは、ボクシングファンが最も歓迎するスタイルでした。

それなのに…。
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人気ではカネロ・アルバレスやフリオ・セサール・チャベスJr.、ミゲール・コットはもちろん、セルヒオ・マルチネスやピーター・クイリンにも劣り、彼らとの対戦はついに叶いませんでした。

全盛期のGGGは〝人気階級の不人気選手〟でした。

カザフスタン人という以外にも〝嫌われた〟理由は、その爆発的な強さでした。

アベル・サンチェスが「初めて会ったときは合唱団の少年かと思った」という外見とは裏腹に、リングに上がるとビッグドラマショウという名の虐殺を冷徹に繰り広げる剥き出しの強さが、ビッグネームとの対戦を遠ざけてしまったのです。

「最強を証明したい」というのはあらゆるボクサーに共通する夢です。しかし、ビッグネームになると「それは大きな舞台でなければならない」という思いが強くなります。

それは、プロモーターにとってはもっと重要で切実な問題です。

恐ろしいほど強いが、商業的価値は恐ろしいほど低い…。そんな相手と誰が戦いたいと思いますか?

上質な技術と破格の強打を併せ持つ、リングの上ではどこまでも残酷なカザフスタン人と低報酬でも戦いたいボクサーが いるとしたら、GGGよりもはるかに無名で、はるかに商業的価値の低いボクサーたちだけです。

最初に拠点を置いたドイツでは、WBA王者フェリックス・シュトルムがスパーリングすら拒否するほどあからさまな逃避を繰り返し、その噂=GGG注意報=は世界中に広まっていました。

初めて世界タイトルを手にしたのは2010年8月14日、ミルトン・ヌネスを初回で破壊したWBA暫定、28歳のとき。

米国でも欧州でもない僻地で行われた試合でしたが、その動画はミドル級のトップボクサーを抱える世界中のプロモーターを恐怖のどん底に叩き落します。

当時30歳のヌネスは無名のコロンビア人でしたが、地域タイトルも獲得して戦績は21勝19KO1敗1分。

「GGGが強いのはわかってるが、どれだけ強いのかを測るには絶好のテスト」と見られていたヌネス戦の内容は「まだ強さの底が見えない」という次元のものでした。

そして〝注意報〟は、接触禁止の〝特別警報〟レベルに引き上げられ、世界中にサイレンが鳴り響きます。

世界ミドル級はGGGのWBAを結界で囲む、奇妙な戦線が形成されてしまうのでした。
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最も価値のあるリング誌王者とリネラル王者はWBCのセルヒオ・マルチネスからコット、カネロとリレーされましたが、本当に強いのが誰であるかは誰の目にも明らかでした。

ゲンナディ・ゴロフキンというミドル級王者が地球上に存在していないかのように、コットやカネロが卑劣なキャッチウェイトでリング誌とWBCの防衛戦を続けたのは、2010年代のボクシングシーンで最も醜悪な光景の一つです。

戴冠から7年間、対立王者を抱えるプロモーターの間でGGGは死神のように忌避されることになります。 
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Amazonから届いたメール。

「Amazon『みんなで応援』プログラム」という件名だけ見て、そうか、来月29日の村田諒太を民で応援しようというプロモーションだな、さすがアマゾン、やることが早い、と勘違いしてしまった。

まぎらわしいメールしてくんなッ!
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ちょっと頭を冷やしに、外に出ようっと。
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リング誌の年間PFP「BEST FIGHTER POLL」。

そのリストで最も凶暴な1位はマイク・タイソン(1989年)かゲンナディ・ゴロフキン(2017年)だ。

この二人が4階級の差と、28年の時を隔てて、激突する!

Mike Tyson fought

Frans Botha, who fought

Wladimir Klitschko, who fought

David Haye, who fought

Lolenga Mock, who fought

Malik Dziarra, who fought

Gennady Golovkin

時代も階級も違うアイアンマイクとGGGだが、わずか5人の対戦相手の橋を渡ると二人は相見えることになる。
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すでにご紹介済みかもしれませんが、リング誌2018年3月号「POUND FOR POUND ISSUE GENNADIY GOLOVKIN:FROM KO−KING TOP P4PKING」(PFP特集 ゲンナディ・ゴロフキン〜KOキングからP4Pキングへ」の拙訳です。

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Pound for Pound。それは、脳内妄想の世界だ。

そもそも、スポーツの世界でそんな妄想やら、想像に意味などあるのか?実際に戦って、白黒つければいいだけじゃないか。

ヘビー級が目立って、小さな階級は無視されるのはおかしい。だから pound for poundは人気のない階級にとっては必要だ…よく言われるPFPの存在理由だ。

なんじゃ、その理屈は?無理やり減量して半病人になる前に、自分が一番強い体重で戦うべきじゃないのか。減量で脱水症状起こして、足が痙攣した状態でリングに上がるとか、そんなもの、スポーツじゃない。 

スポーツは自分が一番強い状態で戦うのが大前提。より小さくてより弱い相手を求めて、自分も弱体化するような行為はスポーツの思想に反する。 

しかし、それがまかり通っているのがボクシングの世界だ。 

No.1は誰なのか?

この問いかけこそが、スポーツを動かす。それこそが競技の基本であり、選手が答えを求めて努力するゴール。

アスリートはNo.1になるために努力し、ファンその競争に熱い声援を送る。

チームスポーツでは「No.1」の問いに対して、シーズンが終わると明白な答えが出る。

ところが、プロボクシングではビジネス上の取引や、政治的な事情により、この質問の答えがでないことが普通に起きている。

しかし、ボクシングでも、極めてまれに答えが出ることもある。

それは、その選手が自分の階級でNo.1であることを証明した場合。

2017年8月にテレンス・クロフォードがジュリアス・インドンゴを3ラウンドで倒して4つの世界タイトルを統一したとき、クロフォードは自分が世界最高のジュニアウェルター級であることを〝議論する余地のない〟形で証明したのである。

しかし、議論する余地のないチャンピオンが滅多にいない時代では、人々は脳内であれこれ想像を掻き立ててしまう。つまり、パウンドフォーパウンドが議論の対象となる隙ができてしまうのだ。

正解も不正解もないPFPに「権威」や「名誉」を求めるのは狂乱の愚行だが、正解も終わりもないPFP議論は、SNS時代のボクシングファンやジャーナリストの暇つぶしにとっては好都合であるのも事実。

全米ボクシング記者協会(BWAA)は、最もレベルが高いウェルター級にも進出しようとしているクロフォードをPFP1位に選出した。

一方で、RING誌とESPNの脳内妄想ランキングでは、統一ミドル級に君臨するゲンナディー・ゴロフキンがトップ。

クロフォードを支持する人々は「2階級制覇」と、ゴロフキンがダニエル・ジェイコブスやカネロ・アルバレスに「苦戦したような経験がない」と主張する。

GGGサポーターの意見は「レベルの低い軽いクラスのクロフォード」はジェイコブスやカネロのような「才能と実績のある相手と対戦したことがない」と指摘する。

また、一部のファンやメディアは「プロ7戦で2階級制覇」「アマチュアで史上最高」のワシル・ロマチェンコこそがNo.1だと信じている。

RING誌のPFPランキングでゴロフキン、クロフォードに次ぐ第3位のロマチェンコはプロ戦績が10試合しかないことは、熱狂的な支持者にとっては関係ないのだ。

ロマチェンコの技術と運動能力はPFPの考え方では最強というが、そもそもPFPの考え方とは何なのか?

ゴロフキン、クロフォード、ロマチェンコの優劣を議論するとき、誰の意見も間違いではない(正しくもない)という、そもそも答えがないこと、議論が尽きないことが、PFPが広く受け入れられている理由の一つだろう。

HBOのボクシングアナリストであり、妄想ランキングをたびたび口にするマックス・ケラーマンは「PFPランキングを持ち出すたびに他のメディアやファンから嘲笑されている」と話す。

「PFPなんて何の意味もない」と。

「しかし」と、ケラーマンは反論する。 

「これはとても楽しい作業だ。ボクシングはエンターテインメントだ。これは、大学フットボールで誰が全米チャンピオンになるべきかを議論するのと同じ。完全に主観的で偏った意見に基づくもの、それこそがPFPであり、誰がNo.1かが全くわからないボクシングファンにとっての気晴らしの娯楽になっている。権威があるなんて誰も思っていない、そんなやつがいたら世界一の愚か者。いろんな人がいろんな見方を披露し合うお遊びなんだから」。

それでも、つまりボクシング中継でPFPなんて言葉が語られなかった時代のファンは、ケラーマンの中継に眉をしかめる。

スポーツなら「お遊びランキング」を軽々しく持ち出すなと嘆くオールドファンが懐かしむのは、ラリー・マーチャントがまだHBOのアナリストだった70年代までの時代だろう。

しかし、マーチャントが35年間HBOに在籍した後半、パーネル・ウィテカーやロイ・ジョーンズ・ジュニア、オスカー・デラホーヤが1位の座を争った1990年代後半にはPFPは当たり前に話題にされていた。

それどころか、マーチャントが新聞のスポーツコラムニストだった70年代以前にも、PFPは存在していたのだ。

マーチャントはRING誌に「40年代か50年代にもPFPランキングは探せばあるかもしれない」と語っている。

「優れたプロモーターや、広報担当者、作家、誰がそのアイデアを思いついたのかはわからないが、私はいつも、ジョー・ルイスやロッキー・マルシアノに比べて日陰に甘んじていたシュガー・レイ・ロビンソンを見て、小さなファイターにも光を当てようとしたのがPFPと言う考え方が世間に広く紹介されたのだ」。

「80年代以降は人気のない軽いクラスに注目を集めるプロモーションの一環として使われるようになり、ランキングも一般化した」。

ウィテカーをプロモートしたMain Events社のCEOキャシー・ドゥバは「イベンダー・ホリフィールドやマイク・タイソンらヘビー級が注目されていた90年代で、PFP最高のボクサーと認められることはデラホーヤに代表される軽量級ファイターにとって有効なマーケティングツールだった」と、認めている。

亡夫ダン・ドゥバがニュージャージー州にあるMain Events社を経営していた頃、広報を担当していたキャシーは「パーネルがPFPという言葉を広めた」と回想している。
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1993年にフリオ・セサール・チャベスと対戦したウィテカーのためにRING誌がPFPチャンピオンベルトを初めて作った。その後も断続的に作ったり、作らなかったりを繰り返し、今は作っていないが、最後に作ったものは2017年にGGGに贈られている。

キャシーもPFPジャケットを作り、この言葉を広める活動を積極的に展開した。

ボクシングライターやHBOも同様に、それを受け入れた。PFPはメディアとファンの間に効果的に浸透した。

もはや、シュガー・レイ・ロビンソンの代名詞ではなくなっていたのだ。

イベンダー・ホリフィールドやリディック・ボウがHBOで試合をしていた時代に、軽量級の素晴らしさにスポットライトを当てる方法が必要だったが、その一つがPFPだった。

「ボクシング界が取り戻そうとしているカジュアルスポーツファンに、ウィテカーのような軽量級のディフェンスマスターをどのように受け入れてもらい、人気のあるヘビー級の選手と比べても見劣りしないようにするには?その答えの一つがPFPだった」(キャシー)。

PFPランキングは、ついに最終地点に辿り着きます。

ウイテカーやデラホーヤよりもはるかに軽いローマン・ゴンザレスがPFPに登壇したのです。

ボクシングファンは、リカルド・ロペス、マーク・ジョンソン、ウンベルト・ゴンザレスなどそれまで全く光の当たらなかったサブ−バンタム級の選手を、 RING誌のPFPランキングやKOマガジンのダイナマイトランキングで初めて知るようになった。


RING誌ではPFPについての考えを、ボクシング関係者やソーシャルメディアを通じてファンに投げかけた。


▶︎私はP4Pリストには注目していません。P4Pリストは所詮はどれもデタラメなファンタジーの考え方で作られているからです。#dealwiththereal@_InwardLook_909
 
 
▶︎トーマス・ハウザー(モハメド・アリの伝記作家、『There Will Always be Boxing』の著者)。"Pound for pound "はシュガー・レイ・ロビンソンのために発明された。世界のヘビー級チャンピオンがスポーツ界で最も尊敬されていた遠い昔の時代に、RING誌編集長ナット・フライシャーがロビンソンの特別さを示したのだ。

しかし、その後のPFPは衰退していった。注目されない軽量級選手にとってPFPはありがたい賞讃だ。それでも、意味不明な投票がランキングも数多い。PFPランキングは、現在の実力ではなく、数年前の活躍や、これまでの実績が陽炎のように評価される矛盾も孕んでいる。


▶︎ラリー・マーチャント(殿堂入りした放送作家、元HBOのコメンテーター)。第二次世界大戦後には、多くの優れた小柄なボクサーが大活躍していた。誰が一番強いのかを議論するために、誰かが知恵を絞って生み出されたのがPFP。

現実の世界では、ヘビー級に勝てるフェザー級はいない。しかし、PFPならフライ級やバンタム級でもヘビー級に勝てるのだ。

もともとは、プロ2年目の若きシュガー・レイ・ロビンソンが偉大なパフォーマンスを見せていたことを賞讃するためだった。


▶︎フランク・バートリーニ(ウォール・ストリート・ジャーナル紙)。どんなスポーツでもメディアでも、自分が賢いと信じたがるライターがいる。PFPのリストを作って「私は専門家」と悦に入っているのだ。

PFPは最強の理論です。どんなデタラメでも論破できないのですから。


▶︎バーナード・ホプキンス(元ミドル級・ライトヘビー級チャンピオン)。パウンドフォーパウンドのリストは、ファイターを正確に評価していると思う。

しかし、その信頼性は発信者が誰であるかにかかっている。リストを作成した個人やメディアが、RING誌やESPNのような信頼性を持っていなければ、何の信用も得られない。

私はPFP1位になることを目標にしてきた。選手にとっては承認料が請求されるわけでもなく、悪い話じゃない。


▶︎リッキー・ハットン(元ジュニアウェルター級&ウェルター級王者)。若い頃、世界チャンピオンになることを夢見て、それを達成したときには、自分の階級で最高の選手になりたいと目標を上げた。

世界タイトルを獲得しても、その階級で最高の選手になれるとは限らないのがボクシング。140ポンドでRING誌のベルトを手にしたとき、それが叶った。

次はPFP最高のファイターになることを目指した。PFPは選手にとって励みになる。


▶︎キャシー・ドゥバ(メインイベント社CEO)。パーネル・ウィテカーがライト級王者になり、後にウェルター級に転向した時代は、マイク・タイソン、イベンダー・ホリフィールド、リディック・ボウ、レノックス・ルイスというヘビー級ボクシング四天王がいた厳しい時代だった。

彼らは人気があり、誰にでもわかる圧倒的な強さを誇っていたので、軽量級の選手をファンに知ってもらうにはPFPという言葉が役に立った。

デラホーヤ戦では試合の公式タイトルにも使い、約20年後では軽量級ではないセルゲイ・コバレフとアンドレ・ウォードの初戦にも使った。PFPは非ヘビー級の興行には有効なマーケットツールの一つだ。

ぶっちゃけいうと、P4Pリストはプロモーターの人気投票の意味もある。リング上でのボクサーのスキルよりもはるかに多くのことを基準にしている。つまり、やはり大局的には意味はない。

もっと言うと、誰もPFPの明確な基準を持っていない。オレクサンダー・ウシクを2位にした人は、ウシクを苦しめたジョシュアを10位内に入れようとはしない。それどころか、再戦ではジョシュア有利と考える人もいるでしょう。

あの試合はクルーザー級のウシクがヘビー級のジョシュアと戦ったわけではなく、ヘビー級同士の戦いだったが、専門家も含めて多くの人はウシクに優しく、ジョシュアに厳しい目で見つめていたのだ。

※編集部注:デュヴァは、THE RINGのパウンド・フォー・パウンドのNo.1ボクサーを決定した3つの試合(ウィテカー対チャベス、ウィテカー対デ・ラ・ホーヤ、アンドレ・ウォード対セルゲイ・コバレフの再戦)を共同プロモートしている。
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▶︎@Barcham2015 私が面白いと思うのは、みんなのPFPリストにハリー・グレブが入っていること。彼の試合映像はないというのに。

ジーン・タニーに勝ったことは知ってるし、ミッキー・ウォーカーにも勝っていて、とても有名なファイターなのはわかる。それでも、新聞記事や誰に勝ったかだけで、彼がPFPにランクされるのかがわからない。

そもそもが何の基準もないランキングだから、誰を入れようが間違いではないということでしょう。


▶︎ナイジェル・コリンズ(元 RING編集長)。シュガー・レイ・ロビンソンが史上最高のファイターだという意見には賛成だが、それは美学にもとづく。

シュガー・レイ・ロビンソンの記録と功績は素晴らしいが、それ以上に彼のスタイルは美しく完璧だった。彼のスタイルには、賞讃せずにはいられない美学があった。
 

▶︎ホプキンス  今の時代、PFPリストに載るために多くの試合をする必要はない。20年前、30年前、40年前に比べて選手層が薄くなっているから。

しかし、レベルは落ちていない。今のトップレベルのファイターは、どの時代でも戦うことができる。ただ、その素晴らしいファイターの絶対数が少ない。


▶︎マーチャント。私はPFPリストに興味はない。メディアにとって、PFPに価値があることは理解しているし、時には自分を楽しませるために、あるいは自分がどれだけ馬鹿になれるかを試すために目を通すこともある。

それでも私自身はPFPを作る気はない。


▶︎キャシー・デゥバ パーネルの場合、プロモーション用のタイトルやマーケティング用のギミックだけではない。

PFPは彼と一体だった。彼はいつもそう信じていたし、フリオ・セサール・チャベスと戦ったときにそれを証明してくれた。

チャベスと戦うためにはShowtimeで行わなければならなかったが、パーネルが契約していたHBOはこの試合を望んでいなかった。HBOは1試合500万ドル(約5億円)を保証、ショータイムに出ないならもっと多くの金額を用意すると交渉したが、パーネルはお金の問題ではなく、プライドの問題だと譲りませんでした。

彼が電話でダンに「簡単な試合はさせないでくれ!」と怒鳴っていたのを今でも覚えている。私にとって、PFPとはパーネルの姿勢そのものだった。


▶︎マーチャント(HBOが大きく取り上げたロイ・ジョーンズ・ジュニアをパウンド・フォー・パウンドのNo.1と呼ぶことについて)

ロイは全盛期には素晴らしいファイターだったが、大きな集客力はなかった。

ボクシングの世界では、PFPには何かしらの意味がある。人気のない選手や、注目されない軽量級への慰労賞的なものかもしれない。

そして、人気がなくても軽量級でもその人を選んで褒めてあげたいと思うような選手は間違いなく存在する。


 
▶︎スティーブン・エスピノザ(ショータイム・スポーツのジェネラル・マネージャー)。PFPはあまりにも恣意的で、さまざまなバイアスを受けやすい。

私たちがフロイド・メイウェザーとビジネスを始めたのは、彼がボクシング界でNo.1のスターだったから。彼は偶然にもPFPでNo.1ファイターだった。

結局、PFPのトップ5やトップ10に入れるボクサーを記憶しているファンはいない。今の1位は知っていたとしても、少し前は忘れているか、そもそも知らない。

ほとんどのファンにとって、どうでもいいことなのだ。

しかし、私たちは、あなたのお気に入りのファイターをShowtimeで放映したい。そのファイターを6位だとか2位だとか評価されるのは、ファンにとっては嬉しいはず。

そういうファンは、それまで「馬鹿らしい」と見向きもしなかったり、そもそも知らなかったPFPランキングをチェックするようになるかもしれません(井上ファンらが好例です)。


▶︎ハットン  史上最も偉大なファイターの一人として語り継がれるであろうメイウェザーとPFPのタイトルをかけて戦えたことは、信じられないことだった。

3万人の英国人がラスベガスに詰め掛けてくれたんだ。会場に入れないファンはホテルのクローズドサーキットで応援してくれた。

今後、こんな素晴らしいことは、ヘビー級でもないかもしれない。試合は負けたが、私にとっては最も誇らしい瞬間のひとつだ。


 

PFPのリングは一人一人の脳内に存在する。

RingTVのFacebookのフォロワーから、「Pound-for-Poundのリストは重要か」という質問に対して、次のようなコメントが寄せられた。

「ハードコアやカジュアル層がP4Pリストに注目するのは、ゲームの状況を把握できるから。多くのチャンピオンがいる現在、誰が誰なのかを総合的に把握する必要があるが、P4Pリストはそれを可能にしてくれる」- フランク・ジャクソン


「私はフォローしていますが、ランキングはあまり重視していません。1つのリストを読むよりも、10人の異なる見解を見る方が興味があります」 - マイケル・グリーン 


「試合が面白いかどうかしか興味はない」- ヒュー・リチャード・ドレイパー


「P4Pランキングは、率直に言って、ボクシングのことをあまり知らない人たちがまとめているので興味がない」- ダグ・オークス 


「P4Pのリストは絶対フォローしている。P4Pランキングのトップファイターの条件:対戦相手の質、現在の部門での優位性、活動レベル。考慮に入れないもの:誇大広告(カーン要因)、プロモーション所属、ノイズレベル、フラッシュとキャッシュ(ブローナー要因)」 - Pául Wíckés


「私はP4Pリストを全く気にしていません。それらはすべて、会話や議論をあおるために使われる、くだらない妄想に過ぎないから」 - ジェームズ・セイヤー 
 

「P4Pリストは、各部門のチャンピオンになるだけでなく、ファイターに目標を与えるもの。かなり正確に見えるものもあり、ボクサーは評価されることに感謝していると思う」 - ピート・エドモンズ 


「PFPは、冗談リスト」 - ウバルド・フローレス 
 

「どう考えてもただのお遊びだ」- スティーブ・カズ 
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PFPに明確な基準や、形ある名誉は存在しない。

ただ、それは人々の頭の中にある。

パーネル・ウイテカーは誇り高いボクサーである。イベンダー・ホリフィールドは勇気あふれるファイターである。

誰の脳内をも支配した(満場一致で1位に選ばれた)フロイド・メイウェザーやマニー・パッキャオは、幻覚をのはずのPPFに生命を吹き込んだのかもしれない。

そして、2017年、私たちはゲンナディ・ゴロフキンをPFP1位に選んで、PFPベルトを贈った。

PFPに意味はない、偽物、だれも覚えていない、ただのお遊び…。全部その通りだ。

しかし、PFP1位のゴロフキンには意味がある、本物だ。誰もがずっと覚えている。

そして、トリプルGのボクシングはお遊びではない。
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