「上の階級へ」という本来の流れとは反対に「下の階級へ戻る」〝逆〟階級制覇。

この逆流を遡ろうとする者は、必ず逆鱗に触れて押し流され溺れてしまう…。減量苦から一旦解放された肉体を再び酷使する階級ダウンの試みは、ボクサーの肉体を芯から蝕み、パワーやスピード、バランス、打たれ強さ、反射神経、全てを奪い去る…。

ボクシング界で常識とされる「〝逆〟階級制覇は踏み込んではいけない禁忌」は、真実なのでしょうか?

そこには納得出来る科学的根拠よりも、シュガー・レイ・レナードやロイ・ジョーンズJr.というスーパースターが衝撃的な大番狂わせで蹉跌した、あまりにも強烈な印象がバイアスとなっているようにも思えますが…。

このタブーを破った長谷川穂積はフェザー級からジュニアフェザーに落とし、ウーゴ・ルイスとの激闘の末にWBCバージョンのタイトルを拾いました。

しかし、凡庸な王者キコ・マルティネスに粉砕され、王座を奪ったルイスは亀田興毅にも完敗している正真正銘の絶対穴王者でした。この試合は、日本のエースとして長年ボクシング界を引っ張ってきた長谷川へのボーナスであり、逆二階級制覇の壁をクリアしたとは到底言い難いものでした。

そもそも、長谷川は階級制覇という点からは、ほとんど何も成し遂げていないと言い切っても差し支えないでしょう。フェザーでもジュニアフェザーでも世界のトップどころか、世界戦線にギリギリに踏みとどまっていたジョニー・ゴンザレスやマルティネスに粉砕されているのですから。

ESPNで年間最高試合賞に輝くなど米国での知名度は井上尚弥を凌ぐ八重樫東も、ポロロッカの激流を遡った勇気あるボクサーの一人です。

ミニマムからフライ級へ長谷川と同じく飛び級でニ階級制覇に成功、ローマン・ゴンザレスに4度目の防衛を阻まれたとはいえ、フライ級でも通用したと言えるでしょう。そしてライトフライでも王座に就いて2度防衛、ミラン・ミランドに初回 KOで敗れましたが、逆流を溺れることなく、なんとか渡りきったと言っても良いかもしれません。

そして、ポロロッカ遡上成功の代表例としては、韓国ボクシング界が最後の盛況を謳歌していた20世紀終盤のリングに登場した文成吉があげられます。

バンタム級からジュニアバンタムへの逆流に成功(1990年ナナ・コナドゥ戦:9ラウンド負傷判定勝ち)した〝韓国の石の拳〟は、このタイトルをヒルベルト・ローマン、グレグ・リチャードソン、イラリオ・サパタ、松村謙二らを相手に9度もの連続防衛を果たしたのです。

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「フィリピンの閃光」も逆階級制覇の波に飲み込まれてしまいました。

それでも、やはり逆階級制覇が非常に難しい問題を孕んでいることは間違いありません。

再び過酷な減量に戻ることが生理的に巨大なダメージを強いることに加えて、多くのボクサーにとって「逆を目指す」時期が疲弊消耗したキャリア終盤であることも「逆階級制覇は成功しない」というジンクスの原因かもしれません。

世界に目を向けても、レナードやロイはもちろん、最近でもポール・バトラー(バンタム➡︎ジュニアバンタム:2015年ゾラニ・テテ戦=8ラウンドTKO負け)、エイドリアン・ブローナー(ウェルター➡︎ジュニアウェルター:2013年マルコス・マイダナ戦=2度ダウンを奪われて完敗)らが大きな挫折を味わっています。

また、ノニト・ドネア(フェザー➡︎ジュニアフェザー:決定戦で王座返り咲きも2016年ジェシー・マグダレノにまさかのスピード負けで完敗、再びフェザーに上げるもカール・フランプトンに完敗)も〝帰るべき階級〟を求めて迷走を続けています。

そのドネアは、さらに遡ってバンタム級への舞い戻りまでを示唆しています。

「ドネアが最も輝いていたのはバンタム級」。確かに世界評価という点では、そうかもしれませんがボクサーの実力、階級での傑出度ではフライかジュニアバンタムでしょう。

いずれにしても、とっくの昔に通過した118ポンドの駅に、痛みの激しいあちこちにガタのきた列車を無理やりバックさせることは、疲弊した肉体にさらなる深刻な歪みを引き起こすという嫌な予感に震えてしまいます。

井上尚弥やエマヌエル・ロドリゲスの剥き出しのスピードとパワーは、かつてのドネアが持っていた武器です。

開けるべき次の引き出しもないままに、加齢と消耗で劣化が進行した今のドネアがWBSSを勝ち上がるようなことがあれば、世界中のボクシングファンが胸を躍らす復活祭となるのですが…。