20世紀、日本の男子マラソンは間違いなく世界をリードしていました。

今も昔も優秀なトラックの中長距離選手は、ほぼ例外なくマラソンを目指しました。現在のダイヤモンドリーグにあたる世界最高峰のDNガラン大会の1万メートルで優勝経験もある瀬古利彦は、この種目でも五輪でメダルを狙える実力がありましたが、より可能性の高いマラソンを専門種目に選びました。

「トラックでは世界に通用しないが、マラソンなら五輪でも勝てる」。悪く言えば「トラックからの逃避」でしたが、それは「可能性のある種目への選択・集中」であり、日本の中長距離界の過去から今までの一貫した考え方です。

実際に、1万メートルではメダル争いをする強豪選手の一人に過ぎなかった瀬古は、モスクワ、ロサンゼルスの2大会の五輪前には英国を始め主要ブックメーカーから優勝候補の筆頭に挙げられる世界最強のマラソンランナーに成長しました。


【トラックでも十分世界に通用するスピードを持った中長距離ランナーが、マラソンでさらなる高みを目指す。瀬古をはじめ、日本中長距離界がマラソンを目指したのは、伝統的な駅伝文化もあったとはいえ、強力なライバルがいないマラソンという〝スキマ種目〟に大きな可能性を見つけたからでした。】

90年代から2010年頃まで黄金期を迎えた女子マラソンの背景にあったのも、同じモチベーションでした。「まだ、世界が本格的に取り組んでいない女子なら男子以上に可能性がある」と。

かつて、世界トップの長距離トラックランナーにとってのマラソンは「陸上競技のマイナー種目」であり、「賞金額が少ない」「1年間で2〜3回しか走れない」という、all pain and no gain(労多くして益なし)の種目でした。

ところが、21世紀に入ってから、この構図に大きな地殻変動が起きています。

先日、大方の予想どおり男女共に惨敗してしまった世界陸上のマラソンでしたが、この地殻変動を象徴するような出来事がありました。

世界トップ選手の相次ぐ出場辞退です。世界記録保持者のデニス・キメットも、次の世界記録が期待されるトラックの絶対王者、ケネニサ・ベケレも、大きな物議を巻き起こした「NIKE Breaking 2」で2時間00分25秒の〝世界記録〟をマークしたエリウド・キプチョゲも、ロンドンのスタートラインには立ちませんでした。

それどころか、招待状を受けているはずの世界のトップ10選手がいずれも出場しないという異常事態です。その一方で、1万メートル優勝者のモハメド・ファラーをはじめ、なんと3000メートル障害の選手まで、複数の中長距離ランナーが「マラソン転向」を宣言したのです。

人気があるのか、ないのか、どっちなのか?一体、何が起きているのか?

今や、マラソンは「労多くして益なし」の種目ではなくなったのです。

IAAFが統括するトラック&フィールドで世界最高峰のダイヤモンドリーグの賞金は優勝1万ドル(約110万円)、2位6000ドル(660万円)、3位4000ドル(440万円)…年間14戦合計のポイントで選ばれる総合優勝者には40万ドル(4400万円)が報酬として用意されています。

また、やはりIAAF主催の世界陸上でも金メダル6万ドル(660万円)、銀3万ドル(330万円)、銅2万ドル(220万円)…の賞金が与えられます。

優秀なトラック選手は、14戦全勝で総合優勝すると54万ドル(約6000万円)、世界陸上金メダルで6万ドル、合わせて60万ドル(6600万円)が稼げる計算です。しかし、現実には14戦全てに勝つことはもちろん、全戦出場も難しいので60万ドルというのはあくまで机上の最高額です。トップランナーになると、エンドースメント(スポンサー収入や顔見せ料など競技以外からの収入、ウサイン・ボルトが2016年度で稼いだ3250万ドル・約36億円のほとんどがエンドースメントでしたが、ボルトは例外中の例外です)も多いとはいえ、そんなトップでも競技から得られる年間収入はせいぜい30万ドル程度でしょう。

1年に何回もトラックレースに出場して、トップランナーで30万ドルです。

一方で、マラソンの優勝賞金は、ドバイマラソンの25万ドル(2750万円)を筆頭に、パリ、バルセロナ、ポルト、ソルトレイクシティーのような地域大会でも欧米のマラソソン大会は1万ドル以上の高額賞金レースは珍しくありません。もちろん、1試合だけでこの金額が手に入るのです。

東京マラソンもその一角を占めるワールドマラソンメジャーズ(WMM)では優勝10万ドル(1100万円)、さらに2年間にわたるシリーズ総合優勝者は25万ドル(2750万円)も獲得できるのです。

WMMは世界陸上もポイントレースに数えていますが、世界のトップ選手が賞金の少ない世界陸上を回避したのは間違いありません。

日本実業団陸上競技連合がぶら下げた「日本記録で選手に1億円、指導者・コーチに5000万円」という「project EXCEED」は、日本選手は「どうせ無理」と戦意喪失した模様ですが、海外の選手の中には「日本に帰化したい」という声が上がるなど注目されました。

ケニアではマラソン経験の無い、農業や牧畜など一次産業で働く人までが賞金レースを嗅ぎつけ、ヨーロッパや北米の地域大会で年間500〜600万円近くを稼ぐ賞金稼ぎもいます。国民一人当たりの年間所得が約6万円という国ですから、たった一つの大会で優勝するだけで10年分以上、一年で100年分の年収が稼げる計算です。そんな彼らのレベルでも2時間12〜15分、ちょうど日本のトップ選手より少し遅いくらいなのです。

2000年東京国際マラソンなどで優勝したジャフェット・コスゲイも、農家から賞金稼ぎへの転向組ですね。

そして今や、ケニアやエチオピアのトップ選手でもお金で動く賞金稼ぎ、です。同じプロスポーツでも、サッカーや野球の選手が(複数)年契約を結び、日本の実業団選手に至っては終身雇用で庇護されているのに対して、彼らは〝完全歩合制〟の正真正銘のプロフェッショナルです。

「国の名誉を背負うのは五輪だけでもう十分、賞金の少ない世界陸上は要らない」。それが、賞金稼ぎの本音です。

世界陸上の3ヶ月前にナイキのプロジェクトで非公認レースを走ったキプチョゲなどは、世界陸上なんてハナから興味もなかったでしょう。あの全てが整備された実験室のようなサーキットコースを〝世界記録〟で走ったケニア人は、世界陸上の金メダル(6万ドル)を放擲した代わりに、一体いくらの報酬を受け取ったのでしょうか?

世界陸上(World Championships)は、文字通り世界王者を決める大会でしたが、少なくとも男子マラソンにおいてはその命題は形骸化しています。この傾向は今後も加速して、6万ドルを魅力に感じるレベルの賞金稼ぎ(世界20位〜のレベル)が戦うレースに変質していくかもしれません。

そうなると、将来、日本人でも、二軍の大会に堕ちた世界陸上なら入賞はもちろん、金メダルを獲る日が来てもおかしくありません。もちろん、そうなっても世界陸上が存続していれば、の話です。


【1998年バンコクアジア大会、灼熱のタイで2時間21分47秒という脅威的なタイム(当時の世界記録はテグラ・ロルーペが男子ペースメーカーを付けた快適なロッテルダムで出した2時間20分47秒)で走った高橋尚子。自らの下部組織が実施した大会だったにもかかわらず、国際陸連が「酷暑のバンコクでこのタイムはおかしい」と当初記録を認めなかったことも、東南アジアから届いたニュースがいかに衝撃的だったかを物語るエピソードです。これが日本のマラソンランナーが世界を震撼させた最後の瞬間になるのかもしれません。】

日本記録の時計が2002年で止まったまま、動き出す気配もない最大の原因は「高岡寿成の2時間6分16秒が日本人の肉体的限界だから」であるわけがありません。2時間6分16秒という平凡なタイムを切れば1億円がもらえるのに、やる気が全くないからです。生き馬の目を抜く賞金稼ぎの世界に太刀打ちするには、あまりにも脆弱な環境、心構えで競技に向き合ってしまっているからです。

「五輪や世界陸上で入賞、あわよくばメダル」。それだけを見ていては、賞金稼ぎのプロフェッショナルに勝てるわけがありません。彼らと同じ冷徹な目線を持つことです。

「世界陸上は賞金が少ないから出場しない」。そう言い放つ日本人ランナーが出現したとき、マラソン日本は復活するでしょう。そこから逆算して育成していくしかありません。もしかしたら「育成」という考え方自体が間違っているのかもしれませんが…。

厳しい言い方になりますが、世界陸上の標準記録も破れないトラックランナーが将来、一流のマラソンランナーになるとは思えません。「2時間7分台を目指す」公務員ランナーも、その公務員ランナーに負けてもクビにならない終身雇用で守られたぬるま湯ランナーも、彼らではもはやどうしようもない段階に世界のマラソンは突入しているのです。

皇居を走る大勢の市民ランナーの姿を見るまでもなく、空前のマラソンブームです。東京国際マラソン、東京国際女子マラソンといったエリートマラソンがなくなり、巨大市民マラソンに取って代わった時代の流れも、この地殻変動の一端です。

【かつて世界最高峰の女子マラソン大会だった東京国際女子マラソンは2003年が最後の大会となり、世界の潮流である男女混合の大規模マラソンに取って代わっていきました。市民ランナーが爆発的に増えた一方で、トップレベルの記録は低迷する…かつてのテニスと同じ現象がマラソンの世界でも起きています。】

日本よりも先行して世界中で健康ランニングブームです。ランニング市場は順調に拡大しており、シューズメーカー、ヘルスケアを始め関連産業はその恩恵を受け、豊富な資金を宣伝広告に費やし、大規模市民マラソンを支えています。

ヘルスケア・製薬大手のアボットがWMMの冠スポンサーについたのも、前述のナイキのプロジェクトも、こうした企業活動の代表的な例です。

大きなお金が動き、いろいろなステージ、レベルで賞金稼ぎが活躍するマラソンは、今や「陸上競技のマイナー種目」でも、トラック選手が敬遠する「実入りの少ない種目」でもありません。

「世界的にマイナー種目だから」「トラックの強豪がいないから」…かつて黄金期を築いた日本マラソンの思考は、全く通用しない過酷な時代を迎えているのです。

「2時間6分16秒を切ったら1億円」。そんなどでかいニンジンを目の前にぶら下げられても、誰一人としてかぶりつこうともしない。「日本人1位」と念仏のように唱えても、日本記録の更新は諦めてしまっている。根本的に世界と戦う気持ちを喪失したランナーたちが、非情な世界に生きる賞金稼ぎに勝てる道理がありません。

テニスも学校には部活があり、どこの町にもスクールがあり、市民マラソン同様に競技人口の多いスポーツですが、世界的なプレーヤーはほんのわずか、数えるほどしか生まれていません。

それでも、インターハイやインカレで優勝する、そんな国内で用意されたぬるい線路の上を走ることを拒否した錦織圭のような才能が歴史の扉をこじ開けました。

長距離も同じです。日本人が過剰に保護されたインターハイやインカレ、箱根駅伝を目標にしていては、到底、世界と戦えるわけもありません。世界と戦うには、それは時間的にも競技の質的にも全く無駄な遠回りです。世界の舞台に一旦立ってしまえば、外国人ライバルの出場を制限したり、順位をカウントしないなんて日本人を守ってくれる温室はありません。

川内優輝ではありませんが、本気で日本マラソンを世界の舞台に再登場させたいなら、抜本的な現状打破が必要です。というか、現状は一旦全て破壊するくらいの気持ちがなければならないでしょう。

例えば…実業団のシステムを廃止して、終身雇用ではなく2〜3年契約のプロ契約を結んでダイヤモンドリーグ、WMMを転戦させる。

例えば…国内大会では日本人保護ルールを全廃、箱根駅伝は関東の大学駅伝ではなく「天皇杯駅伝」の位置付けにして、全国の高校、大学、実業団ら駅伝チームが本戦出場枠を争う。

「国内の駅伝大会に出ずに、日本で馴染みのないダイヤモンドリーグに送り込んでも企業の宣伝にならない」「箱根駅伝を全国解放したら人気が下がる、関東学連が巨大な既得権益を失う」…現状破壊は自分たちの利益に固執する人々がリードしている陸上界では、普通に考えていては実現するわけがないアイデアです。

しかし、本気で「マラソン日本復活」を願うのなら、もはや普通に考えていてはどうにもならない悲惨な状況まで、マラソン日本は追い詰められてしまったのです。