同級生と比べて自分がかなり幼稚だと最初に感じたのは中学校の頃だったでしょうか。

ハタチの頃には、きっと俺は一生幼稚だと確信しました。

そんな私の周りには示し合わせたわけもないのに、同じようなヤカラが寄ってきます。いや、私もまた彼らに寄っていっているのかもしれません。

中学校の頃、仁徳天皇陵に人頭ほどもあるダイアモンドがゴロゴロ転がっているという都市伝説を確かめようと、幼稚な数人で体育倉庫の奥深くにあったゴムボートを引っ張り出して夜中に壕を渡りました。

ダイアモンドなどあるわけないと思っていたかどうかは、自分でも定かじやありません。よしんば、そんなものがあったとして、ゴムボートに乗せたら沈没です。

高校時代には外国学校の〝品の良いお友達〟と大乱闘を繰り広げ、病院送りにされました。あー、はるか昔の話なのに思い出したら腹立ってきた。

IMG_3244

高校時代、場末の小さな映画館前の国道で元ミス近代の綺麗なお姉さんと、道端に置かれていた誘導灯でチャンバラしたこともありました。

さらに、私みたいなヤツを「ずっと好きだった」と伝えてくれたキトクな女の子に誘われるままに廃線になったばかり崖っぷちを歩いて、怖い思いをしました。

社会人になって、北アフリカに赴任したときはアシスタントのホモセクシャルの男性から「松茸山が山脈となって連なってる」と聞いて採りに行くと、山賊みたいなのに襲われて人生最大の生命の危機に迫りました。

そして、いまでも旧友の超幼稚バカ医者から「南極に人類がまだ知らないレアメタルが眠ってる」と大冒険に誘われています。



他にもそんなヤツらが俺の人生に蠢き続けています。

彼らとの付き合いの中では、1件の重大事故の背後に29件の軽微な事故と300件のヒヤリハットがあるとするハインリッヒの法則が確実に横たわっています。

そんな「29件の軽微な事故や300件のヒヤリハット」のお話。

私に愛を告白したというイカれた女、晴田さやかさんがこの春に「映画の試写会に行かないか?」と誘ってくれたのです。

崖からパラパラ小石が落ちてくる崖っぷち廃線を踏破するとか、反政府ゲリラが跋扈しているエリアに松茸を採りに行くとかじゃありません。

大阪駅近くのちゃんとしたホールで開催される映画の試写会です。巨大な落石の轟音に鼓膜が破れそうになったり、ゲリラにカラシニコフを突きつけられることもあり得ません。

しかし、しかし、晴田は晴田。たかが晴田、されど晴田、こいつは持っているのです。持ってはいけない何かを、加齢でたれ気味の乳房の中あたりに持っているのです(こんなことを言うからセクハラだパワハラだと会社でも叩かれるのです、可哀想な俺)。

それにしても。なんで「ヒンド・ラジャブの声( صوت هند رجب )」やねん。お前、どこでその試写会券もらってん?!

「マンダロリアン」とか「ちいかわ」とかにせいよ…。

誘った晴田が途中から周囲に迷惑にならないように声を殺して泣いていました。まあ、晴田だけでなく他にも鼻をすする声が聞こえる、そういう映画なのですが」。



大阪勤務になってから、映画サークルみたいなのを結成されてたびたび映画館に繰り出すことになってしまいましたが、私の映画原体験は常に一人です。

高校時代に通っていた場末の小さな映画館の狭いロビーではーーー

チャンバラした例のお姉さんに手招きされて、高校生の私はドキドキしながら近づくと、吸ってた煙草の煙をふわ〜っと顔にかけられました。

「この女性は絶対恐ろしい人だから関わってはいけない」と思っていながらも「煙草の臭いは嫌いだけど、この綺麗な女の人が吐いた息は全部吸い込みたい!!!」と心の底では変態的に絶叫していました。

「この煙を缶詰につめて持って帰りたい」というくらいに、とにかく飛び抜けて人生最大、超絶爆発的なエロティックな感動に震えていたくせに…あのときは、わざと咳払いして、あのエロ煙を手で払ってしまったのでした。

お姉さんが「可愛いなぁ」とクスクス笑ってくれても、迷惑そうなポーズをとった気がします。心の底では「可愛いのはそっちじゃー!!!」と、変態男子高校生は叫んでいたはずです。

変態、もちろんこの「変態」はパッキャオや大谷とは全く違う、モテない気色悪い男子高校生の屈折した性欲です。帰宅した私は、カッターシャツの匂いを嗅ぎまくりましたが、タバコの匂いが全くしなかったのでがっかりしました。

「こんな姿を同級生に見られたらますます気持ち悪いやつだと思われるだろうなあ。それ以前に、あのお姉さんにも気持ち悪いと思われるだろうなあ」と思うとやるせなかったです。

そんな自己嫌悪の真夜中に「大学への数学」の応募問題とかと格闘、夜明けあたりに「これは美しい解答や!俺は天才ではないか!」と自分の中だけで変態から天才になるのでした。

それにしても、あのお姉さんの名前も知らないことがもどかしくて仕方がありませんでした。それなのに名前を聞く勇気がないまま、高校を卒業してしまうのです。

スクリーンショット 2026-08-14 10.55.18


そして、あのミニシアター、あれをそう呼ぶとしたら今の若い映画ファンは度肝を抜かれるでしょう。

座席の2割はスプリングが壊れてる、壊れてない座席にも変な液体だか体液だかで汚れてることがある、ちゃんと掃除してないから変なゴミが残ってる(飲み残し・食べ残しならまだしも…注射器やら粉薬やら)。まあ、映画館の外はもっとひどかったですが。

あの映画館の常連どもは、みんな頭の中に「座席ハザードマップ」を持っていました。

E5A0B4E58685
 ⇧これは日本が誇るミニシアター「岩波ホール」の在りし日の勇姿。


あのときは大嫌いだった夏でもスーツを着ていた〝見るからに〟なオッサン。

私がスプリングが壊れてる座席に座ってしまって「うー!」とか「おー!」とか小さな悲鳴をあげると、そいつは「おこちゃまやのう」と、ものすごく低い声で笑うのです。

当時は私もとんがってた10代、綺麗なお姉さんに「可愛いなぁ」と笑われたら心の中ではゾクゾクするほど嬉しくても、だいぶ年上でも男に笑われたら「おっさん、ちょっと外出よか?」くらい言いそうなのですが、高校生の喧嘩とは明らかに違う、1億ヘクトパスカルの空気圧があの人にはありました。

そのオッサンは敵意剥き出しの朝鮮高校の〝お友達〟とは違って、私が軽くメンチ切っても軽くベロ出して笑いかけたり、私が嫌ってるのを知っててもいつも優しい視線を送ってくれたり、ときにはビールの小瓶を渡してくれたり、次第に「この人は何者なのだろう?」と興味津々でした。

全部、後から思えばですが、あのとき「おっさん、ちょっと外でよか?」と言ったらどうなってたのか…。「大学への数学」どころではない、とんでもない勉強になった気もします。

実は、何十年ぶりに再開したのですが「おっさん、ボコボコにしたろと思ってた」と半分冗談で言うと、90近くなってもまだ変な空気圧を残してるおっさんは「あなたはおれには絶対喧嘩を売らない、それははっきりわかってた」と、ふふふと笑うのです。

おっさんへの腹立ちはかなり早い段階でなくなり、映画館に行ってお姉さんとおっさんがいなかったら寂しいな、と思うようにまでなっていました。


今日はいろいろあって、もう4時やないか!!!!!!!

もはや、何の話かわからなくなってきましたが、10代の私にとって欠かせない、当時は素性も名前すらも知らない二人でも隣の席で映画を見たことは一度もありませんでした。

映画って、ニュートラルで席について見るものであって、隣に映画よりも気になるやつがいたらダメなのです。

元ミス近大とか元大物幹部とかが隣に座ってたら、元でも物語が入ってこない。



もちろん、映画よりもはるかに気になる幼い娘なんかを隣にして見るのは、1番の幸せ映画です。

IMG_4558 2
2回目なのに、ヱビスとホットドッグ食いながら観てたと言ったら晴田は怒るかもしれないが、これはまさしく「イラン戦争」「ウクライナ戦争」から日本の「クマ問題」に至るまで〝弱肉強食〟のお話です。



「ヒンド・ラジャブの声」。

晴田のせいでちゃんと見れなかったので昨日、ロードショーを観に行きました。

「映画」と呼べるかどうかは別にして、多くの人にぜひ観てもらいたいと感じる作品でした。

89分間、その舞台はヨルダン川西岸地区というとんでもないエリアにある、人道支援組織「パレスチナ赤新月社」の緊急通報センターだけ。

映画タイトルにもなっているヒンド・ラジャブは6歳の少女。スタッフの「小学生か?」という問いかけに「ちょうちょ(組)」と答える。「幼稚園か…」。緊急通報センターに「この少女を見殺しにしてはいけない」という感情がほとばしります。

そして「ヒンド・ラジャブの声」は全て、実際の音声。

〝事後〟に世界中に拡散され、大きなうねりとなったとはいえ、想像力が欠如した私はそれをニュースの活字としてしかとらえていませんでした。

主人公のヒンド・ラジャブは音声以外では、一度も登場しません。イスラエルの無慈悲な攻撃シーンもありません。6歳の幼女の助けを求める声、その背後から聞こえる銃声。

幼女の「せんしゃがくる」の声。

映画なのに、全ては終わった事件なのに、観るものを「同じ人間として何としても助けなければならない」という強烈な衝動に自然と駆り立てる、ヒンド・ラジャブの震える声。



弱肉強食、正論ではなく力だけが優先する秩序。

ヒンド・ラジャブのいたいけな声は〝弱〟に何が出来るか?という虚しい問いに、もしかしたら力強い答えを示してくれたメッセージかもしれません。