馬淵史郎が率いる明徳義塾が日南学園に1−2で惜敗、70歳の名将は「(あと2年ぐらいはやってね)もう何年もやる気はありませんと、引き際について語りました。

注目スポーツと毀誉褒貶はセットですが、この人ほど評価・評判が乱高下した人も稀れでしょう。

今から34年前、1992年の夏の甲子園。星稜の松井秀喜を全(5)打席連続敬遠したことで、馬淵は日本中から凶悪犯罪者の如く非難されました。

社会人になりたての私の周囲でも大きな話題になりましたが「凶悪犯罪者」という見方は主流ではありましたが、私を含むほんの一部の人は「ルールの中で勝利だけをひたすら追求する、それは松井と真っ向勝負させるよりも厳しく、深く、もしかしたら正しい教育かも」と感じていました。


馬淵が座右の銘にする「疾風に勁草を知る」。猛烈な風が吹き荒ぶとき、頑丈に見えた樹木があっさりとへし折られても、しっかりと根を張って風に飛ばされない雑草もある。

うわべの空気に流される浅はかな大衆が大きな樹木だとしたら、そのときには認められなくても決して揺るがない確固たる信念の根を張るのが雑草。

もし、34年前にSNSが普及していたなら、馬淵はあそこまで悪者扱いされなかったかもしれません。

https://fushiananome.blog.jp/archives/33235667.html

https://fushiananome.blog.jp/archives/35171705.html


SNSの弊害は数え切れませんが、たとえ間違った意見でも議論の俎上に乗るというのは悪い話ではありません。



巨人入団が日本列島を揺るがす大事件に発展した江川卓や桑田真澄も凶悪犯罪者の扱いでしたが、SNSがあったなら強烈な擁護論も巻き起こっていたでしょう。

そして、馬淵のように江川と桑田もその並外れた実力を見せつけました。


和毅と尚弥

馬淵と同じ名を持つ亀田史郎も一家が凶悪犯罪者のごとく非難されました。TBSやWBAがスポーツの倫理道徳を超えて擦り寄ってくるのを拒まず、踊らされたことは、彼らの責任はゼロではありません。ゼロだったのは、彼らの知能です。

TBSの無軌道な報道、WBAの認定料優先の醜い商魂こそが悪の根源で、亀田一家は知能ゼロのお調子者であることにつけ込まれて利用されただけ。

JBCとの法廷闘争の結果が明らかなように、最も卑劣で凶悪なのは亀田一家に群がった輩どもでした。

ところが、社会的制裁を過剰なまでに受けた彼らがいまなお名誉挽回できないまま、アンチが粘着している背景には馬淵や江川、桑田らとは違い、リングの上では消化不良な煮え切らないパフォーマンスしか見せることのできない実力に起因しています。

もし、亀田興毅が全盛期のノニト・ドネアとのバンタム級最強決戦を回避せずに、明白に勝利していたなら?三兄弟で唯一、大毅が内藤大助にクリーンファイトで勝っていたなら?和毅が井上尚弥に先んじてムロジョン・アフマダリエフに完勝していたなら?

…JBCから法にも触れる誹謗中傷まで受けた亀田一家でしたが、事実が明らかになってJBCが壊滅的打撃を受けても、名誉回復の流れが弱かったのは、彼らが並外れた実力を持っていなかったからです。

もし、彼らにパッキャオのような人気階級で大活躍するような傑出した実力があれば、T−モバイル・アリーナをフルハウスにして、莫大なPPVマネーを稼いで本物の世界的スターになっていたなら、西岡利晃や井上尚弥の〝なんちゃってラスベガス〟もやらずに済んだでしょうに。