日本でも世界でもキックボクサーがボクシングのリングで躍動しています。

しかし、この〝非常事態〟はタイ王国に限っては歴史的に当たり前の日常であり続けています。

辰吉丈一郎のキャリア最高傑作で名脇役を演じたシリモンコン・ナコントンパークビューもまた、そんな元キックボクサーでした。

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ムエタイジムの実家に生まれたシリモンコンは1993年、15歳でWVC(世界ムエタイ評議会)のタイトルマッチを手がけるランシットスタジアムでミニフライ(105ポンド)級チャンピオンになると、タイの資産家から熱心な支援を受けて16歳で国際式に転向。

設立されたばかりのマイナー団体WBU(2004年に消滅)のジュニアバンタム級とバンタム級のストラップをつかみます。

そして「あした」がちょうど30年前となる1996年8月10日にホセ・ルイス・ブエノとWBCバンタム級の暫定王者決定戦を争いました。舞台はシリモンコンのホーム、タイ・ピサヌロークの県営サッカー場。

この時のリングネームは、ムエタイ時代のシリモンコン・シンマナサックのままでした。

帝拳がプロモートに甘噛みする中南米の強豪ブエノは川島郭志や文成吉とクロスゲームを繰り広げたテクニシャンでしたが、抜群の格闘技センスとフィジカルを持つ19歳の前に第5ラウンドで失神KO負け。

モーションが小さく、重い大砲のような左ジャブ。そして、この日も試合を決めた破壊的な右。この攻撃力を全面に打ち出せば、もっと大きな成果を残したはずでしたが、その火力とは似つかわしくないKO率は、無理やり倒しに行かないスタイルに起因していました。

あれから30年が経ちましたが、天才はまだ49歳。

私生活でも波瀾万丈のシリモンコンは今月1日にクルーザー級10回戦で7戦全勝7KOのヌルベク・バリスホノフ(キルギスタン)をバンコクに迎え、デビューからの連続KOはストップさせたものの、SDで敗退。

昨年からヘビー級でリングに上がるシリモンコンにとってクルーザー級は、辰吉戦を思い出させるような減量苦とも戦っていたのかもしれません。

それにしても、あの大阪城ホールのドラマから29年。49歳になってもまだ戦っているという驚き、ヘビー級まで階級を上げたという驚き、そしてまだアジアレベルの実力はキープしているという驚き…。

日本のリングに呼べばボクシングファンの間で大きな話題を呼ぶでしょうが、但馬ミツロでは悲惨な結果しか思い浮かびません。