「あした」は「あの日」。

Saturday, 2 August 1980 - Riverfront Coliseum
Cincinnati, Ohio, USA

commission:Ohio Athletic Commission 
promoter:Harold Smith (M.A.P.S.)


46年前のあした(現地時間1980年8月2日)、アーロン・プライアーがWBAジュニアウエルター級王者アントニオ・セルバンテスを4ラウンドで粉砕、タイトルホルダーとなりました。

ライト級で世界挑戦の機会を伺っていたプライアーでしたが、ウエルター級王者のシュガー・レイ・レナードのトレーナー、アンジェロ・ダンディをして「戦いたくない相手」と言わしめたように、ビッグネームからことごとく敬遠されてしまいます。

やっとつかんだチャンスは、当時は人気階級とは言い難いジュニアウエルター級。それでも、コロンビア人の王者は専門家やマニアから高い評価を集めるセルバンテス。

34歳になった正真正銘の実力者セルバンテスを相手に、とにかく前評判が高い24歳の挑戦者がどんな戦い方をするのか?

挑戦者の地元シンシナティのリバーフロント・スタジアムにはスペクタクルを期待して1万人の観客が詰めかけました。

初回から獰猛に攻撃を仕掛ける挑戦者に、ロープ際に下がった王者が右のカウンターでダウンを奪います。プライアーが〝得意とするフラッシュダウン〟。すぐに跳ね起きた挑戦者は何事もなかったかのように、攻撃再開。


第2ラウンド開始ゴングがなると、駆け足で王者のコーナーへ詰め寄ります。丁寧なボクシングでチェスゲームに持ち込みたい王者ですが、挑戦者の暴風雨のような攻撃はそれを許してくれません。

プライアーを野獣と表現するのは間違いではありませんが、言葉足らずです。彼は軽妙なステップを踏み、緩急をつけたパンチを上下に打ち分ける、冷徹で狡猾な野獣でした。

迎えた第4ラウンド、プライアーは攻撃のアクセルをさらに踏み込みます。コーナーに詰まった王者に〝機銃掃射〟。のちに殿堂入りする王者が崩れ落ちました。

大観衆が期待した以上のスペクタクル。

しかし、これで「スター誕生」とはなりません。プライアーは人気の薄いジュニア階級の王者になっただけで、ビッグネームは相変わらず彼との対戦を敬遠、対立王者も統一には全く関心を示しませんでした。

このまま「名前のある相手とはやってないが、本当に強かった」と日陰のまま、プライアーのキャリアは終わると思われていましたが…