映画とボクシングが大好きです。
いま、思い返しても暗い暗いジメジメした高校時代に、唯一楽しみにしていた図書室に到着する洋雑誌。英語なんて全くわからないのに、洋雑誌の触れなば破れんのような薄い紙質、そこから立ち昇る嗅いだことのない匂いに、クラクラしていました。
太平洋を渡ってきたタイム誌、ニューズウィーク誌、スポーツ・イラストレイテッド誌の見るからに「アメリカでござい!」という権威とは違う、薄くて頼りない雑誌もありました。リング誌はそんなチープな雰囲気が滲み出ていた雑誌でした。
20代の頃までは、場末の名画座に無口な私が「主(ぬし)」と呼ばれるほど入りびたり、社会人になってからは水道橋のダフ屋が私を見つけると「チケット買ったか?買ってないなら、もうこれ売れないからタダであげる」と変にねんごろになっていました。
いま、年に何回映画を観るか?ボクシングを観るか?ーーー本当にもう数えるほどです。

黒澤明とファイティング原田。
私にとっては二人とも〝あとから知った〟伝説でした。
クロサワは高校時代に廃屋もどきの名画座で1960年代までの全ての作品、つまり全盛期のクロサワをスクリーンで観ました。
「いつの時代の誰が観てもすごい」。
一方で原田は、当時は動画を気軽に見ることのできなかった時代でしたが、海外メディアが「1団体オリジナル8」「エデル・ジョフレ」という問答無用のキーワードから原田を日本のボクサーの中でも別格に評価しているのは知っていましたが「いつの時代の誰が観てもすごい」というのはもやもやしたままです。
日本のメディアが「日本歴代PFP」的なことを語るとき、井上尚弥がトップで井岡一翔や中谷潤人、具志堅用高、辰吉丈一郎、長谷川穂積、西岡利晃らが原田に先行しているのを見ると、海外とのあまりにも大きすぎるギャップに愕然としてします。
もちろん、これはスポーツが持つ悲哀という側面もあります。もし、スポーツライクな技術レベルだけにフォーカスするなら現代のトップアーティストはダ・ヴィンチ(ヘンリー・アームストロング)もミケランジェロ(モハメド・アリ)も凌駕します。ゴッホ(ロベルト・デュラン)は無理ですが。
さて、クロサワと原田。ふたりの悲しい共通点は晩年においての「世界と日本での評価・注目度があまりにも劇的なまでに乖離している」ことです。

【インターミッション】3時間を超える長編映画ではインターミッション(休憩)が設けられることがあります。高校時代に通っていた愛すべき名画座では「黒澤明の24時間」とかいうタイトルのとんでもないのがあって、10代ながら「映写技師さんは大丈夫なのか?」と心配してしまいました。…技師さんは途中で寝てたから、常連のお姉さんが叩き起こしてましたが…。
そのお姉さんとは10年後くらいに那覇の会議室で偶然再会してしまうのですが、わ〜〜ってっていくくらい綺麗な人でマンモス大学のミスだったと自慢されて納得しました。
もちろん、当時はそんなことは知る由もなく。たまたま、映画館の近くで鉢合わせになった彼女は近くに置いてあった工事の誘導灯を二つ持つと、一つを私に投げて「ブーン!ブーン!」とダースベイダーよろしく襲いかかってくるのでした。
めっちゃ綺麗なお姉さんがチャンバラごっこを挑んでくるーーー男子高校生にとっては夢のような出来事です。
しかし、そこは場末の場末の場末…の場末、日本のソドムです。「覚醒剤は売っても買っても重罪!」なんて立て看板が当たり前にあちこちに立ってたり、倒されてたり、その看板に注射器が刺さってたり…大学進学して上京したとき「そんなとこが日本にあるわけないじゃん」と信じてもらえなかった光景が広がる町でした。
誘導灯が壊れるほどギーーッと交差して、彼女の顔が目の前でアップに迫ると、黒目や白目、唇や歯、肌のきめまではっきり見えて「やっぱりものすごく綺麗だ!」と、本当なら男としてそそる場面ですが、そこはソドムなんです。
私は彼女の女としての抜群の魅力よりも「とにかく怖い人が俺に接近している、機嫌を損ねたら大変な目に遭わされる」と、慄いていました。
ずーーっとあとになって、彼女と再会。ソドムの共有者です、当たり前ながらものすごくシンパシーを感じながら年に1回くらい会ってますが、当時の私は高校生です。
それが「七人の侍」だったのか「天井桟敷の人々」だったのかはもうお互い忘れていますが、インターミッションのあとにも、彼女から「ちょっと外の空気、吸わへん?」と、下唇を指でポンポンと押されました。
学校で女子とまともに話したことがない私にとっては、本当ならものすごくエロティックな男として楽しい体験なのに「ついていったら殺される」くらいの感覚しかなく、彼女が「インターミッション、長いで」と誘われても、聞こえないふりをしてました。
とにかく、なにしろ、あそこは間違いなくソドムかゴモラでしたから。
いま、思い返しても暗い暗いジメジメした高校時代に、唯一楽しみにしていた図書室に到着する洋雑誌。英語なんて全くわからないのに、洋雑誌の触れなば破れんのような薄い紙質、そこから立ち昇る嗅いだことのない匂いに、クラクラしていました。
太平洋を渡ってきたタイム誌、ニューズウィーク誌、スポーツ・イラストレイテッド誌の見るからに「アメリカでござい!」という権威とは違う、薄くて頼りない雑誌もありました。リング誌はそんなチープな雰囲気が滲み出ていた雑誌でした。
20代の頃までは、場末の名画座に無口な私が「主(ぬし)」と呼ばれるほど入りびたり、社会人になってからは水道橋のダフ屋が私を見つけると「チケット買ったか?買ってないなら、もうこれ売れないからタダであげる」と変にねんごろになっていました。
いま、年に何回映画を観るか?ボクシングを観るか?ーーー本当にもう数えるほどです。

黒澤明とファイティング原田。
私にとっては二人とも〝あとから知った〟伝説でした。
クロサワは高校時代に廃屋もどきの名画座で1960年代までの全ての作品、つまり全盛期のクロサワをスクリーンで観ました。
「いつの時代の誰が観てもすごい」。
一方で原田は、当時は動画を気軽に見ることのできなかった時代でしたが、海外メディアが「1団体オリジナル8」「エデル・ジョフレ」という問答無用のキーワードから原田を日本のボクサーの中でも別格に評価しているのは知っていましたが「いつの時代の誰が観てもすごい」というのはもやもやしたままです。
日本のメディアが「日本歴代PFP」的なことを語るとき、井上尚弥がトップで井岡一翔や中谷潤人、具志堅用高、辰吉丈一郎、長谷川穂積、西岡利晃らが原田に先行しているのを見ると、海外とのあまりにも大きすぎるギャップに愕然としてします。
もちろん、これはスポーツが持つ悲哀という側面もあります。もし、スポーツライクな技術レベルだけにフォーカスするなら現代のトップアーティストはダ・ヴィンチ(ヘンリー・アームストロング)もミケランジェロ(モハメド・アリ)も凌駕します。ゴッホ(ロベルト・デュラン)は無理ですが。
さて、クロサワと原田。ふたりの悲しい共通点は晩年においての「世界と日本での評価・注目度があまりにも劇的なまでに乖離している」ことです。

【インターミッション】3時間を超える長編映画ではインターミッション(休憩)が設けられることがあります。高校時代に通っていた愛すべき名画座では「黒澤明の24時間」とかいうタイトルのとんでもないのがあって、10代ながら「映写技師さんは大丈夫なのか?」と心配してしまいました。…技師さんは途中で寝てたから、常連のお姉さんが叩き起こしてましたが…。
そのお姉さんとは10年後くらいに那覇の会議室で偶然再会してしまうのですが、わ〜〜ってっていくくらい綺麗な人でマンモス大学のミスだったと自慢されて納得しました。
もちろん、当時はそんなことは知る由もなく。たまたま、映画館の近くで鉢合わせになった彼女は近くに置いてあった工事の誘導灯を二つ持つと、一つを私に投げて「ブーン!ブーン!」とダースベイダーよろしく襲いかかってくるのでした。
めっちゃ綺麗なお姉さんがチャンバラごっこを挑んでくるーーー男子高校生にとっては夢のような出来事です。
しかし、そこは場末の場末の場末…の場末、日本のソドムです。「覚醒剤は売っても買っても重罪!」なんて立て看板が当たり前にあちこちに立ってたり、倒されてたり、その看板に注射器が刺さってたり…大学進学して上京したとき「そんなとこが日本にあるわけないじゃん」と信じてもらえなかった光景が広がる町でした。
誘導灯が壊れるほどギーーッと交差して、彼女の顔が目の前でアップに迫ると、黒目や白目、唇や歯、肌のきめまではっきり見えて「やっぱりものすごく綺麗だ!」と、本当なら男としてそそる場面ですが、そこはソドムなんです。
私は彼女の女としての抜群の魅力よりも「とにかく怖い人が俺に接近している、機嫌を損ねたら大変な目に遭わされる」と、慄いていました。
ずーーっとあとになって、彼女と再会。ソドムの共有者です、当たり前ながらものすごくシンパシーを感じながら年に1回くらい会ってますが、当時の私は高校生です。
それが「七人の侍」だったのか「天井桟敷の人々」だったのかはもうお互い忘れていますが、インターミッションのあとにも、彼女から「ちょっと外の空気、吸わへん?」と、下唇を指でポンポンと押されました。
学校で女子とまともに話したことがない私にとっては、本当ならものすごくエロティックな男として楽しい体験なのに「ついていったら殺される」くらいの感覚しかなく、彼女が「インターミッション、長いで」と誘われても、聞こえないふりをしてました。
とにかく、なにしろ、あそこは間違いなくソドムかゴモラでしたから。
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