「本当なら中立の米国でやりたいが、私も井上も大きな需要がない。米国と日本では興業規模が全く違ってくるから、日本でやるのは仕方がない」。

ノニト・ドネアが井上尚弥と試合前にこぼした愚痴です。

昨夜、ドネアは堤聖也に敗れて日本での試合は3連敗。

判定はSD。
115―113と117―111で2人が堤、残る1人は116-112でドネアを支持しました。

トレーナー兼マネジャーのレイチェル夫人は「フェアにしっかり採点をできていないのであれば、きょうに関して言うと私たちに対するリスペクトが足りなかった」と、不満をあらわに。

レイチェルは「堤は要所でパンチを当てていたが、自分たちのジャブ、そしてパンチの数が多く当たっている」と主張しました。

20191114

「堤の辛勝」という大枠の採点は大きな間違いではないでしょう。もちろん「ドネアの辛勝」もあり。

しかし、堤の117-111(ラウンドで9-3)と、ドネアの116-112(8-4)という明白な勝敗は同じ試合を真逆に採点したとも受け取れます。

拮抗したラウンドを無理やり10-9に振って、それが偏ると試合内容の実態からかけ離れた採点結果に行き着くことは珍しいことではありません。

それより遥かに珍しいのは「10-10」のスコアリングです。


勘違いされることの多い「テンポイント・マストシステム」は、減点など特殊事情がない限り、どちらかに10点を付ける、あるいはどちらにも10点を付ける採点法です。

「微妙なラウンドでも10-9に振らなければならない」というわけではありません。

「各ラウンドは独立した単位で採点する」 という原則に照らすと、引き分け試合の割合と同じくらいの頻度で10-10がスコアされるはずですが、現実に10-10のスコアは滅多にお目にかかれません。

微妙な10-9のスコアは同じジャッジが明日見たら逆転するような競ったラウンドから、一方の選手が明白に主導権を握った展開まで非常に幅が広いことから、試合の実態から大きく離れた採点結果につながる原因になっています。



1980年代初め頃まで、微妙なラウンドは当たり前に10-10と振られていました。

ところが今では、どちらにも振りにくい微妙なラウンドでも10-9に振らなければならない「10-9マストシステム」が存在するかのように一部のファンが勘違いするほど10-10が珍しくなってしまいました。

10-10を避けるようになったのは、80年代から徐々にではなく、1980年6月20日にカナダ・モントリオールで行われたたった一つの試合「シュガー・レイ・レナードvsロベルト・デュラン」のメガファイトが起因しています。

45年も前の呪縛は、緩むどころかますます強く締められているように思えるのは気のせいでしょうか…?