私の10代後半の頃。中高生ですね。

「マービン・ハグラーvsシュガー・レイ・レナード」のメガファイトに心を躍らせました。

今年は、MLBのワールドシリーズの華やかさにあらためて感動しました。

そして、ボクシングのメガファイトもMLBのワールドシリーズもすでに知っていた私ですが、10代後半の私が一番胸を熱くした〝世界〟は福岡国際マラソンだったかもしれません。

世界最強のランナーたちが福岡の街を駆け巡る大会は、間違いなく世界最高峰の舞台でした。

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瀬古利彦がアルベルト・サラザールやロバート・ド・キャステラにピタリと付けて、クラシックなオリンピックスタジアムに戻って来る。

サラザールのスパートにキャステラが後退、瀬古は離れない。

勝負は第3コーナーから第4コーナーに、瀬古がスルスルと前に出る、42キロを超えた長丁場のレースで、瀬古がトップに立ったの初めて。



令和のスポーツファンには信じられないかもしれませんが、1980年代の瀬古利彦や宗兄弟らは「世界を相手に戦う日本人」の代表格だったのです。

特に瀬古の強さと、トラック勝負、ときにはラスト100メートルあまりで仕掛ける必殺のスパートは多くのスポーツファンを熱狂させました。

1984年のロスアンゼルス五輪。あの大会の主役は瀬古利彦でした。男子マラソンで〝惨敗〟するまでは。

そして、男子マラソンは堂々のメジャースポーツでした。

男子マラソン黄金時代。日本記録が出ると、大騒ぎでした。日本記録でなくても、それに迫る記録であれば、大騒ぎでした。

世界と日本の差が、カミソリ一枚だった、そんな大昔の話です…。






ーーーーーバレンシアマラソンが12月7日、スペインの同地で行われ、男子では34歳の大迫傑(リーニン)が日本記録を更新する2時間4分55秒で4位でゴールした。

大迫のこれまでの自己記録は2020年の東京で2時間5分29秒。大迫のマラソンでの日本記録更新は、18年10月の2時間5分50秒、20年3月の2時間5分29秒に続いて3度目。

優勝はジョン・コリル(ケニア)で2時間2分25秒だった。







大迫傑さん、おめでとうございます。

やり残したことのないマラソン人生にも思えますが、一つは残されています。やり遂げてください。