井上尚弥や中谷潤人のあまりにも不運で最悪のタイミング…彼らがもう少し早く生まれていたなら…?
軽量級にも輝く星が確かに見える、そんな時期があったのです。
◾️ラファエル・マルケス◾️
👑 IBFバンタム級
👑WBCジュニアフェザー級
パッキャオをKOした兄のファン・マヌエルよりもメキシカンに愛された激闘王。
バンタム級、ジュニアフェザー級を主戦場にした〝メキシカンスタイルの教科書〟のデビュー戦はなんとビクトル・ラバナレス(第8ラウンドKO負け)。ラファマルは「エキシビションだった」と公式戦でなかったと主張していますが、このある種の狂気を孕んだ負けん気こそがこの男の持ち味。
バンタム級でマーク・ジョンソン、ティム・オースティン、サイレンス・マブサを撃破。ジュニアフェザー級ではイスラエル・バスケスと伝説のトリオロジーを紡ぎました。
フェザー級でファンマ・ロペスの強打に8ラウンドで沈められた35歳の肉体は、認定団体のWBCが異例の引退勧告を出すほど劣化が進行していましたが、階級を戻してWBCジュニアフェザー級王者の西岡利晃に挑戦するなど、どこまでも往生際の悪いスラッガーでした。
2005年のリング誌年間PFP(BEST FIGHTER POLL)で5位。当時、デジタルバージョンのランキングがあったら瞬間3位内にも入っていたかもしれません。
全盛期のラファエル・マルケスを日本人が倒していたなら…間違いなく史上2位の大金星です。
◾️ファン・マヌエル・ロペス◾️
👑 WBOジュニアフェザー級
(2008年6月7日〜2010年1月23日=返上)
👑 WBOフェザー級
(2010年1月23日〜2011年4月16日)
トップランクがキューバの至宝ユリオルキス・ガンボアとの決勝戦を企図したフェザー級ウォーズの主役がファンマ・ロペスでした。
プエルトリコがボクシング大国だった時代の最後を彩ったファイターの一人、非常に色気のある強打を繰り出すサウスポー。
アテネ五輪にも出場したアマチュアでの戦績は126勝24敗。
WBOジュニアフェザー級タイトルは、評価の高かったダニエル・ポンセ・デレオンを相手にまさかの初回KO勝利。ファンマはこの試合を含めて22戦全勝19KO、24歳のプエリトリカン。メディアはこぞって「スター誕生」と色めき立ちました。
このタイトルを5度防衛(4KO)して、フェザー級に転向。
プエルトリカンのホーム、NYはマディソン・スクエア・ガーデンを根城にし、西海岸への遠征でもMGMグランドのリングに上がる、軽量級ではあり得ない人気者でした。
全盛期のファンマを日本人が倒していたなら?…やはり、文句なしで史上2番目に価値のある勝利と評価されていたでしょう。
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フシ穴の眼
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