Only in boxing can a seemingly lost cause be rescued in a split second


昨日のMLBワールドシリーズ初戦。2−2の同点で迎えた6回裏、ブルージェイズが大量9点を入れて11−2としました。

ドジャーズは残り3イニングの攻撃を残していましたが、この時点で勝負あり。

スポーツの醍醐味は大逆転ですが、それにも限度というものがあります。満塁ホームラン2本でも追いつけない9点差。

この点差では、奇跡を起こしてひっくり返すにも時間がかかります。



しかし、ボクシングにおいてはどんな劣勢でも1秒もかからずひっくり返す、とんでもない奇跡がありえます。

英国ボクシングニューズ誌のOnly in boxing can a seemingly lost cause be rescued in a split secondから。

普通に訳すと「絶対絶命の劣勢を一瞬でひっくり返せるスポーツはボクシングだけ」。ぎゅぎゅっと圧縮して訳すと「Puncher’s Chance」。



*****一方の選手が終盤までリードしながらスタミナ切れで失速して大逆転を許す…ボクシングでも見られるスポーツの逆転パターンですが、ここで取り上げるのはもっと唐突で、予兆のない、劇的な大逆転です。

え!まさか!信じられない!これは奇跡だ!…そんな驚きと、次の瞬間にはそれが必然だったと感じてしまう、不思議な恍惚。ボクシングのリングの上だけに現出される超常現象です。


Only in boxing can!


1952年9月23日、フィラデルフィア・市立スタジアムで行われたNBA世界ヘビー級タイトルマッチ15回戦。王者ジャーシー・ジョー・ウォルコットの左フックで初回にダウンを喫したロッキー・マルシアノは12ラウンドまで8ラウンドを失っていました。

第13ラウンド開始から30秒、王者がカウンターを狙って挑戦者を引き寄せますが、マルシアノの強烈な右フックがウォルコットの顎に叩きつけられて、テンカウント。


1980年3月31日、テネシー州ノックスビル・ストークリーアスレティックセンター。WBAヘビー級王者ジョン・テートは最終15ラウンド、残り60秒まで優勢に試合を組み立てていました。

2位を大きく引き離し、あとはゴールするだけ。マラソン競技なら、そんな展開でしたが…。

試合を全米生中継していたABCは判定勝ちを確信して、試合終了後に流すニュースと広告を告知していましたが、ウィーバーの電撃の左フックで王者テートがダウン!

ABCは慌ただしく衝撃の瞬間のリプレイを用意、判定勝ちで進めていた番組プログラムはKO勝ちで放送時間をオーバーするという普通はあり得ない事態に見舞われました。



Only in boxing can!


1994年11月5日、ラスベガス・MGMグランドガーデン・アリーナ。WBA /IBFヘビー級タイトルマッチ12回戦。

サウスポーで史上初のヘビー級王者となったマイケル・モーラーは第9ラウンドまで88−83*2/85−86の2−1でリード。9歳も年上、45歳のジョージ・フォアマンに出来ることは12ラウンド終了のゴングを聞き、大差判定負けのコールを受けることだけに思えましたが…。

モーラーのパンチで左目が塞がったフォアマンでしたが250ポンドの巨体は、222ポンドの王者の心身を着実に削っていたことに多くの人は気づいていません。

唐突に訪れたかに見えたその瞬間は、必然でした。45歳の右は試合を終わらせるにはあまりにも遅く、短く、軽く打ったように見えましたが、それは「象をも倒す」と恐れられたジョージ・フォアマンの拳です。

人間マイケル・モーラーを昏倒するのには十分すぎる威力を秘めていました。


それまで積み重ねてきた大量リードが一瞬でひっくり返されて試合が終わるーーーそんな不条理、狂気の沙汰がときとして起きるのがボクシングです。

そして、そんな〝必然の奇跡〟はヘビー級だけで起こされてきたスペクタクルではありません。


Only in boxing can!


1991年5月10日、アイオワ州ダベンポートはジョン・オドネル野球場。ミシシッピ川のほとりに作られた小さなボールパークで奇跡が起きます。

IBFミドル級王者マイケル・ナンは5連続防衛中、36戦全勝24KOのスーパースター候補。

10ラウンドまでは99−91/98−92/97−93と3者ともナンを支持。

第11ラウンド、王者が左アッパーを突き上げてガードが空いた一瞬にトニーの左が炸裂。背中からキャンバスに叩きつけられた王者はナンとか立ち上がるだけで精一杯。再開後のトニーの猛攻に再び崩れ落ちたところでジ・エンド。

過大評価のナンと、フレディ・ローチが「マイク・タイソンやマニー・パッキャオも比較にならない才能」と認めることになるトニー。この結果も奇跡ではなく、必然でした。


Only in boxing can!

1994年12月10日、メキシコ・モンテレー。WBAミドル級王者ホルヘ・カストロは2度目の防衛戦にジョン・デビッド・ジャクソンを迎えます。

階級最弱と見られ、王者ながらアンダードッグのカストロでしたが、タフネスだけは怪物級。

挑戦者に一方的に打たれ続けて両目を負傷、何度もぐらつくアルゼンティーナは頼みの右フックを振り回しますが、空気をかき回すことしか出来ません。

8ラウンドまで80−71/80-73/79-74と大きくリードを許していたカストロでしたが、第9ラウンドで乱雑な右フックに狙い澄ました左フックをこっそり忍ばせます。

予想できないパンチにジャクソンは痛烈にダウン。さらに2度のダウンを追加して、ミドル級史上最も不安定な王者カストロが大逆転で防衛に成功しました。

リング誌の年間最高試合にも選ばれたこの試合、カストロが「死んだふりをしていた」と見るのは早計ですが、試合をひっくり返した左フックは無尽蔵のスタミナと、岩石のような顎という必然があったからこそ。


Only in boxing can a seemingly lost cause be rescued in a split second…スペクタクルはこれからも不規則な彗星のように私たちを楽しませてくれるはずです。