「ボクマガ青春情熱物語」と謳っておきながら、ほとんどリング誌の紹介に終わってきたシリーズですが、今回はボクマガ。

1990年11月号ですから、今からちょうど35年前のボクシング・マガジンです。

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表紙の活字を拾うと「辰吉、4戦目で日本王座獲得」「レパードは初防衛戦に向けてキャンプ」「OHASHI vs LOPEZ 大橋のV2なるか」「DOUGLAS vs HOLYFIELD ダグラスは正念場」…なかなかエポックな時期だったことが伺えます。

巻頭特集は辰吉丈一郎vs岡部繁の日本バンタム級タイトルマッチと思いきや、ホリフィールドvsダグラスの統一ヘビー級戦。

ここでは「OHASHI vs LOPEZ 大橋のV2なるか」をご紹介。

リカルド・ロペスを「強敵」「難敵」としながらも「大橋にとって長期政権へのステッピングストーン(踏み台)」とヘッドラインしているように、WBC4位のメキシカンは過小評価されていました。

大橋秀行はロペスを選んだ理由を「指名挑戦者は李敬淵でしょ、初防衛戦がナパ・キャットワンチャイ。みんな井岡くんの対戦相手じゃないですか。井岡くんの後ばっかり追いかけてるみたいなのがイヤだったんですね。それに、チャンピオンを獲ったのも崔漸煥。せっかく世界の肩書きがあるのに、相手が東洋ばかりというのはおかしいと思って」と、井岡弘樹へのライバル心を隠しませんでした。

また、メキシコ史上最高の名伯楽クーヨ・エルナンデスの「最後にして最高傑作」とも評価されるロペスがカルロス・サラテに似ていると話を振られると、大橋は「いやあ、それはモノが違うでしょう」と笑い飛ばしました。

ロペスが「ウンベルト・ゴンザレスに勝てる」と豪語していることに対しては「ぼくに勝ってからデカいこと言えっていうの!」。

米倉健司会長も「怖いって感じはないねぇ。巧いといえば巧いけど、びっくりするほどでもない。スピードもねぇ」と、ロペスの実態をつかんでいませんでした。

彼らが入手したロペスのビデオは2試合だけで画像も悪く、途中で切れていたり、途中から始まったもの。華奢な体格と短いリーチだけが目立ち、卓越したテクニックは全く認められなかったのです。

楽勝ムードはなかったものの、大橋も陣営もファンも、当時はロペスが何者なのかを、誰ひとりとしてわかっていませんでした。

大橋との対戦前のロペスは26戦全勝ながら、母国を離れたのはテキサス州ダラスの小さなホテルで戦った1試合だけ。

ロペスが「日本のスター選手に選ばれた謎のメキシコ人」の域を出ていなかったのは、海外ブックメーカーのオッズが大橋有利と叩かれていたことからも窺えました。

しかし…1990年10月25日の後楽園ホール。私たちは何もできずに惨敗してしまう大橋を目の当たりにしてしまうのです。