ボクシングほど議論を呼ぶ判定が多いスポーツはありません。
主な観戦者が気の荒い男性だからというのは、大きな原因ではありません。
ジャッジ席は死角だらけで、2人のボクサーの攻防が完全に見えなくなることが普通にある…それも大きな原因の一つです。
多くのジャッジが「10−10は付けてはいけない」と、間違った認識で萎縮しながら、自身も優劣がわからないラウンドを無理やり10−9に振り分けて、その誤謬が積み重なっていく…それも大きな原因の一つです。

⬆︎ジャッジ席からは審判によって2人の攻防が完全に見えないケースも普通に起こります。
しかし、それよりも大きく深刻な問題は、全く信じられないことですが、このスポーツのジャッジには定期的な試験や研修は義務付けられず、ボクシングファン以下(大袈裟な表現ではありません)のジャッジが野放しにされていることです。
昨日のマニー・パッキャオとマリオ・バリオスの一戦の判定が一部で議論を呼んでいることを受けて、ボクシングシーンが記事をアップしました。
記事ではパッキャオvsバリオスについては全くふれていませんが、この記事をベースに別の記事を書いたとしてお読みください。
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The Psychology of Conspiracy in Boxing:Why close decisions feel like robberies
ボクシングの判定から引き起こされる陰謀論の心理はどこから生まれるのか?なぜ僅差の判定を不当判定だと感じてしまうのか。
毎週土曜日の夜に聞かれるうめき声だ。
声の主はファンだけではない。テレビの解説者、1人の記者、SNSのつぶやき…。そんな声がときには事実として受け入れられる。
もちろん、明らかに間違った判定もある。ジャッジも人間だから過ちを犯す。しかし、それを陰謀論と結びつけるのは間違いだ。
人間の脳、思考はグレーゾーンを認めたくない傾向がある。接戦に終わった試合の判定が、多くの非公式のスコアと違うとき、あるいは自分の採点と食い違ったとき「接戦だった。どちらに転んでもおかしくない内容だった」とは考えない人もいる。
彼らはその代わりに「何か怪しいことが裏にある」と勘繰ることになる。
ボクシング界もラスベガスもスター不在に悩んでいる。だから、いまだに人気のある伝説のカムバックを成功させるために、ジャッジや対戦相手に何らかの邪な力学が働いたーーーそう考えると辻褄があう。
Narrative Bias:The Story Must Make Sense〜辻褄バイアス:物語の筋が通っているから、それが事実だろう、という理屈だ。
もし、そうだとしたら「パッキャオvsバリオス」の判定が多くの専門家やメディアのそれと逆の結果が出たことの方が辻褄が合わない。
あるいは、パッキャオが勝利すると都合の悪い勢力が何らかの手を打って、伝説から勝利を奪ったのか?
陰謀論はいつでも刺激的なものである。
NFLは毎年、スーパーボウルのロゴを発表するが、そこにはその年の出場チームのカラーが巧みに使われているーーーそんな明らかなフェイクニュースを信じる者もいる。
そして、現代はソーシャルメディアが陰謀論を助長している。
かつてはジムやバーで語られていた微妙な判定への意見は、ネット上でリアルタイムで応酬される時代になった。冷静に試合を分析して判定を支持する投稿よりも、刺激的な陰謀論の方が好んで読まれることが圧倒的に多い。
昨夜の試合は3人のジャッジが114−114/114−114/115−113とスコアした。多くのメディアはパッキャオの勝利を支持したが、ほとんど全てのスコアは115−113だった。公式も非公式も、採点の見立てはほとんど変わらない。
では、もし最も安全で確実な八百長が仕組まれていたとしたら?つまり、スター不在のボクシング界を救おうとする闇の勢力が、バリオスだけにわざと負けるように手を回していたとしたら?
これなら、バリオスが裏切らない限り、真相も闇の中。
しかし、もしそうだとしたらバリオスの「わざと負ける」はあまりにもお粗末すぎる。負けるどころか、下手したら勝ってしまっていた可能性が高い内容だったのだから。
「全盛期のパッキャオが序盤に強いのは知っていたから、様子を見る作戦だった。パッキャオが中盤から後半に疲れてペースダウンしたところで攻撃を強めるつもりだったが、見たことのないフェイントをいくつも仕掛けてきた。非常にトリッキーだったから、迷いが生じて試合を難しくしてしまった」というバリオスの言葉は実に説得力のあるものだろう。
いずれにしても、クロスゲームの判定は万人が納得する完璧なものではなく、どちらに10−9をふってもおかしくないラウンドが散りばめられている。
現代で、不可解な判定を最も多く語られているのは、カネロ・アルバレスだろう。
もし、事実がNarrative Bias、辻褄バイアスの通りだとしたら、なぜカネロはキャリアで最も重要な勝利となるフロイド・メイウェザー戦を落としたのか?あるいは、絶対に負けてはいけないドミトリー・ビボル戦で大番狂せを起こされてしまったのか?
全く辻褄が合わないではないか。
主な観戦者が気の荒い男性だからというのは、大きな原因ではありません。
ジャッジ席は死角だらけで、2人のボクサーの攻防が完全に見えなくなることが普通にある…それも大きな原因の一つです。
多くのジャッジが「10−10は付けてはいけない」と、間違った認識で萎縮しながら、自身も優劣がわからないラウンドを無理やり10−9に振り分けて、その誤謬が積み重なっていく…それも大きな原因の一つです。

⬆︎ジャッジ席からは審判によって2人の攻防が完全に見えないケースも普通に起こります。
しかし、それよりも大きく深刻な問題は、全く信じられないことですが、このスポーツのジャッジには定期的な試験や研修は義務付けられず、ボクシングファン以下(大袈裟な表現ではありません)のジャッジが野放しにされていることです。
昨日のマニー・パッキャオとマリオ・バリオスの一戦の判定が一部で議論を呼んでいることを受けて、ボクシングシーンが記事をアップしました。
記事ではパッキャオvsバリオスについては全くふれていませんが、この記事をベースに別の記事を書いたとしてお読みください。
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The Psychology of Conspiracy in Boxing:Why close decisions feel like robberies
ボクシングの判定から引き起こされる陰謀論の心理はどこから生まれるのか?なぜ僅差の判定を不当判定だと感じてしまうのか。
“This was a robbery.” これは不当判定だ。
“That judge was paid off.” ジャッジは買収されていた。
“Boxing is corrupt — again.” ボクシング界は腐り切っている。毎週土曜日の夜に聞かれるうめき声だ。
声の主はファンだけではない。テレビの解説者、1人の記者、SNSのつぶやき…。そんな声がときには事実として受け入れられる。
もちろん、明らかに間違った判定もある。ジャッジも人間だから過ちを犯す。しかし、それを陰謀論と結びつけるのは間違いだ。
人間の脳、思考はグレーゾーンを認めたくない傾向がある。接戦に終わった試合の判定が、多くの非公式のスコアと違うとき、あるいは自分の採点と食い違ったとき「接戦だった。どちらに転んでもおかしくない内容だった」とは考えない人もいる。
彼らはその代わりに「何か怪しいことが裏にある」と勘繰ることになる。
ボクシング界もラスベガスもスター不在に悩んでいる。だから、いまだに人気のある伝説のカムバックを成功させるために、ジャッジや対戦相手に何らかの邪な力学が働いたーーーそう考えると辻褄があう。
Narrative Bias:The Story Must Make Sense〜辻褄バイアス:物語の筋が通っているから、それが事実だろう、という理屈だ。
もし、そうだとしたら「パッキャオvsバリオス」の判定が多くの専門家やメディアのそれと逆の結果が出たことの方が辻褄が合わない。
あるいは、パッキャオが勝利すると都合の悪い勢力が何らかの手を打って、伝説から勝利を奪ったのか?
陰謀論はいつでも刺激的なものである。
NFLは毎年、スーパーボウルのロゴを発表するが、そこにはその年の出場チームのカラーが巧みに使われているーーーそんな明らかなフェイクニュースを信じる者もいる。
そして、現代はソーシャルメディアが陰謀論を助長している。
かつてはジムやバーで語られていた微妙な判定への意見は、ネット上でリアルタイムで応酬される時代になった。冷静に試合を分析して判定を支持する投稿よりも、刺激的な陰謀論の方が好んで読まれることが圧倒的に多い。
昨夜の試合は3人のジャッジが114−114/114−114/115−113とスコアした。多くのメディアはパッキャオの勝利を支持したが、ほとんど全てのスコアは115−113だった。公式も非公式も、採点の見立てはほとんど変わらない。
では、もし最も安全で確実な八百長が仕組まれていたとしたら?つまり、スター不在のボクシング界を救おうとする闇の勢力が、バリオスだけにわざと負けるように手を回していたとしたら?
これなら、バリオスが裏切らない限り、真相も闇の中。
しかし、もしそうだとしたらバリオスの「わざと負ける」はあまりにもお粗末すぎる。負けるどころか、下手したら勝ってしまっていた可能性が高い内容だったのだから。
「全盛期のパッキャオが序盤に強いのは知っていたから、様子を見る作戦だった。パッキャオが中盤から後半に疲れてペースダウンしたところで攻撃を強めるつもりだったが、見たことのないフェイントをいくつも仕掛けてきた。非常にトリッキーだったから、迷いが生じて試合を難しくしてしまった」というバリオスの言葉は実に説得力のあるものだろう。
いずれにしても、クロスゲームの判定は万人が納得する完璧なものではなく、どちらに10−9をふってもおかしくないラウンドが散りばめられている。
現代で、不可解な判定を最も多く語られているのは、カネロ・アルバレスだろう。
もし、事実がNarrative Bias、辻褄バイアスの通りだとしたら、なぜカネロはキャリアで最も重要な勝利となるフロイド・メイウェザー戦を落としたのか?あるいは、絶対に負けてはいけないドミトリー・ビボル戦で大番狂せを起こされてしまったのか?
全く辻褄が合わないではないか。
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