最も八百長が横行しているスポーツは?
答えは「犯罪組織が絡むことが多い八百長は明るみにでていないものが多く、正確な統計がないのでこの質問に答えはない」。
しかし、推測はできる。
頂点と底辺の光と影のギャップが大きなメジャースポーツで、チームごと買収する必要のない個人競技だ。
テニスはその典型で、選手1人を丸め込めば勝敗だけでなくさまざまな八百長を仕込むことができる。
トップに立てばフォーブス誌の眩いWorld’s Highest-Paid Athletes(アスリート長者番付)に名前を刻む大富豪に、底辺に沈殿する選手は1試合で100ポンド(2万円)も稼げないから、あちこちでアルバイトをしなければ生活が成り立たない。
女子テニス協会(WTA)主催の公式トーナメントのうち、最もグレードの低い大会は賞金総額1万5000ドル。シングルスの優勝賞金は2200ドル(約33万円)。
初戦で敗れれば100ドル(約1万5000円)ほどしか手に入らないから、道具代や交通費を差し引くと大きな赤字だ。
そんなときに「八百長で負けたら1000ドル」と耳元で囁かれたら?
「いま特に経済的に厳しいから1回だけなら…」。そんな気持ちはわからないでもないが、闇の世界は一旦足を踏み入れると引き返せない。
もちろん、そんな暗闇から聞こえる声には耳も貸さずに、ひたすら貧窮と戦いながら、歯を食いしばりながら、七転八倒しながら頂点を目指す、往生際の悪いテニスプレイヤーも、少なからず、いる。
A sneak peak inside The All England Lawn Tennis Club
カーソン・ブランスタインはまさに、そんな1人だ。
南カリフォルニア在住のカナダ人女性は24歳。「ガソリン代を払うと食べ物を節約しなければならない」ほど物価の高い米国でテニスプレイヤーを続けることに少しだけ疲れていた。
今年2月にメキシコ・カンクンで行われる大会に向けてトレーニングに励んでいたある日の朝、破産する夢から覚めてベッドから飛び起きると、彼女はあわてて銀行口座を確認した。
「残高は25ドル(約3700円)しかなかった。破産する夢じゃなくて、現実に破産しているようなものよね。全財産が25ドルなんだから。朝から涙があふれて止まらなかった」。
「いい年して変な夢見て、テニスなんてしてる場合じゃない。生活が破綻してしまう」。泣きながら友達に電話して、惨めな自分を曝け出した。
友達も「もうやめなさい。こんなことしてるのはあなただけ。あなたはもう十分頑張ったよ。まだ若いんだしいくらでもやり直せる」と励ましてくれたが、そのとき彼女の中で何かが火花を散らした。
テニスをやめるなんて、絶対に受け入れられない。
どんなに貧乏でもテニスだけはやる、やり続ける。もしかしたら、多くの普通の人から軽蔑されるかもしれないけど、テニスをやめたら心の中のもう1人の私が私を絶対に許さないだろう。
泣くだけ泣いて、涙が出なくなって、カーソンは友達に宣言した。「ありがとう。もう、泣き言はしない。私、テニスはやめないよ、絶対に。私、バカだから、テニスが好きで好きでたまらないんだよ」。
友達は「そうだろうと思ってたよ。あなたからテニスを取ったら何にも残らない」とケラケラと笑った。
両親に話したら無理矢理にでもテニスをやめさせられると思ったから、電話しなかった。友達からお金を借り、Uber Eats の配達員として働いた。
そして。
カーソンはテニスの世界で最も権威のある大会、ウィンブルドンの本戦出場を目指して予選3試合を見事にクリア、伝統のAll England Lawn Tennis and Croquet Clubの芝生の上に立った。
相手は、アリーナ・サバレンカ。世界ランキング1位の絶対女王だ。
ストレート負けの予想とオッズの通りに、カーソンは敗れ去った。
本戦1回戦進出で6万6000ポンド(約1300万円)を獲得したが、悔しい試合だった。
第1セットを1−6で落としたが、第2セットはタイブレークまで喰らいついて5−7で力尽きた。
しかし、スコアが示す通り、どうしようもない惨敗ではない。
あのサバレンカ相手にフルセット直前まで、粘り抜いたのだ。
いかにも彼女らしい、往生際の悪い闘い方だった。
そして、世界は初めてカーソン・ブランスタインを見た。
Had never seen branstine but she’s actually a pretty decent player
ブランスタインを初めて見たが、かなり素晴らしいプレーヤーだ。
It was a match that showed her way of life.
コートの中に彼女の生き様を見た。
女王に最後まで挑み続けたカーソンの姿は、世界中に感動をふりまいた。
経済的にも、しばらくテニスに集中できるだけの大きなものを手に入れた。
それでも、彼女はただただ悔しかった。
スマホには祝福のメールが溢れていたが、大きなチャンスを逃してしまったと、悔しさだけが募った。
電話で泣きついた友達からもメールが届いていたが、それはお祝いの言葉ではなかった。
しかし、それを見たカーソンはようやくクスッと独り笑いした。そこには、こう書かれていた。
「6万6000ポンドって9万ドル?10万ドル?とにかく、すぐにカネ返しに、戻ってこい!」
コメント