どうして英国のスター選手は噛ませ犬のメキシカンに大番狂せを起こされるのか?

これは、フィリピン人にひっくり返される日本人にとっても笑い事ではない。

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ドアを開けると、そこは外気よりも湿度がグッと高くなる空間。

汗の匂い、ワセリンの匂い、揺れるパンチングボールやサンドバッグが軋む音。トレーナーの声、選手の荒い呼吸。3分間と1分間を刻むブザーの音…それはニューヨークの近代的なジムでも、メキシコシティーやマニラの場末のジムでも全く変わらない。

目を瞑ってそこに立たされると、それが東京なのか、ニューヨークなのか、メキシコシティーなのか、マニラの外れなのか、誰にもわからないだろう…いや、気温が違う。

目を瞑っていても、メキシコやフィリピンの不快指数100%のねっとりした空気が全身にまとわりついてくる。

メキシコやフィリピンのジムはとにかく暑い、暑すぎるのだ。蒸し上がった空気をかきまぜるだけの扇風機も、3台あれば1台は壊れて動かない。

そして、目を開くとメキシコやフィリピンのジムの狭さに、まず驚くだろう。

もちろん、リングも狭い。

後楽園ホールの18フィート(約5.48m四方)のリングは小さいことで世界中の関係者に知られているが、メキシコやフィリピンのジムに置かれている粗末なリングの相場は、なんと14フィート(4.26m四方)だ。

欧米は中重量級、メキシコやフィリピンは欧米のレーダーが捕捉しにくいジュニアライト(130ポンド)級以下、それどころかストロー(105ポンド)級、フライ(112)級、バンタム(118)級の超軽量級のゾーンに多くの選手を抱えている。

だから、リングも小さいのは当然にも思えるが、答はそうではない。

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マニラのジムの中の蒸し暑さときたら。普通の人なら20分で限界だ。カメラのレンズも曇りがち。

記者がお願いするとボクシング番組「ブロウ・アンド・ブロウ」でNo.1人気を誇るまだ中学生のようなあどけない小さなファイターは「ちょうど僕も外の空気を吸いたかった」と笑ってくれた。

ジムの外の狭い路地も蒸し暑かったが、かすかな風が抜けてくれるだけでもまだマシだった。錆びた排水管は鈍い音を出して臭い水を漏らしていた。

この少年に明るい未来が用意されていますようにーーーその祈りは、きっとそんなことにはならないという絶望の裏返しだったのだが…。



小さい選手が多いから、リングも小さい。

そして、英国や日本のトレーナーやプロモーターが、JBC規格(18フィート以上)にも満たない、あまりにも小さいリングについて「小さい選手が多いというよりも、貧乏だからまともなリングを買えないんだろ」と笑ったのも、あながち間違いではない。

いや、それが大きな理由だけでなく、それだけかもしれない。小さなリングしか買えない理由は、経済事情だっただろう。

少なくとも、最初は。



メキシコやフィリピンのマネージャーやトレーナーは「特にこれからボクシングを学ぶ選手には、練習用のリングは小さくなくてはならない」と断言する。

「小さなリングで練習するとサボれないんだ。足を使ってリングを大きく使え、というのは米国のトレーナーの口癖だが、楽をしちゃいけない。ボクシングは鬼ごっこじゃない、男のスポーツだ。攻めてくる相手から逃げるなんて言語道断」。

どうやら、彼らは恐れ多くもシュガー・レイ・レナードを否定するつもりか?

「足は逃げるために付いてるんじゃない。強烈なパンチを打ち込むために、踏み込むために、足は付いているのだ」。

「メキセキューショナー(メキシコ人死刑執行人)と呼ばれたマニー・パッキャオはみんな大好きだ。メキシコのスーパースターが倒されて悔しくなかったのかって?悔しくなかったといえば嘘になる。しかし、パッキャオはメキシカンスタイルを貫いたんだ」。

「打撃戦をとにかく好むのがメキシカンスタイルだ。ただ、攻撃だけを考えてディフェンスを無視しろとは言っていない。もちろん、アントニオ・マルガリートのようなファイターは人気が出るが、実はメキシカンスタイルで最も重要なのは防御だ」。

「どちらのパンチも当たる距離は死角だらけの危険極まる空間だ。こっちの死角を減らして、相手の死角を探すんだ。そのためには頭の位置を急がしく動かさなければならない、胴体を巧みに捻らなければならない。これを、非常に限定的な空間と動作の中でやらなきゃならないんだ」。

「足を使って逃げるだけの単細胞とは違うんだ…これはデビン・ヘイニーだけをディスってるんじゃないぜ。クロスレンジで拳を交換する方が、ずっとSweet Scienceだと思わないか?メイウェザーとかヘイニーなんて、誰も自分の子供にそんな名前を付けない。負け犬、逃げ犬の名前だからな」。

「そういうことだ。広いリングは負け犬を育ててしまう。狭いリングは偉大なメキシカンスタイルのファイターを生み出すんだ」。

パッキャオやロベルト・デュランのクロスレンジ(の戦い方)は、おそらく天性だ。

井上尚弥がメキシコの狭いリングで練習したなら、アマチュア時代から指摘され続けるクロスレンジの欠点が改善されるかといえば、おそらくそれはない。

不快指数100%に蒸しかえるジムの劣悪な空気に、狭いリング、そして貧困という名のハングリー。

北米大陸からやはり狭いビジネスクラスを乗り継ぎ、ロンドンのヒースロー空港までの長旅でも、彼らの燃える闘志を消すことは出来ない。

そして、練習場所と試合会場でのリングチェックを終えた彼らは、こう言うのだ。

「街はきれいだし、涼しいし、過去最高のファイトマネー。ここは天国だ。(ファイターに不利なリングの広さはきにならないか?と聞かれて)なんの問題もない。私の仕事がより詳細に伝えられただけ。つまり、リングの中で逃げ回る英国人を追い回せばいいんだろ」。




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