リング誌に関しては、サウジアラビア総合娯楽庁に買収されてから批判的な立場を取ってきました。

それは現在も変わりません。

彼らがビジネスとして全く魅力のないボクシング界に乗り出した最大の動機は何なのか?

「長年のボクシングファンとして、ボクシング界が堕落していく姿を見るのが耐えられなかった」というトゥルキ・アル=シャイフ長官の言葉を信じる人はいないでしょう。

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「ロゴがダサくなった」「イラスト調の表紙が嫌い」と、どうでもいいことまで否定してきましたが、この7月号の表紙は過去イチでは?


大きな観点から「サウジの狙いはスポーツ・ウォッシュ」というのは、これまでも指摘してきましたが、「それをどうしたら正せるのか?」と問われると何も答えることができません。

北朝鮮が世界最大の産油国なら同じことをやっていたでしょうし、小さな観点から見るとサウジがやっていることは従来の欧米のプロモーターでは実現できなかった、あるいは大幅に実現が遅れたことが間違いない、ファンが求める試合を次々に提供したことです。

さらに、腐り切ったボクシング界の血を、最もスポーツライクなUFCの血と入れ替え、認定団体のデタラメランキングや金儲け以外に意味のない水増し階級の廃止まで匂わせてます。

もちろん、大きな視点も小さな視点も全く無関係ではなく、トゥルキ・アル=シャイフ長官が標榜する「ボクシングに再び尊厳と人気を取り戻する」目標を達成することは、効果的なスポーツウォッシュに直結します。

サウジはボクシングファンの〝大きな観点〟をはるかに超越するレベルで、ロシアとウクライナの停戦協議の場を作るなど、国際政治の舞台でも存在感を増しています。

ここで書くべきではないことをダラダラと垂れ流してしまいました。


さて、私が80年代から2022年まで愛読していたリング誌と、昨年末に復活したリング誌は全く違う雑誌です。

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1922年の創刊号⬆︎はプロモーターのテックス・リチャードと、英国貴族のロード・ロンズデール。いわゆる「運営側」の人間がオモテ(表紙)に出る形でした。

そして、100年後の2022年の最終号⬇︎はジャック・デンプシー。

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ここに込められたのは、ランキング操作などのスキャンダルに塗れて信頼をどんどん失って没落していったリング誌に欠けていたのは「ファン」目線だったという反省です。

創刊号は山師のリカードや英国貴族などではなく、ベーブ・ルースも凌ぐ大衆のヒーローだったジャック・デンプシーを表紙にすべきだったという、100年越しの思いが詰まった最終号でした。

個人的には私が手に取った40年以上前でも、ボクシングファンが楽しめる記事が多くありました。

認定団体のランキングは狂っている、階級の増設はタイトルの価値を貶める、PFPは弱者の言い訳ーーー現在の私のボクシング観を形作ってくれたのは、間違いなくリング誌でした。

瑣末な話になりますが、高校時代に図書室がリング誌を定期購読していなければ、タイム誌やニューズウイーク誌などにも手を伸ばしたかどうか、わかりません。

スポーツイラストレイテッド誌やリング誌は私にとって偉大な英語教師であり、青春時代の思いが詰まりまくった雑誌です。

感傷に浸っている場合ではありません。



「モンスター上陸」です。

「陣営」が最後の1日まで必死でチケットを自分たちで買いまくった、本来ならラスベガスを訪れる上客にプレゼントされるタダ券が一般客にばらまかれた、T−モバイル・アリーナが閉場するまでの歴史に残る無惨なワースト興行、井上のキャリア最高の報酬はどこから出てきたのか?…そんな興行にまつわる話は一切ありません。

さらに、井上の話は少ないものの、ルディ・エルナンデス(日本では有名な海外トレーナーですが世界的には無名)が語る中谷潤人との頂上決戦はなかなか面白く読めました。