スポーツファンが語り明かしてきたテーマ、このブログでも間歇的に取り上げている非常に興味深い宿題です。



きょう6月9日、大相撲で歴代最多45度の優勝を誇る元宮城野親方の白鵬翔が記者会見を開き、今後の展望、退職に至った経緯などを語りました。

あれほど偉大な横綱を退職に追い込む大相撲の世界…暗澹たる気持ちにしかなりません。



話が脇道に逸れそうなので、本題に。

白鵬翔の言葉で印象に残ったのは「相撲がオリンピックになる、それを夢見て、力を注いでいきたい、努力していきたいと思います」。

相撲がオリンピック種目になるには、日本開催をあと10回くらい重ねた、800年くらい先の話になりそうです。いまから必死のロビー活動を続けたら、27世紀くらいに実現の目処が立つかもしれません。

ーーー大相撲に「道」は付きませんが、相撲道という言葉があります。

ちびっこ相撲やアマチュア相撲では勝者が自由な振る舞いをしているのを見ても、相撲道に最も愚かに蹂躙されているのは大相撲で、間違いありません。

ボクシングなど多くの格闘技で、体重による階級制が敷かれていますが、階級制を取り入れない大相撲の世界は独特です。

土俵の中では、せいぜい20kg超の体重差を跳ね返しているだけのオレクサンデル・ウシクなんて霞んでしまいます。

とにかく、相撲がオリンピックに採用されるまでには、数えきれない高すぎるハードルをクリアしていかなければなりません。

無差別級しかない、なんていうのは論外。まず、階級制の採用です。

軽量級があれば、オリンピックでも日本が金メダル独占も間違いありません。

しかし、オリンピック採用で最も高いハードルになるのが「横綱の品格」などと、伝統芸能的戯言がいまものさばる〝道〟との折り合いの付け方です。

それを言い出すなら、いっそのこと世襲制にしたら良いのでは?とも思えてきます。

しかし、オリンピックで〝日本人の曖昧さ〟を結晶した「品格」なんて持ち出せば、世界中を敵に回してしまいます。

そもそも、そんな意味不明のモノを持ち出しては、オリンピックに採用されるわけがありません。


さて。

もし「相撲がオリンピック採用!」が現実になれば…賛成ですか?反対ですか?



JUDOはオリンピック採用から60年が過ぎましたが、いまだに「道」と「スポーツ」の間で揺れています。

kimurarock


そして、柔道のカウンターパート、剣道は〝KENDO〟になることを頑なに拒み続けていきました。

もし、JUDOが柔術のままなら、日本人のUFC王者が何人も生まれていたかもしれません。

もし、剣道がKENDOになっていたなら、フランスの柔道場は半分、剣道場になっていたかもしれません。




日本の「道」の性格を強烈に帯びた競技が、五輪種目になる…賛成ですか?反対ですか?