
リングマガジン6月号は「追悼 ジョージ・フォアマン特集」。
政治、経済、文化…多くの側面でアメリカが偉大だった時代は、遠く彼方に過ぎ去りました。
スポーツはある程度の威厳は残しているものの、ボクシングに関しては目も当てられない凋落ぶりが、もう半世紀以上も続いています。
娯楽の少なかった時代は〝男たちの時代〟。競馬とボクシングが2大スポーツでした。
1950年代、テレビの普及はスポーツ界にも劇的な変化をもたらしますが、その恩恵を浴びたのは小さなブラウン管画面で見るのに最も適したボクシング。
1950年代がボクシングの黄金時代でした。メジャースポーツと呼んでも、誰も異論がない時代。ロッキー・マルシアノが君臨した時代。マルシアノは、世界中が認める最後の強い白人世界王者でした。

そして…観戦スポーツの多様化と、女性や子供のマーケットが開拓されるようになり、テレビの進化はアメフトや野球、球技にも恩恵を与え。〝男たちの時代〟つまりボクシングの黄金時代は終わります。
そんな社会の変化だけでなく1960年代になると、メガファイトは「NO TV(テレビでは放送しないからお金を払って劇場で見て)」とクローズドサーキットが一般的になり、カジュアルはスポーツファンがますますボクシングから離れてしまいます。
さらに、ヘビー級には大きな影響はないと楽観された認定団体と階級の増殖も、ボクシング全体への不信感を膨らませ、ヘビー級も無関係ではいられませんでした。
そんなマイナースポーツへの転落が始まった1960〜1970年代にもかかわらず、ボクシングの存在感が希薄化していることを実感できなかった理由は二つあります。
一つは衛星放送の開始で、米国でのメガファイトが世界中で同時に観戦できるようになりました。
とはいえ、世界中が注目する価値があるメガファイトがなければ何の意味もありません。最高の食材がなければ、どんなに素晴らしい調理器具もただのガラクタ。ジョージ・フォアマン・グリルも食材があってこそ、です。
そうです。二つ目は「モハメド・アリと愉快にも程がある仲間たち」の登場です。
テレビの普及で国民的関心事となったオリンピックで金メダルを獲得したアリ、フレイジャー、フォアマン。そして、抜群の身体能力を持つケン・ノートン。
アリにバトンを渡したソニー・リストンやフロイド・パターソン、世界王者よりも有名だった史上最強パンチャーのアーニー・シェーバース。
欧州の刺客、ヘンリー・クーパーやカール・ミルデンバーガー。物語を持つジョージ・シュバロやチャック・ウェプナー…。
ありえません。
マニー・パッキャオも問題外、アリほど好敵手に恵まれたボクサーは他にいません。
そして、世界のスポーツ界のみならず、米国の政治と文化にも大きな影響を与えたThe Greatest のクライマックス、最高傑作が1974年10月30日、ザイールの首都キンシャサで行われたジョージ・フォアマンとのRumble in the Jungle(邦題:キンシャサの奇跡)でした。

日本でも、1990年頃までボクシングは海外のメジャースポーツを代表する一つでした。
現実には米国でも英国でもメジャースポーツとは言えませんでしたが、日本では野球もサッカーも世界の最高峰で大きな成功を収めるアスリートがまだ出現していなかった時代です。
海外のメガファイトは専門誌はもちろん、一般紙でも大きく報じられていたのです。
米国の惨状よりはマシとはいえ、日本でカネロ・アルバレスを知っているスポーツファンがどれだけいるでしょうか?
日本では、井上尚弥が〝最高峰〟米国でも有名なファイターだと大きな誤解を招く報道が溢れています。米国ではボクシングは完全マイナースポーツ。そのマイナースポーツでもさらに関心の低い軽量級のアジア人など誰も興味を持ちません。
井上の何十倍もの長きにわたって2年間もPFP1位に君臨したローマン・ゴンサレスや、軽量級とは桁違いの注目を集めるミドル級で大活躍、やはり井上の何十倍も長くPFP1位に君臨したゲンナジー・ゴロフキンですら米国でスターにはなれませんでした。
30年以上も販売不振と経営難に喘ぎ続けてきたリング誌のPFPなど、誰が見てるというのでしょうか?(俺くらい…)
アメリカはグレートではなくなりました。
そして、日本はグレートではないまま、摩訶不思議なボクシング黄金時代を謳歌しています…。
コメント
コメント一覧 (2)
20年くらい前からSNSはありましたが、野球でもサッカーでも本格的にSNS上でこれだけの盛り上がりを見せるようになったのはロマゴンがPFPのトップだった時より明らかに後ですから。
井上尚弥選手の人気は過去のビジネスとは違う形で盛り上がりをみせていて、SNS時代の波に乗っていると感じます。
フシ穴の眼
が
しました
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