ニノ・ベンベヌチは1960年のローマ五輪ウエルター級で金メダルを獲得、プロではジュニアミドル級とミドル級で世界王者になったイタリア・ボクシング界のスターでした。

カルロス・モンソンにミドル級王座を追われたのが1970年11月7日、そのモンソンに返り討ちで敗れた1971年5月8日のプロ90戦目(82勝32KO7敗1分)でリングを去りました。

私がボクシングファンになる10年も前のことですから、当然、ベンベヌチをリアルタイムでは知りません。



「歴史」としか知らないベンベヌチですが、モハメド・アリ(カシアス・クレイ)を抑えてローマ五輪のMVP(ヴァル・バーカー・トロフィー)に輝き、ジュニアミドル級タイトルは韓国の金基洙に奪われ、ミドル級に上げてエミール・グリフィスを激闘の末に勝利、そして史上最強のミドル級・モンソンにタイトルを強奪された伝説として記憶に刻まれています。

ミドル級の絢爛な歴史は、ベンベヌチを抜きにして語ることはできません。

そして、韓国と日本のボクシング界で存在感が膨らむジュニアミドル級に最初の息吹となった金基洙。日本のボクシング界にも、バタフライエフェクト的に大きな影響を与えてくれたグレートでした。

さらに、このハンサムなイタリア人には映画俳優としての顔も持っていました。

ミドル級の世界王者にして、イタリアでは映画俳優…マービン・ハグラーをすぐに連想しますが、ベンベヌチは「Sundance and the Kid(荒野の大活劇)」(1969年)でジュリアーノ・ジェンマとともに主役をはるなど、銀幕にも爪痕を残しました。

私にとっては、その名を知ったときから、すでに伝説だったニノ・ベンベヌチですが、もうこの地上にいないと考えるとやはり寂しいものです。

安らかにお眠りください。