朽ち果てるもの。

諸行無常だとか、輪廻転生とか、そんなことはどうでもいい。

朽ち果てるもの、崩れ落ちるものに、ザマアミロではなく、一片の哀愁を贈るのは、かつてそれを受け入れていた者たちにとって、一つの礼節に違いない。

最低なのは、手のひら返しだ。

EXPO70(大阪万博)のシンボル、「お祭り広場の大屋根」を設計したグレートの最高傑作は「東京オリンピック国立屋内総合競技場(代々木体育館)」なのでしょうが、電通旧本社ビルもまた最高傑作の一つでしょう。

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いかにも「昭和」なデザインですが、目を見張るのは屋上から一段高くしつらえられた、戦艦の艦橋のような〝司令部〟です。

ビジネス版の戦艦大和です。

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「昭和」の全てが凝縮された建築です。

正確には「昭和」ではなく、明治から続く、日本が追求した物質文化の象徴です。

いま、世の中で叩かれまくってることは「昭和なこと」で、叩かれていることについては、もちろん「過ち」でした。

あたりまえですが、「昭和」にも良いところは、たくさんありました。

ナチスは「良いこと」もしたのか?というのとは全く違う話です。ナチスの実施した高度な福利厚生制度は多民族には冷徹で、ユダヤ人断絶を企てて暴走してしまう悪魔の所業の裏返し。高速道路も五輪の派手な式典も、ドイツの富国強兵という、やはり悪魔の制服計画の一つでした。



The Collapses〜朽ち果てるものたち。

それは、スポーツの世界で好まれ、深い共感を集めるThe Undefeated(敗れざる者たち)とは真逆の、忌み嫌われるThe Collapses。

昭和的なもの、電通的なもの、フジテレビ的なもの、そんな「昭和の勝者」が敗残した時代、私たちが絶対にしてはいけないことは〝ドイツ兵やナチスの協力者をリンチにかける〟ことではありません。

しかし、そういうこと、少なくともそれに近いことが、平然と行われました。

たまたま、立場が違っただけで、どちらもケダモノだということです。