表に出ることをこれほど嫌った人なのに、ボクシングファンで、その名を知らないひとは1人もいない。
米国のアル・ヘイモンのことではない。彼は要所要所で姿を現し、自分がボクシング界をコントロールする支配者であることを誇示したがるフィクサーだった。
しかし、彼女は全く違う。
日本ボクシング史上最高のマネージャーが老衰のため、1月1日に亡くなった。
享年99歳。
そういう御年齢といえばその通りだが、それでもあまりにも寂しすぎる。
1980年代の終わり頃から1990年代の初め頃まで、私はよく後楽園ホールに通っていました。
リングサイドに彼女を見つけると、幸せな気分になったことを思い出します。当時、すでに彼女は伝説でした。
初めて見たとき、パンフレットにサインをもらおうと思って「そうだ、あの人はそういうことを嫌う人だった」と思いとどまりました。
意外かもしれませんが、当時の帝拳はチャンピオンメーカーではありませんでした。
大場政夫、浜田剛史が世界王者になっていましたが〝たった〟2人だけ。
現在のように業界を仕切るパワーハウスでもありませんでした。
それでも、ファンやメディアが「帝拳」を特別な目で見ていたのは、彼女の存在があったからでしょう。

あの大場政夫が唯一、頭が上がらなかった人。
その人が、生前「大場以来の才能」と褒めたのが、那須川天心だったそう。
天心、また一つ絶対に負けられない重たい理由が増えちゃったよ。
米国のアル・ヘイモンのことではない。彼は要所要所で姿を現し、自分がボクシング界をコントロールする支配者であることを誇示したがるフィクサーだった。
しかし、彼女は全く違う。
日本ボクシング史上最高のマネージャーが老衰のため、1月1日に亡くなった。
享年99歳。
そういう御年齢といえばその通りだが、それでもあまりにも寂しすぎる。
1980年代の終わり頃から1990年代の初め頃まで、私はよく後楽園ホールに通っていました。
リングサイドに彼女を見つけると、幸せな気分になったことを思い出します。当時、すでに彼女は伝説でした。
初めて見たとき、パンフレットにサインをもらおうと思って「そうだ、あの人はそういうことを嫌う人だった」と思いとどまりました。
意外かもしれませんが、当時の帝拳はチャンピオンメーカーではありませんでした。
大場政夫、浜田剛史が世界王者になっていましたが〝たった〟2人だけ。
現在のように業界を仕切るパワーハウスでもありませんでした。
それでも、ファンやメディアが「帝拳」を特別な目で見ていたのは、彼女の存在があったからでしょう。

あの大場政夫が唯一、頭が上がらなかった人。
その人が、生前「大場以来の才能」と褒めたのが、那須川天心だったそう。
天心、また一つ絶対に負けられない重たい理由が増えちゃったよ。
コメント
コメント一覧 (3)
フシ穴の眼
が
しました
那須川は天心でしかないと思う。
ハルねえさんの
ご冥福をお祈りいたします。
フシ穴の眼
が
しました