ボクシングファンには、即答できない質問があります。
一番のお気に入りのファイターを1人だけ教えて下さい。
私は熱狂的なパッキャオマニアです。
しかし、最初に知った世界チャンピオンは具志堅用高で、しかも何度目かの防衛中のカンムリワシでした。
マービン・ハグラーを中核にしたミドル級ウォーズ、そこにシュガー・レイ・レナードとトーマス・ハーンズ、ロベルト・デュランが合流する化学反応は、「ボクシングはヘビー級(最強)とそれ以外」とオールドファンから笑われても、そこでマーケティングされたPFPやクローズドマーケットの成熟による「興行規模ではヘビー級を超えた」という詭弁術に、非常に面白い仕掛けだと感動し、あまりにも鮮烈で心揺さぶられる戦いに「詭弁だからダメ」「ヘビー級でなきゃダメ」ではなく、面白ければそれでいいと納得していました。
ハグラーはチャンピオンでないのか?レナードは見せかけか?デュランが弱いか?ハーンズの強打に戦慄したのは錯覚か?ーーーーー全てNO!です。
ハグラーとレナード、どちらが好きか?と聞かれて即答できるボクシングファンはいません。
そんなことを質されたら、めんどくせえな、という顔を一応しながら「話が長くなるぜ」と笑いを堪えるのです。
進学して上京した頃、ボクシングは日本でも米国でも、ここまで没落していませんでした。
日本のスポーツファンにとって「国際試合」といえば、サッカーW杯でもなく、もちろんMLBのワールドシリーズでもありませんでした。
国際試合といえば、ボクシングでした。その地位は徐々に液状化していた時代でしたが、世界タイトルが日本でバーゲンセールされているほどの軽薄さはありませんでした。
そんな時代、マイク・タイソンは現在のリオネル・メッシよりもはるかに人間離れした超人の扱いだったのです。
人間離れした超人というと大谷翔平の方がはるかに上でしょうが、The baddest man on the planet という表現はタイソンやソニー・リストンなどほんの一部のファイターだけに許された〝称号〟です。
大谷がどんなに頑張ってもThe baddest man on the planet と呼ばれることはありません(呼ばれたくもないか?)。
東京ドームの柿落とし。
〝アイアン〟マイク・タイソン。
トヨタ自動車にサントリー。ドームに隣接した当時日本最大の展示会場プリズムホールが外国人記者に解放された、正真正銘の世界タイトルマッチ。
井上尚弥とルイス・ネリの試合で海外から何人の記者が来日したのでしょうか?もしかしたらゼロかもしれません。
WBSSの決勝戦、井上vsノニト・ドネアでは来日した当時リング誌のトム・グレイ記者が「米欧から来たメディアは私1人だけだった」と誇らしく語っていたことからも、人気階級とそうではない階級の米欧での注目度は比較してはいけません。
そこにフォーカスしてしまうと、軽量級の面白さ、つまりボクシングの面白さから離れてしまい、ただの金持ち自慢になってしまいます。
日本でもいまなお人気のあるタイソンの中で、最も有名な日本人ボクサーは誰でしょうか?
言わされてる感満載で、いまだにまともに発音できていない井上尚弥でしょうか?
どのテレビ局が仕掛けた日本人の世界チャンピオンの取材や、滞在ホテルの公開を頑なに拒否したタイソン陣営の一月限りの要塞・ホテルニューオータニの客室上階を貸し切ったワンフロア。
そこに通されたのは、白井義男ではありませんでした。スイートルームの寝室にピン留めされたブロマイドは具志堅用高ではありませんでした。
日本での最初の試合が決まったタイソンは、この極東の国がどこにあるのか地理的な位置は知りませんでしたがJAPANというアジアの国があることは、たった1人だけ知るジャパニーズの存在からわかっていました。
彼は、プローモーターの日本人の名前をしっかり覚える気はありませんでしたが、キャッツキルの薄暗い応接室で繰り返し勉強した教科書(ビデオ)にひとりの日本人も躍動していたのでした。
一般教養の欠如したタイソンが日本を知っていることに驚いた記者に、The baddest man on the planet はたった1人だけ知っている日本人の名前を挙げました。
記者は「彼が訪ねてきてくれるかもしれないぞ」というと、タイソンは「まだ生きているのか」と驚いたといいます。
タイソンの中では、ファイティング原田はモノクロビデオの中で「黄金のバンタム」を攻略する伝説そのものだったのです。
ところが、当の日本ではタイソンが超過大評価、原田は超過小評価、非常に面白い構図です。
ボクシングファンの中には「名トレーナーを1人挙げて」と聞かれて「ケビン・ルーニー」と胸を張る人までいそうです。
それどころか歴代PFP1位はタイソンと譲らない人もいそうです。もちろん、PFPは妄想なのでどうでもいいのですが、それが世界の主流の意見と思い込んでそうなのが、不思議というかどうしてそうなってしまったのかが、わかりません。
ESPNでもリング誌でもそんなランキングはないはずなのですが。。。
さて、
一番のお気に入りのファイターを1人だけ教えて下さい。
そう聞かれて1人だけ教えることはできませんが、マイク・タイソンはその中の1人です。
一番のお気に入りのファイターを1人だけ教えて下さい。
私は熱狂的なパッキャオマニアです。
しかし、最初に知った世界チャンピオンは具志堅用高で、しかも何度目かの防衛中のカンムリワシでした。
マービン・ハグラーを中核にしたミドル級ウォーズ、そこにシュガー・レイ・レナードとトーマス・ハーンズ、ロベルト・デュランが合流する化学反応は、「ボクシングはヘビー級(最強)とそれ以外」とオールドファンから笑われても、そこでマーケティングされたPFPやクローズドマーケットの成熟による「興行規模ではヘビー級を超えた」という詭弁術に、非常に面白い仕掛けだと感動し、あまりにも鮮烈で心揺さぶられる戦いに「詭弁だからダメ」「ヘビー級でなきゃダメ」ではなく、面白ければそれでいいと納得していました。
ハグラーはチャンピオンでないのか?レナードは見せかけか?デュランが弱いか?ハーンズの強打に戦慄したのは錯覚か?ーーーーー全てNO!です。
ハグラーとレナード、どちらが好きか?と聞かれて即答できるボクシングファンはいません。
そんなことを質されたら、めんどくせえな、という顔を一応しながら「話が長くなるぜ」と笑いを堪えるのです。
進学して上京した頃、ボクシングは日本でも米国でも、ここまで没落していませんでした。
日本のスポーツファンにとって「国際試合」といえば、サッカーW杯でもなく、もちろんMLBのワールドシリーズでもありませんでした。
国際試合といえば、ボクシングでした。その地位は徐々に液状化していた時代でしたが、世界タイトルが日本でバーゲンセールされているほどの軽薄さはありませんでした。
そんな時代、マイク・タイソンは現在のリオネル・メッシよりもはるかに人間離れした超人の扱いだったのです。
人間離れした超人というと大谷翔平の方がはるかに上でしょうが、The baddest man on the planet という表現はタイソンやソニー・リストンなどほんの一部のファイターだけに許された〝称号〟です。
大谷がどんなに頑張ってもThe baddest man on the planet と呼ばれることはありません(呼ばれたくもないか?)。
東京ドームの柿落とし。
〝アイアン〟マイク・タイソン。
トヨタ自動車にサントリー。ドームに隣接した当時日本最大の展示会場プリズムホールが外国人記者に解放された、正真正銘の世界タイトルマッチ。
井上尚弥とルイス・ネリの試合で海外から何人の記者が来日したのでしょうか?もしかしたらゼロかもしれません。
WBSSの決勝戦、井上vsノニト・ドネアでは来日した当時リング誌のトム・グレイ記者が「米欧から来たメディアは私1人だけだった」と誇らしく語っていたことからも、人気階級とそうではない階級の米欧での注目度は比較してはいけません。
そこにフォーカスしてしまうと、軽量級の面白さ、つまりボクシングの面白さから離れてしまい、ただの金持ち自慢になってしまいます。
日本でもいまなお人気のあるタイソンの中で、最も有名な日本人ボクサーは誰でしょうか?
言わされてる感満載で、いまだにまともに発音できていない井上尚弥でしょうか?
どのテレビ局が仕掛けた日本人の世界チャンピオンの取材や、滞在ホテルの公開を頑なに拒否したタイソン陣営の一月限りの要塞・ホテルニューオータニの客室上階を貸し切ったワンフロア。
そこに通されたのは、白井義男ではありませんでした。スイートルームの寝室にピン留めされたブロマイドは具志堅用高ではありませんでした。
日本での最初の試合が決まったタイソンは、この極東の国がどこにあるのか地理的な位置は知りませんでしたがJAPANというアジアの国があることは、たった1人だけ知るジャパニーズの存在からわかっていました。
彼は、プローモーターの日本人の名前をしっかり覚える気はありませんでしたが、キャッツキルの薄暗い応接室で繰り返し勉強した教科書(ビデオ)にひとりの日本人も躍動していたのでした。
一般教養の欠如したタイソンが日本を知っていることに驚いた記者に、The baddest man on the planet はたった1人だけ知っている日本人の名前を挙げました。
記者は「彼が訪ねてきてくれるかもしれないぞ」というと、タイソンは「まだ生きているのか」と驚いたといいます。
タイソンの中では、ファイティング原田はモノクロビデオの中で「黄金のバンタム」を攻略する伝説そのものだったのです。
ところが、当の日本ではタイソンが超過大評価、原田は超過小評価、非常に面白い構図です。
ボクシングファンの中には「名トレーナーを1人挙げて」と聞かれて「ケビン・ルーニー」と胸を張る人までいそうです。
それどころか歴代PFP1位はタイソンと譲らない人もいそうです。もちろん、PFPは妄想なのでどうでもいいのですが、それが世界の主流の意見と思い込んでそうなのが、不思議というかどうしてそうなってしまったのかが、わかりません。
ESPNでもリング誌でもそんなランキングはないはずなのですが。。。
さて、
一番のお気に入りのファイターを1人だけ教えて下さい。
そう聞かれて1人だけ教えることはできませんが、マイク・タイソンはその中の1人です。
コメント
コメント一覧 (5)
ノニト・ドネア!
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
が
しました
エルナンデスのそのあとの動向はすべて追えてなくもっぱ地上波経由の日本人ボクサーの世界戦ばかり見てました。だから畑山と同世代の世界王者だったことも知らなかった。しばらくしてデラホーヤや無名の初の世界戦のメイウェザーにやられたことを知って衝撃でしたね。日本人のトップのフェザー以上のボクサーが全く歯が立たないボクサーを簡単に勝つボクサーがいるんだと。メイウェザーは那須川とのRIZINのイベントで日本国内でボクシング関係者以外にも広く知れ渡ることになりやすが。
あとはなんといってもハメド。あんなボクサー今後出てこないでしょう。
フシ穴の眼
が
しました
政彦ファイティング原田。
フルラウンド出す手数
。
出入りする速いフットワーク
避けなが攻撃するデイフェンス。
同じ、手数形の師匠笹崎をプラスした感じ。
相手に考えをストップさせ、
、攻撃させない脅威のスタミナ
ヘンリ〜アームストロングより速くて上手い
これが外国人に真似できない
日本人独特の、闘い方。
フシ穴の眼
が
しました
変則だけど世界戦前は安定した試合ぶりのハメドよりも「才能は凄いけど大丈夫なのこのボクシングで?」と言うハラハラ感はロイでした。
マイケル・ナンはリアルタイムで最初に見た試合が既に練習をサボり出してたというアイラン・バークレー戦だったので印象最悪でしたがそれ以前の世界戦のテート、ロルダン、カランベイ戦をyoutube時代になって見たらキレのある軟体攻撃型戦法は別人のようで痺れましたね。
またこれぐらい個性的ボクシングをする選手が世界戦線に台頭して来て欲しいものです。
フシ穴の眼
が
しました