減量とは?

このブログでは、減量についてほとんどのケースで「より弱い相手と戦うために自分も弱体化する行為」と、冷ややかに見てきました。

計量をパスしたあと、特に軽量級ではほぼ全てのボクサーが翌日の試合まで「(減量のダメージからの)回復の時間」に充てます。

そもそも、試合前日にそこまでダメージを負ってるってどういうことなんでしょうか?

計量前のボクサーの多くは頬がこけ、肌はカサカサ、見るからに消耗しきっています。

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「あしたのジョー」のワンシーンのようにストーブをガンガン燃やした部屋で、最後の汗の一滴を絞り出そうと毛布をかぶっているボクサー。

ドラマのワンシーンではありません。

毛布の中で息を潜め、必死に汗を絞り出そうとしているのは、日本が世界に誇るPFPファイター、井上尚弥です。

より弱い相手と戦うために、自分も弱体化する。そのギリギリのバランスの上に張られたタイトロープを渡るのが減量です。

ファイティング原田や井上尚弥は過酷な減量について、特に憚ることなく語ります。

かつて、渡辺二郎は「減量がきついなんて人に泣きつくことじゃない。自慢なんかにならない。そんなに減量がキツいなら、上のクラスに上げたらいいだけ。なんであげへんの?そういうことでしょ」と、原田を名指して批判しました。

一方で、原田は減量がキツくなると対戦相手を思い浮かべる、とも語っていました。

「あいつも俺と戦うために厳しい練習と減量に耐えている。俺だって負けてたまるか」。

減量階級の計量と試合は、一つのセットです。

あいつは俺と戦う資格があるか?俺はあいつと戦う資格があるか?

リミット体重は、単なる数字ではありません。

バンタム級のファイターにとって118ポンドは約束の数字です。

105、108、112、115、118、122…単なる3桁の数字が、その軽さとは裏腹に、途轍もなく重く見えてしまうのは、それが男と男の約束の数字だからに他なりません。

それを反故にする人間を、私はファイターとは呼びません。

もちろん、誰しも過ちはあります。

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重い重圧にのしかかられた19歳の少女が一本のタバコに手を伸ばし、一杯の酒をすすったことがどれほどの罪になるというのでしょうか?

彼女はくだらない法律に抵触したかもしれません。協会の決めたルールを破ったという意味では約束を破ったのかもしれません。

しかし、それは絶対に嘘をついてはいけない対戦相手や、神聖な舞台に対する反故や侮辱ではありません、少なくとも私の考えでは。



体重超過やドーピングは、倒すべき相手を欺き、神聖な舞台を汚す、侮蔑すべき行為です。

絶対に破ってはいけない約束を、やぶってしまったのですから。

マニー・パッキャオは大きな過ちを犯しましたが、減量というキーワードを破壊するキャリアを築き上げました。

パックマンはこれ以上ない形で、禊を済ませてみせました。

力石徹がどうして神々しいのか?それは矢吹丈との約束を守り通したからです。

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きょう、幻滅と怒りを覚えるニュースが立て続けに飛び込んできました。

宮田笙子はいけないことをしてしまいましたが、それは対戦相手や大きな舞台を裏切る行為ではありません。

もし、そうだとしても些細な裏切りです。

19歳にのしかかる重圧がどれほど巨大なものか、想像できない人が多すぎます。

彼女はまだ19歳だというのに、自分が何者かを証明する大舞台を自分の手でつかみとりました。

誰か、教えて下さい。

その存在証明の大舞台を奪うほどの悪質な喫煙とは、一体どんなタバコの吸い方なのでしょうか?



約束を反故にされた田中恒成は、いまどんな思いでいるのでしょうか。

恒成には一片の非もありません。

約束を守るために過酷な減量で削られ哀しいほど美しく研ぎ澄まされた肉体を作ったというのに。

慰めにもならないでしょうが、恒成は今回も立派に約束を守りました。

そして、彼の持っているストラップは世界で最も注目されるメキシコ系米国人ファイターが狙っています。

恒成にもまた、存在証明に十分すぎる大舞台が待ち構えています。


がんばれ!