ずっと前、といっても私が札幌から戻ってからですから、せいぜい5〜6年前のちょうど今頃の話です。

一緒に野球と勉強を教えている中学生が「お姉ちゃんも来ていいか?」とぶっきらぼうに聞いてきました。

男子中学生の表情からは「お姉ちゃんが行ってみたいと言い出したから、一応聞くけど、お姉ちゃんを呼ぶのは俺は嫌だ、断ってくれ、頼むから」という心の中の叫びが思いっきりあふれていました。

私は「おお、全然大丈夫!今連れて来い!今は無理?じゃあナルハヤで連れて来い」と、顔をしかめる少年に意地悪にタタミかけるのでした。

アホ中高生の宿題レベルの勉強を一緒にしている私は正直「またアホが一人増える、しかも女の子か」と、面倒を背負い込んだかもしれないと思いました。

そして、なんと、やって来たのは、顔見知りの子!

駅までの通勤路、彼女の通学の時間帯と同じなのか、何度も、顔を合わせていた中学生だったのです。

「あー!」と戸惑う私に、彼女の方も「すみません、ここまで押しかけちゃって」と頭を下げるのですが、鈍感極まる私もようやく「朝の!」と気づくわけです。

彼女は毎朝すれ違うだけでなく、野球の試合の応援で弟を応援に来て、コーチ役の俺もスタンドで応援してる彼女の顔を覚えていました。

それなのに。

朝の通勤時にすれ違うときに気づかなかったのは、私の勝手な思い込みです。スタンドで応援する彼女が、グラウンドから離れて遠くだったということもありますが。

スタンドの彼女はバカ男子中学生のお姉さんで、いつも底抜けに明るい笑顔を見せていました。

そして、通勤時にすれ違う彼女も、やはり最高の笑顔を見せて挨拶してくれていたのですが…。

俺だけに挨拶するなら「知り合いだったか?」と思い出そうともしますが、すれ違う誰にでも明るくハキハキと挨拶するのです。

今どき珍しい、どころか、そんな朗らかな少女はどんな時代でも稀有な存在です。

そして、スタンドの彼女と通勤時の彼女、誰かに見せたいような素晴らしい笑顔はまったく同じでしたが、グラウンドから見上げると見えていないことがありました。

左膝から下が義足なのです。

中学1年のとき、テニスの部活帰りに交通事故にあったそうです。

それなのに、どうしてあんな笑顔を振りまけるのか、俺ごときが知る由もありません。

彼女のご両親、そして弟はあの笑顔にどれほど救われたことでしょう。

そんな彼女が、勉強を教えて欲しいとやって来たのです。

弟が嫌がっていた理由はその日のうちに分かりました。

バカな弟と全く違って、お姉ちゃんの方は俺のバカ野球塾なんかに来るような高校生ではなかったのです。

高校も地域一の公立校で、俺が受験生の頃ならまだしも、今の俺なんかが教えることなどほとんど何も無い、教えられないレベルの子でした。

私の付き合いのある、数だけは多い友人知人らの中でも、学問に対する感性はちょっと抜けていました。

しかも、塾にも予備校にも通ってないというのです。

弟の話だと学校でも「このまま普通にやってけば、普通に東大に行ける」と先生からもお墨付きをもらっているそう。

彼女に英語と数学を教えて、しどろもどろになった俺は彼女の帰り際に「ごめんな、さすがに自分より賢い子は教えられんわ」と言うと、彼女は悲しそうな顔をして「もう来たらダメ?」と聞いて来るのです。

そして彼女は言った。

「東大の医学部に行きたい」。

なるほど、それなら少しだけアクセルを踏み込まないと行けないかもしれない、なんていっても高校2年の春時点で模試判定はB。完全に射程圏内です。

こんなに賢い子なら2年後の入試は楽勝だろうと思っていました。

実際には東大医学部以上の大物をぶっ倒すのですが。

そんな彼女が一時帰国した2月、夜中に連絡を受けて少し遅いバレンタインチョコをいただきました。

お酒も飲むようになった彼女と、日本語がカタコトな彼女の友達と、英語がカタコトな私は朝までとりとめのない話に笑い合うのでした。

彼女は40近くも年下ですが、私みたいな怠け者の酔っぱらいからすると尊敬しかありません。

私の酒飲み友達は99.9%がどうしょうもない大馬鹿者ですが、彼女は非常に珍しい残り0.1%の人間。

いつまで連絡をくれて、友達でいてくれるのか非常に怪しいのですが楽しい徹夜でした。

とはいえ、遥かに年下ですごいヤツと酒を酌み交わすのは年に一回くらいで良いかな…。