ファイティング原田を超える日本史上最高のボクサー。

そう語られる選手は間歇的にわいてきました。

具志堅用高、辰吉丈一郎、西岡利晃、井上尚弥…。長谷川穂積もそんな〝日本史上最高ボクサー〟の一人でした。

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【そもそもバンタム級でも誰に勝ったのか?】


長谷川穂積は1999年11月プロデビューからの5戦は3勝2敗でしたが、2003年5月にジェス・マーカをSDで競り落として東洋太平洋、2005年4月にウィラポン・ナコンルンプロモーションを破ってWBCバンタム級のストラップを獲得。

WBC御用達のランカーを次々と倒して10連続防衛を果たすも、当時はネット社会も成熟「強い相手には勝っていない」という批判がつきまとっていました。

日本王者サーシャ・バクティンとの試合を「面白い試合にならない」と回避、防衛を重ねて自信を深める中で山下正人会長が「サーシャとやろ!やったらええんやろ」と 苛立つこともありました。

また、山下会長は「WBCには恩義がある」という余計なことまで口にすることが多く、長谷川がどこまで強いのかは誰にもわかりませんでした。

リング誌はマニー・パッキャオに憧れる長谷川を「ジャパニーズ・パッキャオ」と紹介、Best Fighters in the World(年間PFP100傑)で最高位12位に付ける一方で、ルシアン・ブテらとともに「本当に強いのかわからない未知の強豪」にも数えられるなど、旬の強豪との対戦が欠落していたのです。

JBCが特例で認めた他団体王者との対戦は、誰に聞いても階級最弱王者と太鼓判が押されたWBOのフェルナンド・モンティエル。

2010年4月30日、モンティエルは前年に〝普通の防衛戦〟も内定していた〝いつもの雑魚〟の一人で「長谷川の楽勝」とも見られていましたが、武道館は異様な緊張感に包まれていました。

そして、リング上では福田トレーナーが「こいつは強い」とオーラに気圧され、試合中のインタビューでも長谷川本人が「過去最強」と認めてしまいます。

世界王者と複数階級制覇のハードルが劇的に下がった4-Belt Eraでなければ、間違っても3階級制覇などありえなかったモンティエルとの試合は、「3ラウンドまでは長谷川がスピードで圧倒していた」というジョー小泉は幻覚を見ていたのか、拮抗したフェイント合戦が展開。

第4ラウンド、残り10秒の拍子木をゴングと勘違いしたという長谷川はモンティエルの右ストレートから左フックのフェイントにはまってロープに後退。最弱王者のフォローに長谷川は顎を跳ね上げられ防戦一方、ここでローレンス・コールが試合を止めました。

当時のバンタム級は派手な勝利を重ねる長谷川が最強と目されていましたが、WBAのアンセルモ・モレノを推す声も少なくなく、IBFのヨニー・ペレスも地味ながらタフな実力派とみられ、WBO王者をヨレヨレで守っていたモンティエルは最弱とみられていたのは当然です。

そして、長谷川を上回る〝隠れ最強〟の評価を集めていたのが、バンタム転向を表明していたWBAジュニアバンタム級暫定王者のノニト・ドネアでした。

長谷川は再起戦でいきなりWBCフェザー級王者決定戦に出場、ファン・カルロス・ブルゴスを下して2階級制覇。しかし、「おいしい相手」と自信満々でジョニー・ゴンザレスを迎えた初防衛戦では4ラウンドで粉砕されてしまいます。実際のオッズも3−1と、西岡利晃にも逆転KO負けを喰らい、とにかく勝負弱くザルディフェンスのジョニゴンになら勝てると期待されていました。

この頃には、リング誌が「過大評価の典型」「グラスジョー」と長谷川の株は暴落。

その後、3階級制覇を狙って穴王者とみられていたIBFジュニアフェザー級王者キコ・マルチネスに挑戦するも7ラウンドで破壊されてしまいます。

ジョニゴン、キコよりも穴王者…そんなのいないと思われましたが、いたのです。亀田興毅に完敗しているWBAジュニアフェザー級王者ウーゴ・ルイスとのボーナスマッチで一進一退の攻防の末に9ラウンドストップ勝ち。〝感動の〟3階級制覇を果たしました。

バンタム級で10度防衛した長谷川でしたが、フェザーとジュニアフェザーでは一度も防衛できず。

ジャパニーズパッキャオと何だったのか?

階級の壁に残酷なまでに跳ね返されただけでなく、そもそもバンタム級でも強かったのでしょうか?

少なくとも…日本の多くのファンが信じていたバンタム最強が、全くの幻想だったことは間違いありません。