続きです。

「HOW TO BOXING〜渡辺二郎のボクシング講座」第21回の「ウェートコントロール②」(1990年11月号)。 

渡辺二郎は「かつてファイティング原田さんやガッツ石松さんは20㎏近い減量を経験したと聞いている」「私は試合と試合の間でも常に58㎏をこれないようにコントロールしていたが、それでも6㎏近い減量をしなければならなかった」と書き、それが「海外の選手から見ると行き過ぎた数字になるらしい」と日本(アジア)の常識的な減量が世界的には非常識だと指摘しています。

現在の井上尚弥はもはや手遅れですが、スタートがプロテストを受けたジュニアフェザーであったなら、もしかしたら日本のボクシングファンは「本物のラスベガス」を見ることができたかもしれません。

日本の常識は「より弱い相手と戦うために減量する。それをしないのは損」というセコい考えです。井上のデビューでも「ジュニアフライまで無理やりでも落とせるなら、そこで最初の世界を狙おう」「井岡一翔の最短記録を更新しよう」という目先の動機でした。

信者の方でも、これは受け入れることができるでしょう。

「井上はスタート階級を誤った」ということを。

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渡辺は米国を主戦場にするスター選手を例に「日本人は自分も含めて減量しすぎだ」と警告しています。

「身長166㎝が公称のヘクター・カマチョは実際には163㎝しかないのにジュニアライト(58.9㎏)〜ジュニアウェルター級(61.2㎏)で戦っている」「フリオ・セサール・チャベスは167㎝、メルドリック・テーラーは165㎝」。

トーマス・ハーンズやマニー・パッキャオは増量して栄光の階級を目指しました。

カマチョやチャベス、テーラーは日本ならフライ級の型に押し込まれていても不思議ではありません。

実際に井上は、ジュニアフライのカナ型に無理やり押し込められてしまいました。

身長165㎝の井上は最初から骨格・フレームが脆弱に瘦せ細っていたのではありません。痩せ細ってしまうような、過酷な減量に身を投じ続けて、こうなってしまったのです。

それでも、本人が最近語っているように「階級を上げて潰されるようなら意味がない」と、基本的に「より弱い相手を求める」姿勢を崩していません。

彼はかつて憧憬した「パッキャオが見た風景」など、本気で見ようとはしてなかったのでしょう。

冒険的な試合を続けるカネロ・アルバレスに関心がないのも、ドーピング云々の問題ではなく、とにかく冒険に対して全く興味がないのです。

このまま、メジャーでは相手にされない超マイナー階級で石橋を叩きながらキャリアを終える、それでも「上げて潰されるよりはマシ」と、何がなんでも絶対に冒険はしないという考えです。

それは、ウンベルト・ゴンザレスの挑発や、ファンの「(米国で)一度もメインを張れないばかりか、女子ボクサーの前座」という侮蔑にも全く動揺せずに、狭くて小さい自分の部屋に引きこもったリカルド・ロペスと同じ哲学です。

皮肉でもなんでもなく、サラリーマンの私にとって、井上やロペスの考え方には圧倒的共感を覚えます。

もちろん、パッキャオやハーンズに抱くのは尊敬で、井上やロペスに対しては共感ですが…。