いきなり変態な話ですが、アラフィフ既婚者の私ですが、近所に小学生のガールフレンドがいます。

びっくりするくらい感受性の強い女の子です。頭の回転もびっくりするくらい早いのに、彼女の祖母以外は、誰もそれに気づいていません。
IMG_7199

先月のある休日に、彼女が「花壇係の子からランドセルに泥入れられた」と、困った顔してやって来ました。

よくあることで、ずっと前から「先生に言っても、私の味方してくれない」ということでした。

「おばあちゃんには言ったのか?」と聞くと、彼女は「心配するから言ってない」と悲しそうに下を向きました。

私が彼女を大好きなのは、みんなが思ってるのとは次元が違う深い内面を持っているからだけじゃなく、そんな話をするときも絶対泣かないことでした。

何度か「子どもは泣いて大きくなるみたいだから、泣いてもいいんだよ」みたいなことを言いましたが、彼女の答えがシビれるんです。

「泣いてる、泣いてる、いーっぱい泣いてる。でもパー(俺はパパにはなれないけど半分くらいはなってやる、ということでパーと呼んでもらってます)やおばあちゃんに泣いてるの見られたくないから、見られてないところでいっぱい泣いてるの」。

「そんな寂しいこと言うなよ、パーの前で思いっきり泣いてくれよ」と笑っても、キッとした顔で「パーは面白いこといっぱい教えてくれるオモシロジンで、泣くのはフトンジン」と言うのです。

夜寝る布団の中で、そこで泣いて、その涙を受け止めてくれるのが「布団人」ということですが、私は「パーもフトンジンになれるぞ」とリクエストすると、「ダメ、だってフトンジンはしゃべらないからフトンジンなんだから。ベラベラしゃべるのはフトンジンじゃない」と、可愛い大きな目で却下されると、この子を頭が悪いとか決めつける学校や社会への怒りが、改めてフツフツと湧いてくるのでした。

その花壇係のバカが、俺の大好きな彼女のランドセルに入れた土を川に流そうと2人で川べりまで行って、いざ投げようとすると、彼女が「BB弾がある!」というのです。

オモチャの鉄砲の弾だと、彼女が勘違いしたのは何かの種でした。

その種を取り出し、線路沿いの狭い土手に埋めました。

私に知識があれば良かったのですが、何の種かはわかりません。

それでも「来年になったら芽が出て花が咲いて、ここに大きな木が育ってるかもしれん!」という、いい加減な予言に、彼女は目を輝かせて喜んでくれたのでした。

そして、いい加減な預言者は自分の言ったことも忘れてました。

先日、夕暮れ時に彼女は「メ(芽)!ハナ(花)!キ(木)!」と「抱っこ!おんぶ!肩車!」みたいに襲撃してきたのです。

私は「まだ芽も出てないし花も咲いてないと思うぞ(大きな木になる前に鉄道会社に伐採されとるわ)」と思いつつも、こいつよく覚えてるなあ、感心しながらその場所に行ってみると…。

アサガオがしっかり咲いてました。

あれはアサガオの種だったのか。

アサガオ、日暮れどきでも咲くんですね。

不覚にもなぜだかわかりませんが、ボロボロ涙が出てきてしまい、きっと彼女も泣いてると思いましたが…。

アサガオを微笑みながら見ていた彼女は、私が泣いてるのに気づいて「パー、フトンジンいないとこで泣いちゃダメ!」と顔面に抱きついてきてくれました。

なぜか、どういうわけか涙は止まらなくて、彼女は「嫌なことなかったか?嫌なことがあったら言ってみ」と、私がいつも彼女に語りかけてたセリフをイントネーションまで正確にリピートしてみせるのでした。

どこまでも馬鹿脳の私でも、さすがにもう気づきました。

彼女を知らない先生や同級生は彼女をさげずさんだりしますが、彼女をよく知ってる仲間の子らは彼女への尊敬をはっきり示していました。

私は「彼女の力になりたい」なんて偉そうなこと、思ってましたが、逆、だったんです。

おこがましいことに。 

しかし、それにしてもアサガオは日暮れどきが一番美しいだなんて、この年になってやっと気づきました。