先週のWBAライトヘビー級タイトルマッチ。

大方の予想では、序盤は王者デミトリー・ビボルのボクシングに苦労しても、カネロ・アルバレス が終盤に捕まえてストップする、と見られていました。

ビボル勝利を予想する専門化はほとんど見当たらず、リング誌では20人のうち19人がカネロ勝利、残る1人は「勝負事だからわからない」というものでした。

オッズこそ4-1〜5-1だったものの、戦前の空気は19-0か、それ以上にカネロ有利で充満していたのです。

試合展開と勝敗は、まさかの大番狂わせ。

予想通りだったのは、理不尽なまでに接近した公式ジャッジの採点だけだったというオマケ付き。

「カネロがブロックの上から叩いてくるのは予想通り。ただ、こっちはその打ち終わりに顔面にパンチをお返しした。腕を叩かせる代わりに顔面を殴らせてもらう、私にとって都合の良い取り引きだったよ」。

ビボルの言葉通りですが、ガードの上からでもお構いなしにパンチを叩きつけるのはカネロの常套手段です。

これまでの対戦相手は、どうしてそれが出来ずに惨敗を繰り返してしまったのでしょうか?
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多くのメディアが指摘しているのは〝魔法のガウン〟。

Most Alvarez foes appear defeated before they even step through the ropes, 

つまり、カネロの対戦相手の多くは、ローブをくぐってリングに上がる前から、萎縮して負けていた、という見立てです。

カネロの特徴は「クロスレンジを得意とするカウンターパンチャー」。

スーパーミドル級やライトヘビー級の体格でまさるボクサーが取るべき対策は「ジャブで距離を取り、カウンターのチャンスを与えないこと」と考えられていました。

これは、大筋で間違っていません。

ジャブで距離を取るのは、ゲンナジー・ゴロフキン(第2戦)やセルゲイ・コバレフが一定の成果をあげました。

カウンターのチャンスを与えないために、不用意にパンチをまとめることは禁物ですが、不用意でなければパンチを繋ぐべきです。

ビボルがカネロ対策で非常に参考になったと挙げたのは、カラム・スミス戦。

スミスは長いジャブでオープニングラウンドを制しましたが、その後はガードの上を叩かれ続けて、腕を破壊され大差判定負けを喫してしまいました。

ブロックの上を叩かれて、どうしてパンチを返さなかったのか?と聞かれたスミスは「予想以上に強烈だったのと、カウンターを狙っているのがわかったから」と答えながら「ただ、それも見据えてのカネロの作戦だったと思う」と悔しがりました。

今まで誰も反撃してこなかったカネロのガードの上からの容赦ない連打、ビボルはそのうち終わりをことごとく見極め逆襲して見せました。

第5ラウンド、ビボルがカネロをロープに詰めて連打した場面は象徴的でした。

カネロのカウンターを恐れているだけでは、足を踏み入れることも出来ない一線を、ビボルは易々と越えたのです。

その一線を越えるのは、ビボルだから出来たのか?

もちろん、ビボルの技術とフィジカルの強さ、そして何よりも強固な自信に裏付けられた勇気があってこその勝利でした。

しかし、これからカネロと対戦するボクサーには、ビボルほどの勇気は要りません。

ビボルより技術はなくとも、パワーでも大きく上回るアルツール・ベテルビエフなら、カネロはもっと決定的なピンチに追い込まれていたかもしれません。

また、初めて露呈したフィジカルの弱さは、戦前語られていたオレクサンダー・ウシクとのヘビー級戦など論外であることもはっきり分かりました。

カネロが魔法のガウンをはだけさせられたのは、間違いありません。

無敵と思われたファイターが、弱点を晒け出して破竹の快進撃を止められました。

近代ボクシングの歴史を紐解くと、150年に及ぶ時間の中で無敵と信じられたボクサーが何人も現れては敗れてゆきました。

無敵のボクサーなんて、存在しないのです。

そして肉体的にも精神的にも打ちひしがれた元・無敵のボクサーは、これまでとは違い、萎縮することなく立ち向かってくる相手と戦わなければならないのです。

ソニー・リストン、モハメド・アリ、ジョージ・フォアマン、トーマス・ハーンズ、ドナルド・カリー、マイク・タイソン、ロイ・ジョーンズJr.、マニー・パッキャオ…。

彼らはどう立ち上がったのか、それとも立ち上がることが出来なかったのか?

そして、カネロは?

魔法のガウンを脱ぎ捨てても、なお戦い続けた無敵のファイターを振り返ります。