土曜日、早朝の電車は空いていますが、休日出勤は気が滅入ります。

銀座のロシアンショップ。↓彼らに嫌がらせするバカの思考には軽蔑しかありません。バカは罪です。
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ノーベル賞作家で好んで読む(歌う・聞く)のはボブ・ディランとこの人くらいです。


ロシアがウクライナでやろうとしていること、80年代にアメリカがチリでやったことに変わりはありません。 

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2020年11月に勃発したエチオピア紛争。ベルギーの研究チームによる試算によると、これまでの1年半で50万人以上が命を落としています。

数千人が亡くなったに過ぎないロシアによるウクライナ侵略、たった3人の犠牲者を出した東北の地震と比べると、何百倍もの人が殺されていても、テレビでの放送時間や、新聞紙上での記事面積は無きに等しい有様です。

人間の命は平等ではありません。

エチオピア紛争でケネニサ・ベケレが銃を取って戦うとなれば、心を動かされてしまいます。

もし、ビタリ・クリチコがキエフ市長ではなく、ワシル・ロマチェンコやオレクサンダー・ウシクらがウクライナ人でなければ、あの戦争は対岸の火事です。大使館を通じた寄付もしなかったでしょう。



同じ国でも、日本人と朝鮮学校の子供では処遇が全く違います。同じ国の中でも「対岸」は存在します。

中高生時代の私は「チョン中は怖い」と恐れながらも、明らかに勝てると踏んだ相手が絡んで来たら〝降りかかる火の粉〟を払い、そうでなければ逃げました。

彼らの中に渦巻く「怒り」や「悲しみ」や「諦め」を、私たちには理解することは出来ません。「対岸」を渡って、向こう側に行くことなんて絶対に出来ないのですから。



先日、ゼレンスキーは米議会でオンライン演説を行い、今回のロシアの蛮行と並ぶ許しがたい侵略行為として、9・11と真珠湾攻撃が引き合いに出しました。

世界的には「日本は宣戦布告せずにハワイを不意打ちし、正義の米国は原爆投下によって戦争の長期化・より深刻な犠牲を防いだ」というのが圧倒的・絶対的な認識です。

歴史なんて学校教育です。日本では「あれは自衛の戦争で、欧米の侵略から大東亜共栄圏を守る戦い」と信じる人も珍しくありません。「戦争は外交の一つの段階」という考え方も、彼らの言い分です。

歴史は、事実(時には事実でないことも珍しくありません)を都合よく編集した学校教育によって刷り込まれた幻覚です。真実ではありません。

「台湾は親日」というのも、ある面で嘘です。現地で仕事したら、すぐにわかります。旧跡などのプレートで黒塗りされている部分は、日本の悪行を説明した箇所です。彼らが親日である一番の理由は「敵の敵は味方」という理屈です。

「ロシアと中国が親密」なんてのは「敵の敵は味方」の典型です。



プーチンは「ソ連解体を米英を中心とした西側によるロシア分割」と信じ込んでいます。そんな単純な力学だけで、あれほどの大国は倒れません。

そして、彼が目指すのは「同胞神話に基づくロシア国家再統一」です。

「大ロシア人」と「小ロシア人(ウクライナ)」「白ロシア人(ベラルーシ)」は同胞、というのは大東亜共栄圏と実に似た考え方です。

しかし、キエフ大公国がギリシャ正教を国教にし、ロシアの宗教と文化の礎になった事実を考えると、大東亜共栄圏ほど突拍子もない発想ではありません。


「戦争は外交の一形態」などというのは、あからさますぎる詭弁。「戦争は外交の破綻」であることは小学生にだってわかります。



私が「対岸」を最初に意識したのは、朝鮮学校との試合でした。野球は普通にヤジが飛ぶ、おそらく最も下品なスポーツでしょうが、ヤジだけでなくビーンボールを投げる、死球で出塁すると牽制球も投げてないのに一塁手が空のグローブで足や腰を叩いてくる、二塁手や遊撃手は走路にあからさまに立ち塞がる、もはやスポーツをやる気がないクソ集団でした。

高校になって、ひょんなことから、中学時代に〝戦った〟朝鮮学校のヤツの家族が経営する焼肉屋に行くという、いま思えば貴重で楽しい経験も出来ました。いろんな話が出来ました。それでも、想像するのが精一杯で、分かり合えるのは難しいと実感したのも確かなことでした。

ただ、本当の意味で分かり合えなくても、彼らがどんな思いをしながら育ってきたか、想像は出来ました。最悪なのは、想像もできないことです。

相手の立場を想像し合うことができれば、分かり合えなくても友達になれます。

大学に入ると、欧米を中心に数人の留学生とも友達になりましたが、彼らも彼らの国で事実を編集された学校教育を受けていました。それは「真珠湾」は許しがたい「テロ行為」、「原爆」は戦争を早期終結させた「正義」という単純な等式で成り立った、事実を編集した歴史教育です。

日本の大学に留学してきた友達は極めて親日的という分かりきってたことが、社会人になって海外や外国人と仕事をすると衝撃的すぎるほど改めて思い知らされました。

相手にとっては、こっちが「対岸」です。


私たちが受け入れなければいけないのは、70年前の戦勝国による事実を編集した歴史が、現代の正史であるということです。

もちろん、話し合いによって私たちの考えを伝えることはできますが、彼らが日本に譲歩すること、本当に分かり合えることはありません。



立場を入れ替える方法は、たった一つだけあります。もう一回戦争して、今度は勝つことです。武力による現状変更しかありません。

そして、戦勝国も、私たち敗戦国も絶対に受け入れたり許したりしてはいけないのが、武力による現状変更です。



そんなことを言っても、朝鮮半島やベトナム、アフガニスタン、イラク、シリア、ウクライナ…常任理事国以外の国土を戦火に燃やしながら武力による現状変更が止むことはありません。しかも全部が全部、代理戦争です。

ニューヨークとモスクワのホーム&アウエーでやってくれたら、それこそ「対岸の火事」を見物させていただくところですが、奴らはどこまでも卑怯者です。

 
ウクライナのゼレンスキー大統領が、23日に日本の国会でオンライン演説を行います。もし、米国議会と同じように「真珠湾」を語ったら大したものですが、彼は政治家です。

日本からも「あんた、アメリカで真珠湾と9・11を並べてたな」なんてふっかける必要もありません。



「対岸」の声を聞いて、どこまで想像力を働かせることができるか。


どんなに偉そうなことを言っても、人間なんて半径2、3mくらいのことしか興味がありません。

この大きな地球で半径2、3m。他は全部対岸です。

エチオピアで50万人死のうが、私にとってはスマホのテレビ電話で「京大、落ちた」と泣き出す40歳近くも年下の友達の涙の方に心が揺れてしまいます。

丸腰でロシアの攻撃に曝されているウクライナの子供たちよりも、キエフの堅牢な市庁舎で戦っているクリチコ兄弟の身を、私は案じてしまいます。

ウクライナやエチオピアだけじゃなく、今日も世界中で数え切れない大勢の人が残酷に殺されるでしょう。

しかし、私の興味は今夜ゴングが鳴る矢吹正道と寺地拳四朗のリマッチです。

そして、対岸の火事をテレビで見ながら、お酒を飲んで「早く戦争が終わればいいね」と家族と話して酔っ払うのです。