ヘクター・カマチョ

1962年5月24日、プエルトリコはバヤモン生まれ。2012年11月24日、50歳でその生涯を閉じました。

メキシコ、米国、英国、キューバ、日本…プエルトリコよりも素晴らしいボクサーを数多く輩出する国はいくつもあります。

しかし、この小さな島から生まれるボクサーの濃密すぎる個性は、他のどの国にもない種類のものです。

カルロス・オルチス、ウェルフレド・ベニテス、ウィルフレド・ゴメス、カルロス・デ・レオン、ウィルフレド・バスケス、エドウィン・ロサリオ、フェリックス・トリニダード、イバン・カルデロン、ミゲール・コット…。

そして、ヘクター・カマチョ。

79勝38KO6敗3分。6つの黒星はいずれも判定負け。88戦のキャリアでノックアウトされることもストップされることも、ついに一度もありませんでした。
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▶︎▶︎▶︎2012年11月20日、サンファン郊外のバー「アズキータ」の駐車場でフォード・マスタングに座っていたマッチョ・カマチョと友人のアドリアン・モヒカ・モレノが銃撃を受け、モレノは即死。カマチョのポケットにはコカインの袋がいくつも詰まっていました。

カマチョも頭部に被弾、脳死状態に。

24日、家族の同意のもと、生命維持装置が外されます。
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あれから10年が経とうとしていた2022年3月10日、カマチョ殺人の容疑で5人が起訴されました。

3人の容疑者はウィリアム・ロドリゲス・ロドリゲス、ルイス・アヤラ・ガルシア、ジョシュア・メンデス・ロメロとされ、80万ドルの保釈金で勾留されています。

この3人は別件の罪で連邦刑務所に服役中で、フロリダからプエルトリコへ移送されました。

4人目の容疑者はヘスス・ナランホ・アドルノで30万ドル、5人目はファン・フィゲロア・リベラ で100万ドルの保釈金で拘束されています。

彼らの弁護士は「今は何も話せない」とコメントを拒否。
 
プエルトリコの警察は"Operation Knockout." (KO大作戦)と名付けて、母国の英雄を殺した犯人を懸命に追いかけていました。

司法省の組織犯罪・麻薬部門を監督するジャネット・パラ検察官は「英雄が殺されたというのに、私たちは黙って腕を組んだままではいられなかった」と5人を厳しく追及することを誓っています。

検察を監督するジェシカ・コレアは、「逮捕に満足している」と語り「この事件は、島を揺るがした。私たちのスーパースターが殺されたのだから」と怒りもにじませます。
 
容疑者が起訴されたと報告を受けたカマチョの年老いた母親は、プエルトリコの司法省を訪れると右拳を振り上げて「必ず正義は証明される!」と声を荒げました。

カマチョの親友である元プエルトリコ人ボクサー、ビクトル・カジェハスは「彼を知らない人は誤解しているかもしれないが、誰かに恨まれるような人間では絶対になかった。いつも周囲の人を人を笑わせようとしていた。とにかく人気者だった」と、今もカマチョを追悼しています。
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カマチョの葬儀は、プエルトリコにとって彼がどういう存在だったのかを、私たちに思い知らせてくれました。

間違いなく〝国葬〟でした。

日本のボクシングファンでも、知らない人はいない世界的なスーパースターでした。

彼の前にも後にも、派手なパフォーマンスを見せるボクサーはいました。しかし〝マッチョマン〟カマチョの色気溢れる艶やかさは、他の誰にも真似できるものではありません。

唯一無二のエンターテイナーでした。

それにしても。10年間、地元警察は犯人を追いかけていたのです。

「英雄が殺されて黙って見過ごすほど、私たちはバカじゃない」(ジャネット・パラ)という言葉に、彼らの真っ直ぐな執念を見る思いでした。

彼女にとってもカマチョは、かけがえのないアイドルだったのかも知れません。