賢い奴はアホに惹きつけられるが、アホは賢い奴に惹きつけられない。

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受験シーズンが終わりに近づいています。

私の子供たちはみんな卒業して社会人になりましたが、これから子供が受験を迎える友人や知人も少なくありません。

30年以上も前、高校2年まで私は進学するつもりなんて全くありませんでした。そもそも、学校の成績は劣悪でしたから、まともな大学に行けるわけもありませんでした。

それでも、陸上部の尊敬できる先輩から「すぐに社会に出て働くなんてタルいやん?とりあえず大学行って遊んでもええんちゃうん」という感じで進められ、受験することになりました。

それでも、受験勉強をすればするほど、なんてくだらない作業だろうか、という思いがフツフツと湧き上がってきていました。

例えば、陸上や野球は一生好きだし、プレーヤーでありたい、この深淵な世界をどこまで潜れるか、何歳になっても考える価値があると思いました。実際、今でもそうです。

しかし、受験勉強なんて底が浅すぎて、こんなくだらないことは高高3年の数ヶ月で金輪際オサラバと唾棄していました。

その考えは「受験しろ」と進めた先輩も「受験なんてくだらない」という点では同じ考え方で「大人が作ったバカシステムは利用したらええねん。大手予備校の模試でええ点取ったら結構なカネになるやろ」と、予備校が「成績優秀者」という名目で「事前」的に受験料を負担、合格したら「早慶上智5万」「同志社法3万」「関学経済2万」。

関西在住の私にとっては「立教明治法政2万」は交通費・宿泊費負担してくれないと「ビジネスにならない」とメイウェザー的マネーな世界でした。
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当時、先輩も俺もアホでした。いや…今でもアホです、間違いなく。いや、今の方がもっとアホです…。

しかし、当時も本当にアホでした。

「予備校に利用されている」のは気づいていても「受験勉強が出来る特権の恩恵にあずかっているだけ」と、「得してる」と勘違いしていたのです。

典型的なアホです。

結局、予備校に利用されて、私たちが無鉄砲に受験してなければ受かっていた受験生を意味なく不合格にしていたかもしれないのです。

その先輩に「同級生が関学に落ちたと聞かされて、ちょっと罪の意識だ」と言うと、先輩はすぐに「私はお前より1年前にわかってたのに、申し訳ない」と、頭を下げました。

もちろん、私の合格が同級生を不合格にした直接原因ではないかもしれませんが、行く気もない大学の学部をカネ目的(というか幼稚に面白がってただけです)でいくつも受験した罪の意識ははっきりありました。

私にとって先輩は女神のような存在でしたが、この一件でなんとなく、気まずくなって、ずっと距離が離れてしまっていました。

そんな過去から、受験は「くだらない」はもちろん「罪の意識」までふりかけられた苦い記憶でした。今もそうですが。

ところが、30年も経って、自分の子供と同じ年代の受験生の知り合いが出来るようになると、「くだらない」は「東大の問題には哲学がある」「関学はしっかりした良問」と、「世界王者はみんな強い」「世界ランカーに雑魚はいない」みたいな優等生発言を吐いてしまうのでした。

あ、「東大の問題には哲学がある」「関学はしっかりした良問」は本当ですが「世界王者はみんな強い」「世界ランカーに雑魚はいない」はありえません。

今でも、子供達の前で「受験なんてくだらない」と口にしがちですが、それはいろんな子供達、親御さん、全員に言うことではないんですね、当たり前ですが。





「賢い奴はアホに惹きつけられるが、アホは賢い奴に惹きつけられない」ってタイトルつけて、書き始めたのですが、もはや滅茶苦茶でんがな。

さっきまで、私の中で学生時代から区分けしている「賢いフリしたがる輩」とオンラインで悪酔い、そこでグツグツ煮えたウクライナへの思いを書こうとしてたのですが…。

コロナ前でも後でも、飲み会なんかに誘ってくるのはほぼ100%「賢いフリした輩」から。私から声をかけたことは一度もありません。
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「賢い奴はアホに惹きつけられるが、アホは賢い奴に惹きつけられない。」とはそういう意味だったのですが、深酔いしてくると、夕方にすすった「カウンターアタック」のラーメン、またすすりたい。

9時10時で真っ暗闇になる町なんて、町じゃないからな!

コロナはわかった。もう聞き飽きたわ。

おい!岸田!

おい!小池!

いつまでもふざけるなよ 。