【NHK】国際スケート連盟(ISU)は、フィギュアスケートについて、五輪などのシニアの大会に出場できる年齢の制限を、現在の15歳から17歳に引き上げるよう、6月に行われる総会に提案する方針を示しました。

北京五輪で15歳のカミラ・ワリエワ選手から、去年12月のドーピング検査で禁止物質の陽性反応が出ましたが、スポーツ仲裁裁判所(CAS)は16歳未満の「要保護者」にあたることなどを考慮して、残りの種目に出場することを認めました。
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 スポーツは、体格や年齢による〝先鋭化〟が進んでいます。

フィギュアスケートや高難度のジャンプが求められる採点競技は、成長途中で体が軽く柔らかい選手が有利とされています。

特に女子フィギュアの場合は、その傾向が顕著です。

例えば、様々な運動能力が高い次元で結集された大谷翔平でも、フィギュアやスノーボードでは大成しなかった可能性が高いと思われます。 

多くのスポーツで有利に働く大きな肉体と体重は、体操系のアクロバットには向きません。

野球における長距離打者や、バスケットボール、ラグビー、アメフト、ヘビー級のボクサー、相撲力士…大きな体格が有利になるスポーツでは、身体を作るそれなりの歳月も必要です。

一方で、特に女子フィギュア選手は肉体だけでなく、精神も成長途中のまま、国家やIOC、スポンサー企業の思惑が錯綜する世界に放り投げられてきました。

少女たちはドーピングは論外までも、過酷な食事制限などから引き起こされる拒食症や、燃え尽き症候群などの精神不安定…多くの危険にあまりにも無防備です。

「成人未満の身体的特徴が優位」ということは「成人してしまうと不利」ということに他なりません。

その競技の奥深さに感応して、懸命に努力しても成長途中に当たり前だったパフォーマンスが出来ない…。

これは、スポーツの世界では最大の悲劇だと思います。

平昌2018に、やはり15歳で出場し、金メダルを獲得したアリーナ・ザギトワも引退宣言こそしていませんが、2019年12月に活動休止を発表、第一線から退いています。

ザギトワがカムバック、2026年のミラノ・コルティナ五輪で感動的な女王復帰を果たす…多くの人にとってそれが不可能に思えるのは、やはりこの競技の特性でしょう。

23歳のザギトワは、15歳のザギトワではないのです。



この「17歳引き上げ」は、ほとんど決定事項といわれています。もし、そうであるなら本当に強い「17歳未満」の才能が五輪に出場できないという新たな不条理が生み出されることになります。

とはいえ、浅田真央が「五輪前年の6月30日までに15歳」という年齢制限に87日足りずに、トリノ五輪出場を阻まれたように、現状の「15歳」でも同じ問題が横たわってきました。

今回は、16歳以下の protected person(保護対象者)は厄介な問題が発生しやすいから「保護の必要の無い17歳に引き上げちゃえ」ということでしょうが、いかにも狡い大人が考えそうなことで、あまりにも短絡的すぎます。


本当にスポーツなら、本当に世界一を決める舞台なら、年齢制限も保護対象者も撤廃すべきなのです。

そして、そのことを全てのアスリートがわきまえて自己責任のもとで世界最強を決める場所に集うべきなのです。

それが、スポーツの原理原則です。

しかし、この問題の根源は「成長途中の身体が軽く柔らかい選手が有利」という性格を、女子フィギュアが宿命的に内包しているという一点に行き着きます。

「成長途中の身体が軽く柔らかい選手が有利」。そんな刹那のスポーツに、五輪などの大舞台が必要でしょうか?

もちろん、あらゆるスポーツは〝刹那〟であり、だからこそ見る人を感動させる。それも、また真実です。


「成長途中の身体が軽く柔らかい少女」は本来ならば、保護すべき対象です。

しかし、彼女たちを締め出すと、五輪や世界選手権は世界最強決定戦ではなくなる…あまりにも悩ましい問題で、答えは見つかりません。

ただ、一つ確かなことは「成長途中の少女」が、大人の都合で傷つけられるようなことは、絶対にあってはいけないということです。