先日、放送された「X後の関係者たち〜月刊ムーの同窓会」(BS−TBS)で超能力や未確認生物、UFO、宇宙人などが流行るのは、豊かになって心の余裕が生まれた70代から始まったという仮説が提示されていました。

ちょうど50年前の1972年2月19日から2月28日に起きた「あさま山荘事件」、それに先立つ70年3月31日に民間機をハイジャックして〝地上の楽園〟北朝鮮に亡命した「よど号ハイジャック事件」で、このディケイドの幕が開けました。

70年は大阪万博開催と、三島由紀夫の割腹自殺。

そしてオイルショックの1973年、少年マガジン5月13日号で「あしたのジョー」の連載が最終回。

この年は、すでにこの世にいなかったブルース・リー主演の「Enter the Dragon(燃えよドラゴン)」が世界的な大ヒットを記録。シュガー・レイ・レナードからマニー・パッキャオまで、ボクサーにも時代を超えて多大な影響を与え続けています。

75年、サイゴン陥落。アメリカが初めて戦争で負けました。76年にはロッキード事件、中卒の英雄・田中角栄が極悪人に貶められてしまいました。

1977年には日本赤軍によるダッカ日航機ハイジャック事件。

79年に「月刊ムー」が創刊されます。

今も続くオカルトやミステリーのムーブメントは、心の余裕に入り込んでくる虚構です。

宇宙人は、広い宇宙のどこかにいるかもしれません。共産主義は机上では理想の社会システムです。

実際に極端な共産主義は論外にしても、日本を緩やかな社会主義国家と規定してもあながち間違いではないでしょう。

そして、1973年に米国が周到な工作によって、チリのアジェンデ政権を転覆させた事実などは、ロシアのウクライナ侵略以上の悪行です。

先鋭化した共産主義と、先鋭化した資本主義、どちらも市民にとっては危険極まりないものに違いありません。

何れにしても、彼らのオカルト、彼らの共産主義は妄想と言葉だけで先走る虚構に過ぎません。
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80年代に中学〜高校〜大学と過ごした私にとってはユリ・ゲラーやネッシー、UFO、宇宙人は友達との間でも話題になる身近な話題でした。

70年代のオカルト色を濃く反映した「イナズマン」(石ノ森章太郎:週刊少年サンデー1973年34号〜1974年38号)は大好きな漫画の一つで、80年代にコミックスを手にしましたが、当たり前ながら漫画としてしか読んでいませんでした。

80年代。学生運動はとっくに鎮静化し、余熱のようなものは少しだけ残っていた気がします。

高校時代、引きこもり気味だった私を目にかけてくれた先生の1人は学生運動の元闘士(自称)。

私が生に近い感覚で知った学生運動はその先生から教えてもらいました。

その他は小説「青春の門」(五木寛之)であったり、フォークソングの「いちご白書」などの〝フィクション〟であったり〝断片〟〝残骸〟でした。

私はシュプレヒコールやインターナショナルを生で聞いたことも、歌声喫茶も知りません。

オカルトにもどっぷり浸かっていたオウムには共感出来る部分はありませんでしたが、もし自分が20年早く生まれていたら、学生運動に参加していたと思います。

ただ、現実の大学時代は80年代。スポーツイラストレイテッド誌やリング誌など米国の活字媒体と、第1種接近遭遇していました。

変な匂いのする海外雑誌の薄いページから読み取ったシュガー・レイ・レナードやマービン・ハグラーの躍動は、オカルトやミステリーなどが入り込む余地のない圧倒的な現実でした。

学生運動やオウム…彼らが芽を出す温床もオカルトと同じく「豊かさからもたらされる心の余裕」だったのかもしれません。

私にも「豊かさからもたらされる心の余裕」があったはずですが、そこに入り込んできたのは「歪んだ3団体時代」と「蠱惑的な4Kingsが繰り広げる現実」を抱える米国ボクシングの深淵でした。
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…もはや戦後ではなった日本には、矢吹丈や力石徹のような戦災孤児もいなくなりました。

丈や力石には、戦わなければならない理由がありましたが、大学に通いながら革命を起こそうとする彼らは、本当は戦う必要などない恵まれた人たちでした。

もっと正確にいうと、ぬるま湯につかりながら、机上の理論を振りかざし、過激な言動を繰り返す彼らには戦う意味すらも、本当は無かったはずです。

それなのに、彼らはバリケードの中で「あしたのジョー」を貪り読み、よど号ハイジャック犯のリーダー田宮高麿は直前に執筆した「出発宣言」に「最後に確認しよう。われわれは“明日のジョー”である」と刻んだのでした。

彼らは丈に自らを重ね合わせましたが、それは驚くほど滑稽なほど暗愚な勘違いでした。

丈や力石が、受験勉強して大学に通って、徒党を組んで凶悪犯罪を犯すわけがありません。大学に通う丈や力石など見たくもありません。

学生運動に身を投げた彼らは無い物ねだりでした。だから、自分達とは真逆の矢吹丈に憧れていたのでしょう。

そう、自分達には絶対になれっこないジョーに憧れるだけでなく、ジョーになろうとした彼らは最初から大きな矛盾を抱えて破滅するしかなかったように思えてきます。
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そういえば、70年代はボクシングでWBAからWBCが分離独立が決定的になり、2人の世界王者が当たり前になった時代です。

何を信じていいのか、全くわからなくなってしまったのが70年代。

「世界王者が2人いる」という倒錯の世界を現出させたWBAやWBCも、オカルトと見なして全く差し支えないでしょう…というか、あれこそ、まさにオカルトです。

80年代になると、WBAからIBFが分離独立。世界チャンピオンは三人いるのが当たり前になります。

ここまで来ると、もはや「間違った世の中を正そう」なんて発想はわきません。「関わるのはやめよう」と離れて行くだけです。

まあ、でも、ボクシングは、団体分裂以前の元々からオカルトな存在だった気もしてきますが…。
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話はあちこち飛びまくりますが、1986年の夏、国立競技場の記録会を走った帰りがけ、すぐ近くの迎賓館に向けて迫撃砲が打ち込まれたことがありました。

市ヶ谷の赤軍派アジトから発射されたものでした。爆発物ではなくサッカーボール大の鉄球でしたが、人に当たってたら死にます。

「暇な奴が一番危ない」と憤った当時の私に、高校時代に抱いた学生運動への淡い共感はほとんど残っていませんでした。

いつまで虚構の世界にしがみついてるんだ、ということです。どこまで頭が悪いんだ、という話です。

「イナズマン」をSFとして愛読する、ユリ・ゲラーの〝タネ〟をあれこれ想像し、ネッシーやビッグフットの伝説を楽しむ、のは楽しいお遊びですが、それを本気に受け入れる感覚は理解出来ません。



ジョージ秋山の「浮浪雲」に「火事の最中に虚しいなんていう奴はいない」という雲の言葉が出てきます。

もちろん、火事場な時代が良いわけが、ありません。

しかし、豊かな時代の余裕のある心に、 オカルトは忍び込んで来るものです。